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アズールさまのために


「ああ、フィデリオ。来たか。待っておったぞ」


「お待たせいたしまして申し訳ございません。マクシミリアンを連れて参りました」


「二人ともそこに座ってくれ」


「は、はい」


陛下と王子を前に腰を下ろすのは緊張しかないのだが、座れと言われた以上その通りにするしかない。この四人で話すことといえば、やはりアズールさまのこと以外想像がつかないのだが大事な話とは一体なんだろう。


「マクシミリアン、緊張するなと言っても難しいだろうが、話がしにくいからもう少し気持ちを落ち着けてくれ」


「は、はい。申し訳ございません」


謝りつつも緊張は増す一方だ。それはもうどうしようもない。


「それで、ルーディー。本題に入ってくれ。気になって仕方がない」


「はい。私が今から話すことは全て真実であり、大変重要な事柄である故、しっかりと心に留めてください。爺とマクシミリアンもしっかりと聞いていてくれ」


「はっ。承知しました」


部屋の中が一瞬しんと静まりかえる。そして王子がゆっくりと口を開いた。


「アズールには、アズールとして生まれる前の『あお』という人物の記憶があるのです」


「な――っ」

「えっ?」

「――っ!!」


「しかも『あお』がいたのは我々のような耳も尻尾も持たない、我々の全く知らない世界です。そしてその世界で病弱だった『あお』は生きていたほとんどの時間をベッドの上で過ごし、病弱が故に両親に疎まれ、愛されることも知らず、十八歳でその短い生涯を終えたのです」


「アズールに……そんな辛い記憶が?」


「はい。だからこそ、『あお』を不憫に思った神が、私の運命の番としてこの世界に誕生させてくれたのです」


「そんなことが……っ、起こりうるというのか……」


「信じられないでしょうが、これは全て事実なのです」


王子の話に陛下は信じられないと言った表情をなさっているが、私はこれで全ての謎が腑に落ちた気がした。


アズールさまが王子の誕生日にお作りになった王冠はこの世界のどこにもみたことがなかった。あれはきっとその世界で培ったものだったのだ。アズールさまが発明なさったオニギリもきっとその世界のもの。


――アズールが食べてみたいというのでな。


王子がオニギリの材料であるコメを必死に世界中から探し出したのを覚えている。あの時から王子は『あお』という存在をご存知だったのだろう。それで『あお』の願いを叶えてやろうと奮闘なさっておられたのだ。


「マクシミリアン、お前はどう思う?」


「私はアズールさまのそばでお仕えしておりましたので、今の王子のお話はすぐに納得いたしました。確かにアズールさまは誰も知らない不思議なことをご存知でしたから」


「フィデリオはどうだ?」


「はい。私もマクシミリアンと同じ意見でございます。考えてみれば、アズールさまは『神の御意志』であるルーディーさまの大切な番さまとして神さまから選ばれたお方。そのようなことがあっても不思議ではございません」


「うむ。確かにそうだな。ウサギ族に選ばれしものは皆清らかな心を持つ者だと言われている。『あお』は穢れをもたぬ心だったから故、ルーディーの伴侶に選ばれたのだろう。だが、ルーディー、その事実をいつ知ったのだ?」


「私の成人のパーティーをアズールがしてくれた日です。あの日、アズールが私に教えてくれたのです」


「もう七年も前ではないか。それがなぜ今頃になって、私たちに伝える気になったのだ?」


確かに情報を共有するのなら、少しでも早い方がいいに決まっている。そこまで隠したのならいっそのこと、アズールさまと二人だけの秘密にしておくという手もあったはずだ。


「実は……アズールが、自分がもうすぐ死ぬと言い出しまして……」


「はっ? 死ぬ? なぜ、アズールはそんなことを?」


「それが……今日、アズールに大人の証が来たのですが……」


「おお、めでたいことではないか。それがなぜなのだ?」


「『あお』は白い蜜が出て、ひと月後に命を終えたらしく、白い蜜が出ることは死ぬサインだと思い込んだようなのです」


「なんと! あちらではそんな意味があるのか……所変わればというが、本当に違うのだな」


陛下同様に私も驚いてしまう。まさかあの大人の証が死ぬサインだとは……世界は広いものだ。


「いえ、おそらくそれは『あお』の勘違いだと思われます」


「勘違い、とな?」


「はい。アズールに確認しましたが、それに対する知識を持たなかったが故の勘違いだったようで、白い蜜が出て自分で勝手にそう思い込んだようです。もうすぐ死ぬと思い込んで自ら絶食したために命を落とすことになったのかと……」


「なんと……そのような勘違いが……」


「アズールに性の知識が何もなかったからでしょう。誰か一人でも相談できる相手がいれば、そんなにも早く『あお』は命を落とさなかったのかもしれません」


「なるほど……だからか。これから何かあったときに、アズールが相談しやすいようにするためだな。私たちに告げたのは」


「はい。その通りです」


ようやく王子の考えが全て理解できた。全てはアズールさまが過ごしやすい世界を作るためというわけだ。


「何の憂いもなくなってこれからアズールはさらにのびのびと過ごすようになるだろう。ルーディーと正式な番になるまでマクシミリアンには今まで以上にアズールを守ってもらうぞ」


「はい。私、マクシミリアンにどうぞお任せください! ヴェルナーと共にしっかりとアズールさまをお守りいたします」


「マクシミリアン、よく言った。フィデリオもこれまで以上にルーディーの良き相談相手として、そして、アズールの良き相談相手としても頑張ってくれ」


「はい。いつかルーディーさまとアズールさまの御子を拝見できるその日までしっかりとお役に立てるように頑張ります」


そうして、ここにアズールさまをお守りするための精鋭が誕生した。

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