エラ川魔導戦〔下〕
『ちょっとアンタ!一体全体、リーベルト様からどうやってアタシを盗んだって言うの?一から百まで全部話しなさい!』
「え、ちょ、ちょっと待ってください。流石に今のタイミングじゃ…」
『イヤよ!今すぐ、話しなさい!』
バッサリと断られてしまいました。でも流石にこのままでは殺されてしまうので、一旦無視して目の前のカタコトさんをどうにかするのを優先しましょう。意識を切り替えて、身体にさらに魔力を流していく。ケトゥーヴァを抜いたせいかわからないけれど、体内を流れる魔力の奔流に異質なものが混ざっている。その違和感を感じつつも、問題は無さそうなので、取り敢えずは放置しておく。
『ちょっと、なにひとの話を無視してるのよ。ちょ、話聞いているの!?』
「…?サッキカラ一人デボソボソト、何ヲ喋ッテイルンダ?マアイイ、トットト殺シテ次ノ獲物ヲ探ストスルカ」
私は外からの言葉にハッとして意識を周囲の状況に戻す。意図せず放置する状況になってしまったカタコトの人は私に変人を見るような視線を向けているが、警戒は怠らず、剣先は私に向けられている。こちらも相手に目を合わせて睨むと勢いよくこちらに向かってきた。応戦するために剣を構える。軽い、勢い余って誤って自分を斬ってしまいそうになるが、そんなことにならないように注意を払いつつ、剣を振う。初めてにしては上出来だと思う。胴体の右下から左肩にかけてを斬ることができた。…私って才能あるんですかね?
「グッ、キサマヨクモ傷ヲツケテクレタナ。ダガ、マグレガイツマデモ続クト思ウナヨ!」
そう言うとカタコトは高速で移動し、私の背後に回り込んできます。常人にはこれで通用したのでしょうが、私は身体強化をかけているのです。そんなバレバレな動きなどお見通しです。相手の剣を受け流し、空中で体を翻して更に切りかかってみる。今度はきちんと腕を斬り落とせました。…斬ってしまってよかったんでしょうか。
腕が斬られた衝撃で剣が宙を舞う。その剣は放物線を描き、当たると十分に殺傷することができるが、何事もなく無事地面に突き刺ささる。
「ガッ、キ、貴様、今何ヲシタ?」
彼が呆気に取られているうちにアレクトは剣の間合いへと踏み込んで首を切り落とす。戦場で武器を手放すとは言語道断。彼は最期に何が起こったのか理解することなく、この世を去ることとなった。
「ふう。なんとかなりましたね。」
アレクトはほっと一息つき、ケトゥーヴァに付着した赤い液体を落として鞘に収める。そしてカリン隊長が戦っている方向を見ると未だ激しく土埃を舞い上げていた。自分にしては十分な仕事ができたことに安堵しながらヘロヘロと地面に座る。
『…アンタ、なかなかやるじゃない。アタシの力を使ったとはいえ、よくあんな奴を倒したわね。驚いたわ。それにしても、本当にアンタは誰なの?アタシの目を以てしても、アンタが腕の立つ人だと見抜くことはできなかったわ。』
そう言って首を傾げるケトゥーヴァ。剣なので首がついている訳ないが、魔力がこちらへ流れてくることでイメージがこちらに伝わってくる。
「うーん、まずあなたの言うリーベルトは私の父です。私が魔導兵になる時にもう使わないからと、なんやかんやあって私が貴方を使うことになったんです。だから、別に私が盗んできたわけじゃないんですよ。…ご理解いただけましたか?」
私が簡潔に説明すると、ケトゥーヴァが先ほどより元気がなくなってしまいます。
『そう、そうなのね。アンタはリーベルト様の娘でリーベルト様ももう剣を持って戦場に立てる年齢じゃないのね…結局アタシはリーベルト様とは話すことはきなかった。そして、これからも。でも、これをーベルト様が望んだのなら、アタシはアンタについて行くことにするわ。でも、家に帰ったらリーベルト様に会わせなさいよ?』
ケトゥーヴァが家に帰ったら父に合わせろと言ったところで思わず笑みがこぼれてしまう。ケトゥーヴァは『笑わなくたっていいじゃない』と頬を膨らませる。
「ええ、これからよろしくお願いしますね。ケトゥーヴァ。」
『私に任せなさい!…それと、できるだけ早くリーベルト様に会いたいのだけれど、家に帰るまでどれくらいかかりますの?』
「そういえば私たちはいつになったら帰れるんでしょう?」
『知らされてないってことは長くなりそうね…』
◇
カリンと『王子』は剣を幾重にも重ね合わせ、未だ一進一退の攻防を繰り返している。カリン剣を避けるように意識する。すると、カリンの体は今いた位置から少し右にずれ、間一髪で剣を回避した。『王子』が剣を振り下ろして隙ができているうちにカリンは後ろに回り込む。『王子』は体を翻し、それを防ぐ。戦闘開始時から互いに傷ひとつ付けられない高度な戦いが続いているが、カリンの表情には少しばかりの余裕があった。
「どうだ?私の部下に出した手先はやられてしまったようだが、まだやるか?」
「黙れ。貴様のような矮小なものは一時の優越でまるで勝った気になる。愚かなことだ。そうだな…次はスポメンサで会おう。そして貴様に敗北を刻み込んでやる!」
カリンはアレクトが突然の刺客を難なくと撃破したのを確認して慢心していたことに今更ながら気が付いた。だが、もう遅かった。
「スポメンサだと?…くそ、逃げられたか。」
勢いよく切り掛かるが、『王子』は斬った部分から霧散してしまいう。しかし『王子』は重要な情報を残していった。スポメンサ、トラキスタン州の先端に位置する海上貿易でかつて栄えた都市。そんな場所に上陸され、橋頭堡を確保されるとなると…
「何が何でも阻止しなければ。二六師団の連中では到底太刀打ち出来ない。ここはやはり私が行くしかないか。だが、そうなるとランカラ防衛計画が破綻する。ここは一度ローネンハ少将と話すべきだな。」
◆
カリンとアレクトはエラ川から再びエラストラスフルトに戻り、ローネンハ少将へ戦果報告を行う。
「ーしたがって『王子』が言っていたスポメンサに今後、上陸作戦が実行される可能性が高く、『王子』の危険度も事前情報以上でしたので、アレクトは今までの予定通りランカラ防衛に充て、私単独でスポメンサに向かいたいと考えております。」
「そうか。『王子』は撃退したのだな。それにしてもまさか初陣であったにもかかわらずアレクトが『武者』を撃退するとは。やはり貴女には才能がある。引退した後には何かしらの教官の職についていただきたいものだ。」
「ははは…私には荷が重い話です。それに、それはすべてが終わってからの話です。それより、大丈夫なのですか?私が撤退した後、敵軍が攻勢を仕掛けてきたらしいですが、被害などはどれくらいでたのでしょう。」
「我らが第三軍がそうやすやすとやられるはずがございません。ですがやはり、敵の攻勢は日に日に激しくなっていっています。今日も何人死んだか…。ささ、我々のことは気にせず、特別魔導部隊としての責務に集中なさってください。こちらは貴女のようにはいきませんが、魔導兵はおります。これ以上の援助は彼らの誇りを損なうことにもなるので…」
「ええ。わかっております。それでは。」
私、今回は寝ないで話を聞いていられました。話からして私はランカラに行くんですね。経路からしてメリートに立ち寄れそうですけれど、さすがにそれは許してくれないでしょう。まだ家に帰るのには早そうです。
◆
時を同じくして、フォンフィールとクリミハイルが派遣されたハーデル・ロンバルトにて。
「…僕、最初に魔導兵になったと聞いたときは驚きましたけど、こうやってただ何もしない分には学校よりいいですね。」
「わたしは、将校さんからの視線が嫌だわ~。そういう目で見られることは慣れているけれど、流石に気が参っちゃうわ~。」
確かにフォンフィールさんは魅力的な体系なのだろう。だけど僕には商人の家の出なのにこの状況に慣れている様子のほうが気になる。いくらなんでも軍の情報を知りすぎていると思う。流石に機甲師団長は警戒していたけれど、その通りだ。彼女は人の心を開かせるのが上手すぎる。
思案にふける僕にフォンフィールさんは、きっと上辺だけの笑みを浮かべてからかうように話しかけてくる。
「クリミハイルくんは、ずいぶん大人びてるわね。緊張しているの?でもここはそんなに悪いところじゃないわよー。」
「ええ、そうですね。ですけどもし、『道化』が現れたら僕たちが真っ先に命を懸けないといけません。ですから、いつでも死ねるように覚悟をしておかないと。」
笑顔が目を細めるだけのものになり、フォンフィールは立ち去ってゆく。怪しさ満載だが、僕にできることは何もない。その後、彼女は戻ってくることはなかった。
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「サヨウナラ。落日の帝国にもう用はないわ。」