エラ川魔導戦〔上〕
ただ寝ていたら何故かカリン隊長に叩き起こされて、勢いそのまま列車に乗せられてしまった。エラストラスフルトに行くらしいいけど、こんな早くに起こす必要はあったのだろうか。
「さて、そろそろエラストラスフルトに着く。もう一度作戦の確認をしておこう。…おい、寝ていないで話を聞け。」
急に頭をわしゃわしゃされてせっかく夢の世界へ再び旅立つのを邪魔されてしまう。たとえ二日間寝ていたとしても日が昇る前に出発するのはとてもつらい。それなのになんであんなに隊長は元気なんだろう。羨ましいし、不思議だ。
「ふわぁ。寝てないですぅよお。で、どうしたんですか隊長。まだついていないなら二度寝させて下さい。まだ眠いんでスゥ…」
「おい、ブリーフィングが終わったら到着するまで寝かせてやるから少し我慢しろ。…401特別魔導部隊は3組に分かれて行動している。寝ていて気がついていないと思うが、クランハルトとエルはラグノーブルへ、フォンフィールとクリミハイルはハーデル・ロンバルトに昨日出発した。エラストラスフルトへは交通網が発達しているから移動もスムーズのため、お前が起きるまで待っていたんだ。ちなみにエラストラスフルトからエラ川へは私の能力で跳ぶ予定だ。」
「へぇ、皆さん大変なんですね。あ、でもエラ川まで行って何をするんですか?たしかに前線の人たちが隊長みたいな美人さんを見たら飛び上がって喜びそうですけど。」
私がそう言うと、隊長は頭を抱えてしまいました。頭でも痛いんでしょうか。やっぱりしっかり寝ないと体に良くないですって。
「お前は馬鹿か?お前の所属を言ってみろ。私たちは魔導兵だ。一般兵科では相手にならない敵性存在を撃退するに決まっているだろう?」
当たり前のように言われてしまいます。私たち適性検査で選ばれた魔導兵だったんでしたね。肝心なことをすっかり忘れてしまっていました。眠気覚ましにお茶を口に含んだ後、気持ち疲れてしまっているように見える隊長は背筋を伸ばし、少し緊張した面持ちで再び話し始めた。
「コードネーム『王子』それが私たちの相手だ。事件は半年前だったか。新大陸に派遣された帝国近衛兵3名が奴に殺害された。…私の昔のよしみでもあったんだがな。それ以降奴は一ヶ月に一度エラ川に現れるようになった。今日がその現れると思われる日だ。そのためこれ以上の被害拡大を防ぐため奴を今日、撃破する。」
「はあ。でもその『王子』って方は何がしたいんですかね。一気にババってやってしまえば手間はかからないのに。」
「さあな。だが、こちらからすると好都合だ。必ず殺す。」
一瞬だけ隊長の目が今までは見られなかったほどに殺気が篭った気がする。つい気が引き締まる。
「だが、お前は基本的に後方で待機だ。『王子』まだ一度も戦場に立ったことのない者が相手にできるものではない。コードネームがついてかつそこまで危険度が高くない相手ならお前が相手取ってもいいかもしれないがな。」
「じゃあ今回は隊長の戦いを眺めるだけでいいんですね。」
「まあ、そうだな。だがくれぐれむも油断はするなよ。」
釘を刺されつつもブリーフィングは終了した。カリン隊長は到着したら起こしてくれると言ってくれたので仮眠をとろうと思ったが、緊張していたのかベッドに横になっても眠れなかった。
ベットで特に何かするわけでもなく横になってどのぐらい経ったのだろう。なんとなく外を見てみると、カーテンの隙間から光が差し込んでいるのが見えて、日が登ったんだとと直感的に理解する。そろそろかなと思って隊長を探しに行こうとベッドから出ようと思ったところでちょうど扉が開き、噂をしたわけでもないのにカリン隊長が入ってきた。
「なんだ、眠れなかったのか?私と話していたときはあれほど眠そうにしていたのに。まあいい。エラストラスフルトに到着した。忘れ物はするなよ?」
そう一方的に告げて隊長は出て行ってしまった。言われた通り忘れ物がないか確認しておく。…うん、大丈夫そう。剣に魔力を流してあげると体の一部のように馴染む。そういえば隊長はとても長い剣だったけど、あれは自分で選んだのかな?
寝ぼけて列車に乗り込んだのでどこから出られるのかがわからない。少し辺りをさまようと、開いている扉を無事、発見できたので外に出てみる。そこにはカリン隊長と護衛らしき人を複数人連れた偉そうな人が話し合っていた。隊長は言葉を崩していいと言っていたが、お偉いさんに何か言われると面倒くさくなりそうなので程よく調整しておく。
「カリン隊長、お待たせしました。」
「ああ、準備はできているようだな。ローネンハ少将、こちらが今回私に同行するアレクトです。貴族階級の者ですが、やる気もあるので随伴させるだけなら問題ないと判断しました。」
ローネンハ少将と呼ばれた人物はいかにも出世欲が強く、成り上がりでここまで来たことがわかる濁った眼をしているように見えます。しかし、あれは正義感を持ちながらつらい現実を直視し続け、少し歪んでしまった眼です。私、人を見る目はあるんです。
「ほぉ、お前があのリーベルトの一人娘があのリーデの戦姫と共闘とは。これならわが軍もこれ以上の犠牲を払わずに済みそうですな。」
そういえば私って名前しか言ってないのによくリーベ家だってことを知ってる人がいるのは何故なのでしょうか。もしかして私って有名人物だったりします?
「…ローネンハ少将、その呼び方は私には荷が重すぎると何度も伝えたと思うのですが…」
リーデの戦姫と呼ばれてカリン隊長は困ったような顔をしている。そして私はどちらかというと孫娘のような目で見られている気がする。
「そういえばそうでしたな。話を戻しましょう。こちらとしても貴女の役に立てることといえば、支援砲撃ぐらいしかありません。非力で申し訳ない限りです。なんなら私がお供しましょうか。弾除けぐらいにはなりましょう。」
「ローネンハ少将。そのようなこと冗談でも言ってはいけませんよ。貴方を信じてついてきた部下たちを置いていくおつもりですか?逝くにしても上に立つ者は最後ですよ。」
「そうですな。では、必要になったら言ってください。いつでも打てるようにさせておきます。」
「助かります。それでは失礼します。…おいアレクト。なぜこんな短時間に立ったまま寝られるんだ?」
「んぇ?あ。わ、私寝てません!ただ、目が閉じて意識がなくなりかけただけです!」
危ない危ない。危うく私が話が長くて寝かけたのがばれるところでした。いつの間にかローネンハ少将は後ろに下がっていて、カリン隊長は太刀を手に持って構えています。
「?どうした。早くこっちに来い。」
「え?隊長、一体何するつもりですか?」
「エラ川へ行くに決まっているだろ?」
そういうものなのでしょうか。そう言って差し出されてきた手を握り返します。隊長はそれを確認すると太刀を振り下ろしました。紫の閃光が走ったかと思えば視界が切った部分から歪んでいきます。次の瞬間には先ほどまでいた駅のプラットホームとは異なり、砲弾跡と死体の転がる新大陸の最前線の一つ、エラ川にいました。
「ふむ。無事についたな。お前はあの丘まで下がってじっとしていろ。終わるまではあまり目立った行動はしてはいけないからな。」
「わ、わかっていますって。こんなところでくたばるのは御免ですから。」
私がそう言い終わると同時に隊長はまた時空を切り裂きどこかへ行ってしまいました。…死にたくないので流石に今回は大人しくしておきましょう…
◆
カリン・セラントはエラ川を征く。かつて失った仲間のために。国を護るために。
そろそろ砲撃の時刻か?早くしないと『王子』が来てしまう。
カリンがそう思っていると、丁度後方から砲声が聞こえ、軌跡を描きながらエラ川の対岸へ砲弾が飛んで行く。人の命を軽く屠ることができるであろうそれらは、たった一人、『王子』のための歓迎の挨拶のためだけに用いられる。それでも彼に対してはただ、微風のようなものだろうが。
支援砲撃により少し水気を含んでいる土埃が舞う中から、高速で何かがこちらに飛来してくるのをカリンは察知する。そして片手で軽々しく己の身長よりも長いであろう太刀を構えて迎撃の姿勢をとる。
視覚での反応ではその情報の多さから混乱を招く恐れがあるので、目を閉じて聴覚によって敵との距離を見計らう。刹那、カリンは剣を振るう。常人には捉えられない速度で何かと剣がぶつかり合い、とてつもない衝撃波が発生しした。発生した衝撃は大地を抉りその場に生きるものを死へと誘うが、不思議なことに互いに無傷である。
「…私が貴様をここで屠ってやる。ペイルー、ラトヴィール、ヘトリカの三人の仇だ。あまり私を憎むなよ?」
カリンが土煙の中で何かと剣を交える。土埃が収まり視界が晴れてくると、その先には白装束を纏った貴族を連想させるような者が悠然とした態度で立っていた。
「私の記憶が正しければお前のように一人で突っ込んでくる無謀な奴らは合わせて41人殺した。矮小なる者の名前など聞く価値もないからこれが答えになるが、これで満足か?」
カリンは『王子』が言い終わるちょうどのタイミングで切り掛かる。『王子』はその一見無礼な行為に怒りを露わにすることなく、何処からともなく剣を取り出す。カリンは剣を振るいながら質量をもった斬撃を放つが『王子』は最小限の動きで避ける。
回避に成功した『王子』は確かに避けたはずなのに右腕に違和感があることに気が付いて余裕の表情を崩した。右腕が無い、『王子』は驚いた様子で距離をとり、一度落ち着いて腕を再生させる。
「…何をした?」
無事に再び生えてきた腕を見ながら『王子』は問う。
「私もなぜ腕が再び生えたのか聞きたいところだが、いいだろう。私はただ、そこにいたお前を斬っただけだ。己の技の種を明かす慢心な行為はしない。それはお前も同じだろう?」
「私は理由を聞いているのです。変な理屈を捏ねるていてもそれは説明ではありません。私は確かに避けたのです」
『王子』が不満そうに言うが、カリンは知ったこっちゃないといったように突き放す。
「わざわざ教えてやる必要もない。だからとっとと死ね。」
そうして再び二人は剣を交える。今度はより注意深く、そして用心深く。
◆
「おお。なんだかすごいことになっていますね。」
アレクトはカリンに言われた通りに後ろに下がってカリンと『王子』の戦いを遠巻きに眺めていた。戦闘の余波がこちらまで伝わってくる。身体強化をしているのに吹き飛ばされそうになり地面に生えている草を握る。
ハイレベルな戦闘から一旦目を逸らして、あたりを見てみると、私と同じように隠れている人が数人いるのに気が付いた。話しかけてみたいが、余計なことをしないように言われているので、じっとしておこう。
アレクトは突然背後から殺気の籠った視線を察知する。身体強化で無意識のうちに第六感も鋭敏になっているのおかげで普通なら気がつかなかっただろう存在を奇跡的に認識することが出来たのだが、アレクトはそのことを知らない。剣が勢い余って先走らないよう注意しながら鍔に手を添え、辺りを警戒する。
『…!あぶない。頭を下げろ。』
頭の中にカリン隊長の声が響いてきた。この声が幻聴でないことを信じて姿勢を低くする。すると一瞬、紫色の刃が空を飛び、頭を掠めたが、私は特に外傷を負っていない。
「ヤハリ、アノ方ノ言ッタトオリダナ。拙者デハ奴ニ太刀打チデキナンダ。露払イニ徹シテ正解ダッタワ。」
さっきまで何もなかったはずのそこには、カタナを携えた二メートルはある大きな人が立っている。心拍の音が大きくなったように感じて、心臓の鼓動が苦しい。恐怖からか手足の先から震えが止まらない。彼と話すことはないし、話すべきではないだろう。殺るか、殺られるかの不測の事態。なぜ急に現れたのかはわからないが、どう見ても敵であることは明らか。殺してしまっても怒られるということはないだろう。
ケトゥーヴァに魔力を通して鞘から抜く。身体強化をしているおかげで、あのときのように剣を落とすことなく片手で軽々と扱う。
『…リーベルト様?いや、違う。アンタ、いったい誰!?どうして見ず知らずのアンタが私を引き抜けたのです!?』
そしたら何故かケトゥーヴァが喋りかけてきた。