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異世界戦線【非公開】  作者: Chira
第一部 帝都防衛作戦
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出立

重い瞼をこじ開けてみたが、ピントがボヤけていてよく見えない。重い体を無理やり起こすとベットの横から幼い視線を感じる。頭を撫でてあげると、リャードはトタトタとどっかにいってしまった。残念だ。


「おや、起きましたか。体に何か変なところはありませんか?」


長身で細めの男性がこちらに気づき、読んでいた本を置いてこちらに歩いてくる。薬の匂いがするので医者だろうか。


「あの、私、直近の記憶があまりはっきりしていなくて、気がついたらいつの間にかベットで寝ていてその間の記憶が一切ないんです。私に一体何があったんですか?」


さっきまでよく分からない実験でブレクレットをつけていたはずなのに、なぜベットにいるのだろう。まだぼんやりとしている記憶を探ってみるが、今一つはっきりとした記憶が戻ってこない。


「…記憶がない?僕は魔導医をやらせてもらっていますが、そっちの方面には詳しくないので困りましたね…おっと、自己紹介が遅れました。僕はハイドリート・ヘッツアといいます。なにかありましたら、新大陸にいるうちは僕が担当させてもらいます。よろしく。」


少し困ったような顔をしながら自己紹介を済ませた。丁寧な自己紹介に好感が持てるけど、正直、体が怠くてそれどころではない。早く終わって欲しい。そんな雰囲気を感じとってくれたのかハイドリートさんは楽な姿勢になるように言った後、仕切り直してわかりやすく簡素に説明を続けてくれた。


「一言でいうと、アレクトさんはブレスレットを着用した途端、気を失ってしまいました。体に外傷があるわけじゃなかったので自室に寝かせておいたのですけど、まさか二日間も目覚めないとは。ヒヤヒヤしましたよ。…その状態ならば、時間とともに容態は良くなるでしょう。カリン隊長を呼んできます。少しお待ちください。」


そう言ってハイドリートが退出してしまうと、部屋にはいリャードと私だけになりました。ベットの横から心配そうな目で見つめてきてとても愛らしいです。…やっぱりなんとかしてお持ち帰りできないでしょうか。


「姫様、…大丈夫?」


「心配をかけましたね。でももう大丈夫です。」


だんだんと何があったのか思い出してきました。あの黒いのが本当に皇帝陛下なのかは疑問が残りますけど、体が剣の振り方や、魔力の動かし方を覚えています。あの時言われたように魔力を動かしてみると謎の空間の時と同じように体が軽くなりました。これなら今の状態でもいつものように体を動かせそうです。以前は暗くてわからなかったけど、視界も気持ち透き通って見えるんですね。そろそろベットから出ようかなと思って体を動かそうとするとリャードに止められてしまいました。


「ダメ…まだベットでじっとしててってハイドリートがいってた…」


「でも私、もう身体も動きますし、大丈夫ですから。ね?」


「ダメ…せめて、隊長が来るまではじっとしてて。」


断られてしまいました。仕方がないのでカリン隊長が来るまでじっとしてましょう。しばらくベットで横になっているとカリン隊長とハイドリートが部屋に入ってきました。ハイドリートは椅子に座り、隊長はこの前とは違い、隊長としての近づき難いような雰囲気はなく、その瞳は純粋に私を心配してくれているように感じます。これが素のカリン隊長なのでしょか。


「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。」


「私に畏まる必要はない。戦場では識別ができればいいから畏まった言い方は控えろ。名前も無理に敬称を付ける必要もない。それに貴族が平民に敬語を使うのは屈辱的だろう?」


別にそんな物語に出てくるような悪徳貴族ではないんですけれどね。しかし、なるほど。別に敬語とかは使わなくていいんですね。軍隊ってかなり規律に厳しく上下関係にも厳格なイメージがありましたが、これも偏見なのでしょうね。


「体調に問題がないことが確認ができたからここからは個人的な質問になるんだが、あの時、何があったんだ?ブレスレットを付けた途端に倒れ込んだから皆、驚いていたぞ。」


思い出してきたバラバラの記憶を繋ぎ合わせる。いま考えても、とても非現実的な現象だったと思う。信じてもらえるか不安だけど、魔法とかが使えるぐらいだからこのぐらいよくあることなのかもしれない。


「あの時、エルさんに魔力を動かすように言われたので、その通りにやってみたんです。そしたら何故か真っ暗な空間に放り出されてしまって…そこには謎の黒い人がいてその人にいろいろ教えてもらったんですけど…」


話すにつれてカリン隊長の眉間がどんどんと深くなっていきます。そんなに私の状態は良いものではないのでしょうか。


「まさか、とは思ったが、お前が皇帝の間に行くとはな。お前の何が気に入られたかはわからないが、これから旧大陸に行くことになったら、真っ先に陛下に挨拶することになる。それと、そのことは私以外に口外するなよ。ハイドリートは大丈夫だ。リャードは…レーリッヒ大将も知っているだろうから問題ないか。」


皇帝の間?初めて聞いた単語ですが、カリン隊長がそういうならばあの影は本当にヴィルヘルム皇帝だったんですね。


「でも、陛下も私の来訪に驚いていましたが…」


皇帝陛下が招待したとは思えない反応だったことを思い出して首をかしげます。確かに気に入られましたが、それは実際?に会ってからのことです。


「私が行った時の反応とは大分違うな。確かお前はリーベ家の生まれだろう?原初の五大貴族となればなにか皇帝陛下と縁があるのかもしれないな。」


疑問に思いながら、五大貴族であることと無理やり関連付け、納得したようにカリン隊長は頷きます。…待って、『原初』の五大貴族?


「ちょっと待ってください。原初って何ですか?私、リーベ家が五大貴族の落ちこぼれだってことは知っていますが、原初の五大貴族っていうのは初めて聞きました。」


「今の五大貴族というのは、リーベ、オルクレイヴェル、ラ・ハルバトラ、グテラス、ヘレルグウライナであることは知っているだろう。」


「そうですね。その中でも一番小さいのがリーベだと聞きました。」


五大貴族の認識はどうやら同じようです。別に私が世間知らずというわけではなさそうですね。


「原初の五大貴族の起源は建国神話まで遡る。剣の神であるアテヌバと初代皇帝が今のリーデンブルグに引っ越したした際に、その配下に入った五つの家、オリューク、カシュル、リーベ、レヴィーエルベ、ヘルラトゴラテスランドがそうだ。この五つの家は歴史の中でほとんどは滅んでしまったが、リーベ家だけは今もなお、帝国に仕え続けている。歴史の中で皇帝と血縁関係になっているとても家格の高い家だ。だから陛下の意識しないところで、入り込めたと思っただけだ。話がそれたな。」


お父様も話してくれなかった内容に、つい集中して聞いてしまいました。お父様はこの話を知っているのでしょうか。…私に言っていないだけで知っていそうですね。


「陛下に指導されたならそのまま戦場に立っても問題ないだろう。今日はもう寝ておけ。明日は列車で移動することになるから、列車酔いだけは避けたいだろ?」


カリン隊長はその後、ハイドリートを連れてとっとと部屋から出ていってしまいました。窓を見るといつのまにか月が昇っていて、さっきまで寝ていたはずなのに不思議と眠気が襲ってきます。私はその誘惑に抗うことなく再びベットに横になり、意識をそっと手放しました。



クランハルトとエルは一足先に北方へ向かう列車に乗り、ラグノーブルから撤退する部隊を『魔女』から護衛するため先立って別働隊として向かっていた。


「んーそろそろお茶にしようかな。クランハルトは何か飲むかい?」


「…好きにしろ。それと、名前ではなく役職で呼べ。」


「ハイハイ、わかりましたよ。401特別魔導部隊副部隊長殿。」


不機嫌そうにしているクランハルトに、それを軽く受け流すエル。これを第三者が見聞きしたのなら二人の関係を不仲と評するだろう。だが、意外にも必要以上のコミュニケーションを嫌う二人の相性は良かった。


エル・ミオノーロは窓越しに空を見上げる。珍しいことに、月がよく輝いている。科学者と聞けば、何事も全て論理的に考える何とも薄情な者だと思う人もいるだろうが、必ずしもその限りではない。凡人と同じように情動的に心が動くこともあるのだ。


しかし、それが裏目となる。だが、彼女は気づくことができなかった。紅い軌跡を描き、大地を灼く煌星を。


ーーーーーーーーー


列車が横転し炎が燃え上がる中、クランハルトは何事もなかったようにナイフと拳銃を構える。微かに肉が焦げたような臭いがしたので少し辺りを見回すと、そこにはもしかしたら戦友になることができるかもしれなかった骸が転がっていた。


少し残念に思いながらも彼は気持ちを切り替えて慣れたように上を見上げる。コードネーム『魔女』。故郷を灼き、己の心に二度と消えない火傷痕を残した、許されざれる彼女の姿がそこにはあった。


「ごめんなさいね。初めて見る顔がいたから我慢できなかったの。でも、こんなへなちょこしか送られてこないってことは、そっちはかなり窮地に立たされてるみたいね。そろそろ貴方との遊びも終わりかしら?」


クランハルトは感情を一切出さず、迷うことなく拳銃を化物に向け、放つ。しかし、それは『魔女』の放つ高温によって溶けてしまう。いつもの光景に彼は驚くことなく拳銃を下ろし、殺意を剝き出しにして問う。


「…何しに来た。そんなに俺に殺されたいのか?」


「ちょっと味見するつもりだったんだけど、貴方の新入りがあまりにも堪え性がなくて興ざめだわ。私はもう帰ろうかしら。次はいつも通りラグノーブルで殺り合いましょう?」


そう言い残して煌星は去っていった。そこには、灰燼、戦友(とも)の亡骸、そしてクランハルト(燃え残り)だけが残っていた。

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