黎明
「ようやく話を聞く気になった?」
「このっ、はあ。分かった。名残惜しいが。こうなってしまっては無駄な抵抗をするだけ無駄か」
「あら、珍しく聞き分けの良い」
ここは天の抱擁の繭の中。残念なことに魔力を媒介に力に変換することが出来なくなっているようだ。メルゼーの意図がつかめない。てっきりここで雌雄を決するとばかり思ってしまっていたが、肩透かしを食らってしまったような気分だ。
「単刀直入に言わせてもらう。貴方、何を企んでいるの?」
「はて、何のことやら」
メルゼー、其方はいったいどうやって余が企み事をしていると知った?いや、アルテーヌが話したわけでもない、か。どこまでも察しの良い奴よ。
「今回はね、純粋に心配しているの。変なことは止めておきなさい。ヴィンの眷属が何故、今になって目覚めたのかはわからないけれど、混乱に乗じて何かをしようとするならば私も強硬な手段を取るしかなくなってしまう」
「ふん。其方も分かっているはずだ。余はアルテーヌと永遠を共にする。そのためには今が絶好の機会だ。それに、ケトゥーヴァもようやく目を覚ました」
…話が読めぬ。メルゼーもこの三千年で随分と変わったものだ。今までならば、こちらの言い分に聞く耳を持つなど今まででは考えることもできなかった。
「…私たちは生命という枠組みで考えれば遠からずヴィンの眷属、反旗を翻すというのならばできないこともないけれど」
「余は一言たりともヴィンに反乱を起こすなど言っていないぞ?」
メルゼーは本心からこちらを心配している?いや、まさかそんなことはあるまい。
「…どの道貴方がケトゥーヴァを使って何かしらすることは想像ついているわ。ヴィン?イオニア?まさかグラーコ?」
「…このぐらいならよいか。グラーコだ」
「理由を聞いても?」
やはり、いや、そうか。本当の役割を実行するつもりだな。保身かそれとも使命感か。聞き出さなければならないだろう。
「余はこの可笑しな盤上のゲームを終わらせてみせる。たとえ我々が作られたものだとしても、知ってしまった以上は支配による束縛の実感が喉を締め付けてくるのだ。」
「…そう、知っていたのね」
「知っているとも。余は其方も鍵となるケトゥーヴァを欲していたのかと思っていたのだが、兵器として改造しようとしたあたり違うのだろう?」
正直言ってケトゥーヴァを奪われたときは冷や汗ものだった。アルテーヌの前で余裕な表情を見せたが、もし奪われるような事があれば前提が崩壊するのだからな。
「天上が動くわ」
「人間から神と崇められる存在が警戒しなければならない存在とはな」
…タイミングが悪いか?いや、誰が動くかの方が重要か。『終焉』かそれとも『鉄』か。その言葉が真実ならばどちらかが動くと考えるのが妥当だろうな。『法治』は誰かが動くまでは動くことはないだろうし、そのために『胎児』を目覚めさせようと思っていたのだが。
「シドの信者は延々と暗躍している跡が見えている。イオニアの動きは不透明でまだわからないわ。だけど、『熔解』がこの地に墜ちた復讐は遠からず行われるはず」
「やはり再びイオニアが動くと考えるのが適切か」
「…それだけではないわ。貴方、時間が歪んだと感じたことは?」
「カリリングラだと?」
そんなことが実現などしたらこんなゲーム盤など一瞬で覆ってしまう。考えたくもないが、これで確信を得ることが出来た。
「なら、余もできる限りの協力はしてやろう。元は其方に助けられたのだ。無論、限度はあるがな」
「あら、今日は本当に可笑しな日ね。明日は世界中で神に対する反乱がおこるのかしら?」
面白い。今回は消化不良だったが、今後のことを考えるとこの程度いくらでも飲み込むことができる。
「人間のがようやく終わったかと思えば、今度は神々の大戦か。なぜこうも『自我』というのは非合理的なものか」
「一番それを生きがいにしている者に言われたって自我が可哀そうだわ」
ふうむ、なかなか有効な会話を珍しく交わせたものだ。だが、さっきからアルテーヌがだんまりだ。今夜は満足するまで付き合ってやらねばならぬな。
「…?どうやら迎えが来たようだ。四千年もいがみ合っておきながら、まさかまさか手を取り合うことになるとはな。興が乗った、使者を送ろう。和解の証として条約でも締結しようではないか」
「どういう風の吹き回し…っ!」
突如として繭が外からの衝撃によって破壊される。いや、こうなることは分かっていたが、メルゼーからすれば突然の出来事だっただろう。
「ヴィルヘルム陛下!助けに来ました」
「やはりアレクトが来たのか。ケトゥーヴァとは和解できたのか?」
「…?私とケトゥーヴァは別に喧嘩なんてしていませんよ?」
「面白い。それでこそケトゥーヴァの持ち主に相応しい」
「…?」
天の抱擁が瓦解すると、案の定メルゼーは負傷していた。周囲の警戒ぐらいは普通、怠らないだろう。やはり、人間の庇護者は人間らしく肝心なところでポンコツだ。
「アレクト、メルゼーに流れ弾が当たっているぞ。ほら、謝るがいい」
「え!?あ、あの、すいませんでした!」
礼も済んだので我々はここらでお暇するとしよう。メルゼーはこちらをすごい形相で睨んでくるが、こちらに責任を押し付けてきても困る。
アレクトを巻き込んで肉体を転送する。残りは…各々が自力でどうにかできるだろうが、一応回収するように帰ったらガーデムハイルに伝えるとするか。
ーーーーーーーーーー
11月9日コルト帝国政府はウラエキ島の占領状態と本土での帝国魔導兵と思しき人間による工作についてギーバルハ王国政府と協議の用意が出来たと発表した。
これに対し、王国政府は『人類が世界中で謎の統率を取る勢力により脅かされている中、人類の団結を崩壊させるような行為は断じて認められない』と見解を発表し、多くの国々、ましてや人々はは戦争状態ないしは紛争状態に突入するだろうと予想していた。
ところが、両国の今後の行動は誰が予想することが出来たであろうか。帝国政府は協議の結果、ウラエキ島から撤退することを決定したと発表した。決して少なくはない犠牲を出したにも関わらずだ。その代わりなのかはわからないが、魔導兵の暴走については公式にはその事実を認めなかった。だが、そんなことウラエキ島を手放すことの代価にはあまりにも小さすぎる。帝国の臣民は政府の精神状態を疑った。
それと、ついに明かされることはなかったが、両国を取り仕切るそれぞれ王族は秘密裏に面談を行なった。神の代弁者と剣神に魅入られたものの利害関係を共通認識として知っておくために。
ルーメル=プラット協定。両国の関税緩和が記されたこの協定は世界を僅かながらに動揺させた。
第二部完!…です。分かっています。いますぐ書き直しますが、第二部はしばらく先になりそうです




