日没〔下〕
「メルゼーよ。勝てないと分かっているだろう?早くここから引いたらどうだ?」
「平和的解決を願っている人の気迫では無いわよ?そんな人を殺すような目で言われても靡くわけ無いと分かっているでしょうに」
メルゼーは魔力を固めて両手剣を創り出しこちらに向かって投げてくる。投げには適していないはずの両手剣だが、メルゼーからすればほとんど差はない。片手で軽々しく投擲されただけとは思えないほど加速して空気を裂く。
「その程度か」
普通の人間ならば何が起こったのかわからずに体が吹き飛ばされていただろう。しかし、そんな人間内での常識など我々神々のレベルでは児戯に等しい。抜き打ちの構えをとり、一気に抜刀する。
「甘い」
剣は縦の方向に真っ二つに斬られ、勢いを失い海に落ちる。体はあまり劣化していないようだ。
「その程度か、もっと私を愉しませろ!大海を分かつ」
アルテーヌを振るうと海が割れる。うむ、昔と変わりない感覚だ。もし直撃すれば帝国の最新鋭戦艦ですら真っ二つで海の底へ直行するだろうに。まったくすばしっこいことか。
「散々暴れてくれるっ!」
何十条もの光線が背後の魔法陣からこちらに向かって放たれたのが見えた。物理法則を超越している一度触れれば命は助からないだろう神の一撃。懐かしい、久しぶりだが私を退屈させることはないだろう。
一度急停止し光線が広がったところを急加速で突き抜ける。爽快だ。痛快だ。長いこと玉座にふんぞり返って忘れてしまっていた生を実感する。これほどまでに、こんなにも、己の存在意義を感じ取れる瞬間が他にあるだろうか。
「シュルトック」
メルゼーの手に一本の槍が現れた。それは先ほどの両手剣のようなただ乱雑に魔力を固めて作ったなまくらではない。古くから槍としての運命を定められて作られたまさに神器と呼ばれるに相応しいものだ。勿論、アルテーヌには敵わないが。シュルトックはメルゼーのその時の気分によって見た目がかなり変わる場合もあるが、今回は白を基調に黄金の装飾が施されたオーソドックスな見た目だ。穂の周りには個別に四つの刃が辺りを周回している。
『ヴィリー、あれ見て。メルゼーはかなり本気のようよ』
「聖槍シュルトック、か。私はあまり戦いたくない」
『ちょっと、バカなこと言わないで。戦場で好き嫌いなんて言語道断よ?』
「言ってみただけだ。そう怒るな」
アルテーヌにはああ言ったが、それでもシュルトックを持ったメルゼーを相手にしたくはない。嫌だから嫌なのだ。これ以上の理由はないであろう?『鉱夫』のタールの黒液も『萌芽』のカカロヴィリニュスの精神根も魔力で構成された肉体への威力は低いが、シュルトックは違う。仮初の肉体は貫通し、魔力の器へ直接攻撃してくるのだ。
「空を分かつ」
下弦月の弧を描くようにアルテーヌを振るうと空気が圧縮され、一瞬だが世界は二分される。どこまでこの攻撃は届いたか。事後処理はガーデムハイルにまかせておこう。
『ヴィリー?』
「う、うむ。すまない」
どうやらアルテーヌにはすべてお見通しのようだ。帰ったら甘えさせてやらねば。
距離が縮まりここからは実力勝負になる。技は射程が長く、威力も絶大でおまけにかっこよくもあるが、小回りが利かないのだ。
空を蹴る。空中戦というのは地上と違って死角が多い。もちろん、そのためこちらも意識の外からの攻撃がしやすくもあるのだが、自分がするのとされるのでは大きく事情が異なる。飛ぶ斬撃を放ち意識を逸らさせながら、弧を描くように接近し遠距離技の命中率を低める。
「くそっ、鬱陶しい!」
シュルトックの四つの自立飛行型の刃がこちらを囲むように展開してくる。魔力の展開方式を変更して機動力を犠牲に速さを手に入れる。
光線による追尾が止み、ようやく射程内に潜り込むことが出来た。それはメルゼーもわかっていることだろう。このまま止まることなく面白い若者から聞いた抜刀術をお見舞いしてやろう。
本来はカタナという少し反りのある剣を使うらしいが、生憎余はアルテーヌ以外の剣を持つつもりはない。一撃で決めるための技なのだ。アルテーヌだってそのぐらいはできる。
「心を穿つ」
…ちぃ、仕留めそこなった。シュルトックごと斬ったかとも思ったが、まだ魔力は動いている。
「面白い!四千年の戦いに終止符を打ちましょう?」
どうやらメルゼーにはまだ手札が残っているようだ。正直言って非常に不味い。余が後先考えずに接近してしまったせいで、未だ攻撃を回避できるほどの離れられていない。
「空を分かつ」
一度披露してしまった技だ。当たらないだろうが、時間稼ぎには十分なはずだ。
「天の抱擁」
…やはり逃げられはしないか。メルゼーの背中から真っ白な羽が生えてきたかと思うと一対のそれは余に逃げる暇すら与えずに包み込んだ。
◆
「カリン隊長、上を見てください!」
何事かとかと思い夕日で赤みがかった空を見上げると、そこには異様な、いや神々しい、まさに天使の翼と表現するのが適切であろう翼が、蛹のような状態で浮かんでいた。
「あんなもの見たことないぞ。」
「…一旦ここで止まろう」
クランハルトのつぶやきに誰も言葉に出して賛同したわけではないけれど、自然に足を動かすのを止める。昼などとっくに過ぎ、本来なら既に寒いであろう気温も唐突な運動のおかげで汗をかいたおかげで心地よい。
「クランハルト、アレが何なのか分かるか?」
「分かっていたらこんな必死になって距離を取りはしないだろう?」
分かっていたが、まあそうだろうな。
「…だが、あの女性が本当にメルゼーだとするならば、突如現れたもう一人の御仁はヴィルヘルム様ではないのか?」
「ケトゥーヴァの言っていたことが本当になったということだな」
「で、でもそしたらアレの中にいるヴィルヘルム様は無事なのでしょうか」
アレクトの言葉に皆思案顔になる。誰しも考えることは同じだろう、ヴィルヘルム様は無事なのか否か。だが、今の私たちでは確信を得ることが残念ながらできない。突然のヴィルヘルム様の介入からようやく、身の回りが静かになった。
「最悪私があそこまで跳躍して…」
「止めておけカリン。あんな別次元の戦いに私たちが付いていけると思うのか?」
…わかっているが、帝国軍人としてやらなければならないこともあるだろう。
『一つ、手段がないわけではありません、我が主人』
何処からともなく声が聞こえる。咄嗟に太刀を出そうとするが、クランハルトの様子を見るとこの声の主を知っているようだ。
「…どうした、リーメス」
何か苦い思い出でもあるのだろうか。クランハルトが声の主にどこか苦い顔をしながら返事をする。
『ちょっと待っててください、我が主人。…ぉっと』
クランハルトが唐突に短剣を鞘から抜き、乱雑に放り投げる。一瞬何事かと思ったが、すぐに納得した。短剣が光を纏い、輪郭が曖昧になる。そして地面に落ちる直前に光は人の姿へ形を変え、女性の形を成した。
「…リーメス」
「漸くこちらでもこの姿で逢うことができてメーリス、嬉しいです!」
リーメスと名乗った人の形を成した短剣は勢いのままにクランハルトに抱き着こうとするが、クランハルトに力強く拒絶されてしまう。
「ケトゥーヴァ、いつまで寝ているつもり?ほら、アレクトちゃん。剣を抜いて」
「え?あ、はい」
メーリスの強い言葉に押されてケトゥーヴァを抜こうとする。
「あれ?おかしいな、」
「もう!ケトゥーヴァったら恥ずかしがって。そんなことしている時間は無いっていうのに。このっ…!」
メーリスはアレクトの前まで歩くと、ケトゥーヴァの鞘を取り上げる。そして、腕に力を入れた様子を見せると、クリーム色の髪は重力に逆らいふわりと浮きあがり、翡翠のような瞳に亀裂が入る。
「とっとと出てきなさい!」
アレクトの時にはびくともしなかったケトゥーヴァが徐々に鞘から引き抜かれる。抵抗が激しいのだろう。メーリスの魔力が飽和して空中に放出される。その影響で魔力に指向性が生じて空気が乱れる。
剣が抜かれる。光が鞘から迸り視界が白色で埋め尽くされた。視界は白いが、不思議と眩しいという感覚はない。
やがて光は失せ、再び眼前に人が現れた。青い髪にはよく見るとアレクトと同じように後ろの方に金の流星があるのに今気がついたが、おそらく今までのと同一人物だろう。
「…」
「ケトゥーヴァ、散々迷惑を我が主人にかけておいてだんまりとは相変わらずね。あなたが主神と慕うグラーコだってイオニアの第一次侵攻からだんまりなのに、今更武具であるにもかかわらずみっともなくかつての主人を追いかけるなんてみっともないにもほどがあります」
「…ごめん、なさい」
前回の他者を物としか見ていないような威圧感はどこへやら、今では初めて門限を破って帰ってきた少女のように怯えている。ケトゥーヴァはアレクトに負い目があるのか、最初にちらりと見た以降は視線を合わせようとしなかった。
「メーリス。それでここからどうするつもりだ?」
「そうですね…私は母上の気配を完全に感じ取れるわけではありませんが、今の母上は魔力を放出してはいません。ですから、少なくとも交戦状態にはないと思われますが、天の抱擁を放置したまま帰るという選択肢はないのでしょう?」
「まあ、そうだな」
万が一ヴィルヘルム様が戦死なんてことになってしまえば、コルト帝国は再び混乱の渦中に落ちることになるだろう。そんなことは絶対に避けなければならない。少なくとも来年の帝国舞踏会までは軍部の小康状態を保つことが出来なければ帝国は三つに分裂してしまう。
「あそこに飛び込むにはサドゥーツが起きていればよかったのですが、残念なことにサドゥーツはカリン様を認めてはいません」
「サドゥーツというと…これのことか?」
「そうです!ですが、まだサドゥーツはカリン様の実力を認めていないようなのです」
「…そうなのか」
「そう気を落とさないでください。力を引き出せているだけで歴史上でも数えるほどしかいませんから」
初めて知ったが、この太刀はサドゥーツと言うらしい。今思えば魔力がこんなにもスムーズに扱うことが出来たのもこれのおかげなのかもしれない。
「話がそれているぞ、メーリス」
「申し訳ありません、我が主人。ケトゥーヴァ、この後は自分で話したほうがいいんじゃない?」
「…そうだね」
ケトゥーヴァが俯いて誰にも視線を合わせないまま言葉を紡ぐ。
「私たちはアルテーヌによって生み出された原初の五剣。私は『神秘』のケトゥーヴァ。メーリスの真名はセレブラントで『殺愛』と名乗っている」
クランハルトが小さな声で「そのせいか」と言っているのが聞こえた。耳がいいのだろうか、その声を聞いたメーリスはクランハルトの腕を逃さんと言わんばかりに抱き寄せる。
「そしてカリン隊長が持っている太刀は『舞踏』のサドゥーツ。彼は難しい美的センスを持っていてかなりの曲者だけど、このままいくといずれ隊長のことを認めてくれると思う」
静かに空気に向かって言葉を綴る。そうか、このままいくと私の太刀もいずれ言葉を話すようになるのか。嬉しいことなのだろうが、二人のことを見ると、疲れることになりそうだ。
「そして、私は原初の五剣の一本目だけど、アルテーヌの実子ではないの。私は世界の法を司る神、グラーコ様によって作られた権能の執行機」
「でも、グラーコ様は私を置いてここから去ってしまった。執行機として自我が薄かった私は誰かに頼るしかこの世界で生きていく術を知らなかった。その時にアルテーヌに拾われたの。だから私の真の能力は切断に特化していない」
ケトゥーヴァが笑みを張り付けて笑う。
「私の力ならアレを突破することができる。でも、アレクトは私を赦してくれるの?」
「え?」
アレクトが突拍子もない声を上げる。私からすればアレクトはそんな些細な事など、と受け流してくれると思うが、ケトゥーヴァからすれば、いや、一般的には怒っているまたは憎悪を抱いていると考えても可笑しくはないのか。
「何を言っているんですか、私は元気なんですから謝る必要なんてないですよ。隊長も大変そうでしたけど、それでいいですか?」
「アレクトがいいと言うのならば私も問題ない。あまり気にする必要はない、ケトゥーヴァ。」
「……ありがとう。二人とも」
どうやら禍根、というより誤解は無事に訂正することが出来たようだ。そうなれば後は早い。ケトゥーヴァは剣の姿に戻り、アレクトが何時暗記したのかわからない呪文を紡ぎ始める。二人は重力に逆らって宙に浮き、ケトゥーヴァの先端から光が漏れ始めた。
「『…執行』」
二人は光の光線となって天の抱擁に向かって跳んでいく。…アレクトは一人で行ってしまったが、無礼を働かないだろうか?ヴィルヘルム様ならば許してくれるだろうが、私の胃が持たん…




