日没〔上〕
クランハルトは地面を滑走する。これで何回目だろうか。勢いをいなすための力すらもったいないように感じてしまう。こちらは剣まで抜いて、謎の技を披露して、全力で戦っているというのにそんな我々の全力を賭した攻撃は両手両足で受け止められる、あるいは受け流されてしまう。
「あら、残念。せっかく調節してあげたのにもう壊れてしまったのね」
言葉とは裏腹にあまり残念そうに思っていない様子でメルゼーは独り呟く。だが、状況から察せられるその意味には心の渇きが満たされていくのを感じた。
カリンが蒼髪の少女を打ち破ったのだろう。先ほど雷が落ちてきたような音が背後から聞こえてきたのだ。だが、こちらにはおちおち安心して一息つくことすらできない。
『我が主人、もう、魔力が…』
戦闘中はほとんどこちらの指示に従って喋らないメーリスが居心地が悪そうにしながら口を開く。そうか、既にそんなに魔力を使っていたとは。『魔女』との平均戦闘時間の半分も経過していないというのに、一切隙の無い防御のせいでこちらにばかり負担が押しかかってくる。それはグローヴェイン島でなんやかんや共闘することの多かったブランギニールも同じだろう。
「分かっている。だが、ここには逃げ場はない。そしてまともな死はここで朽ち果てるのみだということも理解っているだろう?」
『…』
◆◇◆◇
「ようやくだ。三千年ぶりだぞ!流石に気分が高揚するな。さて、まずは肩慣らしといこう。アルテーヌよ、準備はできているな」
『もう、ヴィリー。少しは落ち着きなさい。張り切りすぎて敗北を喫するなんてかっこ悪い姿を臣民にみせつけるつもり?』
ヴィルヘルムはカデフィー半島上空を高速で飛行していた。かつて数えきれないほどの人間と艦船が沈んだカデフィー半島沖だが、ヴィルヘルムからすれば必要な犠牲として一蹴することが出来てしまうほどちぽけなものだった。
ーー約五千年前、メルゼー・アントロポリスはイオニアの第二次侵攻を受け、グローヴェイン島の現リソトに降臨した。まだ文明がようやく萌芽したばっかりの人間にはヴィンとイオニアの戦いの余波ですら絶滅へと追いやるほどの壊滅的な被害を出していた。
人は祈り、四つの崇高なる存在を創り上げた。あらゆる存在から自身を護るための『知恵』、同胞を忘れないための判別手段『愛情』、仇なすすものを挫くための『戦争』、そして最後にそれでも纏め上げられない人間を一つの運命共同体に縛るための『信仰』。
あちらはこちらではない。無論、彼ら彼女らは人間の欲望により現界に降臨し、人間を守るために人類最後の土地グローヴェイン島を守るために奮闘した。
正確にはグローヴェイン島の外にも絶滅しないほどの人類は存続していたのだが、今のアツキ列島となったトラキスタン半島の先端分での戦闘が熾烈さによるグローヴェイン島の惨劇はこの世界が終わると錯覚してしまっても仕方がないほどのものだった。
そしてイオニアの第二次侵攻から千年後、メルゼーの剣としてともに現界に降りてきたアルテーヌはメルゼーに反旗を翻し、後のコルト帝国初代皇帝ヴェルディオルト・ヴィルフリードと共にリーデンブルグに国を興した。様々な歴史書ではアルテーヌとヴェルディオルトは恋仲に落ちた後それをよく思わないメルゼーに追放されたとされているが、それは間違いで前者の内容が正しい。
それから千年にわたって帝国とメルゼーとの戦いは続いた。海水の味はどこか鉄っぽくなり、とうの昔に国は疲弊し、数える気が失せるほどの死体が地上には広がり続けていた。
流石に神と言えどこのような戦いを何時までも続けることは許容できない。原初の五大貴族であるオリューク、カシュル、レヴィーエルベ、ヘルラトゴテラスランドは皇帝に反旗を翻すことを決定した。だが、リーベだけは挙兵することに積極的ではなかった。他の家もそのことは分かっていた。リーベ家はその時はヴィルフリード家と婚姻関係にあり、もしその話を持ち掛けたとしても快く首を縦に振らないのは想像に難くなかったからだ。
そうして四貴族の挙兵は失敗に終わる。人間がいくら束になろうとも神にとっては吹けば飛ぶような存在なことに変わりはない。だが、四貴族の命を懸けた反乱により長きにわたる戦争は終戦することになる。兵士がいなくなったのだ。もとよりこれ以上の戦争は困難だということを悟っていた当時の皇帝、もといヴェルディオルトの精神はアルテーヌにその旨を伝えることでようやく長い戦争に終止符が打たれた。
けれどもヴェルディオルト自身もかなりの戦い好きではあった。内心ではどちらかが朽ち果てるまで戦い続けたいとも思ってはいた。しかし、国のことを思うとどうしても身勝手なまねはこれ以上することができなかった。これ以上暴れれば国内の人間が様々な形で居なくなってしまう。ヴィルフリードは戦い好きと言えど、戦争屋ではなかった。
「そんなつもりはない。ただ、アルテーヌ、貴様のことをたかが剣と言ったメルゼーを一つ殴らなければ気が済まないのだ。私は」
そして二人(二人?)は五千年が経過しても互いの熱は冷めることなく、老いることのない美貌のせいでむしろ新婚のようにも見えてしまう。
『もう、ヴィリー。そんなこと言って』
一見ヴィルヘルムに引っ張られているだけのように見えるアルテーヌも実はかなり甘かったりする。美しい彫刻が掘られ、星すら両断することも容易いであろう護神剣のなに相応しい一振りの剣は愛した男の言葉に頬を赤く染めてみせる。
「勿論だとも。」
ヴィルヘルムもヴィルヘルムである。二人のラブラブぶりは既に理解してもらえたかと思うので次の場面に移ろうと思う。
◇
それは救済でもあり、終焉を感じさせた。私たちの戦いは唐突に終わりを迎えた。だが、一瞬の安堵の後にそれは終わりを迎えることなった。空が開けた。雲が衝撃波で同心円状に広がる光景は人生でこれが最後になることを願うばかりだ。
早くここから離れるべきだ。あれでも気を使って高高度で戦闘をしているのかもしれないが、余波と流れ弾で死んでしまう。今ある命に感謝をしながら振り返って大声で叫ぶ。
「ここから離れろ!」




