目覚め、そして日没
まだ斬られていないはずなのに四肢が切断されたかのような激痛が脳に送られてくる。感覚神経の怠惰さには呆れるばかりだが…こんな茶番をしている場合ではなかったな。普通に考えて恐らくケトゥーヴァの能力なのだろう。前回の二人がかりでなんとか対応した時でも一苦労だったが、アレでも手を抜いていた方なのだろう。
太刀を振る。剣が私の意識に呼応するように力を放つ。まだ本気、と言うよりかは全力を出してはいないが嫌でもわかる。今の私では魔力量を考慮しなかったとしても彼女、恐らくケトゥーヴァには勝てない。剣の扱いには流石に三年間も戦場で戦い続けていれば並の剣士よりも一日の長があると思っていたが、いや、そうだな。相手はアルテーヌの第一子なのだ。二十年と少ししか生きていない私はまだまだ若造だということだろう。
だが、例えそうだとしても有効打は少なからずあるはずだ。すべての攻撃は必ず相手に確実にダメージを与えているはずなのだ。もしダメージが与えられていないように見えたとしても、それはあまりにも小さすぎるというだけで。
相変わらずの猛攻撃を間一髪で回避する。何度も何度も、油断したら私は既に数えきれないほど死んでいただろう。ケトゥーヴァの視線は見えないが、油断したら間合いに入られて途端に細切れにされるのも想像に難くはない。私の武器が太刀だということが分かっていての行動だろうが、はやく会話する気になってほしい。
戦場でのよそ見はご法度だが、戦況を把握するためなら仕方がない。…二人はメルゼーと互角に戦っている。いや、メルゼーに遊ばれているようだ。忌々しい事態だが、この際欠員が出なければなんでもいい。
「ァっ、グァ…」
目隠し越しにケトゥーヴァと目が合った気がした。何事かと思って距離を取ろうとバックステップをふむ。
「アレクト…アレ、アレクトーっ!」
ケトゥーヴァだ。ようやく叫んでくれたことでこの幼げな少女の正体がケトゥーヴァだと確信することが出来た。だが、様子がおかしい。何故か突然にアレクトの名前を連呼するケトゥーヴァは苦しそうで、それに因果関係をつけるかのように首輪のようなものが怪しく光っている。
だが、切迫した状況の中で敵が弱みを見せるのは僥倖というべきだろう。『自分』を四方に散らし、自然現象の雷を模倣する。
両腕で何とかして首輪を外そうともがいていたが、私が攻撃を放つと条件反射的に散った『自分』を一振りで薙ぎ払う。
『執行』
間一髪だった。あんまりにも想定外の出来事だった。私の後ろから声が聞こえてきたかと思うと青白い光線が背後を掠める。姿勢を低くして背後を見てみると宇宙のような空間が広がり、見覚えのある、アレクトが、アレクトがようやく戻ってきた。
「隊長!大丈夫ですか?」
アレクトがこちらに駆け寄ってくる。下手したら命を消し飛ばしてしまうところだったのかもしれないのに、平然としていてそういうところもかわいらしい。
「…アレクト」
「すいません、わかってはいたんですけどなかなか心の踏ん切りがつかなくて…」
「無事ならいいんだ。無事なら。…本当に、良かった」
アレクトに抱き着く。髪の匂いがほんのり甘い。目が熱い。泣いてしまいそうだ。
「隊長。その、嬉しいんですけど、あの子も起き上がりそうですし」
「…!すまない。そうだったな。…そういえば、さっきの技は何なんだ?」
私のことばにアレクトは目に見えて動揺する。ほとんどの時間をアレクトと共にしてきたのだ。私からすれば何時あのような高火力技を練り上げたのか気になるところである。
「フォンフィールさんと戦っている時に星の神様が教えてくれたんです。なにも代償を必要としない優しい神様でした」
「神、か。ここ数年で随分と御伽話の世界になったとは思わないか?」
私の純粋さから抽出された質問はアレクトにとっては上司からのとても堅苦しいものに聞こえたのだろうか。アレクトは少し逡巡したように見えたが、答えを捻りだせたのだろう。優しく微笑んで言う。
「そうですね。毎日が夢のようです。だけど、そんな中でも隊長に出会えたことが一番ですかね」
何とも子供っぽい、けれど私の心にしみる言葉だろうか。
「アレクト、お前のことは私が命を懸けてでも守ってみせる」
つい、そう言葉にしてしまうのも不可抗力というものだろう。アレクトの薄く赤みがかった唇が嬉しそうに艶めき私を再び魅了した。
ーーーー
ーー
いやー、カリン隊長ってえっちですよね。すらっとした体つきながらも出るとこは出ていますし、髪は黒の長髪で普段どのように手入れしているのかはわかりませんが、つやつやしています。それに、どういう原理なのか内側は紫がかっていて綺麗ですよね。クール、というより冷淡に感じる態度も隊員と必要以上の関係を持たないようにしようとしている努力の表れのようですし、それでも時には抱きついてきたりと私をドギマギさせてくる行動をとってくるので心臓に悪いです。
…私が女性じゃなかったら嫁に来て欲しかったな。カリン隊長とならいつまでも楽しそうなのに。
隊長は再び太刀を構える。私も前回のようにただ突っ立っているだけではありません。流石に反省しました。心臓に何故ケトゥーヴァは剣を刺したのかはわかりませんが、この際活用させてもらいましょう。
「ア、アレクト。に、にげ、て」
「アレクト、無理する必要はないが、できるだけついてこい」
隊長がそう言うので、私もその後に続く。二体一ならば挟撃するのが定石なのだろうけれど、生憎私の技量だとただ足を引っ張るだけなのも隊長は承知の上だろうなので隊長もついてこいと言ったのだと思う。
視線を周囲に向ける。蒼い髪の少女…もしかしてケトゥーヴァ?は目隠しを力づくで外そうとしているように見える。何かに抗うように抵抗するその姿はこちらの心も締め付ける。早く解放してあげなけないと。
何故だろうか、身体中がまるで切り刻まれたように痛い。気のせい、じゃないよね?
「アレクト!」
隊長が目配せしてくる。けれど、一体どうして欲しいのかは分からない。普通、分からないでしょう?
空気がヒリヒリする。最上位者同士の戦いとはこんなについていけないものなのか。早すぎて目で二人のことを追うことができない。剣が交差する音は聞こえてくるけれど、それだけだ。本当に、それだけ。
…ん?けど、ここなら
身体強化をこれでもかという程強める。これでなんとか二人の動向を一応視認することができるようになった。私だって一応隊長から手解きは受けているのだ。
距離を縮める。前回、リーデンブルグで私も長い武器を持ちたいと隊長に言ってみたのだが、残念なことに私の要望は一蹴されてしまった。隊長曰く、その気持ちもわかるが、結局一つの武器しか使わないのだ。浮気はやめておけとのこと。
鍔迫り合い…鍔がないので鍔迫り合いと言っていいのか怪しいけれど、とにかく二人が競り合うことでようやく僅かな隙が生じた。タイミングは今しかない。カリン隊長は私の前では平気そうな態度をとっていたが、実際にはかなり疲労困憊なのだろう。息が荒く、目の前に集中できていない。腕に力が入らないのか、太刀に体重をかけてようやくまともな威力になっている。
横から二人に割り込むようなイメージで距離を縮める。魔力を使用する感覚を呼吸で空気を肺に入れる様子に見立てているからだろうか、肺がとても痛い。わかりやすく言うと息を吐くことなくずっと吸い込んでいるような感覚。肺が割れてしまいそうだ。
「!?アレクト、危な…」
隊長がこちらを見ると何かを叫んだが、聞こえなくなる。魔力が濃すぎるのだろう。五感が鈍くなっている。人間の営みを奪えてしまえる量の魔力を自然にこれだけ放出しているケトゥーヴァの力には感服するばかりだけど、贅沢を言うならばもう少し手心を加えてほしい。
身体強化された肉体によって私は飛行機ぐらいの速さには到達しているのだろうと思う。だから、技術が要求される斬撃よりも、加速だけでも十分な威力を発揮できるであろう突きの方が今回は適切なはずだ。決して、私がこの距離で下手に剣を振ると隊長を巻き込むかもしれないからとという訳ではない。
グサッというイメージ通りの感触。柔らかくも、硬いものが混じったものを貫いた感覚がする。
「離れろ…!」
剣を抜く暇がない。ケトゥーヴァから手を離してなんとか後ろに下がる。
「雷霆」
隊長の太刀から紫色の雷が迸りる。見掛け倒しではない。ケトゥーヴァは剣で受け止めたが、紫電が彼女の剣に侵食し、
砕いた。
ケトゥーヴァが姿勢を崩す。隊長の太刀とケトゥーヴァを遮るものはもう何もない。剣の神様らしいアルテーヌ様の息子らしいが、きっとただでは済まないはずだ。
『ア、ありが、と』
雷が落ちたような衝撃が発生する。光が眩しい。何も身構えずに直視してしまったせいで頭がくらくらする。それに耳鳴りもひどい。
白かった世界に色が戻ってくる。隊長のかみが静電気か何かでふわりと浮いている。どうやら戦いは終わったようなのでようやく肩の力が抜けそうだ。
「立て」
カリン隊長が手を差し出してきた。わざわざそんなことをしてくれなくとも自力で立ち上がれますが、今回はご厚意に甘えさせてもらう。
『ありがとう、アレクト』
そよ風が頬を掠める。魔力が伝わりケトゥーヴァの声が聞こえてきたような気がした。
◆
「だから言ったであろう?余が直接手を下すまでもなく、アレクトも目を覚まし、ケトゥーヴァはようやく過去との決別への決心がついたではないか」
ヴィルヘルムは王座に座り自慢げに言う。内容はともかく、外見相応に笑う姿は永劫の時を何度も流転してきたとは思えない。
「またそう言って…それじゃあ、ヴィリー、さっきの魔力回廊はどうやって説明するつもり?」
背後からアルテーヌがヴィルヘルムに語りかける。甘酸っぱい匂いが辺りに立ち込め、体のバランスが乱される。
「よいではないか。まあ、結局赴かなければならないのは変わらないのだから」
アルテーヌは分かっていたといわんばかりにため息をつく。そんな姿も並の男性ならば即倒してしまうのだが、ヴィルヘルム男としての気概を見せて堂々とした態度を崩さない。
「メルゼーはやっぱりどうにもならないのね?」
アルテーヌの言葉にヴィルヘルムは首を縦に振る。
「そればかりはどうしようもなかろう。まず、土俵が違う。シェルナーかカリンならばどうにかなるかもしれないが、精々時間稼ぎが限界だ。それに、久しぶりの運動にもなる。ここで静観しているという選択肢は今後の戦いのことも考えると既にないも同然よ」
「三千年は力を使ってないのよ?手荒に扱ったら怒るからね?」
アルテーヌは気恥ずかしそうに体をよじる。
「ふん、そうも言ってられまい。我々の息子娘もほとんどが主人と見做すべきものを見つけてともに精進しているのだ。母として、それ相応の姿を見せなければ」
「だから、人間の生殖と一緒にしないでと何度も…」
「余では不満か?」
「そんなことは、言ってないわ」




