墜鳥〔下〕
体が熱い、まるで火の中に飛び込んだようだ。心臓の鼓動が早い、このままでは血の流れに血管が耐えられないだろう。
『そう、その調子。変化する身体を受け入れないさい。私と貴方の力があればウェクトリーナにも対抗することが出来るはずよ』
心の深いところから声が聞こえてくる。目の前に見える自分の核に光が集まり、繭のように糸状のものに包まれた。
『もうすぐで時間よ、フェリーヴェ。次に起きた瞬間には戦場だから油断しないようにね』
そっと頭を撫でられる。くすぐったい。黒い髪の女性はそのまま後ろに歩いて行ってしまったはずだが、後ろを振り向いてもその姿はない。
「…行ってきます」
フェリーヴェは前を向いて歩きだす。後方の光ではなく、暗い闇のなかへ。
◆
金属のような光沢の銀色の髪。鉄が燃えているかのような赤い瞳。帝国魔導兵の証である軍服は素材が金属に変わり、甲冑のような装飾が施されている。
フェリーヴェは魔力を開放する。魔力が空気中に放出されると魔力の持つ熱エネルギーによって熱波が生じ、辺りは一瞬にして火の海へと姿を変えた。
「…」
フェリーヴェは違和感から手を眺める。燃えている。体の先端部分に魔力が集中し、己の装甲すらも燃やし尽くそうとしているのだ。
「人の庇護者の末裔か。前回から二千万年は経ったのか?」
困惑する。私は何故訳の分からない単語を口から発しているのだろうか。体の制御権が誰かに奪われているわけではない。自分の中にある『誰のものなのかわからない記憶』を参照して自分が発言しているのだ。
「いったい何を言っているのですか?」
ウェクトリーナがさすがに不思議そうにしながら聞いてくる。それもそうだ。私だってこの記憶が誰のものなのか知りたいぐらいだから。
「…忘れたとは言わせない。あれはイオニア様と其方らが神メルゼーとの取引だったではないか。イオニア様が其方らの血に身体の一部を混ぜ込むことを条件に力の行使による犠牲を暗黙すると。それによってヴィンの支配に囚われていた其方ら人間たちは鉄と共に確固たる支配領域を獲得することが出来たのだ。忘れたとは言わせまい」
「戯言を」
「だろうな。イオニア様は星の奪取に躍起になって忘れてしまっていた。」
フェリーヴェは自分がいつの間にか握っていた朱色の立方体を握りつぶす。右手から赤が迸る。血のような質感だが、それは空中に触れると霧散してたちまち辺りに立ち込めた。
「そうでなければ無機の王に敗北することなどないのだから」
閃光が煌めき、フェリーヴェが放った拳がウェクトリーナの頬を掠めた。そして、間一髪のところで躱したウェクトリーナへ追撃と言わんばかりに回し蹴りをお見舞いする。
「血が、固まった?」
「死んだな」
『自分』の言葉でウェクトリーナの体の異変に気が付いた。よく見ると頬の傷口から血が結晶化している。自分の意志で戦っているはずだが、そんな自分が無意識に魔力よりもなにか強大な力を使っていることに胸が締め付けられる。
「出鱈目をいうなぁー!」
ウェクトリーナは斧を振るうが、右腕に違和感があるのだろう。先ほどまでは反応することすらできなかったウェクトリーナの動きが手に取るようにわかる。それはウェクトリーナが弱ったのか、それとも『自分』が強くなったのかはわからないが。
「弱いな。もう少し楽しみたいところだったがこの体も借り物のためあまり時間はかけたくない。さらばだ。愚かな傀儡人形よ」
フェリーヴェの貫手がウェクトリーナを貫き、貫通した背中から血飛沫が飛び結晶になる。ウェクトリーナは痛みの衝撃で意識が飛んだのかその後は何も言わずに力無く倒れ、ウェクトリーナの体も結晶化してやがて砕けた。
「こんなものか。全盛期とまではいかないが、メルゼーも配下に力を分け与えるほどの余裕がないのだろう」
赤く染まった空間は戦いが終わると収束し、『フェリーヴェ』に吸収された。
「迷惑をかけたな。私の仇討ちに協力した礼だ。この力は好きに使うといい」
『フェリーヴェ』がそう言うと、今まで自分の中で渦巻いていた不思議な感覚が取り除かれ、記憶に元々は何かあったような大きな穴がぽつんと空いた状態で体の自由が効くようになった。
『フェレ、フェレ!?大丈夫なの?』
脳内からヒュメルプールの声が聞こえてくる。
「ヒュル?私は、私は大丈夫よ…」
あの力の代償なのだろうか、私は朦朧とする意識の中でなんとかヒュメルプールに返事をすると意識を失ってしまった。




