12:40 p.m.
「…気は済んだか?」
サヅォヴェールはケルンの嗚咽が収まった頃を見計らい声をかける。だが、返事は返ってこない。細剣が涙に濡れて煌めいている。
「好きなだけ泣くといい。私も今回は流石に配慮が足りなかったようだ。…すまないことをしたな」
サヅォヴェールが見下すような姿勢ながらも謝罪をする。それでもケルンは顔を上げようとしない。
「…ねえ、サヅォヴェール。君は僕の味方だよね?」
「味方か…悪くはない響きだ。私のことはそう思ってくれて構わない」
「それじゃあ…」
ケルンは急に飛び上ってサヅォヴェールに避ける暇すら与えずに抱きつく。
「その力、ちょうだい?」
そして、耳元で囁いた。サヅォヴェールが自分のことを人間として見ているような気がしたので少し誘惑的に。
身長の差からケルンはサヅォヴェールの体を伝って重力に従い地面に落ちる。二人の視線が合う。ケルンの笑みは蠱惑的で、サヅォヴェールは相変わらずの無表情だ。
けれど今の二人にはそれ以上のコンタクトは必要なかった。ケルンの足が地面につき、体勢が安定したのを確認するとサヅォヴェールはケルンの前から姿を消す。ひとつ、菱形の鈍く輝く黒い宝石を残して。
「えへ、ありがと、サヅォヴェール」
ケルンはそれを地面に落ちる前に手に取ると片手で砕いた。ケルンの体の中に魔力が満ちる。そして、事前に選別されたであろうサヅォヴェールの記憶も断片的に流れ込んでくる。
「そうだったんだね…これでやっとわかったよ。僕が欲しいのは『知恵』の神の力だったんだね」
ケルンの心はもうすでに壊れていたのかもしれない。11月だというのに外で外聞を気にせず服を脱ぎ捨てる。過去との別れを決心したように。
服を着ていた頃には感じることのできなかった微風が肌に当たる。開放的でこれもなかなか悪くはないが、流石にこれ以上は風邪を引く。そう思い受け継いだ魔力で服を体に纏わせる。
ケルンの服装は一見するとただの冬服のようにに見える。しかし、ケルンの想いを魔力が反映したおかげでライフルの銃弾程度ならば容易く弾くことが出来るように強化されているのだ。
「ふう、暖かい。カヌーロならまだイルニスにいるかな?」
今までの寝不足のせいか、緊張から脱したおかげか大きな欠伸をひとつしてケルンは歩き出す。その見た目から無邪気な子供のようにも見えるが、その本質は戦神であるサヅォヴェールの力を惜しみなく受け取た神そのものだ。
ケルンの行く先は『知恵』の神ティニバン・ロッキーを信仰する国、ホシオ海上帝国である。知恵の神ティニバンは来るものは拒まないが、去る者は決して逃さない。知恵とは束縛するということだからだ。
「剣神アルテーヌ、信仰のメルゼー、あの二人が相も変わらず争い合ってくれているのは僥倖だったな。それと、ごめんねカリン隊長。もう戻るつもりはないけれど、あの人お人好しだからきっとまた会ったときは赦してくれるんだろうな」
けれど、今のケルンにそんな脅しは通用しない。ホシオの地もいずれ去ることになる。それにもし神が怒ったとしてもその時は
「僕が直々に手を下してあげるよ。アルテーヌだろうとティニバンだろうとね」




