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異世界戦線【非公開】  作者: Chira
第二部 女神降臨
36/47

10:47 a.m.

『…というわけでシェルナーの第一近衛親衛隊はタルガロス大聖堂に向かうことになった。ブランギニールとクランハルトは襲撃に来た武装修道女(シスターズ)と交戦し、揺動に専念してくれているが、彼女らの母数がわからないのでどこに監視の目があるかわからない。くれぐれも注意してくれ』


ザッという荒い音と共にカリンからの魔力が途絶えた。ケルンは表情を崩さず歩みを進める。海からの風が湿っぽく暖かい。けれど、海水を含んでいるので喉の負担にはなる。


「隊長う、何か焦っているみたい。アレクトのことも意図的に触れていなかったみたいだし、何かあったのな?」


ケルンは呟く。その小さな声は市街地の喧騒にもみ消されて間もなく潰えた。今日は寒い。さすがは十一月と言ったところか。日差しは大地に降り注ぐが、地軸の関係でなかなか温まらない。


路地裏に入り適当な階段を上る。ここに来るのは二度目だ。リロはいるだろうか。いや、この匂いからすると…


ケルンはピックロックで手早く鍵を施錠して、扉を開ける。木が軋んでギイギイと音を立てるが無事、扉は開かれた。


「…やっぱりね」


ケルンは指で鼻をつまみながら電気のついていない室内を進んでいく。腐敗臭だ。さあ、いったいどこで、誰が死んでいるのだろう。おおよその予想はついているが、一応、確認の意味を込めて探索を続ける。


「うげ、銃弾を打ち込んで、そのままはないでしょ」


バスルームにはリロの死体が転がっていた。シャワーの蛇口は少し出されたままになっていて血が排水溝へと流れている。リロの遺体を物色してみたが、特に重要そうな物品は見当たらない。


「…じゃあ、ただ単にスパイ容疑で殺されたってこと?」


既にここがバレているということはここに長居するのは得策ではない、そう結論を出したケルンは早足で玄関に向かうが、


…誰かがいる?それに一人じゃない。心臓の音的に二、三人。あんまりにも早すぎる。もしかして、最初からつけられてた?


気のせいかもしれない。そう思いながらも足に力を入れて音を立てないようにしながら玄関前まで移動する。だが、あまりにも静かすぎる。普通の人間ならば何もせずに立っているだけでも、そこに何かいると察知することができるだけの気配があるはずなのに。


ケルンは浅く呼吸をし直してドアノブに手を掛けて回す。きっと、これで目の前にいる未知の人はこちらの存在に気が付いただろう。


扉を開き広がる視界の端から黒いローブを纏った人の姿が映る。そして、ケルンがそれを認識する前に乾いた音が響いた。


「ゔ、うそでしょ!?いきなりそんなことしてくるってあり?」


ケルンは銃弾が掠めた左耳を抑えて身を低くして銃弾が当たらないようにしながら射線の外に逃げる。


「…痛いな、耳がキーンってする。敵は三人…勝てるかな?」


不敵そうな笑みを浮かべるが、耳を抑える手は震えている。息は過呼吸気味になり、正常な思考を阻害させる。


「…そういえば、バルコニーの窓って開けられたよね」


ケルンの視界が脱出経路に釘付けになると同じタイミングで扉が乱暴に蹴破られる音がする。ケルンはもう迷わない。腕に力を入れて拳でガラスを破る。その際に手の甲から血が出るが、そんな些細なことを気にしている余裕はない。


「僕はあんまり神を信じないんだけどねっ」


脚に魔力を流し、心許ないが身体強化をかけて三階から飛び降りる。地面が接近してくる感覚に胃から液体が逆流しそうになるが、口を押さえて我慢する。


「痛っ、隊長はいつもこんな体に負担のかかることやってるの?」


後ろを振り返ると割った窓から人影のようなものが見えたが、追ってこないだけ幸運だった。痛む足を庇いたい気持ちを堪えて全速力で逃走する。


…まずい、というか事態は非常に良くない…人殺しちゃってもいいのかな?魔力はまだある。最悪、『あれ』を使うっていう手もあるけど、


三人に使うには魔力が足りないとケルンは首を横に振る。拳銃も細剣(レイピア)も使うことはできるけれど、無駄な消費は避けなければならない。そうしなければ、新たな敵を誘き寄せてしまうことになる。


…まずは一人目。


ケルンは物陰から武装修道女(シスターズ)を発見した。幸いこちらの位置は見つかっていないようだ。呼吸を止め、両手で拳銃の照準を合わせる。


乾いた音が響き、何か重たいものが倒れる音がした。残りは二人。きっとこの音を聞いてこちらに寄ってくるだろう。鉢合わせにならないように注意を払いながら今の場所から距離を取る。


ケルンは住宅街まで移動することに成功した。そして、遮蔽は何もないが、地面からすると死角となる屋根に登って追手の行方を探す。


…だけど、二人が遺体を見分していた時に、豪華な飾りのローブの人が何もないはずのこっちを向いたんだよね。あんまり油断できないかも。


「そこまでです。両手をあげて投稿しなさい」


誰もいなかったはずの背後から穏やかながらも威圧感のある声が響く。背後には人間が二人いる。ケルンは黙って全てを察し、諦めたように両手をあげて後ろを振り向く。


「私は元武装修道女(シスターズ)首都守衛隊長テール・アーデルルーフです。あなたは帝国魔導兵ですね?大人しくこちらに協力していただけるのならば痛い目には遭うことはないと断言いたします」


「へえ、でも元ってことはその役職は君には不相応ってことだったんだね。可哀想に。だけど、僕は君の成績にはならないよ」


そう言って覚悟を示すように細剣を召喚する。シンプルながらも誰にでも扱えるように作られたオーソドックスな量産品。けれどもケルンと共に幾多もの戦いを切り抜けてきた彼女にとっての大切な戦友。


「さあ、僕は痛い目見ないと反省しないよ…!」


屋根を力強く蹴り距離を縮める。対抗するようにもう一人のフードを被った女性がテールの前に立ち塞がるが、遅い。剣を構えるのから反応速度まで全てが。体の急所を確実に狙った突きで彼女はたちまち体中から血を吹き出して屋根から転げ落ちる。


「次は君だね」


「意味のない抵抗だと知りなさい。擬似聖域(サンクチュアリ)護神剣(アルテーヌ)』」


テールの手に光が集まり一振りの大ぶりな剣が現れる。輝く姿はまさに聖剣の名に相応しく、その場に存在するだけで相手を威圧するような神々しさすら感じさせる。


「ねえ、その剣にその名前を付けるのはやめてくれない?アルテーヌってこっちの国の神様なんだよ?それなのにわざわざその名前を付けるってことは相当性格が悪いんだね」


ケルンは頬を膨らませ、眉間に皺を軽く寄せて不機嫌そうにしながら細剣の血を落とす。躙り寄りながら二人は互いの間合いを探り合う。


「そもそも認識が誤っているのです」


テールが静かに語り出す。


「我らが神、メルゼー・アントロポリス様は一振りの剣とともにこの地に舞い降りました。その剣こそあなた方が神として祭り上げるアルテーヌなのです。それなのに…アルテーヌは人間と恋仲に落ち、主たるメルゼー様を裏切ったのです!」


テールが力一杯剣を振り下ろすと、剣の描いた軌跡は輝きを放ち、建物を両断する。テールは二度と油断、ましてや慢心などしたりはしない。テールはリソトでクランハルトに敗北し、女神メルゼーにより直々に言い渡された首都守衛隊長という名誉ある責務を全うすることが出来ずに死んだ。だが、幸運なことにテールの死体は回収されて、メルゼーの気まぐれにより復活を果たしたのだ。


だが、それは奇跡でもあり、呪いでもあった。女神の奇跡の力を身をもって感じたテールはメルゼーの言いなりに自ら望んで成り下がった。そして、メルゼーに意のままに操られていることに気づかずに『己の責務』を全うするために行動する。


「そんなクソデカ攻撃卑怯だと思わないの!?折れちゃう、細剣折れちゃうから!もう少し手心ってものをさ、くれたっていいじゃん!」


ケルンの必死の抗議はテールの耳には届かない。むしろその隙を逃がすまいと攻撃はより一層激しさを増していく。


「なぜギーバルハ王国とコルト帝国が長年にわたり他国を巻き込みながら覇を競い合うわけでもなく、ただ互いを貶めるような小競り合いを続けてきたのか、その理由をご存じですか?」


止まることのない斬撃を放ちながらテールが語りかける。それはまるで、教会で教えを説くかのような穏やかさでここが本当に戦場なのかと一瞬疑いそうになってしまう。


「それらすべてはヴィルフリード家からアルテーヌを取り返すためのこと。それが国教府の、もといギーバルハ王国国民全員の悲願なのです!」


「そんなわけあるかいっ!」


衝撃によって露出した鉄筋をつかんで斬撃の下をくぐり抜けて一か八か、接近する。自分の話を遮られるとは思っていなかったのだろう。斬撃の合間からテールが驚いているような表情が見える。


「そこだぁーっ、『尖袖一触』!」


ケルンの魔力が彼女自身の思考の通りに出力される。ケルンが思い描いたのは戦場に轟く紫の雷。ケルンの上司であるカリンが紫電を纏い戦場を一撃で支配する圧倒的な光景は、たとえ強さを求めることなく裏方に徹してきたケルンの目にもとても輝かしく映った。


だが、ケルンにそんな膨大な力を行使できるほどの魔力はない。ケルンの魔導兵適性はギリギリのB。公式での指標ではないが、兵士の間で広がっている+と−をアルファベットの後ろにつけた評価だとC+になる。適性Aのカリンとの魔力量の違いは明らかだ。ところが、ケルンにはそのことで頭を悩ますことはなかった。カリン隊長の姿は見惚れるものだが、あそこまでする必要はないのだ。一瞬で人の急所を貫ければいい。それを見据えてもし、相手が魔力で障壁を作っていたとしても対抗策がないわけではない。


「うそ、しくじった?」


そんなケルンの放った渾身の一撃だが、何かを貫いた感触がない。今までの斬撃が発生した位置からして確実にここにいたはずだ。それに、急接近したときにその姿は確実に瞳に映った。


敵がまだ健在であるという事実に動揺している暇はない。ケルンの後ろから何かが風を掻き分けてこちらに急接近してくる音が聞こえてくる。考えるまでもない。当たったら確実に、死ぬ。


「やばい、しくじっ“た“」


走る、とにかく走る。自分の走りの邪魔になるものは形あるなし関係なく捨てながら。だが、後ろから自分の背中を照らす光がますます明るくなる。死がついに直前まで迫る。ケルンはついに恐怖に耐え切れなくなり感情が崩壊する。本能が理性を粉砕し、今までの取り繕ってきた表層だけの冷静などもう意味をなさない。


後ろを振り向く。そこには魔力による純粋な力があった。ケルンは妬む、死を目前としているにも関わらず、子供のように。まもなく死ぬというのに我慢する意味はないと言わんばかりに。…私にもこの力があれば、なにも、全て、私の手から零れることなく護ることが出来たのに


…僕は長く苦しむのはきらいだ。もし、薬剤投与か摘出かを選択出来る機会があったとしたら真っ先に摘出の方を選ぶよ。…僕、最期に何考えてるんだろう。


体が宙に浮いたように軽い。僕は神を信じないけど、天国か地獄かときかれたらやっp「起きろ。私の一瞥を受けておいて、こんなところでくたばれると思っているのならば、それは大きな間違いというものだ」


「…え?嘘、僕死んでない?」


ケルンは目を開くとまず、自分がお穣様抱きをされているという事実に思考が停止する。


「気づいていたんだろう?私が本質を変容させながら君の後をつけていたことを」


そんなケルンの感情がわからないのかサヅォヴェールはケルンを抱きかかえたまま話しかける。自分が過剰評価されている。ケルンはそう思いつつも適当に話を合わせる。


「まあ、うん。なんとなくね。でも、結構原始的なんだね。僕はてっきり空の上から四六時中監視されるものかとてっきり思ってしまっていたよ」


サヅォヴェールの懐から丁寧に降ろされる。苦労の色ひとつ見せずに自分を見事に救って見せたサヅォヴェールが恋愛の方面ではない方向でかっこよく思ってしまったのはここだけの話だ。


「まだ闘えるな?私も手助けをしてやるが、奴は己の力で倒して見せろ。それが、戦神の祝福を授かる条件だ」


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