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異世界戦線【非公開】  作者: Chira
第二部 女神降臨
35/47

9:00 a.m.

「貴様ァーッ!」


カリンの瞳は目の前に立つどこかケトゥーヴァの面影を残した『それ』を排除対象として見ていた。カリンが振う鞘のない銀色の太刀の名はサドゥーツ。無論、原初の五剣の一振りである。アルテーヌがケトゥーヴァの離反した際に切り札として創り出されたサドゥーツはアルテーヌ自身の力に近い能力を彼に宿した。


その力は、一言でいうと『あらゆるものを切断する能力』。サドゥーツには制約があれど、持ち主の力量次第でアルテーヌと瞬間的に同等の力を引き出すことができるのだ。


カリンはそれを空間を斬り裂くことに特化させて見事に扱ってみせていた。けれど、サドゥーツは彼女をまだ主人として認めてはいない。カリンの力は確かなものだ。しかし、サドゥーツには彼なりに長く生き彼なりの美学をその長い生の中で見出していた。彼がまだ彼女を認めていないということはつまり、まだカリンはその域に達していないということになる。


「姉さん、いや、カリン!落ち着け、アレクトを巻き込むな!魔導兵はそう簡単には死なない、それぐらい姉さんわかっているだろう?」


シェルナーが意識を失ったアレクトを回収し、フェリーヴェにアレクトの体を預ける。刺さった剣を抜かないでいるのは余計な出血を防ぐためだ。アレクトの魔力量からすれば二日三日は魔力自体の治癒力で生きながらえることができる。そのため剣を抜いたことによる失血死の方が上級魔導兵からすれば恐ろしいのだ。


「シェルナー、黙って私を援護しろ。私は奴を殺さなければならない。アレクトに悪意のあるものは私の手で振り払わなければならないんだ」


宇宙をそのまま映し取ったような斬撃を紫電で相殺する。カリンは気づいていないが、カリンの体内では怒りにより微弱な魔力乱流が発生していた。太刀によって引き裂かれた空間の切れ目は今までとは違い、ガラスを割ったように荒く、カリンが正気でないことはシェルナーの目からして明らかだった。


「…俺が行こう、シェルナー。力を使う許可をくれ」


様子見に徹していたブランギニールが後ろからシェルナーに声をかける。


「ダメだ。最後の最後まで『力』は使うなと何度も言っているだろう?それに…」


シェルナーが上を見上げる。雲が程よく空に浮かんでいて良い天気だ。いや、彼が言いたいことはそういう訳ではないのだろう。見える。先んじて二階に上がり、寝ていたはずの彼の姿が。


「…行くぞメーリス。準備はできているな?」


「はい!我が主人よ、私はいつでもいけます!」


「『白鳥の騎士(クレーヴェ)』」


白い軌跡を描きながらクランハルトが空を斬り裂く。必殺の意志を込めた彼の一撃は正確無比にケトゥーヴァを捉え、脳天を狙って大空から舞い落ちる。


激しい土煙が舞う。瞳を閉じ、それでも粉塵の不快感から顔を手で覆う。何か金属のようなものがぶつかる音が聞こえてくる。ああ、せっかく頑張って用意した隠れ家が台なしだよ、とシェルナーは内心で愚痴を吐露するが、切羽詰まったこの雰囲気を崩すのは野暮だと考え思考を切り替える。


「…嘘、セレブラントまでいるの?…そう、アルテーヌはそんなに本気なんだ…」


「カリン、挟み撃うぞ!」


クランハルトは三対の剣の翼を撃ち、ケトゥーヴァをカリンと共同で挟撃する。紫と白の光が宙を舞う。しかし、ケトゥーヴァはそんな二人の技を回避し、受け流しす。二体一だというのにケトゥーヴァが押されているという印象を感じさせない。


「…ここだっ!」


カリンの陽動によりクランハルトがケトゥーヴァの間合いの内側に侵入することに成功する。決まった、カリンそう心の中で確信し、ほくそ笑む。


だが、現実はそう上手くはいかない。ケトゥーヴァは下半身に力を入れて腰を低くし、その皺ひとつない幼さを残す左手で


クランハルトを殴った。


「…は?」


クランハルトの肺から自然とそんな音が聞こえてきた。吹き飛ばされながらも、地面にメーリスを突き刺して姿勢を重力の方に戻し、顔を上げる。


「また、肋骨が折れた…」


骨は一度折れると再び折れやすくなってしまうとはよく聞くが、今回はそういうわけではないでしょ。とメーリスは心の中でツッコミを入れる。そしてまた、それでも再び立ち上がり敵へと向かうクランハルトの芯の強さに口角を緩める。


「大丈夫なのか?」


「…このくらい、とは言いたいところだが、アレは痛かったぞ。切り傷や火傷なら何度も経験があったが、こんな威力の純粋な質量をくらったのは初めてだ」


三対の剣はどうやらケトゥーヴァには通用しなかったようで、青白い破片が地面に転がっている。純粋な魔力を切断する力を目の当たりにし、クランハルトは目の前の少女は『魔女』と同等かそれ以上の実力の持ち主と認識し直し、警戒を強める。


話は戻るが、ケトゥーヴァがセレブラントと呼んだものの正体は、ここまで言えばわかるかもしれないが、原初の五剣の二本目、『殺愛』である。アルテーヌがヴィルヘルムを愛した勢いで創り出されたセレブラントは、ヴィルフリートが無条件の愛をアルテーヌに注いだように、自分自身にも同じように愛を注いでくれる人の到来を待ちわびていた。


そんな彼女の性格のため原初の五大貴族の家の一つがセレブラントを管理することになった時も、愛を求める彼女には強さなどどうでもよく、どこにでもあるようなナイフの姿へと形を変えて愛の到来を待ち続けた。そしてそのまま忘れ去られた彼女は、仕方がなく宝物庫の中に入れられ金銀財宝と共に眠り続けていたのだった。


「…もう時間がないや。私はそろそろお役御免、かな?」


そんな彼女の願望を叶えたのは皮肉にも、愛というものを知らないクランハルトだった。貴族ながらにして恋を知らず、武の道を突き進み、そしてクーデター後の冷遇をこの身一つで何も言わずに耐え続けてきた彼の何を気に入ったのか、その答えはリーメス、彼女にしか知らない。


ケトゥーヴァのつぶやきと同時に、二人を振り払うように周囲に斬撃を発生する。宇宙を濃縮したような、神秘性すら感じさせる斬撃は空中に広がると性質を変容させ皆の武器にまとわりつく。


「…少し、私の話を聞いてほしい。きっと、確実に、このまま皆が戦うと、メルゼーに負けてしまう。皆がメルゼーに勝利するには、ヴィルヘルムの協力が必要。私が『力』を使ったから遅からず動くとは思うけど、私は皆に生き残ってほしいの」


ケトゥーヴァがそう言うと、脳内にとある建造物の光景が映し出される。


「ここは、カリンなら行ったことがあると思うけれど、タルガロス大聖堂。私がイルニスで帝国の軍服をきた少女にも教えたけれど、うまく伝わらなかったようだから私が直接教える」


「…少しいいかな?私達に剣を向けてきたかと思えば、自分の指示に従えというのはいささか話が良すぎるんじゃないかな?そもそも、私達は初対面のはずだ。君はこちらの名前を知っているのかもしれないけれど、要求を伝える相手にその態度はないんじゃないかな?」


シェルナーは怪訝な顔で問いかける。


「私の魔力を見れば姿は違えど私の正体は分かっていたと思っていたんだけど…まあ、いいか。私はケトゥーヴァ。ほら、アレクトが持っていた剣の中の自我っていえばいいのかな?」


人型のあの無邪気さを残しながらも必死に背伸びをして大人ぶっていたようなあの姿とのギャップは凄まじいが、ケトゥーヴァの言葉にカリンは戦闘中に感じていた違和感についての理由にひとまず納得する。


ケトゥーヴァはシェルナーからこれ以上の質問が出てこないことを確認するとシェルナーから視線を外して話を続ける。


「あそこは女神メルゼーの封印の場なの。彼女の封印と解放には神の子孫(ロイヤルブラッド)が必要。そして、神託教皇は神の子孫(ロイヤルブラッド)の者が代々務めているの。カンタベリーは孤児の生まれとされているけれど、本来は今の王族の系譜のはず。それなのになぜ、メルゼーがカンタベリーではなくエリザベスを使ったのかは分からないけれど、この際は何でもいい。カンタベリーを倒し、ヴィルヘルムにメルゼーを疲弊させてカンタベリーの体に封印させる。そうすれば皆は無事に帰れる、はず。あとは皆んなの頑張り次第。私は、これでおしまい。皆んなの、勝利を願ってる」


「待て。ならば、アレクトにあんなことをする必要はなかっただろう。おい、待て!」


カリンの言葉にケトゥーヴァは耳を貸さず、空間を捻じ曲げると吸い込まれるように姿を消した。しばらくすると、武器に纏わりついていた謎のオーラは霧散して自由に振えるようになった。


「いったい彼女は、何がしたかったんだ?」


「…っ!アレクト!」


クランハルトは絞り出すような声で安堵し力無く座り込み、カリンはフェリーヴェによって守られたアレクトに向かって走り出す。


「カリン、アレクトの胸に刺さっている剣を抜いてはいけませんわ」


フェリーヴェの声はカリンに届いたのだろう。カリンは剣の刃が自分の皮膚を切らないように注意を払いながらそっと、優しくアレクトを抱き抱える。


「魔力が乱れないように調節されている?」


「アレクトに刺さっているこの剣、もしかしてケトゥーヴァかな?もしかしてあの子は本当にケトゥーヴァの人間の姿だったりして。いや、まさかね…」


カリンに抱き抱えられているアレクトに刺さったケトゥーヴァの柄に手を添えようとするが、触る資格が無いと言わんばかりに弾き返される。


「剣自らが意思を持っている…これってもしかしなくても、ケトゥーヴァの真剣だね」


「…アレクトは原初の五剣を授けられた原初の五大貴族の最後の一門であるリーベ家の後継者候補だ。認めたくはないが、あの剣と彼女は本当にケトゥーヴァだったようだな」


カリンが悔しそうに呟く。そのつぶやきにシェルナーはどう返せばよいのか分からない。風によって髪が靡くと、ブランギニールが立ち上がる。


「…俺が行こう」


今まで沈黙を保っていたブランギニールが重々しく口を開く。シェルナーは声の方向に振り向き、ブランギニールと目が合う。


「数は?」


「百か、それともそれ以上か。心配するな。俺に任せて先に行け」


「ブランギニール、私も行こう。最高戦力であるカリンとシェルナー(ふたり)の手は煩わせたくない。それに、アレクトの世話なら男よりも女の方が適任だろうしな」


そう言ってからの行動は早い。二人は息を合わせたように跳躍し、シェルナーが彼らに返事をする間もなく屋根を伝って駆けて行った。


「私はケルンの行方が気になる。連絡してからタルガロス大聖堂に行くとしよう。シェルナー、ヒュメルプールはあとどのぐらいで目覚めそうだ?」


カリンの質問を聞いてシェルナーはフェリーヴェの方を向く。フェリーヴェは吟味するようにヒュメルプールの方を見ると、突然目を見開き胸に両手を合わせて肩を落とす。


「ヒュメルプール!」


「…フェリーヴェ?」


一度目を覚ましたヒュメルプールだったが、フェリーヴェの姿を見ると安心したのか力を抜き脱力する。


「少し休ませてください。血が、足りません」


ヒュメルプールはフラフラとおぼつかない足取りで破壊を逃れた椅子に座り込む。


「カリン、ヒュメルプールのことはいいので貴方自身でアレクトの面倒をみなさいな。アレクトは、大事な戦友なのでしょう?」


フェリーヴェは普段は我儘を言い周りに迷惑をかけるが、それは寂しさあってのもの。そして、貴族として育ってきたフェリーヴェの洞察力は感情の機微を読み取ることは容易い。もちろん、カリンがままらない状態であることもある程度は察していた。


フェリーヴェの言葉にカリンは少し安心したような表情になる。そしてアレクトを片手で抱えると何も言わずに空間を飛んだ。


「ヒュル、調子はどうだい?動けそうか?」


「わかっています。タルガロス大聖堂に行くのでしょう?血の量が少し心許ないですが、足手纏いにはなりません。連れて行ってください」


ヒュメルプールの覚悟の決まった目をみてシェルナーは小さく頷く。行動が決まれば彼らのその後の行動は早かった。魔力で装いを変え、王国市民へと姿を変える。遠くからサイレンの音が聞こえてくる。ここにいたらいずれ私たちの正体が暴露されてしまうだろう。三人は互いに目配せすると路地裏の闇に姿を溶かし、市街地へと姿を消していった。



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