再集結
随分と期間が開いてしまい申し訳ありません。今後は今までと同じような投稿頻度に戻ると思うので、今後も温かい目で見てもらえれば幸いです。
どうやらこの家は二階建てだったようで、いや、下から物音が聞こえてきたからよくよく考えたらすぐにわかったのかもしれないけれど、それはそうと軋む階段を一歩一歩たしかに踏みしめながら一階へと向かう。
「フェリーヴェ、いくら実家にいる時のような贅沢はできないからといって紅茶をレンジで作ろうとするのはいくら何でも感心しないわ。貴方、それでも貴族だという自覚があるのかしら?」
「何よ、ヒュメルプール。別にケトルを使わないでも十分に美味しいじゃない。これのどこが問題なのよ」
階段の終着点はリビングルームのような開けた場所だった。そして、帝国国内でも議論の尽きない話題が寒色で寂しい室内を暖めている。
アレクトはそんな和やかな雰囲気に敵地であることから生じる緊張感を解き、無意識に力を入れていた顔の筋肉の力を抜く。
「シェルナーさん、あの二人っていつもあんな感じなんですか?」
私はキッチンの方で死んだような目をしながらケトルでお湯を沸かし、電子レンジでマグカップごとお湯を温めるシェルナーさんに二人には聞こえないような小声で話しかける。
「そうだよ。もしかしたら彼女たちは自覚がないかもしれないかもしれなないけれど、一応潜入任務中だからね。何人も侍従を雇って身の回りの世話を任せられるような生活はできないから、そのしわ寄せが僕に回ってきているんだ」
そう愚痴を垂らしながらもテキパキと朝食を作る様子を見て私は全てを察する。そして、さっきとは別の意味で彼を可哀そうだと思った。
「あら、アレクトではないですか。丁度いい機会です。貴方も席に着きなさい」
特にやることもないのでとりあえず室内を散策しようと思っていたら、残念ながら半ば強制的に席に着くように誘導されてしまった。確かこっちは覚えていないけど、この二人とは幼いころに面識があるんだよね…
確か私の記憶によると、紅い目と漆黒で艶やかな髪を靡かせながらお湯はケトルで沸かすべきだと譲らないのが、謀略を得意とするグテラス家の四女、ヒュメルプール。
「なんで関係のないアレクトまで巻き込むのかしら。もしかして自分一人だと口喧嘩で私に勝てないからかしらー?」
そしてクリーム色とも金髪とも取れる髪を貴族らしくなく乱れたままで放置し、銀色に輝く目を怒りに染めているのが、騎兵の名門一族にして、政界を牛耳り、五大貴族の中で最も力があるといわれているラ=ハルバトテ家の二女、フェリーヴェ。
「もし本当にそうならばわざわざそんな大見得を切らなくてもいいのではなくて?”フェレ”?」
「だあーっ!それを使うのをやめなさい、ずるいですわー!」
「五月蠅いぞ、お前ら。上まで会話声が聞こえてくる。いったい何をそんなに話していたんだ」
紅茶の話、というより口喧嘩をしていたのがどうやら上の階まで聞こえていたようで、不機嫌そうな顔をしながら隊長が一階に降りてきた。…正直紅茶の淹れ方なんて美味しければなんでもいいので、話が振られてきたら危なかったんですよね。
「あまり良い目覚めではないように伺えますが、どうなさいましたか?カリン様」
「様をつけるな、ヒュメルプール。気持ち悪い」
「あら、心外ですわ。私はカリン様に対してそんな風に思われていたなんて」
そう言って胸を両手で覆って少し俯きながら小さく首を横に振るヒュメルプール。その落ち着きっぷりは無視をされて「ぐぬぬ」という擬音がよく似合う様子のフェリーヴェと対照的で、その温度差に空気が和む。
「フェレ、ヒュル。落ち着いてくれ、騒がしくてかなわないよ。姉さん、それと…アレクト。二人は有り合わせにはなるけど朝食を用意したから。」
普段のことで慣れているのか、もう二人については触れないシェルナーさん。空腹感を感じて試しに籠に入っているリンゴをかじってみたけれど、これ、思ったより、硬い…
それはそうと、女性が苦手と言いつつも、二人のことを愛称で呼ぶのは距離が近すぎると思うのは私が未熟だからだろうか。そう呼ばれた二人とも満更でもないのか、少し頬を赤くしてその後は静かにしているように見える。
「シェルナー、フェルトドールでは大変だったようだな。『執行官』と名高いウェクトリーナ相手に一人で善戦したと聞いたが」
「そんなことないよ。姉さんこそ女神相手によく無事に帰ってこれたね。胸を撫で下ろしたよ。でも、彼女たち…武装修道女と戦ってみて感じたんだけど、なんか、こう、違和感があったんだよね。本能的に動いているというか…」
「わかりますわ。私がウェクトリーナに攻撃したときも何か遠くのものを見ているようで、こちらのことなど眼中にないといった様子でしたもの」
「あら、珍しく私と同じことを考えていたのですね。…私の啄にも彼女たちは全く恐怖というものを持っていないように映っていました。まるで何かにとり憑かれたかのように」
もしそうならば民間人も全て国教府の内通者なのかもしれないとも思ったが、もしそんなことができるならば敵地にいる私たちの寝込みを襲うことぐらい造作もないことのはずなので、すこし違和感がある。
「…連戦連敗だな」
カリンが苦笑気味に笑う。
「そうだね。武装修道女最高戦力と謳われるウェクトリーナにも勝てなかったし、姉さんのタルガロス大聖堂では女神を復活させることになってしまうし、踏んだり蹴ったりだね」
シェルナーはそんなカリンの口角が上がった美しい顔立ちを直視してはにかむ。これが二人の素顔なのだろうか。暖炉の火がパチパチと火花を散らしている。
「…事態は急を要する。ここ数日で連絡の取れる諜報員の数が急激に減少している。おそらく武装修道女の仕業だろう。残った者もほとんどは囮だろうな」
「…それなら、もう残る手は一つしかないと思うんだけど、姉さんはどう思う?」
「…!アレをするつもりか。私はいいと思うぞ。確か最後にあれをやったのはネヘトホルテ包囲戦だったか?」
隊長が不敵に笑う。その瞳の奥では静かに炎が燃えているようで、隊長を見ていると謎の心地よい高揚感に包まれる。
「げ、ネヘトホルテってあれ?三日三晩戦い続けたアレのこと?ワタシ、イヤでしてよ?」
「今回ばかりはフェリーヴェの言う通りですわ。何十万の敵へ無謀にも突撃してリーデンブルグまで徒歩で帰ったあの時とは事情が異なります。私は反対ですわ」
フェリーヴェとヒュメルプールがともに嫌そうな顔をしながら、優雅に、けれど必死になりながら言い出したシェルナーを説得しようと饒舌に捲し立てる。
「…臆病風に吹かれたか、女が」
腹に響くような重たい声が響く。驚いて上を見上げると、カリン隊長の背後に大男が立っていた。腰を曲げても座っているカリンの頭一つ分の隙間があることから2メートルほどはあるだろうか。そんな大男の出現にも関わらず、隊長は何ということはないといった様子で紅茶を口に含む。
「ブランギニール、平民風情がこのワタシに向かって女とはどういう風の吹き回しでして?皇帝陛下に気に入られているぐらいでこの、ワタシに敵うと思っているのでしたら勘違いも甚だしいところでしてよ?」
「やめろブランギニール、余計なことを言うのはやめろ。何日間追手をなぎ倒しながらここまで来たと思っているんだ。…ああ、もういい。好きにしろ。私は寝る」
扉が雑に開かれたと思うと、そこには顔についた返り血を不機嫌そうにふき取るクランハルトが立っていた。確か二人はリソトに飛行機から降下していたはずだ。クランハルトはなんともないという顔をしているが、目の焦点は合っておらず、握っている短刀は震えている。
「私は少し寝てくる。必要になったら起こしてくれ」
クランハルトは大きく息を吐いて力を抜くと、おぼつかない足取りで2階に向かった。意識が朦朧としているのだろう、階段が軋む音がとてもゆっくりと聞こえてくる。
「クランハルトは分からないが、ブランギニールもやる気みたいだぞ?本国からの増援は期待できない。ならば独力でこの状況を打破する他ないが、武装修道女の名だたるを撃破して女神を再び封印、もしくは殺害するにはあまりにも戦力が足りない。そう言いたいんだろう?」
カリン隊長の言葉に私を含めた三人が頷く。フェリーヴェとヒュメルプールは嫌そうな顔をしているが、私には何がそんなに彼女たちを必死にさせるのか理解するための情報が足りない。
「だが、そうぐずぐずしているような時間は残ってはいない。女神の降臨を阻止するという作戦が失敗し、彼女の行方が分からない以上、神都と呼ばれるリソトで暴れて女神の注意を引き付け、撃破するのが好ましい。帝国最高戦力である近衛親衛隊ならばそれも可能なはずだ」
…なるほど、あの二人があそこまで嫌がる理由が分かった。隊長はそれっぽい言葉を並べているけど、つまり敵陣で力の限り暴れるってことだよね。
「…?隊長、そういえば私のケトゥーヴァってどこかに置いてきてしまいましたか?」
「ああ、タルガロス大聖堂から脱出する際に流石に回収する暇がなかったからな。魔力で呼んでも帰ってこないのか?」
「はい、そうなんです」
何処からともなく懐かしい、つまりケトゥーヴァの魔力を感じたので呼び戻そうとしたが、ケトゥーヴァは私の呼びかけに応じず、手には何の感触はなかった。だが、私が仄かに感じた違和感は短い時間で私を脅かす脅威へと変貌した。
『ごめんね、アレクト。こんなこと、したくはなかったけど、ごめん。殺さないようにはするから』
体内に残るケトゥーヴァの魔力の残滓から声が聞こえてくる。それは、悲哀と後悔の念を感じさせながらも、言葉の端々に確かな殺気がこもっている。
「皆さん、隠れて!」
「血泥」
私がケトゥーヴァの魔力の接近を危険だと脳が処理し、神経を伝って口を動かすと同時にヒュメルプールの指先から赤色の糸が迸り、半透明のドーム状になって私達を包み込む。糸状だったときは明るい色をしていた血は、私達を包み込むと泥のような色になる。
ヒュメルプールの反応は早く、その後の対応も素晴らしいものだった。この素早く的確な力の扱い方には第一近衛親衛隊の末席に自分の席が置いてあるのはただ適性検査の結果が良かったというわけではないと証明するのに十分なものだったが、神の権能はただの血の膜で防げるような生暖かいようなものではない。
血の膜が宇宙をそのまま写し取ったかのような斬撃によって引き裂かれる。次の瞬間、ヒュメルプールは全身から血を噴き出して倒れた。これが初めての出来事ではないのか隣にいたフェリーヴェが即座にヒュメルプールを抱きかかえて、シェルナーがそんな二人を庇うように立ちはだかる。
「…ヴィルヘルムのお気に入りを壊したくはない。アルテーヌにも悪いけれど今は、許して」
先ほどの斬撃によって建物は崩れ、まだ昼とはいかないが太陽がそこそこの高さまで登ってきているのがみえた。皆が臨戦態勢を取り殺気立っている。
均衡は一瞬で崩れた。カリン隊長とケトゥーヴァ、どちらが先に動き出したのか分からないが、とても目では追えない速さで互いの技がぶつかり合い衝撃波を発する。武器を持たない私が割り込む隙もないほどに激しく何かと何かが衝突している。
一瞬、ケトゥーヴァと目が合う、いや、合ってしまった。そして、その時の私がケトゥーヴァと目が合ったことを認識する前に終わりは訪れた。
突如、数多の剣が空中に出現する。私はその光景の神々しさに目を奪われそうになりかけてしまいそうになり、カリン隊長が戦闘中だというのに視線をこちらに向けて警告をしてくれたことを察知するのが遅れてしまった。
「…っ、っ!!」
剣が流れるように空を駆ける。そして、私が何か行動を取る前に胸の部分に体を貫かれたような痛みが走った。声が出てこない。空気が肺を焼き、血の流れが体の外へ続いてゆく。私は必死に悲鳴を上げるが体の機能がそれを許してくれない。
「アレクト!アレクt」
誰かの叫ぶ声が遠くから聞こえてくるが、私はそれを感覚としてでしか認識することが出来ない。敵が目の前にいたはずなのにケトゥーヴァの魔力に意識を持っていかれたせいでいだろうか。それとも、あれは意図して行ったのだろうか。
私の思考が止まると同時に、意識は深淵に落ちて深い眠りについた。




