夜明け
「最初は問題ないと思っていたが…これは本当に回復するのか?」
カリンは苦虫を嚙み潰したような表情で絞り出すように言う。
魔力乱流。体内の魔力が乱れて自分自身の意思で操作することが出来なくなってしまう症状。魔力が豊富なアレクトも例外、というよりかは魔力が豊富であるが故の問題が生じていた。
「揺れが強すぎる。これでは回復分を合わせたとしても揺れが止まらない…」
魔力乱流は通常、意識を失うまでの威力はない。魔力というものは自分のイメージが具現化したもので、そのイメージは感情に大きな影響を与える。つまり魔力乱流というものは感情が昂ると一定時間魔力を思い通りに使うことができなくなってしまうのだ。
しかし、アレクトは事情が違った。アレクトの魔力適性は帝国内で百名もいないA。その膨大な魔力は一度流が発生してしまえば通常とは同じようにはいかず、魔力乱流は自然に終わることはない。その流れを沈めるには強靭な精神力が必要なのだが、最近まで温室暮らしをしていたアレクトの精神では到底無理な話だった。
…もっとしっかり軍人としての心構えを教えておくべきだったか
カリンは心の中で今までの自分がアレクトに対して甘く接し過ぎていた事実を噛み締める。そしてそれは血の味となって口の中に広がっていく。
だが、解決策がないわけではない。他人の魔力に干渉する方法がないわけではないのだ。カリンは珍しく顔に不満を露わにしながら半ば諦めたように決心して行動に移す。
カリンはアレクトの口の中に指を入れ、爪で舌を切る。無事に血が出てきたことを確認すると、今度はカリンが自分の舌を切った。
「女同士で弄りあう趣味はないんだがな…」
二人の唇が重なる。カリンは感覚で舌の傷口を探って、互いの傷口を合わせる。口内の生ぬるく鉄っぽい感覚に思わず口を離してしまいそうになるが、無理やり手で固定して自ら逃げられないようにする。
…そろそろ…よし、来た
魔力を流すと無事、アレクトの体内へ血液が入り込んでいたことがわかる。カリンはそれを確認すると魔力を勢いよく流してアレクトの魔力の流れを止めていく。
アレクトの体内を激流のように流れていた魔力も小川の程度に落ち着いてきた。この程度ならば後は自然に治癒していくだろうと判断したカリンは唇を離す。
「…早く起きてくれよ」
互いの口に糸が引かれる。長いこと息を止めていたせいで呼吸は浅く、頬は紅潮し色っぽいが、自覚のないカリンは口周りを拭き取ると乱れたシーツを掛け直した。
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うーん、いい朝!
なんか口が切れているけれど、そんな些細なことなどどうでもいいように感じられるほど清々しい気分です。
「ほぇ?隊長何やっているんですか。起きてください。体をどかしてもらわないと私、ベッドから動けません」
そういえば、まあまあな期間を互いに過ごしてきたのに隊長の寝顔を見たのはこれが初めてですね。普段から誰に対しても冷たい視線を向けている隊長も、寝ているときは女性らしい可憐さが見え隠れしています。
そうは言いつつも、アレクトは右足が痺れてきたのでカリンを優しく揺すって起こそうとする。
「ん…なんだ…私はまだ眠いんだ…」
「ちょ、ちょっと、隊長。二度寝はやめてください。流石にもう足が、いたたた…」
「っ…!ア、アレクト!?あぁ、いつの間にか私は寝てしまっていたのか」
カリンは普段は誰にも見せないような醜態を晒してしまったことを誤魔化すように乱れた髪をかきあげる。そしてアレクトは知らないであろう昨晩の出来事を思い出して頬を赤らめる。
「なんですかぁ?そんなに頬を赤く染めて、隊長らしくもない。あ、もしかして隊長ってお、女の子を襲うような趣味があるんですか!?」
「馬鹿野郎、そんなわけないだろう。…昨晩何が起こったか覚えているか?」
昨晩?昨晩はたしか、…あれ?
「私達、タルガロス大聖堂に行ったはずですよね?」
「そこまでは覚えているのか。容態は安定している様だし率直に言ってしまおう。」
「ええ、まあ」
そう言うとカリン隊長は私から視線を逸らして、軽く一息吐いてから再び話し始める。心なしか隊長が私を意識的に遠ざけているように感じる。きっと気のせいなのでしょうけれど、どことなく違和感があります。
「アレクト、お前は戦闘中に激しく感情が昂っただろう?それが原因で敵前であるにもかかわらず、挙句の果てに気絶することになったんだ」
「ほえーそんなことがあったんですね」
「馬鹿、最悪死ぬところだったんだぞ?なんでそんな適当に受け止められるんだ」
「だってどんな時でもピンチになったら隊長が助けてくれるじゃないですか」
「っ、そ、そうだな」
私の言葉に隊長は視線を外して耳を赤くします。…やっぱり今日の隊長は体調とかがおかしいんですかね?
「アレクトさん、朝ですが調子はどうです…って姉さん!?」
扉が叩かれ、シェルナーさんが部屋に入ってくる。カリン隊長の寝巻き姿に驚いているけれど、シェルナーさん、もしかして女性慣れしてないのかな?
「あ、ああ。シェルナーか。すまない、少し私は一人になってくるから後は任せた」
「え、顔が赤いですけど姉さん、もしかして体調が悪かったりします?」
「うるさい!私は大丈夫だからそんなに気にしするな!」
隊長はそういうと立ち上がって足早に部屋から出ていきました。勢いよく閉められた扉の音が耳に残ります。
「熱は…なさそうだね。脈も問題なさそう。魔力乱流の影響もあるだろうし一応今日は大人しくしててね」
「…シェルナーさんってカリン隊長が好きなんですか?」
シェルナーさんベッドにズサーと滑り込む。シェルナーさんの筋肉質な身体がシーツ越しにふくらはぎに当たってくすぐったい。
…やっぱりか
「ぼっ、僕が姉さんを!?そっそそ、そんなことないと、思うけど?」
「いやいや、そんなに動揺したら誰の目から見てもその気があることぐらい察しがつきますって。で、どうなんですか?」
「どう、とは?」
「いいじゃないですか。この騒動が終わったら告白ぐらいしても。私、ロマンチックなのが好きなんです。さらに、ハッピーエンドだとなお良い、ですね」
シェルナーさんの目つきが真剣なものとなる。内心で一体どのようなことを考えているのだろうか。その後のあんなことやこんな事を考えているのかな、と思っていた私の予想に反してシェルナーさんの口にした内容はあまりにも冷たいものだった。
「僕は…いや、私はね。女性が苦手なんだ」
「へ?」
「それと、過去の記憶が曖昧なんだ。きっと陛下が拾ってくれた時に魔術で改竄してくれたんだと思う」
その後の話はとても長かった。長すぎてもう一度布団の中に潜り込んでしまうほどに長かった。なので、観測しているであろう皆さんのためにかいつまんで説明しようと思う。
多分シェルナーさんは貴族だったのだろう。今でもヴィルフリード皇帝陛下に仕えているけれど、貴族かと言われたら微妙なラインだ。
そして状況証拠的にシェルナーは第二か第三婦人の子だったのだろう。そしてシェルナーの母親は第一婦人より早く男児であるシェルナーを産んでしまった。
私からしてみると第一婦人が後継となる男児を産む前に他の妻に手を出したことが信じられないが、そうなってしまっては後の祭りだ。第一夫人が悪評を広げシェルナーを母と共謀して取り上げた。
その後のシェルナーさんの運命は考えたくもない。陰湿な嫌がらせにや虐待の横行。シェルナーさん曰く、普段は見えない場所には痣が大量にあるそうだ。
そんな地獄を体現したような日々からしばらくして。しばらくと言っても記憶が制限されているので何を基準にしばらくなのかはわからないが、転機がやってきた。
乱暴に、だけど丁寧に。黒い服に身を包んだ様々な体躯の男性が館を凱旋する。抵抗した者は老若男女を問わず腕を掴まれ引きずられていく。そんな中幸か不幸か前皇帝ヴァストヴィーンに拾われて今に至るそうだ。
「シェルナーさんも大変だったんですね」
「分かってくれたかい?第一近衛親衛隊には既に心労の絶えない女性が二人もいるんだからこれ以上私を困らせないでくれ…」
下の階が俄かに騒がしくなってきた。シェルナーには心当たりがあるのか、頭を抱えながら部屋を出て行こうとする。
「アレクト様、でいいのかな?ごめんね、自分の身分が曖昧なせいでどう呼んだらいいかわからないや」
ドアノブに手を触れながら困ったようにこちらを向くシェルナーさん。そうですね…
「呼び捨てで構いませんよ?なってったって、軍の中では私はただの一兵卒ですからね」




