タルガロス大聖堂の戦い〔上〕
「楽しみですね、タルガロス大聖堂。作られた当初の記録はなく、技法も素材も不明。この謎に包まれたこの大聖堂を国教府は『神が創造せし物』として考古学者や歴史家には一切触らせることなく神秘を保ち続けている。ロマンがありますね!」
潜入するにあたってあの時レルフィールさんから服を貰って正解でしたね。前回と同じように小さいのを隊長に渡したら怒られて大きい方を盗られてしまいましたけど。
辺りを見回すととにかく暗い。室内に明かりがないのは貴重な文化財をそのままにしておくと言う理由なんだろうなと理解できるけれど、この大聖堂は窓が少ない。身体強化をしていなかったら真っ暗闇の中を壁に手を当てて進むことになっていただろう。
「あんまり大きな声を出すな。リソト市街地ではクランハルトたちが陽動のために暴れたから大分手薄になっているだろうが、いくらなんでも警備ぐらいはいるだろうからな。」
「分かっていますって。でもまさかここに女王様が人質にとられているとは思いませんでしたね…」
ーーー時は少し遡ってケルンから報告を受けた11月5日
「はいほう、はふはほふはいへひほ」
「アレクト、口に入っているものを飲み込んでからしゃべってくれ」
「ははひはひはははあはは」
「全く、喉に詰まらせるほど頬張るから…」
(お二方はなぜ会話ができているのでしょうか?)
列車に揺られながら三人はレルフィールの用意したサンドウィッチで昼食にする事にしていた。喉を詰まらせたアレクトの背中をカリンが優しく撫でる。それをレルフィールが穏やかな目で眺めている。穏やかな空間に見えるが、レルフィールとカリンの表情はこわばっていて緊張状態であることが伺えた。
「カリン様、本当にタルガロス大聖堂に行かれるのですか?」
「もちろんだ。現在の我々が持っている情報はあまりにも少ない。本来諜報と戦闘を両立して行うはずだった第一近衛親衛隊もウェクトリーナの攻撃によって半壊し、今は身を隠して機会を窺っている状態だ。だが、皇帝陛下が仰るには時間がない。多少の戦闘は覚悟しつつも女神降臨についての情報を手に入れなければならない」
「そういうことでしたか。ですが、一般人ならまだしも帝国の人であるお二方が近づくことは難しいかと…」
「どうしてだ?」
カリンの疑問にレルフィールはすぐに答えようとしない。通路から足音がする。呑気にサンドウィッチを食べているアレクトの咀嚼音だけが耳に入ってくる。
「…あそこには神託教皇であるカンタベリー・リーエが執務の為に生活しています。彼女は女神によって教皇に選ばれたそうです。だから教皇ではなく、神託教皇だと聞いておりますが問題はそこではありません。国教府が公に公開している情報の中に彼女は神の如き力が使えるとの記述があります。なので私が考えるにカンタベリー教皇は魔導兵としての適性もあるのではないかと」
「なるほど。つまり、場合によってはこちらも被害を負う可能性があるということですか」
「そういうことになります。ギーバルハ王国はコルト帝国と異なり適正値という数値で魔力の適性を出します。私も過去に国教府に所属している人たちの適性値を調べてまとめましたが、カンタベリー教皇の部分改竄された痕跡があり空白になっていました。国教府がハッタリを貫こうとしているのか、なんらからの理由から秘匿しているのかはかねますが、警戒するべきかと」
レルフィールは目を伏せる。彼女の言い方的に熱心な女神信仰者ではいことをようやく確信するに至ったカリンは本題に移る。
「そのような状況を持っている貴方に頼みがある。タルガロス大聖堂侵入にあたって、案内を頼みたい」
「…やはりそうなりますか。ですが私は帝国の内通者ではありません」
「この状態を見てもそうは思えないですね。なあ、アレクト?」
「え?ひゃ、ひゃい。そうですね」
罠にかかったことに気がついたレルフィールさんは唇をきゅっときつく結ぶ。今まで全然話を聞いていなかったけど隊長の視線が怖い。まるで罠にかかった鼠に躙り寄る猫のようだ。
上手くいった。そう思いカリンは心の中でほくそ笑む。交渉ですぐに折れてくれるのは人格が二つ混ざり合っているからなのだろうか。とにかく、使えるならなんでもいい。好感を持っているアレクトには悪いが少し荒く使わせてもらおう。
「ですがもう既に私たちを匿ってくれたではないですか。その延長線と考えていただければ何もおかしい話ではないのでは?」
レルフィールは言葉を発することなく少しかなしそうな目をしてじっとカリンを見つめる。それはどのような説得にも靡かないという強い信念の表れだろうか。
「それにフォンフィールが『不審死』を遂げた以上、対外作戦局もいずれ畳む事になることは明白です。それに、外患誘致を行なった人物を役割もないのに生かしておくほど国教府は甘くないのではないですか?それならここで私の誘いを断って帝国とのパイプも切り落としてしまうのは得策ではないように私は思いますが」
「あ、それいいですね。数も少なくなってしまいましたし、私たちの部隊に入れてあげればいいじゃないですか」
「そうです。アレクトの言うとうり…は?」
カリン隊長から間の抜けた声が出てくる。私の言ってることってそんなに間違っていますか?レルフィールさんは私たちによく尽くしてくれているし、ご飯も美味しいものを作ってくれるのでそんなに悪い提案ではないかなと思い切って発言してみたのですけど、どうやら隊長が考えていたこととは大分違っていたみたいです。
「帝国とのパイプ…そうですね、なかなか悪くない提案だと思います。」
「待って、待ってください。本当にこちらに鞍替えするつもりですか?」
あらら、私のせいで話の流れがレルフィールさん有利に進み始めてしまいました。隊長がキッとこちらを睨んできますが私は悪くありません。よね?
「ええ、勿論そのつもりでいます。それならばカリン様の言う通り帝国とのパイプを作ってもらうために私の価値を示さなければなりませんね?」
「ええ、まあ、そうしてくれるなら確かにこちらもありがたいのですが…」
隊長がヘナヘナになり、レルフィールさんも元のように優しい顔つきになった。締まらない終わり方に不満が隠せないのか、先ほどまでの背筋を伸ばしていた腰を曲げて不服そうにサンドウィッチを黙々と食べ始める。
「それでは早速ですが、ひとつ情報を教えようと思います。少し前、対外作戦局に国教府から女王を拘束することに成功したとの報告が入りました。この情報は再び通達されるまで必ず防諜しなければならない、と付け加えられて。このことら女神降臨にはエリザベス女王陛下がキーになるのではないかと思われます」
◇
「お二方、そろそろ聖堂に到着します。大扉が開いているので気を付けてください」
聖堂の奥からステンドグラスからの光に照らされる。その奥には跪いて祈りの姿勢をとる修道服に身を包んだ人と十字架とそれに吊るされている何かが見える。
隊長が修道服を胸元でつかんで投げた。空気抵抗により修道服はゆっくりと宙を舞って私の後ろの方で地面に落ちる。
こちらを向いていないのに目を離すことができないほどの威圧感。心臓の鼓動が早くなる。…ああ、フォンフィールさんの時と同じだ。
「女神様は無辜なる人々を導かんとし、不浄なる現世へとその御身を降ろさんとしています。それを不尊にも妨げようとするとは…万死に値します」
威圧がこちらに向けられる。この人は尋常じゃない、ただそれだけのことで腰が抜けそうになるのをぐっと堪える。
「…?何をしているのですか、従順なる信徒よ。我々の崇高なる神の導きのために立ち塞がる障壁を取り除きなさい」
「っ…、隊長、レルフィールさんが!」
レルフィールがいつの間にか拳銃を手に構えていた。乾いた音と同時に金属の塊が高速で飛んできて耳を掠める。彼女自身の本意ではないのか両目には涙が浮かび、拳銃を持つ手は震えている。
「いや、アレクトちゃん…!」
フォンフィールさんの最期の瞬間が脳内にフラッシュバックする。また人の命を奪わなければならないの?そんなの、そんなの…
「アレクト、しっかりしろ!ぐずぐずするな、お前は十字架に磔にされている人を救出しろ!」
カリンの手には既に太刀が握られていて紫電が迸る。レルフィール自身の本意なしに放たれる弾丸を刹那で切り刻みながら接近し、峰打ちを決めた。
「…すまない、少しそこで寝ていてくれ」
「聖域『鎮魂歌』」
「…!アレクt」
卑怯にもカンタベリーはレルフィールを横にしている隙を狙い『鎮魂歌』を放つ。黄鉄鉱が連なって生成されるかのようなそれは地面を侵食しながらカリンを包み込む。
「次は貴方です、名も知らぬ少女よ。…何をしているのですか?神への捧げ物を素手で触ることは許しません」
私が十字架の目の前に辿り着いて上を見上げようとしたその時、高貴な衣に身を包んだ女性が静謐な声を放つ。さっきまで隊長の方を見ていたはずなのに、どうしてここに?
「嘘、ですよね…?」
「後は貴方一人です。さあ、武装を解除してこちらの軍門に降りなさい」
アレクトは小さな悲鳴を上げるが、金属の塊から返事が返ってくるはずもない。ゆっくりとした足取りで女性がこちらとの距離を縮めてくる。今まで暗くて見えなかった女性の目は私を嘲笑うことなく無表情にこちらを見つめている。
ユルセナイ
人の死を何とも思っていないような彼女を見ていると悲しみがオーバーフローして激しい怒りが腹の底から湧いてきた。涙は蒸発し、すくんだ足には力が入る。
「剣を抜きますか、異教徒よ。貴方方が信仰する剣がもとは女神のものであることを知っていての狼藉ですか?」
「五月蝿い。そんなの私には関係ない。私は私が正しいと思った行動をするだけ。命と信仰を天秤にかけて容赦なく命の方を切り捨てられる人に諭されたくはない」
アレクトの手元のケトゥーヴァが煌めく。だが、声は聞こえてこない。アレクトはそんな些細になったことは気にせず、身体強化で強くなっていく体で力任せに剣を振るう。
修道服に身を包んだ女性、もといカンタベリーは手は組んで祈りながらアレクトの振るう剣を最小限の動きで躱わす。
「…何か言ったらどうなんですか」
「こちらの話を聞こうとしない異教徒の方々に必要以上の言葉は不要です」
カンタベリーが袖の中に隠していたカイテルの鎖をアレクトに向けて放つ。アレクトを拘束する対象とみなした鎖は持ち主の魔力を使用して長く伸びて巻きつこうとする。
「邪魔、を、するなぁ!」
アレクトの感情は既に怒りに染まっていて正常な判断はできなくなっていた。彼女を動かすものは無尽蔵の怒りのみ。今まで貴族として抑えてきた反動とフォンフィールの死のフラッシュバックが重なった結果、それは際限なくアレクトの中で膨らみ続けていた。
「聖域『鎮魂歌』!」
その気迫に圧倒されたカンタベリーはここで判断を誤った。ウェクトリーナから魔装兵としての戦い方は学んでいたが、ここまでの殺気を浴びたためのミス。普段はのほほんとした態度をとっているアレクトだがこれでも地獄の新大陸戦線を生き残り、変貌したフォンフィール相手に勝利を収めている実力者。勿論、カンタベリーに生じた隙を逃すはずはない。
「死ね…!」
アレクトは無意識のうちに紫色に変色した眼に力を入れる。するとカンタベリー周辺の重力が大きくなり姿勢を崩した。
カンタベリーは苦し紛れに魔法陣から銀色に輝く立方体を射出するがアレクトによって一刀両断される。アレクトは体勢を崩して地面に倒れたカンタベリーの心臓めがけてケトゥーヴァを突き刺す。苦しんで声を上げることもできずに藻掻くカンタベリーを見たアレクトの瞳は
嗤っていた。




