帝国の切っ先
シェルナー率いる第一近衛親衛隊はフェルトドールの暗闇を駆けていた。
「フェリーヴェ、十一時の方向に敵ニだ!」
「もーなんでわたしばっかりなの、くたばれっ!」
第一近衛親衛隊と言ってもブランギニールはリソトへの空挺降下、ガーデムハイルは常時ヴィルヘルムの護衛についているため、実際はシェルナー、ヒュメルプール、フェリーヴェの三人のみとかなり物寂しいが、常に前線に立ち戦っている彼らにとっては多少素早い敵程度に遅れをとるわけもなく、向かって来る敵を次々と薙ぎ倒していく蹂躙劇が繰り広げられていた。
「貴方は背中がお留守ですのね。」
また一人倒された。それでも武装修道女の兵たちは恐れることなく彼らの前に立ちふさがり続ける。
「シェルナー、いくら何でも敵が多すぎない?」
フェリーヴェの質問にシェルナーは首を小さく縦に振る。
「ああ、これはいくら何でも、多すぎるな。っ…!」
シェルナーの実直さを示すかのような鋭利な切れ味の長剣で、行手を阻む障害を切り伏せてゆく。シェルナー自身は皇帝から下賜された切れ味の良い長剣、という程度の認識だが、実際にはアルテーヌが最初に創った五本の剣のうちの3本目、「実直」のホルシェという名剣だった。ホルシェは持ち主の実直さによって切れ味が変化すると言われている。そのため剣は持ち主に似たように育つ、そんな言葉もホルシェの性質から教訓として言われている。
襲いかかってくる敵を返り討ちにし続けてどれぐらい経っただろう。絶え間なく襲い掛かってきた武装修道女たちの攻勢がピタリと止み、裏路地の闇へと姿を消す。
そして、彼らはより一層の警戒を強いられる。暗闇の奥からカツ、カツ、と靴の音が響いているような音が遠くから聞こえてくる。幾つもの死線を乗り越えてきた筈だった彼らでも、足がすくむほどの恐怖を覚える。
「啄!」
ヒュメルプールが血を地面に一滴垂らすと、地面に赤色の線が描かれる。そして指を回すと赤い線が滲み始め、苦しそうにブクブクと泡を出し始めた。
「…啄めません。啄が悲鳴を上げるなんてこと、今まではありませんでしたのに。」
額に脂汗を垂らしながら弱々しく言う。啄が悲鳴をあげる。つまりはヒュメルプール自身が暗闇の奥の存在を恐れていると言うこと、その事実に狼狽しながら無意識に後ずさる。
「…、来る!」
シェルナーが静かにそう告げるとガンッ、と音を立てて戦斧が壁へ突き刺さる。幾度も死戦を潜り抜けてきたが、一瞬で命が刈り取られるかもしれないという恐怖感は何度経験しても慣れることはない。金髪に黄金の瞳、間違いない。彼女の名は
「ようこそ、第一近衛親衛隊の皆さん。私は武装修道女神託総部隊司令長のウェクトリーナと申します。」
魔導兵最強と名高い彼女が目の前に現れた。
「わざわざ陽動ご苦労様です。この程度の戦力で私の時間稼ぎができるとお思いでしたら、それは大きな間違いです。それとも、帝国にはすでに満足な戦力が残っていないのでしょうか?」
いくら最強と名高いウェクトリーナともいえど、第一近衛親衛隊所属の三人に一人で勝てるほどの力を持っているとは思えない。ハッタリ?それともこちらの実力を知らないままここに来たのか?
シェルナーは相手の一見囮に見えるような行動に疑問を感じる。そんな彼の思考を遮るように痺れを切らしたフェリーヴェが魔力を手に籠めてウェクトリーナに攻撃する。
「あたし達相手によく大口を叩けるわね。後悔させてあげるわ!」
「…っ、待て!」
フェリーヴェはシェルナーの制止を聞かない。フェリーヴェにとってただ立っているだけのウェクトリーナは格好の的に見えたからだ。
「死ね、黒鉄棘」
黒色の棘がウェクトリーナに巻き付く。棘に触れた服は破れ、皮膚を黒く変色させながら傷をつけて体を蝕む。皮膚を黒くするのは棘に分泌される毒の力。その毒は常人であれば骨を内側からドロドロに溶かし、長くても一週間で体は腐敗し死に至らしめる。
「その程度、ですか?」
余裕のある表情から繰り出される挑発にフェリーヴェは顔を歪める。そしてウェクトリーナの思惑に気が付かないまま接近してしまう。
「絞殺」
フェリーヴェが自分の腕に巻き付いている棘を魔力を込めながら力一杯引くと、ウェクトリーナを縛る力がより一層強くなり棘の先端が薄く紫がかる。そのままフェリーヴェは力を加え続けると、ウェクトリーナの体が締め付ける力で地面から離れて宙に浮かぶ。
ウェクトリーナはうっすらと笑みを浮かべて一瞬、目の虹彩が輝く。シェルナーは違和感に気がつき、咄嗟にフェリーヴェを回収しようとするが、
「聖域『天使降臨』」
ウェクトリーナが輝き、羽が身体に突き刺さる。致命的になるものは避けたが、至近距離で直撃したフェリーヴェは…
「ヒュメルプール、フェリーヴェの介抱を頼む。」
身体の所々に風穴が開き、羽が突き刺さるフェリーヴェを受け止めてシェルナーはそっと地面に置く。
「シェルナー様、私も戦えます!」
自分にフェリーヴェを介抱させる意味をシェルナーを囮にして逃げろ、という意味で受け取ったヒュメルプールは自分の瞳を潤ませてそう叫ぶ。
「…?無理はするな、私一人でどうにかなる。そんなことよりフェリーヴェを死なせるなよ」
互いに話が嚙み合っていないことに気が付かないまま、シェルナーはマントを翻して悠然と剣を抜く。天使降臨の光に向けて臆することなく進んでいく姿はまごうことなき英雄だった。
翼の繭から一人の天使が羽化し、地上に舞い降りた。一対の純白の翼に宙に浮かぶ特徴的な円環、そして夜だというのに空から差し込む光。ウェクトリーナ自身の美貌も合わさったそれは、まさしく神話で出てくる神の遣い、天使そのものだった。
ウェクトリーナは澄んだ瞳で辺りを睥睨する。そして一人の男の姿が目に入った。
「神の意向に歯向かったことを後悔しなさい」
もはや聖域の力を借りる必要などないと言わんばかりに、彼女の意思によって光の光線が指先から放たれる。
シェルナーもそれに対抗して斬撃を放つが、不慣れなことも相まって光線に触れた瞬間に崩れてしまう。
「姉さんみたいに紫電を纏ってかつ強力な斬撃を出せればいいんだけど、そんなに上手くいくわけないか…」
残念そうにしながらも足を休めることなく動かし続けてウェクトリーナに接近していく。多くの魔導兵、師匠であるカリンにも当てはまるが、基本的に魔導兵は空を飛ぶ。身体強化した体では曲がり角や急停止が難しく、不要な怪我を負う必要があるからだ。そのため多少の余分な魔力を使ったとしても安全である上空を飛行するのがいい、と言われている。それでもシェルナーが大地に足を付けているのは個人的な好みという何とも単純な理由だが。
十分な距離まで接近したことを確認したシェルナーは腰にかけていた照明弾を構えて打ち上げる。これで追撃を気にしなくていいことが二人に伝わったはずだ。
「距離が詰められない。近づかれることを恐れているのか?」
ウェクトリーナは大層な見た目の割には細い光線を数本ずつ撃ってくることしかしてこない。そのため、接近戦になれば勝機があるのでは、とシェルナーは考察する。
「…っ、ここだっ!」
壁の側面を蹴り上げてウェクトリーナが自分の間合いの中に入ってくる。剣を振り下ろすが、やはり距離を取るばかりで近接技がないかのように見受けられる。…だとしたら最初の斧はいったい?
シェルナーは足を止める。ウェクトリーナの後方の魔法陣から格好の的だと言わんばかりに光線が襲い掛かってくるが、軽くあしらうだけで大した威力もない。見掛け倒しだ。
「…ついに諦めましたか?」
ウェクトリーナが首をかしげて語り掛けてくる。本来なら私たちが追われる側の立場であるということをすっかり忘れてしまっていた。
翼を羽ばたかせてウェクトリーナが地上に降り立つ。その翼は地上では邪魔だったようで体の中に収納されていった。
「私の名は知っていると思うが、一応名乗らせもらおう。コルト帝国第一近衛親衛隊隊長シェルナーだ。」
「ええ、もちろん知っていますとも。」
周囲から敵の気配がする。やはり武装修道女の下っ端たちはずっとこちらを付けていたのか。ヒュメルプールたちは血翔で逃げられたといいが…
頭に過る不安を振り払って目の前の問題に目を向ける。シェルナーは自分で包囲されたが、そう判断した少し前の自分を恨みそうになる。
「我々としては今ここで死ぬか、人質となって帝国との交渉材料になるかのどちらかを選んで欲しいのですが、大人しく受け入れてくれないでしょうか?」
その後に「私達は最大限譲歩しているのですが…」と続く。姉さんも言っていたが、やはり…
「分かりました。私が負けた際は武装修道女、あるいはギーバルハ王国政府の指示に従いましょう。ただし、周りの者の介入はなしの一騎打ちと確約してくれるならの条件付きですが」
こんな時は一騎打ちが最適だ。勝てばよし、負けたとしても…死んでしまえば拷問にかけられるようなこともない。
ウェクトリーナは予想の斜め上を行く回答に目を見開く。天使降臨の時は力を制御できない恐怖でまともな攻撃ができなかったが、その時と同じような戦闘力しかないと思われても困る。
「聞きたかった回答とは違いましたが、いいでしょう。」
ウェクトリーナは右手を横に振る。するとまもなく、周囲の囲うような気配は消えた。そしていつの間にかウェクトリーナの手には二本の戦斧が握られていた。
シェルナーも話し合いのために収めていた剣を再び抜く。すると気が付く。剣の奥に『何か』がいるような、そんな感覚に。
互いの間合いを見極め、刹那、空間に甲高い音が響く。空間を振動させ、歪ませるほどの音は一度では鳴りやまない。一度、二度、互いの隙を伺いながら絶え間なく鳴り響いている。
互いの実力は拮抗していた。だからこそ、双方とも未だに傷ひとつ負うことなく剣と斧を打ち付け合っていたわけだが、戦い方にかなりの違いがあった。
シェルナーは無論、ホルシェ一本で戦う。何度も言うことになるが、騎士のイメージそのものな戦い方をしている。さらには身体強化によって剣を振る力も尋常ではなく、目視ではその残像を追いかけることも困難だろう。第一近衛親衛隊の隊長の名に恥じない実力の持ち主である。しかしながら、両手に巨大な戦斧を持っているウェクトリーナとの相性は悪く、シェルナーの攻撃は全て防がれてしまっている。
ウェクトリーナは細い腕と綺麗な手のひらからは考えられないほど巨大な戦斧を両手に一本ずつ携えている。勿論、常に携帯しているわけではなく、魔法によって適宜召喚している。場合によっては投擲したりもするが、近距離戦ならまずリーチで負けるようなことはない。彼女もシェルナーと同じように国内最強と言われているが、シェルナーとは違い、武装修道女全体を纏め上げる都合上公務が多いため世間的にはシェルナーに実力は劣るとされている。
コツをつかんできたウェクトリーナがシェルナーを剣ごと投げ飛ばす。シェルナーは一瞬目を見開き驚いた様子を見せるが、威力をいなして空中を蹴り、姿勢を立て直したシェルナーは身体強化を強める。魔力が飽和したホルシェが白く輝き始め、戦斧を叩き斬る。
「やはり脆いか」
シェルナーはそう一言呟き、無言の猛撃を加える。ウェクトリーナも必死で戦斧を新たに創造してシェルナーに向かって投擲するが、ホルシェの刃に触れたところから裂けていく。
一方的な蹂躙劇が始まるかと思われたが、ウェクトリーナも強者として負けるわけにはいかない。対抗するように身体強化を行い、実力が再び拮抗する。また長い膠着が始まるかと思われたが…
「血翔」
広場に優しい声が響く。ウェクトリーナの戦斧がシェルナーの首に触れようとした一瞬を見てのことだった。シェルナーが血に溶けたことを確認すると、彼女もその結果に満足しながら血に溶けていった。
◆
「…!」
地面から血が湧き上がり、人の形になっていくのを見てヒュメルプールは安心したように相好を崩す。当事者であるシェルナーはというと、突然の出来事に理解が追いついていないのか不思議そうに辺りを見回している。
「ヒュメルプール、ここは一体どこだ?」
「フェルトドール郊外にあった空き家です。フェリーヴェは安静にしておけば自然に回復していったのでシェルナー様に何かあった時のために血を仕込みに一度戻りました。」
ヒュメルプールが目を伏せてそう静かに告げる。シェルナーはそんな彼女の手際の良さに感心しながらベッドで安置されているフェリーヴェの様子を確認する。風穴はきっとヒュメルプールが魔力を流したのだろう、すでに塞がっているがシーツには血が滲んでいる。起き上がるまでもう二日程はかかりそうだ。
「本来ならホシオの様子も確認したいが、この調子だとおそらく…」
「国教府は議会を封鎖するでしょう。国民にも何かが起こっていることが隠しきれなくなってなっています。王立近衛師団もリーダー格であったガリフ・ベスファの戦死で対立が表面化しまとまりがなくなってきていることから、混乱に乗じて本格的にギーバルハ王国を掌握することも考えられます。」
シェルナーは腕を組みながら今後のことについて考える。最悪ホシオの軍事侵攻は失敗しても問題はない。軍管区地域とフレーヌ地域の蜂起によってギーバルハ王国はすでに大混乱に陥っているからだ。第一近衛親衛隊がやるべきことは国教府の力をできるだけ削いで第二近衛親衛隊の二人を援護すること。姉さんなら負けることはないと思うが、ウェクトリーナはこちらで片付けておきたい。
様々な問題に頭を悩ませつつも、シェルナーは休息も兼ねてひとまずはフェリーヴェの目覚めを待つことにしたのだった。
戦闘シーンを書きたいので昔の話を少し書き直そうと思います。なので次回も少し間が開きます。もし楽しみにしている方がいたら申し訳ありません




