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異世界戦線【非公開】  作者: Chira
第一部 帝都防衛作戦
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新しい生活

アレクトとロンターはトラキスタン州の州都メリートから車でセリナまで移動したあと、列車に乗り換え、ランカラへと向かう。


軍服に身を包んだ若者が沢山私たちと同じ列車に乗っているけど、内装は私たちが乗ったところが一番豪華だった。これもお父様の手回しのおかげなのかもしれない。


私が列車に乗り込んでから少ししてから、ロンターさんが深刻そうな面持ちで列車に乗り込んできた。ロンターさんはさっき車を運転していた部下らしき人を呼び出していろいろと指示を出すと、少しやつれた様子で椅子に座った。そのままワインのボトルを開けるとグラスに注いでそれを一気に飲み干して、勢いよく咽る。…ロンターさん疲れてるのかな。私からも休むように言った方がいいのかもしれない。


「まさかあれがワインだったなんて…いやまあお偉いさんたちが乗るところだからあって当然なのかもしれないけど…」


そういうとロンターさんは今度こそ水をグラスに注いで、無事飲み干した。しかし、その面持ちは未だ暗いままだ。


「ロンターさん、先ほどとても困った様子でしたが、何かあったのですか?」


アレクトがそう疑問を問いかけると、ロンターはアレクトと信頼できる部下しかいないことを確認し、それでも周りを気にしながら少し声の音量を下げて慎重に言葉を選びながら話し始めた。


「アレクト様、急遽予定が変更になりました。本来ならランカラに到着後、航路でリーデンブルグまで行き、訓練期間を経て、部隊に配属される予定でしたが、上からの指示でカデークにある新大陸方面司令部に直接行ってもらうことになります。おそらくまともな訓練はほとんど行わないでそのまま前線に配備なんてことも。考えたくもないですが、ありえない話ではありません。全く、上層部は何を考えているんだか…」


ロンターさんは最後に不満を吐露しつつも丁寧に教えてくれました。…私は生きて帰ることができるのでしょうか。


皆の前では気丈に振る舞っていたアレクトだったが、一人になると再び心臓の鼓動が早くなり、息が苦しくなる。それでもアレクトはその気持ちを顔に出さないように平静を装う。


貴族社会ではたった一つの汚点が人生を変えることになる。そのため身分制度が形式上は無くなったとは言えど、要職には未だに旧貴族が多いコルト帝国では、旧貴族階級が未だに己の弱みを見せないように幼少期から教育を施す。無論、アレクトも人前では自分の感情を押し殺して上辺だけの平常を保つように教育されているのだ。それをアレクトができるのかについては話は別だが。


「ロンターさん。あんまり責任を感じないでください。本来ならどこに連れていかれるのかわからないところを、お父様が根回しをしたおかげでここまで待遇がよくなったじゃないですか」


私がそういう励ますとロンターさんの表情は少し和らぎました。そして腕を組んだままお父様から受け取ったであろう、綺麗に整備された剣をちらっと見ます。その表情はまるでお父様が企み事をしている時にそっくりです。


「アレクト様、男性貴族は基本的に人生で一本しか剣を持たないという話はご存じですか?」


「ええ、聞いたことはあります。剣は戦場での伴侶だとお父様も言っていました。ですが、なぜ今その話を?」


私が質問するとロンターさんは再びグラスに口を付ける。今まで気が付かなかったけれど、心臓の音がとても速くなっている。私も何か飲むべきだったかも。


「アレクト様はご存じないでしょうが、この剣は本来、皇帝陛下からリーベルト様に恩賜されたものなのです。そのような名誉あるものは基本的には誰かに譲り渡すなんてことはあり得ないことですが、リーベルト様は合理的な方ですから」


そう軽く笑って見せるロンターの顔は昔を思い出して懐かしんでいるようにも、寂しそうにも見えました。そして剣を私に私に差し出してきます。


貴族間で名を名乗り合い、一対一で決闘を行うことが少なくなった現代では、剣は装飾品として使われることが多くなり、宝石などを散りばめることも一般的になったと習いましたが、この剣は違いました。鍔の部分には繊細な細工が施されていますが、全体的には質素に見えます。


「それで、その剣を私はどうすればよいのですか?私、剣など今まで持ったことないのですが…」


一応それを拒む理由もないので受け取ってみたが、剣は想像していたより重さがあり、つい落としてしまうところでした。膝の上にのせて、鞘から抜けないようにしっかりと押さえます。


「いえ、何か特別なことをする必要はありません。その剣を持っているだけでいいのです。陸軍の者なら誰もが剣の区別ぐらいつきますから。その剣を持っているだけで皆が道を譲ってくれるでしょう」


「はぁ、そういうものなのですか」


そうこう話しているうちに列車はランカラの中心部に近づいてきたようだ。メリートもランカラから比較的近いこともあって十分発展しているが、やはり首都には敵わない。気のせいかもしれないが、空気が前に来たときより汚れているような気がした。


ロンターが言っていたように列車はランカラでは止まらず、カデークへ向うために北上を続ける。しばらくすると列車は山を登り始めた。標高が高くなり気温が低くなり肌寒い。途中、列車砲らしきものを見かけて、アレクトは今まで感じることのなかった戦争を実感して身が引き締まる。


「さあ、そろそろですかね。準備はできていますか?」


「もう少し待ってはいただけませんか?特に心の準備がまだなので…」


私がそう言うと、ロンターさんは笑ってくれました。ロンターさんみたいに気軽に接することができる人ばかりだといいけれど、そこまで現実は優しくないだろうな。


列車から車に乗り換えて、いかにもな建物の正門で身分確認をしてもらう。とても厳つい人に睨まれて怖い思いもしながらも、無事に中に入ることができた。


中に入ってみると意外にも貴族の館らしい雰囲気で、想像していたような厳格なイメージとは異なっていた。どこか懐かしさも感じる様式に緊張が少しほぐれ、全身に血が流れる暖かさを感じる。


ロンターさんの後ろをしばらくついていくといかにもな両開きの扉が目の前に現れた。どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出し、私達を拒んでいるかのように立ちはだかっている。


ロンターさんは扉をノックすると「入れ」と一言返事が返ってくる。それを聞くと慣れた手つきで扉を開ける。ロンターさんの動作の一つ一つがとても遅く感じられた。扉を開くとその先には一見すると中年と呼ばれるぐらいだろうか、年老いて見える男性が奥に座っていた。彼の眉間には皺が深く刻まれていて、日頃からかなり苦労していることが伺えて少し同情してしまう。それにしても眼光は鋭く、そのつもりはなかったとしても萎縮してしまいそうだ。


「レーリッヒ大将。魔導適性者のアレクト・フォン・リーベを連れて参りました」


ロンターさんが私を紹介すると、ロンターさんがレーリッヒ大将と呼ばれた人は私を興味深そうに私を見てきた。眼光が鋭くて目を合わしにくい。あんまり変に思われないといいけど。


「ふむ。ご苦労だった。お前は下がってよい。」


「はっ。失礼いたします。」


そういってロンターさんは無情にも下がっていく。私を置いていかないでという私の願いはことごとく打ち砕かれ、私はただその場に立ち尽くすことしかできない。


「…とりあえず座ったらどうだ?」


レーリッヒ大将に勧められたので席に着き、不興を買わないようにおとなしくしておく。レーリッヒ大将の顔をチラッと見てみると、まだ私を睨んでいる。波風を立てないようにそっと視線を目の前の机に戻す。


「ふむ。リーベルトの一人娘にしてはかなり人間味があるじゃないか。あいつのことだ、どうせかなりのスパルタな教育なのなだろう?ここは少し体を動かす必要があるがそんなに悪いところじゃない。…だからそんな心配する必要はないぞ」


そう私に優しく話しかけながら机を挟んで私の反対に腰掛けました。鋭い目つきも少しは、優しくなっていますかね…?


「レーリッヒ大将…様?はお父様…父をご存じなのですか?」


私はあまり立場が上の人と関わったことがないので、たどたどしい敬語を披露してしまったが、大将は不機嫌になることなく、とても面白そうに私を見ている。


「はっはっは。こいつはなかなか傑作だ。アレクト、私のことは何とでも呼んで構わん。何せリーベルトがわざわざ私に釘を刺したのだ。アイツがそんなに言うんだもし約束を守らなければ、今度会ったとき何を言われるかわからないからな。さて、話を戻そうか。アイツとはセヴィッサ戦争のころからの付き合いでな、簡単に言うと私の部下だ。そうだな…もう少し詳しく話すと奴はなかなか骨の折れるやつだった。戦場で勝手な行動をして戦果を挙げてくるからよく扱いに困ったんだ。どうだ?意外だったか?」


今までの無表情からは信じられないほど顔に笑みを浮かべて楽しそうに話してくれました。…最初からそうやっていてくれればもっと気が楽だったんだけど。


レーリッヒの態度にアレクトは流されて、気が楽になり、いつも通の調子に戻る。レーリッヒはそんなアレクトの剛胆さにリーベルトを重ね、昔を懐かしく思う。


「ええ。お父様はあまり自分の過去について話してくれなかったので、初めて知りました。ですけどそこまでとは思いませんでした。私には厳しいくせに自分は昔暴れていたなんて…」


大変遺憾です。今度会ったときにキッチリ説明してもらいましょう。心の中で父であるリーベルトに対して憤慨していると、ふとひとつ疑問が浮かんできた。


「それで、私とわざわざ一体一になる場所を用意したのは何故ですか?わざわざ私と一対一にしなければ話せない内容でもあるのですか?」


アレクトが今までのように何気なく聞いてみるとレーリッヒの顔からは笑みが消え、少し下を向いて何か考えるような素振りを見せる。アレクトは何か聞いてはいけないことを聞いてしまったことに心の中で慌て、背中の方が寒くなるように錯覚する。


「いや、そうではない。端的に言うと…謝罪だ。年端も行かない少女を前線に立たせるのだ。罪の意識がないと言えば嘘になる。しかもああは言ったが、リーベルトにはかなり融通を利かせてもらってもともと苦労をかけてきたんだ…それなのに娘まで軍に引き取られることになってしまったんだ。アレクト、すまなかったな。」


そういった後「我々の責任だ」と言ってレーリッヒ大将は深くため息をついた。それは形式的なものではなく、心の底にある本心なのだろう。謝られたこちらも申し訳ない気持ちになる。


「わざわざ謝るようなことではないですって。大将の誠意は十分に感じていますから。重たい話よりも今後のことについて話していただけませんか?」


重たい雰囲気は苦手だし、暗い話は言わずもがな。気楽に聞けるような話をしてほしいと思って今後のことを聞いてみたら、レーリッヒ大将はさらに深刻そうな顔になってしまう。


「三日後だ。三日後君の配属される401特別魔導隊は激戦地であるエラ川へと向かってもらい、コードネーム『王子』と交戦し、撃退もしくは撃破してもらう。これは明日、部隊長から再び伝達されるだろう。ばからしいだろう?兵器開発部門からの新兵器の実用実験も兼ねているそうだ。内地の奴らは適当なことをしやがって、こっちの事情を全く考えていない。」


そう言ってレーリッヒ大将は口調を乱しながら静かに怒りを露わにし、愚痴をこぼした。自分の命が大切な人命としてではなくただ使い捨ての駒のように扱われる感覚に寒気がする。私の不安が顔に出たのか大将の目が同情の色をしていた。今度は気まずくなった大将が話の話題を変えてきた。


「ここでは客間で暮らしてもらうことになる。一室しかないからいろいろと不便かもしれないが、よろしく頼む。使用人としてここにいる間はリャードをつける。雑務はリャードに任せるといい。それと、必要なものはひと通り用意したが、何か足りないものがあったらこのリャードを通して伝えてくれ。」


「リャード・カテヘルタです。…よろしくお願いいたします。」


レーリッヒ大将が指を鳴らすと、机の後ろの方から私よりも二回りほど小さい少女が出てきてぺこりと頭を下げました。大将と並ぶと祖父と孫の関係に見えます。


「多大なご配慮ありがとうございますレーリッヒ大将。さてリャード?部屋へ案内してくださる?」


可愛さに癒されつつも、こんな小さい子が使用人で大丈夫なのかと疑問が浮かび、実力を確かめるのも含めて部屋を案内させてみるよう行ってみるとリャードはコクっと頷き案内してくれました。でもやっぱり子供なのもあって歩く速度は遅く、こちらを気にして早歩きで歩いている姿につい顔を綻ばせてしまいます。


ついていくと私の部屋でしょうか、扉の前でリャードは止まり、懐から鍵を取り出して部屋を開けました。大きさはリーベルト大将は小さいと言っていましたがそこまで小さくなく、十分に過ごせそうな大きさです。


部屋に到着したのかリャードは懐から鍵の束を取り出すと、少し手のひらで転がした後、ドアノブに刺し、扉を開けた。中を覗くとリーベルト大将が言っていたような窮屈さはなく、十分な広さがあった。


「…姫様、風呂、入って…」


リャードの可愛さに是非ともお持ち帰りしたい気持ちを抑えて、言われた通りにお風呂に向かう。服を脱いで浴槽の中を見下ろすと既にお湯が張られていてリャードの手際の良さに感心する。


 リャードの可愛さに癒されながら彼女の行動に流されていると、いつの間にか就寝準備が整えられていた。普段ならば同じ内容でも二倍の時間がかかっただろう。


リャードはペコっとお辞儀をして出て行ってしまう。さっさと寝ろということなのだろう。布団も家のものと遜色なく、ただ枕が少し気になるぐらいとなかなか快適でいいかんじ。


そっと目を閉じると瞼の裏にはまだメリートの風景が残っていて、一日でかなり遠い場所に来たんだなと実感させられた。記憶の中の景色に思いを馳せながら、私は意識を深い場所へと沈めていった。

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