リソト燃ゆ
眼下に映るリソトを眺める。リーメスに刺された後、しばらくしてクランハルトは無事、目覚めることができた。しかし、彼の所属である第二近衛親衛隊はすでにリーデンブルグから立ち去ってしまっていたため、クランハルトには個別に任務が与えられることになった。
「…」
委員会からの任で降下猟兵大隊に配備されたクランハルトは、その中でも上級魔導兵のみで構成された首都直接襲撃部隊に配備されていた。本来は安全地点に降下する降下猟兵だが、首都直接襲撃部隊の市街地に潜む武装修道女を誘き出し、殲滅するという役割の都合上、危険を冒してリソト市街地に直接降下するのが一番手っ取り早く、身体強化で多少の怪我ならどうにかなる場合が多かったため、危険性を度外視したこの計画は実行されることとなった。
「…クランハルト、そろそろ降下地点になる。…パラシュートはつけたほうがいい…それと、装備は大丈夫なのか?何も持っていないように見えるが…」
鋭い目つきでブランギニールがこちらを睨んでくる。だが、クランハルトはブランギニールの言葉は全て好意からきており、今回の場合も純粋にこちらを心配してくれていることを知っている。
「大丈夫だ、ブランギニール。言葉にしようとすると少し、難しいが、私の武器は体内にあるからな」
クランハルトが心臓の部分をそっと撫でると、ブランギニールの目は不思議そうにそれを眺めている。
「ブランギニール、様。そろそろ時間、です。」
「…そうか。扉を開けるように伝えろ。」
「ヒャ、ヒャい、分かりました…」
慌てた様子で少女は後方の扉を開ける。その際、少女は突風によりそのまま外に落ちてしまう。
「ブランギニール、私は彼女を回収するために先に行く。」
「…待て、パラシュートを忘れているぞ…あぁ」
ブランギニールの制止をクランハルトは聞き入れることなく飛び降りる。
「リーメス、いるか?」
『はい我が主人よ!リーメスはここにいます。“いつでも“準備はできているので、わざわざ確認してもらわなくても構いません』
クランハルトが胸に手を入れると、心臓のある部分が白く光り、メーリスが現れる。自分が魔力を流していないにも関わらず、リーメスから過剰な量の魔力が流れてくる。体内に蓄えられる魔力の量を超えて、体から光の塵となって漏れ出て行く。
「■■■■■■■■■」
クランハルトは儚げな声を耳にした。何を言っていたのかは聞き取れない。ただ、一瞬の浮遊感と同時に先に落ちた少女が爆ぜたのを目にして分かった。それはきっと敵なのだろうと。
『白鳥の騎士』
空中に散乱する魔力を巻き込んで白銀に輝く三対の剣がクランハルトの翼となり、彼に追従する。地面はそんな彼らの到来を歓迎しているようだった。
「無事に着地してくれたようでなりよりです、北東からの客人。私はテール・アーデルルーフ。光栄にも偉大なる神より神都であるリソトの防衛を命じられました。もうお分かりでしょう?ご客人。私は貴方の運命とは相反する存在、つまり、ここから先に進むのならば私を殺さなければならないということです。」
そう言うと彼女は白く輝く円環を取り出す。そしてテールが何かを小さく唱えると、それはテールの腰を中心に宙に浮きはじめる。
「擬似聖域『破滅時計』」
澄んだ声がまるで判決を下すようにクランハルトに告げる。彼女を初めに目にした時から嫌な予感を感じ、警戒していたおかげで素早く行動に移すことができたが、それでは遅すぎた。体に凄まじい重圧がかかる。クランハルトは姿勢を崩して転ぶが、立ち上がることができない 。白鳥の騎士によって創り出した剣を翼にしてなんとか立ち上がるが、体が重い。立っているだけで精一杯で、手も足も出せない。
「いくら剣で名を馳せようとも、使えなければ意味がありません。この状態でならそう、私でも。」
「疑似聖域『護神剣』」
白い刀身の両手剣が彼女の前に現れる。クランハルトはその剣の名前に覚えがあった。『アルテーヌ』、コルトの地を初代皇帝と共に開拓し、リーデンブルグを祝福した女神。
「…。」
クランハルトは腹の底から湧いてくる怒りを原動力に跳躍する。コルト帝国を祝福する女神の名をたかが少女に踏みにじられたことに対して。そして、ただ体が自由に動かせないだけで自分に勝てると思っている彼女の浅はかさに。
剣が交差する。互いに傷は負わない。クランハルトはテールの実力を一瞬で見抜き、剣を扱ったことがあるか怪しいほどだと判断した。確かにそれは正しく、テールは今回初めて疑似聖域で護神剣を召喚した。
「その程度ですか、ご客人。そのポーカーフェイスはなかなかのものですが、それがいつまで持つことか。」
護神剣から繰り出された白銀の斬撃を回避し、六本の剣すべてを発射する。テールがそちらに気が散っている隙に、低い姿勢のままテールを護神剣ごと押し倒そうとする。
「クソッ、化け物か貴様は…!」
が、テールに押し負けそうになり、とっさに距離を取る。クランハルトは既に肉体の全盛は超えているが、それでも日頃の鍛錬は怠ることなく強靭な肉体を保ってきた。クランハルトが押し負けた理由は破滅時計にある。ティニバンが遺した権能はどれも時間に関係があるが、その中でも破滅時計は範囲内にいる者の時間を操作することができた。クランハルトは破滅時計が何かしらの効果を発揮していることはテールの腰付近で浮く円環を見てわかっていたが、効果については分からずにいた。
「敵わないことを理解しつつも生に執着するとは。おっと、不意打ちとは随分と危険なことを。」
クランハルトは時短で創造した剣を投げて時間を稼ぐ。そして一つの結論に達する。
魔力はかつて自分のイメージを具現化さることができると言われていた。手から炎を出そうと思えば、手から炎が出せ、雷を目の前に落とすこともできた。だが、それらの幻想は効率化されるにつれて打ち砕かれていった。魔力をエネルギーへと換算して、体を強化することが最も効率がよかったからだ。
クランハルトは身体強化を止めて魔力を体に溜め込む。力では敵わないと分かった以上、それに固執する意味はない。何人も敵うことのない圧倒的な力、クランハルトは無意識のうちに厚い雪に覆われたラグノーブルの景色を幻視する。
『白雪』
クランハルトを中心に辺りが凍りつく。そしてゆっくりと歩き出し、凍りついて一切の抵抗すらできなくなったテールの頭を優しく撫でる。クランハルトが撫でた部分から亀裂が広がっていき、やがて原形が分からなくなるほど粉々に砕ける。
『お見事です、主人様。私が出るまでもなかったですね。』
「さっきまで声を抑えながら興奮していたくせに、よくそんなに早く切り替えができるものだ。」
死んだ者へのせめてもの礼儀を示すようにクランハルトは剣を一本テールの傍に突き刺した。
◆
「…何も喋らないのか。ならば死ぬがいい。」
「神への叛逆はゆるさヘ」
ブランギニールはフード越しに顔を握りつぶす。衝撃で脳の一部や目が飛び出てくるが、ブランギニールはその光景を見て眉ひとつ動かさない。
「ブランギニール、こちらは終わったぞ。」
「…クランハルトか。…先ほどの凄まじい魔力の放出はお前のか?」
「そうだ。」
「…」「…」
沈黙が流れる。必要以上の言葉を交わさない二人はアイコンタクトで互いの心情を感じ取り、歩き出す。
「予定では火を放つはずだったが、中止になったのか?」
「…いや、リソトにいた武装修道女は全員殺した。無辜な市民を必要以上に殺す必要はないだろう?」
「お前は…いや、聞かないでおこう」
「お前は化け物か?」という質問を口に出す前に抑える。本能がその話題を避けるように言っているような気がしたからだ。クランハルトは不思議に思いながらも話題を変える。
「お前は第一近衛親衛隊だろう?他の隊員とは別行動なのか?」
「ああ、そうだ。シェルナー隊長たちはフェルトドールで今頃…」
◆
ガンッ、と音を立てて戦斧が壁へ突き刺さる。幾度も死戦を潜り抜けてきたが、一瞬で命が刈り取られるかもしれないという恐怖感は何度経験しても慣れることはない。金髪に黄金の瞳、間違いない。彼女の名は
「ようこそ、第一近衛親衛隊の皆さん。私は武装修道女神託総部隊司令長のウェクトリーナと申します。」




