救国の叫び〔上〕
「私の頭の中に執拗に語りかけるのをやめろ!何度言っても私の意志を曲げるつもりはない!」
『そうかしら?私はそうは思わないわ。だって貴方は葛藤している。責務と大切なものとの合間で。』
頭の中で女はほほ笑む。男はそれを乱暴に振り払おうとするが、女は決してそれを許さない。
「元々、エリザベス陛下が失踪中なことには箝口令が敷かれているはずだ。なぜ、お前がそのことを…まさか!」
『やっと気がついたのね。私ならエリザベスを救済できる。だから、私に協力してくれないかしら?』
男はこの声の正体に覚えがあった。名前のない、形のない神。我々の仕えている王の守護者。
「…わかった、取引に応じよう。それなら、私は何をすればいい?」
男が観念したように口を開くと、女は満足そうに言う。
『カルモックに行きなさい。ギーバルハ王国に反旗を翻そうとしている者どもがいます。それを制圧するのです。』
女神の言葉に男は黙って小さく頷いた。
◆
「フレーヌの地を蝕む侵略者を殲滅せよ!美しきフレーヌを愛するものは武器をとれ。国を愛するものよ、再びフェンネルの元へ集え!抵抗するものは叩き切れ、フレーヌの地に踏み入ったことを後悔させてやるのだ!」
「いやあ、なかなか素晴らしい演説だね。私もぼーっとしていたらフレーヌ救国主義者になるところだったよ。」
シャルルが感嘆した、といった風に拍手をしながら入ってくる。そんなシャルルをフェンネルは忌々しそうに見つめる。
「何も思っていないくせによく言う。貴様はここにいていいのか?既に蜂起したんだ、まだ配備が終わっていなからもう少し待ってほしい。なんて言い訳が通用するとは思うなよ?」
「はっは、こっちのことを心配してくれるなんて随分優しいじゃないか。私の方は問題ない。私の部下は優秀だからね。一々指示をしなくても彼らは勝手にやってくれるよ」
「それと、もう時期ここも無法地帯になる。貴様は自分を守ってくれる者がいる前線にいった方がいい。」
フェンネルはシャルルにそっけなく告げるが、シャルルは肩をすくめる。フェンネルは怪訝な顔をするが、シャネルはそれを気にせず話し始める。
「いいかい?こんなに計画が上手くいった時は警戒した方がいい。暗部が無能だっていう線もあるけど…」
背後からバンッ、と音がして扉が蹴破られる。シャルルは剣を構えるが、フェンネルは突然のことに驚いている様子である。
「基本的には主犯格を誘き出すため。だろうね」
◆
南部地方の有力地主の協力を取り付け、ロレーヌまで前進したカルモック反乱軍は武装修道女の散発的な攻撃に被害を抑えられずにいた。
「いったん下がれ!あの魔法に触れたらただじゃ済まないz」
「また一人やられやた、これ以上は無理だ!」
必死に銃火器を向けて発砲してくるが、彼女らには効かない。投げ込まれる爆発物は素早く拾って投げ返す。爆発とともに悲鳴が聞こえてくるが、敵の数はまだまだいる。
「第八班、西方の旧市街地に向けて進軍なさい。」
「神の御心のままに」
神に忠実な僕に指示を出し、そして自身も僕である彼女は、何かに導かれるかのように骸と瓦礫が転がる道を歩いていく。
「止まりなさい、お嬢さん。ここが有史より国王に仕え続けてきたブランニーシェ侯爵領であることを知ってのこの狼藉ですかな?売国奴にして我が娘、セシル。」
一人の男が私の前に立ちはだかる。その男は豪華な装飾を身に施し、白い服が青色のマントに映えている。この場に不釣り合いな服装の男は私の前で堂々と剣を抜き、私に向ける。
「存じております。ブランニーシェ家当主、ジベール様」
「自分の生まれた家すら忘れたのか。宗教に入り浸り、国を売り、そして今度は育った地を燃やし、神の敬虔な信徒に成り下がる。この際過去のことはどうだってよい。ブランニーシェ家の恥は当主自らが雪ぐのが古きからの習わし。さあ、ここでその命、散らしてもらおう」
ジベールは見とれるような剣技を放ち、セシルはフードを投げて寸でのところで魔法で受け止める。そして、そのままジベールの体ごと持ち上げて投げ飛ばす。
「無駄な抵抗を止めてください。でないとこれ以上は命の保証が…おや?」
土煙が晴れると、そこには投げ飛ばしたはずのジベールの姿がない。まさかと思い振り向くとそこには今にも剣を振り下ろそうとしているジベールの姿があった。
「神のヴェール!」
薄い光が剣を弾く。セシルはその隙を逃さず、拳で心臓を狙う。
「そこまでするのか…!」
ジベールは体をのけぞらせて拳を躱し、距離を取る。
「私達は崇高なる女神様の名の下に行動しているのです。邪魔をする者には容赦はしません。」
「異教徒を弾圧し、女神のためにはどんなに被害を被っても必ず遂行する。そんな信仰が正しいはずがないだろう?」
「我らの主人は全て理解しておられます。そのように疑問を呈するのは自らを異端だと言っているようなものです。」
手刀が喉元に向かって飛んでくる。剣を使って凌ごうとするが、手が固い?一本ぐらい斬り落としても構わないかと思っていたジベールだったが、逆に弾かれてしまう。
セシルめ、貴族としての戦い方すら捨てて、そのような不甲斐ない戦い方をするとは。もう、昔に見せた笑顔ですら偽りだったのかと疑ってしまう。
ジベールはセシルの小さい頃を思い出す。つい、彼女を赦してしまいそうになるが、過去に別れを告げ、そして今にも別れを告げる。
「私達人間は自分で未来を掴み取ることが出来る。それを放棄するのはもはや人間ではない。セシル、貴様は私の可愛い娘でそれは今も変わらない。娘が道を外れたとき、それを矯正するのは父の役目だ。許してくれ」
セシルは私の行動を読めなかったのか、剣が体を貫通する。ついにセシルも私の言葉が心に響いたのか、ジベールはそう思い、安堵した。
「ジ、ジベール。神を信じぬ異端者よ。し、死になさい…」
セシルが剣を掴むと粉々に砕ける。ジベールはその事態に目を見張るが、その判断が命取りになる。ジベールの体から血が噴き出す。あまりに一瞬の出来事にセシルが放った魔法か、とも思ったが、目の前でセシルが裂けている。原理はわからないが、セシルの体内から血が噴き出し、それが自分の体を貫通したのだろうとジベールは結論付ける。
「そこまでするのか?たかが信仰のために…?」
ジベールは呟く。右半身はセシルの血によって穴だらけになっているが、魔力によってそれはだんだん塞がっていった。戦いは続いている。娘の骸を背に、ジベールは次の戦いに向かう。
信仰。形なきものを心の拠り所にする時代はまもなく終わろうとしている。『女神』は必ず再び地上に降り立つ。そして、神話の時代が戻ってくるのだ。




