カーヤ海航空戦
ーーー7:47 ウラエキ島北方
「艦長、レオンヅェルン方面からの索敵機から報告です。」
日が上り、索敵機も出払って艦橋内もひと段落したところで、およそ予定通りの時間に索敵機からの知らせが舞い降りてきた。彼の顔色は明るいことから、良い情報だろうと推測できる。
「ベルゼアス島沖に大型艦二隻を確認したと報告がありました。雲の隙間を縫ってのことだったので、こちらは発見されていないとのこと。」
「全機発艦させろ。こちらの動向はまだバレていない。全力で叩いて、素早くカーヤ海方面に進出する。」
艦長であるアルデル少将の号令により再び艦内は慌ただしく動き始めた。甲板の昇降機が動き始めて爆撃機が次々と甲板に並べられる。
ギーバルハも落ちたものだ。ウラエキ島近海に敵国の軍艦が入り込んでいるというのに、察知することすらできないとは。
アルデル少将は直掩のために自艦隊の周りを周回している戦闘機を見て、満足そうに微笑んだ。
ーーー9:31 ベルゼアス島沖北東上空
黒塗りの攻撃隊が曇天の空を征く。敵は戦艦ハドール。戦間期に建造されたが、二度の近代化改修を経て防空火器の量は新造戦艦にも引けを取らない。
「だが、こちらに気が付かなければただの的だ」
私が機体を反転させ降下すると、部下も続いて降りてくる。甲板には奇襲を受け、敵兵は慌てふためいているようだが、もう遅い。
「さあ、当てられなかった奴は艦内を私とランニングだが?…」
対空砲火がないにもかかわらず、シュテットラーとロキウスが外したな?シュテットラーのやつ、毎日粉牛乳を飲まないからいつまで経っても上達しないんだ。
結果的には重巡撃破、戦艦中破といったところか。大体五十機ぐらい群がってたのに、戦艦一隻すら倒せないとは。慢心が過ぎるな。爆弾を落とした以上、爆撃機の役割は終わりだ。最後に機銃掃射ぐらいしてやろうかとも思ったが、戦艦相手じゃ流石に無力だな。
ーーー11:57 ベルゼアス島南方
「艦長、ラオクトーブ方面の偵察機が未帰還、このままウラエキ島に留まっていると、遅かれ早かれ発見されるのは必定かと…」
「そうか…索敵は行ってくるとは思っていたが、まさかこんなにも早く見つかるとはな。」
索敵機が戻ってこないことは、特段おかしい話ではない。だが、今回は事情が違った。ギーバルハ王国に対してコルト帝国は宣戦布告をしていない。つまり、ギーバルハ王国側としては索敵機は所属不明機のはずだ。いくら大国とはいえ、即撃墜などという横暴が明るみになったらただではすまないと思うが。まさかとは思うが、こちらの行動はギーバルハ王国に筒抜けになっている?いや、そんなはずは…
有得ない。アルデルは頭の中に過った雑念を振り払う。帝国の機密情報がそう簡単に知られるはずがない、と自分に言い聞かせて。
「全艦に伝達。これより第七艦隊は進路を北にとり、カデフィー半島沖に展開する!」
アルデルは力強く号令をかける。大胆不敵な戦略で敵を欺くために。それすら、女神の手のひらで踊っているに過ぎないこととは知らずに。
ーーー14:02 ベルゼアス島北西
「艦長、緊張でお知らせしたいことがございます!」
ベルゼアス島とゴトブランド島を抜け、カデフィー半島までまもなくというところで、その知らせはやってきた。
「ゴトブランド島北北西約250km地点にて空母2、重巡2を含む艦隊を発見したとの報が入りました!艦隊編成から、ギーバルハ王国所属王立第五艦隊だと思われます!」
明らかにこちらの動向を分かった上での行動。やはり、監視の目があるレオンヅェルンを通るべきではなかったか。
アルデルは部下に動揺を見せることなく、あくまでも冷静に次に取るべき行動を考えようとするが、次の言葉でその態度は崩されることになる。
「偵察機の報告では、空母二隻の甲板上には艦載機が並んでおり、今にでも発艦できる状態だそうです!」
「早くそれを言わんか!艦隊、最大戦速。カデフィー半島を越えてカーヤ海で敵艦隊を迎え撃つ!」
ーーー15:22 カデフィー半島南東
「カーバフェル航空基地より連絡。カデフィー半島北端で国籍不明の空母艦隊を発見」
「奴らは既にそこまで行っていたのか。とすれば、目的はレオンヅェルンではなく、リニュークか?」
第七艦隊がベルゼアス島沖で敵戦艦部隊を発見したとき、レオンヅェルンの偵察機も雲の間から第七艦隊を捕捉していた。そして、その知らせを受けた王立第五艦隊はバウナーから出港し、『所属不明艦隊』として追跡をおこない、動向を窺っていた。
「奴らの狙いは別になんだっていい。こちらに歯向かってくる敵はみな海底に沈めてやる。全機発艦させろ。二度と王国に歯向かえないようにしてやる。」
今、世界で初の空母機動戦が始まろうとしていた。
ーーー15:06 南カーヤ海
第七艦隊は王立第五艦隊からの激しい攻撃を受けていた。勿論、迎撃のための戦闘機は向かわせた。しかし、エレギルとドルニナは飛行甲板の長さが足りず、効率よく発艦することが出来なかった。
「艦長!ドルニナより報告、爆弾が火薬庫に誘爆したため戦列を維持することができないと…」
「クソっ、脱出することを優先しろと伝えておけ。可能なら回収に向かうとな。」
「太陽下から敵機、命中コースです、伏せて!」
咄嗟に伏せると同時に艦橋が激しく振動する。甲板の方を見ると、前方に大きな穴が開いている。これでは戦闘機の生き残りを収容することができない。
「火災はあるのか!?誘爆の危険性がないか確認急げ!」
被害情報を集めるように指示したが、この状況では難しいだろうな。この空襲で一体何人死ぬのか…
思考を遮るようにして再び爆発が起こる。誘爆だ。最も恐れていた事態が起こってしまった。発電機が動かなくなり、電気が消える。穴の底から炎が燃え上がるのが見えた。だが、敵機はエーヴェルーフを確実に仕留めんと襲い掛かる。一個、また一個爆弾が投下されて、そのうちのいくつかが甲板を突き破っていく。
◇
船がぐらりと揺れて傾いた。エーヴェルーフの対空砲火は既に沈黙して、艦橋にも火の手が回ってきている。
「私の負けだな。ラオクトーブの索敵機が帰ってこなかった時点でもっと慎重になるべきだった。」
アルデルは力なく項垂れる。拳は悔しさか、それとも自責の念からかはわからないが、強く握られている。
「艦長!脱出しますよ、急いでください!」
「私のことは置いていけ。私が主導して造ったこの娘だけを海底に沈めるわけにはいかない」
「しかし…」
「いいから行かんか!お前もここで死にたいというならば、これ以上止めないがな」
私の力強い視線に彼は一瞬怯んだが、「失礼します」と一言言って外へ向かっていった。それでいい。
しばらくすると船体が大きく右に傾き、ガラスを割って海水が流れ込んできた。ボートで逃げている人もいるが、多くの者は必死になって今にも沈まんとす船から逃げるように泳いでいた。
海水が鼻に入り苦しい。口の中にも入り込んで呼吸ができない。アルデルは海底に思いを馳せながら意識を手放した。
◆
「私が第七艦隊の臨時指揮官ですか…アルデル少将はエーヴェルーフと共に海底で永眠るなんて。全く、一途にもほどがありませんかね。」
それで責任を取ったことになるんだから羨ましい。ですが、この事実がより戦艦派を勢いづかせるのでしょうね。総会の老いぼれどもがとっととくたばってくれれば、海軍も一つにまとまることが出来るというのに…
「第七艦隊臨時指揮官として命じます。我々は進路を変えて、クラカッサに撤退します。こちらの不手際は『大艦巨砲主義』の第一艦隊が拭ってくれるでしょう。」
第7艦隊は日没とともにひっそりと撤退する。だが、『第二次大洋海戦』は始まったばかりだ。




