作戦前夜
「…!夢、なのか?」
真っ白な病室でクランハルトは目を覚ます。化学物質で除菌されていて、臭いが鼻に着く。刺されたはずの胸は、すでに塞がっているが、ズキズキと傷跡として痛む。
『目を覚ましたんですね、我が主人よ。』
脳内に優しい声が響く、忘れるはずもない、メーリスだ。よくも私を刺してくれたな、と強い感情が浮かんでくるが、不思議と殺意にはならない。メーリスはクスクスと妖しい笑みを浮かべている。
『主人様には私の魔力を差し上げました。だって、主人様が一番理解していますよね?魔力はいくら使っても一晩経てば元に戻るけれど、一度底に着くともう二度と魔力が回復することはないって。』
『非常識です』と頬を膨らませてメーリスは怒る。彼女の感情が乱れると同時に、胸の傷が悲鳴を上げて体を蝕ぶ。身体中から変な汗が出てきてとても不快だ。
「メーリス、お前の、目的は一体、何なんだ。」
過呼吸気味になりながらも、クランハルトはメーリスに質問する。メーリスが何か考えるような素振りをすると、胸の痛みがすっと消えていく。横の机に置いてあるグラスに水を注ぎ、口を付けると、ようやく落ち着くことができた。
『私の目的なんて、そんなのありません。私はただ、主人様が死ななければそれでいいんです。だから私は魔力を使って延命処置をとったんです。』
そう言って彼女は私の後ろに回り込み、腕をまわして抱き着いてくる。実際は病室の中にはベッドで寝ているが、なぜかそのようなイメージが脳内に強く刻まれてくる。
『だけど、何百年も誰にも使われずに独り寂しく眠っていた私に期待させておいて、先に逝こうとするなんて、そんなことさせませんよ?』
メーリスはクランハルトの前で組まれた腕で首を絞め、そう耳元で囁く。クランハルトは必死でそれを解こうとするが、抵抗すればするほど力が強くなっていき苦しくなっていく。
『ふふっ、最期の最期までそれくらい必死で生きようとしてくださいね。我が主人』
そう言ってメーリスが手を離すと、クランハルトの意識も遠のいていき、彼らは再び深い眠りについた。
◆
前回から一ヶ月と少しほど後の10月26日。しばらく自由に過ごす期間があったが、その時間はほとんどカリン隊長との基礎的な剣術の訓練に費やされた。初日の夜は筋肉痛で眠れなかったのも今となってはいい思い出になった。
「短い間にいろいろあってヒヤヒヤしました。ヒュメルプールがヴィルフリード様にあんなことを言ったときは急に寿命が来たのかと思いましたよ。」
「そうか?あれの責任はシェルナーが負だろうから、わざわざこちらが心配する必要はないと思うがな。私はあのガキよりお前の方が心配だったぞ。謁見時に私だけ弾かれたときは流石に運命を恨んだ。…それはそうとアレクト、お前と一緒になって遊んでいる娘は誰なんだ?」
カリン隊長に質問される。自分の右前で菓子を貪る少女に視線を移と、目が合う。ケトゥーヴァだ。実際には自分より圧倒的に高齢らしいのだが、容姿と言動のせいでどうしても妹のように感じられる、可愛いらしい私の相棒?です。
「ちょっと、アタシを子供扱いしないでくれる!?」
「あー隊長、その娘はケトゥーヴァっていって私の剣です。そういえばカリン隊長には話していませんでしたね。この娘、人の姿になれるんですよ、すごいですよねー。」
ケトゥーヴァが立ち上がり抗議するが、そういうとろが子供っぽいとは言わないでおく。わざわざ燃える油に水をかける必要はない。
「隊長ぅ、クランハルトの様子を見てきましたが、ぐっすりでしたよ。医師曰く、容態はここ数日で魔力切れを起こしたにも関わらず急激に回復したらしいですけど、いつ目覚めるかはわからないんですって。それもそうでしょう、だって魔力切れを起こして回復するなんて事例、聞いたことないですもん。」
書面を見ながら入室してきた彼女はケルン・ドニトル。カリン隊長曰く、基本的には裏方に徹しているが、いざという時には自ら前線に立つ度胸を兼ね備えているやり手らしい。なぜ一人称が僕なのかはわからないらしい。
ケルンは手に持っている書類を隊長に渡して、私の左前に座る。これで全ての椅子が埋まった。ケトゥーヴァが座っているものは本来ならクランハルトさんが座るはずのものだったのだろうが、未だ回復しておらず、作戦に参加出来ないのならば問題ないのだろう。
「そういう訳で、今作戦ではクランハルトは別働隊になる予定だ。そして、今作戦ではクランハルトを除く我々第二近衛親衛隊は一足先に新兵器である潜水艦を用い、オルレンスに上陸することになった。」
「僕質問です!その新兵器の潜水艦とやらは本当に安全なんですか?それって、文字通り潜水するんですよね?もし潜水したとたん水圧で圧死、なんてことになってしまったら、いくら僕たちが魔導兵だとしても助かりませんよ。」
ケルンの指摘は尤もだ。何も考えずに潜水艦がつぶれる様子を想像してしまい、背筋がぞわりと冷たくなったような気がした。
「その可能性も無くはないが、潜水艦は海軍が世界大戦中から極秘に開発していた秘密兵器らしい。せっかく陸海共同で作戦を実施するのに、わざわざ味方を疑う必要はないだろう。」
「そーですか。それなら僕は隊長の指示におとなしく従っておきますよ。」
その後は特にアクシデントも無く、カリン隊長の分かりやすく簡潔な説明が続いた。私たちは少なくとも海軍が行動を起こさない限りは戦闘の予定は無いらしい。新大陸では戦い続きで疲れたので、少しは息抜きができるといいけど。
「今は極秘情報なため、皆に共有できる情報は限られているが、あの会議の後にシェルナーがヴィルフリード陛下から聞き込んだ結果、もう少し細かい情報が判明した。」
どうやら女神を降臨させるにはある程度の手順が必要らしく、その中でも重要なのが生贄らしい。生贄は女神の声が聞こえる者が直接指示されるそうだ。そしてその生贄が誰なのかもある程度目星がついているらしく、ギーバルハ王国国王であるエリザベス女王か、国教府神託教皇のカンタベリー・リーエのどちらからしい。
「さらに、極秘で王室関係者を拷問して得た証言に、最近エリザベス女王の行方が不明だという旨のものがあった。生贄はエリザベス女王でほとんど決定だろう。海軍が行動を起こしたら、作戦が本格的に始まることになる。上陸したときから我々は情報収集に注力する予定なので、それを作戦の第一段階とし、エリザベス女王の救出、あるいは降臨した女神の討伐を作戦の第二段階として我々は行動する。」
「出港はいつになるんですか?」
「明日だと大分前に言ったんだがな、今日中に準備をしておけ」
なんとなく机に置かれたギーバルハ王国の地図を眺めていると、どこかで聞いたことのあるような地名が目に入ってきた。
『リ、リニュークに、…で待ってる、まってる、わ』
フォンフィールさんが死ぬ前に遺した言葉。その時に出てきた単語もリニュークだったはずだ。フォンフィールさんが何を思い、ニューベトスさんの前であのような不可解な言動をしたのか。そして待っていると言った意味、リニュークに行けばもしかしたらわかるのかもしれない。
「カリン隊長、リニュークには行けるんですか?」
「何を言っているんだ、作戦中に観光に行けると思っているのか?」
カリン隊長がジト目でこちらを見返してくる。私ってそんな風に思われていたんですね。確かに隊長の前で色々失言しましたが、私ってこんな時にも巫山戯たことを言うと思われているとは、心外です。訂正したいけれど、そうすると本題から逸れてしまうので、心の中だけにしておく。
「カリン隊長はフォンフィール・テルーノを覚えていますか?」
「部下を忘れるわけないだう?もちろん覚えている。『道化』と戦闘の末に敗北し、死亡したとニューベトスから聞いたが?」
「ええ、その通りです。そのフォンフィールさんが死に際に言葉を遺したんです。『リニュークで待っている』と」
私がそう言うと、カリン隊長は嫌そうな目で見てくる。当然の反応だろう。部下が急に突拍子のないことを言ってくれば私だってそうなるだろう。だけど、私の好奇心はそれ以上のものを用意してもらわなければ、止めることはできない。
「隊長ぅ、面白そうじゃないですか。付き合ってあげましょうよ。侵入任務っていったって、どうせ暫くヒマなんですから。最悪いい準備体操になるだけですし。」
ケルンは足を組みながらニシシと笑う。私とケルンの説得の甲斐あってか、隊長はやれやれといった風に首を横に振る。
「はあ、仕方がないな。確かに上陸した後は何もやることがなさそうなのは事実だ。…次は無いぞ?」
「隊長ぅも素直じゃないなー」
結局、何もない訳なく、作戦結構直前のブリーフィングは終わった。




