作戦会議
「それじゃあ作戦説明を始めようか。あれ姉さん、確かもう一人来るんじゃ無かったのかい?」
シェルナーは部屋を見回し、数が足りないことに気がついてカリンに問う。第一近衛親衛隊もガーデムハイルがいないが、彼はシェルナーがいくら説得してもヴィルヘルムから離れようとせず、何故未だ第一近衛親衛隊に所属しているのか皆も、彼自身もわかっていない。
「アレクトはしばらくは帰ってこない。陛下はあまり時間に執着なさらない方だろう?アレクトは陛下にかなり気に入られ、話に花を咲かせているのかもしれないな。」
カリンは自分の時の記憶を思い出しながら考える。初めて謁見したときにどう見ても女性名なのに、女性だと驚かれたのが印象に残っている。けれど、それ以降の対応には感謝してもしきれなかった。立場を皇帝の名直々に保障してもらえたことで、扱いがよくなった。それに、武具も支給されてわざわざ戦場で武器になるものを探すことから始めなくてよくなった。
「そうですか、ならアレクトさんには姉さんが後で伝えておいてください。」
「その必要はない。余が連れてきてやったそ。」
「し、失礼します…」
シェルナーが説明を始めようとすると、壁を蹴破ってヴィルフリードとアレクトが入室してくる。ヴィルフリードは適当な椅子に座り、シェルナーが再び話し始めるのを待っている。アレクトは申し訳なさそうにしながら、カリンの傍についた。
◇◆
「その名は、メルゼー。メルゼー・アントロポリス」
「ヴィリー、ただの人間に神格の真名をそう簡単に教えてしまっていいの?」
「少なくともここでなら問題ない。ただ、アレクトよ。後出しになってしまうが、神の真名を知ってしまった以上、気を付けなくてはならないことがある。」
ヴィルフリードの声に力が入る。ヴィルフリードの後ろを見ると、図らずして聞いてしまったガーデムハイルもヴィルフリードの言葉に耳を傾けている。
「決してそれを口にしてはならぬ。できればいかなる時も思考の片隅にすらそれがないことが望ましいが、人間の体では難しいだろう。」
「なぜ、ですか?」
「名が、神々の神聖を決定するからだ。その神聖に触れるということは実感はないだろうが、その力の一端を手にすることになる。」
深く考えても真相にはたどり着けないであろうから、そういうものなのか。と無理やり納得して考えるのをあきらめる。元々、目の前に神が突然現れたり、剣が少女になってぐーたらしているのだから、この程度何の問題もないだろう。
「次の任務はそいつの復活を阻止してもらうことになるのだが…丁度いい、あちらでは全員そろったようだな。」
ヴィルフリードが突然立ち上がると、視界が一転して真っ白になる。何度も経験した同じような光景で今回は流石に驚かない。次に目を開くと、ヴィルフリードが扉を蹴破って部屋に突入していくのが見えた。「む、この部屋ではないか」と言って謝罪もなしに退出していくヴィルフリードを唖然とした様子でただ、眺めていることしか出来なくなっている人たちに、謝罪の意を込めてぺこぺこと平謝りしながら移動していく。もう数えられらないぐらい壁を破壊してようやくヴィルフリードは止まった。中を見ると、カデークの時のように視線がこちらに集まっていている。申し訳なさそうにしながら、左側で腕を組んでいるカリン隊長の後ろ側に隠れておく。
「ヴィルフリード様、今回はどうなさいましたか?」
青年が丁重な態度で接するとヴィルフリードはつまらなさそうに腕を振る。
「余はただ、此奴を連れてきただけだ。気にせず続けろ。」
今まで騒がしかった室内が急に静かになる。言うまでもなく、ヴィルフリードが入ってきたせいだろう。一度冷めた空間を再び熱するのは簡単ではない。
「作戦名はヒデルガンド作戦。表向きにはパイン島の制圧を目標として海軍を動かします。そして実際にはギーバルハ王国東部の島嶼部制圧に向けて制海権を確保、可能ならばウラエキ島に陸海軍共同で上陸し、占領します。」
「それでわたしたちはどうするんですかー?」
窓枠に腰かけ、足を揺らしながら少女は生意気そうに青年に話しかける。青年は彼女の言葉に耳をかさず、無視し続ける。その態度が気に入らなかったのか、少女は頬を膨らませて青年のもとに向かおうとしたが、大男が割り込んで通さない。青年はそれを横目で確認すると、話を再開する。
「我々第一及び、第二近衛親衛隊は大使館の支援を受けながらギーバルハ王国に密入国します。そして、現地の反政府勢力と協力しながら女神が降臨するのを阻止するそうです。」
「それだけか?もっと正確な手順はないのか?」
カリン隊長はシェルナーに問いかけるが、残念そうに首を横に振る。
「我々に女神がなんなのか、どうすれば降臨を阻止できるのかなどの情報は渡ってきませんでした。現地に赴けば何か情報がわかるのかもしれないですが、今はこれだけです。」
「はぁ?こんな雑な計画、誰が考えたのよ!?」
「余だ。余が直々に作戦を立案した。」
今まで静観していたヴィルフリードが口を開く。予想外の方向からの回答に私も含めて皆驚いているが、その中でも意図せず皇帝に喧嘩を売ってしまった少女は顔は真っ青になり、ひきつった笑みを顔に張り付けている。
「ブランニギール、フェリーヴェを押さえつけようとするな。この程度の情報しかない中で敵国に送り込もうとすれば、反発されるのは当然だろう。赦してやれ。」
「…承知しました。」
一瞬目を離したすきにフェリーヴェと呼ばれた少女の後ろに立っていたブランニギールはもとの立ち位置だった青年の位置に戻る。今まで死んだ目をしていたフェリーヴェは助かったことで安心したのか、顔色も少し良くなっていた。
「それで陛下、我々は本当にこの何もわからない状況でギーバルハ王国に侵入するのですか?」
「それについては申し訳ないと思うが、本当にこれぐらいしか情報がないのだ。皆も知っているだろうが、彼女はグローヴェイン島で信仰されている女神信仰の女神だということぐらいだ。」
皇帝が謝罪をした以上、その内容にいくら不満があろうと、それを吞むしかない。そんなこんなで一波乱あった作戦会議は終わりを迎えたのだった。
◆
クランハルトは目を覚ます。辺りは崩壊した建造物が散乱し、木製の部分は所々焦げてていてチリチリと音を立てている。
「我が主人、やっと二人っきりになれましたね。」
見覚えのない女性が目の前に立っている。手元には短刀が握られていて、身の危険を感じ、後ろに下がろうとするが、クランハルトは違和感に気が付く。金縛りにあったように体が動かないことに。
「あ、気が付いたんですね。そうなんです。私、主人の魔力を吸って長くなったんです。どうですか?これでもまだ、使ってくれますか?」
クランハルトは同じような声を聴いたことあるような気がした。レーリッヒ大将から貰ったはいいが、何故かしゃべり、私のことをよく慕う、まるで娘がいるかのような…
「お前は、メーリスなのか?」
身体を何とか動かしてしゃべろうとするが、これが精一杯だった。私がそう言うと、目の前のメーリスであろう彼女は、目を輝かせ、頬を紅潮させる。
「思い出してくれましたか!私はずっと寂しかったんです。いつまでたっても目を覚ましてくれないし、それどころか、容態は日に日に悪化していく。もう、我慢できないんです。」
メーリスはこちらにむかって歩みを進めてくる。短刀が淡く光る。クランハルトは必死に動こうとするが、叶わない。
「時間はかかるかもしれませんが、主人は必ずまた元気に戦場を駆け回れるようになりますよ。」
メーリスは私の体に短刀を突き刺す。心臓に刺されたのか、胸に暖かさが広がり、同時に激しい痛みの信号で頭がいっぱいになる。
私は地面に倒れる。声も出せないまま視界は赤くなり、意識も遠のいていく。
「必ず私が、このメーリスが、幸せにしてみせますから。主人は安心して再び眠りについてください…」




