スポメンサ防衛戦
「剣を抜け!敵は一人だ、囲んでたたk」
「大隊長ー!」
スポメンサ沖の海岸線は近くに海水でできた海があるというのに新たに血で海が作られようとしていた。トーチカ群は彼の剣に一刀両断され、勿論その中にいた人のその後も想像に難くない。
「ぶへぇ、」
「ほdヴこぉが」
見栄えだけを意識して作られたなまくらを構えた下級魔導兵が束になって『王子』に立ち向かう。彼らにとっての全力は『王子』にとっては児戯に等しく、見向きもされずに切り伏せられて情けない断末魔をあげてこの世を去る。
「よくも俺の部下を殺してくれたな。つけぐらいは払ってもr」
少しは手ごたえのある敵がやってきたかと思ったが、話が長いので腕が勝手に動いてしまった。
「どの兵も並以下ですね。やはり彼らは王を守るためにこちらには雑兵しか送ってこないのでしょう」
『王子』は誰もいなくなった海岸で一人つまらなさそうにため息を吐いた。
◇
「間に合いましたか。この後ここには『王子』が襲来します。私が打って出ますので、無駄に魔道兵を投入していたずらに犠牲を増やすようなことは控えてください。それでは私はこれで失礼します。」
「おい、ちょっと君。ここは君のような女が入ってきていいところではないぞ。」
急に部屋に入って、要件を言うだけ言って退出しようとするカリンを第二十六師団長であるホルツェは止めようとするが、その言葉は側近によってさえぎられてしまう。
「ホルツェ様、あれが401特別魔導部隊隊長のカリン様でございます。せっかくあの御仁が戦いに出ると言っているのですから、展開している魔導兵を戻したほうが良いと思われますが、どうなさいますか?」
「あの小娘が?一体何を根拠に?」
本来、立場的にはカリンの方が位は高くホルツェは立場が下になるはずなのだが、貴族である彼には男性社会に女性が入ってくるのに抵抗感があり、どうしてもその事実を認めたくなかった。
「胸に置けられている勲章を見ておられて無かったのですか?あれは魔導兵として帝国近衛部隊に配属され、かつその中でも突出した働きをしたものに送られるダイヤモンド付き八芒勲章ですよ。あのような名誉なものを持っておられるのは近衛部隊長であるシェルナー様とリーベの女神と評されたカリン様ぐらいでしょう。」
そんなことを知らずによく今までやってこれましたね。と言わんばかかりの視線を向けられてホルツェは顔を逸らす。自分の無知が原因で危うく皇帝の怒りを買うところだったのだ。もう少し言動には気をつけてもらいたい。
「それにカリン様が言っていた『王子』は指揮官狩りで有名です。我々は先に後方へ退避しましょう。」
「む、それを早く言わんか。」
命の危機にあることを知ったホルツェは側近と短い言葉を交わしていそいそと下がる準備を始める。指揮官としては決して褒められる行為ではないが、今回ばかりはその判断は妥当なものだった。
◇
「おい、このまま塹壕で篭って死を待つより突撃を敢行して華々しい死を遂げるのが帝国軍人の本懐であるはずだ!突撃!俺に続け!」
「無理ですって!どうか考え直して下さい!」
「そのとおりだ。ここは私に任せてメリートに撤退しろ。」
「なっ!お前は一体!?」
戦場に突如現れる麗しい女性、言わずもがなカリンである。後方の砲撃陣地に配置されたのが幸か不幸かただ抵抗の意味なく散っていく同胞の断末魔を聞き絶望の淵に落ちる中、毎度このように登場してしまっては『リーデの戦姫』と言われるのも仕方がない。彼女には自覚がないのが問題であるが。
「私は魔導兵、カリン・セラントです。そろそろ『王子』が襲来します。そのためここに残っていられると、皆さんの命の保証はできません。細切れになる前に後方に撤退してください。」
「お、おう。じゃなくて、わかりました。カリンさんの指示に従います。おい!お前ら!撤退だ!下がるぞぉ!」
「隊長ー立場的にカリンさんではなく、様ですよー」
そう言いながら退避していくのを見送った後、海岸線に視線を向ける。帝国の内海であるはずのホワロ海に敵の艦船がずらりと並んでいる。擁護のしようがないほど帝国の没落は確かなものだった。
「おい。そこにいるのはわかっているぞ。どこからあんなものを持ってきたんだ?」
「ふっ、バレていましたか。ならばしょうがないですね。」
どこからともなく声が聞こえてきたかと思うと目の前がうっすらと歪み、『王子』が現れる。カリンは有無をいわさず太刀に手を添えると『王子』も剣を構える。 だが、前回とは違い、一対の剣が『王子』のそばに浮かんでいる。
「なんだそれは?」
カリンが首を傾げると、『王子』は得意そうに語り出す。
「これはあなたのように腕に自信のある方を屠る時に使うものです。貴方のような実力のある方は私に危害を加えかねない。ですからこれを以て全力で相手をして差し上げるのです!」
そう言ってカリンへと襲いかる『王子』。前回と何ら変わりのない剣技と技量ではあるが、自由に動き回る剣によってカリンを圧倒している。
「身体強化と同じ原理で推進力を得ているのか?ならば、まだ対処可能な方だな。」
空中を浮遊する剣は移動中は急には止まれないと判断したカリンは魔力の刃を放つ。刃は勢いよく空中に射出され紫の破棄を纏う。だが自由に飛び回る剣は軽々しくそれを回避し、カリンに舌打ちをさせる。
「さあ!そのまま踊って見せて下さい!」
「誰が貴様とワルツを踊るものか。」
カリンは次元を越える能力を用い、『王子』の追撃を間一髪で躱す。『王子』は前回の己から動く前回の戦闘スタイルと異なり、自律する剣によって相手を牽制して追い詰められたところを自ら攻撃するという方法をとっている。一見するとカリンが押されているように感じるが、カリンはAという高い適正と、魔導兵という兵科が誕生した初期から戦い続けたことで練り上げられた高い技量を以て、見事に対応してみせ、未だカリンの体には傷ひとつついていない。
「そこです…!」
カリンが剣によって弾き飛ばされたところを『王子』によって貫かれる。だが、感触がおかしい。カリンのはずだったそれは紫の閃光が走ったかと思うと体は弾け、無造作にいくつもの紫の斬撃が飛ぶ。
「く、貴様…相打ちのためにそこまでするか!」
突然の奇襲で『王子』はいくつもの斬撃が直撃し、体制を崩す。カリンの体に亀裂が入り崩れたのを見た『王子』は負傷しながらも一瞬だけ油断してしまった。
「いや、違うな。死ぬのはお前だけだ。」
カリンは『王子』の腕を切り落とす。斬られた断面からひび割れが広がり、『王子』の身体は塵へとなってゆく。
「油断した結果この様だ。さあ、何か言い残すことはあるか?」
『王子』は地面に膝をつけ、虚な目をしてカリンを見つめている。
「私が、負けただと?確かに私は貴様を切り伏せたはずだが…」
「妄想も大概にしろ。貴様は確かに私を斬ったがそれは私では無かった。ただそれだけのことだ。」
なかなかの強者だったが大事なところがおざなりだったなと思い、立ち去ろうとするカリンに、逃さんと言わんばかりの砲弾が降り注ぐ。魔導兵とは言えど、純粋な質量エネルギーが直撃してしまえばただでは済まない。そのためカリンは『王子』が消滅したことを確認した後、ホワロ海に浮かぶ軍艦が『王子』の魔法による生成物でないことを確認する。
「スポメンサは守りきれそうにないか。このままでは第三軍が挟撃に遭う恐れがあるが、私にはどうしようもないな。」
カリンは苦虫を噛み潰したような表情で太刀を振るい、撤退する。スポメンサに橋頭堡を築かれた以上、ランカラが陥落するのは時間の問題だろう。そう確信して。
◆
「ムゥ、流石に何もしないでただ待っているのは参っちゃいますね。」
『仕方がないんじゃないの?アタシは何かが起こるよりいいことだと思うけど。』
「いっそ書類仕事でも手伝いをしてみましょうか。ニューべトスさん大変そうでしたし。」
『書類仕事したことないくせに、立場が形式的には上の人がいても迷惑になるだけよ。少しは自覚しなさい。』
アレクトはカリンの命令通りランカラにてコードネーム級の敵の襲来に備えていた。だが、アレクトは殆どの将校からは魔導兵ばかり注目されている現状の不満をぶつけられ、一般兵からは異常なほどに慕われ気安く話すことがきずに窮屈な思いをしていた。
『こんな時でもリーベルト様ならば自分の腕に過信することなく熱心に己の腕を磨いていられたわ。私の刃に傷が無いか確認する時のあの真剣な眼差し…ああ、無理とは分かっていても、もう一度戦場に共に立ちたいものね…』
アレクトにとって最初はいい話し相手だったケトゥーヴァも今では、隙あらば父であるリーベルトとの惚気に似た何かを話すため、気が参ってしまいそうだ。
ケトゥーヴァの話を適当に聞き流していると、誰かが歩いている音が聞こえてきた。足音がこの大きさになるまで気が付かないなんて不自然だ。そう思い立ち上がって辺りを見てみると同じ仲間であるフォンフィールの姿が見えた。
「あら、貴方もここにいたのね~」
「フォンフィールさん!ハーデル・ロンバルトにいると隊長から聞いていましたがどうしてここに?」
「隊長さんも可能性は低いって言ってたんだけれど、運悪く『道化』がやってきてしまってね。私たちでは敵わないからランカラに救援を呼んできてほいしいってクリミハイルに頼まれちゃったの。あの覚悟を見せられたら断るわけにはいかなくって。それで仕方がないからはるばるここまでやってきたのよ。」
「だけど隊長はスポメンサに『王子』を止めに行ってるので有力な魔導兵は私ぐらいしかいませんよ?」
「随分自信があるのね、何よりだわ~。でも、それなら私もここで待機することにするわ。せっかくの命を溝に捨てるような真似はしたくないもの。」
フォンフィールが虚偽の報告をしていることをアレクトはまだ知らなかった。そして、裏で暗躍するフォンフィールも知らなかった。幾重にも張り巡らされた防衛線が打ち砕かれ、栄光の帝国の首都が一夜にして炎に包まれ、人々は焼かれ、守る責務を持つ者も、等しく骸へと姿を変えることに。




