灰燼
ラグノーブルは新大陸開拓の最終地点となった場所だった。しかし、夏もランカラの春ほどの気温しかなく、到底農作物が育つ気候ではない。あるのは少しばかりの鉱山のみ。それでも人々は一攫千金、成り上がりを目指してここに移住する者も多かったという。
クランハルトは幼い頃から陸軍将校を志していた。軍学校に次席で入学し幼いころからその秀才ぶりは自他共に認めるほどだったが、レルモルド家がクーデターで旧体制派に与すると状況は一転することになる。レルモルド家が旧体制派に与したのだ。その結果、新体制派として勝利した陸軍から家とは何の関係もなかったクランハルトは冷遇され、卒業した後も上司から無条件の妨害も受けた。それでも彼は諦めることなく好機を伺い続けて不幸中の幸いか、魔導兵の適性検査でBを叩き出し今度は魔導兵として第二の人生を歩み出ことに成功した。
「どうしたクランハルト。いつもお前は無口だが、今回は何か余計なことを考えているな。どうした?少しぐらい話してみろ。」
己の昔を知りながらも話しかけてくる数少ない人物の一人、第四十九師団長が話しかけてくるが、クランハルトは無言のまま空を見つめている。今日は曇天、いい天気だ。遠くの方では大隊規模の軍隊がぞろぞろと撤退している。クランハルトととしては忌々しく今まで帰りたくもなかったラグノーブルだったが、いざこれが最後となると郷愁を感じずにはいられなくなる。
「…私はいったいいつまでここに囚われていればよいのだろうか。ラグノーブルよ、既に私の故郷は此処なのか?」
そんな問いかけに答えてくれるはずもなく、ラグノーブルはうっすらと雪に覆われている。
「郷愁ね。今度の戦いではどのくらい故郷を追われる人がいるのか…まあ、俺もその一人なのかもな。さあ、じめったい話はここまでだ。いつも通り任務を終わらせてくるんだな。」
そう言って彼は去っていく。人を率いる立場上、私情を挟むことは赦されないことなのだろうが、胸に秘めているであろう想いを想像して決意を抱く。
「…ああ。すぐに戻ってくる。」
そう言い残してクランハルトは空を駆ける。少しゆっくりし過ぎた、急いで戻らなければ。さもないと『魔女』がやってくる。
空を覆う雲から灰色が落ちてきた、雪だ。今夜には雪かきが必要なほどに雪が積もるだろう。そんな一面銀色の景色の中に特異なほどに紅く光るものが見える。『魔女』だ。
「貴方、今日でここから退くつもりでしょう?残念だわ。ええ、とっても残念。だから今日、ここで永遠に眠ってもらうわ!」
まだ『魔女』との距離が離れているのにもかかわらず、声がまるで対面しているように聞こえる。そういう魔術だろう。わざわざそんなことに魔力を使ってくれてありがたいことだ。
◆
「クランハルトさん。レーリッ大将から貴方の功績に対して新しい武器を下賜してくださいました。お受け取りください。」
「いや、俺は…待て、ナイフなら受け取ろう。てっきり剣でも渡されるかと思ったのだが、大将は気が利くな。」
そこらへんにあるナイフに魔力を流して強化した今使っているものより、ずっといい。だが何故かうっすら刃が光って見える。気のせいだろうか。
「レーリッヒ大将も喜ばれるでしょう。かなり苦労して探されておりましたから。このナイフは宝物庫にあったものだそうでレーリッヒ大将曰く、喋るとか。私にはよくわかりませんが、レーリッヒ大将が大丈夫だと判断したのでおそらく問題ないと思いますが…」
「喋る?…そうか。帝国の遺物はやはり奇妙だな…」
◆
新しくもらったナイフを握りながらクランハルトはもらった時の様子を回想する。今振り返ってもよくわからない会話だった。だが、大将が気を利かせてわざわざナイフを用意してくれるとは…始めは渋々だったが結果的に四〇一特別魔導隊に参加して正解だった。
魔力を流すとナイフからも魔力が流れてくる。不思議な感じだが、今までより快適で使いやすい。意識を目の前の標的に集中し、弾丸を『魔女』に向かって打ち出す。ダミーだが、魔力で染めてあるので『魔女』を多少は負傷させることができるはずだ。
『魔女』は表情を変えることなく己の権能を用いて飛来する弾丸を炎で包み込み無力化して、そのままの勢いで接近、複数の火球をクランハルトに向かって放つ。いくつかは回避するのに成功したがいくつかは彼に直撃し防御の姿勢を取ったまま地面に叩き落とされてしまう。
「…!どこも負傷していない。これもお前のおかげなのか?」
痛みの感覚が吹き抜けるように引いていき何事もなかったかのような様子の体に違和感を覚える。クランハルトは無意識にナイフに語りかけたが反応は無い。それもそうか、と気を取り直して体勢を立て直す。『魔女』は既に魔法陣を展開していて早くしないとさらに追撃が来る。接近することにもちろんリスクは伴うが、遠距離では勝ち目がないので多少の損傷は覚悟して接近するしかない。
「またいつも通りの動き、何度も見た攻撃方法。流石に飽き飽きしちゃうわ。もう少し面白く踊ってくれないの?」
「随分おしゃべりが好きなようだな。その調子で喋っていろ。こちらは狙いやすいからな。」
「あら。毎度口だけは達者なのね。そう言って私達、これでいったい何度戦ってるのかしら?」
「…単独での戦闘はこれで四回目だ。」
クランハルトが接近し、交戦距離が短くなると『魔女』はどこからともなく魔剣を取り出す。その刃は燃える炎のような色の宝石で出来ていて一見すると綺麗だが、決して触れてはならない。一度斬られてしまうと、切断面は焼け焦げ、治療が困難なほどの怪我になってしまうからだ。
クランハルトはナイフを使って『魔女』の剣を紙一重でいなす。その隙を突いて弾丸を撃ち込むが、やはり『魔女』には届かない。
「私にも用事があるの。貴方と同じようにね。だからそろそろこの関係は終わりにしましょう。もう私はとっくの遠に飽きていたけど、そうする訳にはいかなかったの。」
「まるで彼氏に別れを別れを告げるように言われても困る。さあ、お前がそう言うのならとっとと帰ってもらおうか。」
クリミハイルは今までより一段階身体強化の強さを上げ、蝶のように舞う。だが、蜂のように刺すことはできない。前述のとおり、『魔女』の魔剣に触れるわけには決していかない。だからといって距離を取ってしまうと、やはり『魔女』の魔法による遠隔攻撃によって一方的にやられてしまう。リスクを取りながらいまだ到来したことのないチャンスをうかがう。それが、クランハルトが『魔女』と一騎打ちの場合にとるオーソドックスな戦法だった。
「やっぱりいつもとやることは変わらないのね。『防衛線を穿つ剣技』」
『魔女』がそう言葉を放ち剣を振る。クランハルトは悪寒がして、とっさに距離を取り、時計台に着地する。その判断は正しかった。剣の長さの二十倍はあるであろう炎が剣から噴き出ている。これがあの魔剣の真の姿なのか、と直感的に感じ取る。
「呪文か?いや、奴は今までそんなことはしてこなかった。となると考えられることは一つだけ。つまりお前は今までは手を抜いていたということか。」
「よく気が付いたわね。でも、さようなら。今まで遊んであげたこと、感謝しながら死になさい。『灰燼に帰す魔法陣』」
『魔女』が先ほどとは別の言葉を発する。『魔女』の背中にある魔法陣が巨大化していき、一瞬、消えたかと思われたが、それはラグノーブルの上空で怪しく光り始めた。
クランハルトはその光景に動揺することなく『魔女』に再び攻勢を仕掛ける。先んじて銃弾を放つが魔剣の一振りでかき消されてしまう。だが、クランハルトにとって熟練した技量を以てしてならばそれだけの隙で十分に接近することができた。
更なる身体強化で魔力がナイフにも流れ、不思議なことに自分ではない何か別の、強いて言うならば、このナイフから別の魔力が流れてきた。そのナイフは語りかけているような気がした。『我に名を付けろ』と。戦場で標的以外の者に意識を向けるなど言語道断だが、クランハルトは不思議と思考を巡らせ彼女のために名を考え、そして発する。
「…お前の名は『リーメス』。私と共に東の魔女から帝国を護る剣となれ。」
『ええ、必ず応えて見せます!我が主よ!』
…喋った。まさか本当にしゃべるとは。なんか勢いで名を付けてあげたらこんなことになってまうなんて。
まあいいか、別に悪意はなさそうだし。クランハルトはそう思考転換して気持ちを切り替え、目の前の敵に再び意識を向ける。
「リーメス。お前は何ができる?別に何もしなくても構わないが…」
『お役に立つことができます!!このリーメスに任せてください!我が主!』
思ったより頭が悪いのかもしれない。クランハルトは一瞬頭をよぎった思考をちぎり捨てる。まあ、不測の事態でいいことばかり起こるとは限らない。
そう気を取り直そうとすると、体の違和感に気が付く。体の魔力が増えている。減った分が戻ったどころの話ではない、自分の魔力の総量も先ほどまでとは比べ物にならない程に。
『どうです?お役に立つことができたでしょうか?』
リーメスが不安が混じった声で問いかけてくる。十分すぎる働きだ。これだけあれば『魔女』行動を止められるかもしれない。淡い希望が湧き上がってくる。
「貴方もずいぶんわがままね。はやく帰った方がいいわ。ここに残っていると死んじゃうわよ?もしくは頭が暑さでショートしちゃったのかしら?」
「私にはそんなつもりは更々ない。私はいつもお前に勝つつもりでいるからな。そして、二度とラグノーブルを燃やさせてなるものか!散れ『白鳥の騎士』」
クランハルトはそう言い放ち、魔力でできた六本の剣を飛ばし、突撃する。今までの弾丸とは違い、純粋な魔力で出来ているので、『魔女』の炎によって溶けることはない。それがそれぞれの意思を持ったかのように『魔女』の体めがけて飛んでいく。
「無駄な足掻きと知りなさい…!」
そう強気に言って見せるが、先程までの余裕は『魔女』には無い。己の魔力の大半を使っている魔法陣は『灰燼に帰す魔法陣』の発動に使ってしまっていて、クランハルトと互角に戦うだけでも精一杯な状況に陥ってしまっている。
「お前はここで終わる。さらばだ…!」
『魔女』の首を狙った一撃により、『魔女』は初めてクランハルトにより負傷する。痛みが身体に伝わる。確か、人の身体は首が重要部位で、怪我をすると後遺症が残る恐れがあったはずだ。
「くそッ、生意気よ!貴様、よくも私の体に傷をつけてくれたわね!?」
「私は普段から傷つけられていたが…」
『魔女』が明らかに焦りを見せたことでクランハルトに安堵の色が見える。ここでさらに攻撃を畳み掛ければ良かったもののクランハルトは少し慢心してしまった。まだ『灰燼に帰す魔法陣』が発動していたにも関わらず。
「…!ふふふ、だけど少し遅かったわね。もう『灰燼に帰す魔法陣』の準備は完了してしまったわ。残念だけど私は本当に時間が無いの。さよなら。クランハルト。」
「どうして私の名を?…おい!待て!逃げるな!」
咄嗟に『魔女』に刃を突き立てようとするが、それは届くことはなく、『魔女』は消えていく。だが、ラグノーブルの上の魔法陣は消えることはなく、わが身が危険な状態に変わりはない。
「まずいな。このままだとラグノーブルが…」
『ダメです!我が主よ!ここにいたら、主も巻き込まれてしまいます!逃げてください!』
「だが…」
『だが…じゃないですよ!死んでしまったら元も子もないんですから!』
そう言ってリーメスは勝手に魔法を発動する。…一度にこんな距離を移動できる技は聞いたこともない。いったい彼女はどうやって私に干渉しているんだ?
『あ、ちょっと遠くに飛び過ぎてしまいましたね。』
彼女はぼそっとつぶやく。ラグノーブルの上の魔法陣は赫くなり、次の瞬間、三年前と同じように、いや、三年前よりもさらに酷い状態へとラグノーブルは帰すこととなった。凄まじい衝撃波が伝わってきてくる。どう考えてもそこに残っていた人の生存は絶望的だと理解させられた。




