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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

旦那様に浮気疑惑が生じたので、尾行したいと思います

作者: ドードー

最近、私には悩みがあります。それは旦那様に浮気疑惑が生じているということです。  

 私の旦那様は普段夜遅くまで伯爵としてのお仕事をなされているのですが、最近やけに早く仕事を切り上げたかと思うと、綺麗な服を着てどこかへお出かけになるのです。

 そして帰ってくるのはいつも明け方で、時々香水の匂いもします。はっきり言って疑わしいですが、私は男爵の娘。旦那様にあまり強いことは言えません。

 「すまない、今日も出かける。最近は何かと物騒だからくれぐれも外には出ないように」

 今日も旦那様はそう言って、どこかにお出かけになられました。この言葉も、浮気が発覚しないようにするためのものなのかと勘繰ってしまいます。

 「わかりました。いってらっしゃいませ」

 私は旦那様に頭を下げてお見送りすると、事前に用意してあった地味な服に着替えて、ランプを持って旦那様を追うように家を出ます。いわゆる尾行です。

 「……仮に浮気していると分かったところで、私にできることは何もないのですが」

 私は旦那様を視線で捉えると、足音を忍ばせて物陰から旦那様の様子を伺います。

 旦那様は何かを警戒するようにしきりに辺りを見回していますが、私には気づかれていないのかこちらの方に近寄ってくることはありません。

 それから旦那様が大通りに出ると、ある一人の派手な格好をした女性が旦那様の元に駆け寄ってきました。

 「……伯爵………今日こそ…………ましょう」

 「ああ……ところで…………良い…………」

 お二人の会話は遠くからだったのでよく聞き取れませんでしたが、雰囲気は何やら張り詰めていました。

 もしかすると、私と離婚をする計画でも立てているのでしょうか。そう考えると、胸の奥が締め付けられるような感覚に陥りました。

 旦那様の隣にいる方は、私にはあまり見覚えのない方でした。声だけはどこかで聞いたことがあるような気がするのですが、よく思い出せません。

 私がその方のことをなんとか思い出そうとした時のことでした。突如として私の体が宙に浮かび上がったと思うと、鼻息を荒くした痩せ型の高身長の男が私の口を押さえつけていたのは。

 「んぐっ!?」

 気がつくと私の体は細い糸で絡め取られていて、動かすことができなくなっていました。男は見下ろすように私のことを覗き込み、その手には輪っかを作った糸が握られていました。

 「騒ぐな。すぐ終わらせてやる」

 男は私の口から手を放し私の首に糸を巻き付けると、それを引っ張り私の首を締め上げてきました。

 「あがっ……が……」

 私は助けを呼ぼうとしますが、気道が塞がれて声が出せません。ランプも腕から落ちてしまい、灯で気がついてもらうこともできません。 

 私は旦那様の言いつけを破ってしまったことを、今更になって後悔し始めました。私のような人間が夜一人で出歩くべきではないのは当然のことでした。何より尾行中であるが故に、私がいる場所は襲うには絶好の位置です。

 「あ……あ」

 私の意識が消えかけ始めた頃。銀色の光が私の首を横切りました。

 「うがぁぁぁ!?」

 生暖かいものが私の後頭部を濡らしたかと思うと、私の首を締め付けていた糸が緩まり私の意識が再び鮮明になってきました。

 「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 突然旦那様の叫び声が聞こえると同時に、旦那様が私の目の前に現れて剣を取り出しました。

 「旦那……様?」

 まだ定まらない意識の中で、私は旦那様の放つ銀の光を見つめていました。

 その光は一瞬で男の右腕を斬り落とし、緩まぬことなく続けて男の下肢を切断しました。

 「ようやく捕まえたぞ《貴族殺し》め! よりにもよって俺の妻に手を出すとは、随分と良い度胸だな」

 旦那様は男を数発お蹴りになると、「《貴族殺し》を捕らえたぞー!」と衛兵を呼んで男を連行させました。

 「大丈夫か? すまない、君の髪を血で汚してしまったな」

 「い、いえ……なぜ旦那様がここに?」

 旦那様は座り込んでいた私に駆け寄ると、力一杯私をお抱きになりました。

 状況が二転三転して頭が混乱してきた私は、旦那様の温もりに身を委ねて必死に状況を整理しようと頭を回転させていました。

 「それはこちらの台詞だ。なぜ君が外に出ているんだ。しかも俺のことを尾けていただろう」

 「……お見通しだったのですね」

 どうやら旦那様は私が尾行をしていたことに気がついていたようでした。周囲を見回していた時に気づかれていないと思っていたのですが、そんなことはなかったようです。

 「君のことだ、私の弱みを握ってやろうだとかそういうことを考えていたわけではないのだろう。理由を教えてくれないか?」

 旦那様はお怒りのようで、抱きしめる腕を緩めて私の顔を険しい表情で見つめました。

 私はその顔が少し怖くて、つい顔を背けてしまいしました。

 「ごめんなさい。貴方が浮気をしているのではないかと疑ってしまったのです」

 「だろうな。正直俺も君に尾行された時に、自分の状況を客観的に見ることができたよ」

 旦那様は表情を崩すことなく、一回首を縦に振りました。

 「夜に出かけたかと思えば朝方になって帰ってくる。おまけに女性と会っているときた。浮気を疑われても仕方のないことだ」

 「いえ……疑った私が悪いのです。旦那様は悪くありません」

 私がそう言うと、どういうわけか旦那様はとても不思議そうな顔をされた後に、軽く咳払いをしました。

 「君は二つ勘違いをしている。まず私は浮気をしていない。そして私は別に浮気を疑われたことに関しては何も怒っていないし、疑わせてしまったことを申し訳なく思う。私が怒っているのは君が勝手に外に出たことだ」

 旦那様は私のことはなんでもお見通しのようでした。私は確かに、旦那様が私が尾行をしたことでお怒りになっているのかと思っていました。

 だから疑ってしまったことを謝罪したのです。

 「君が疑った理由を言ってみてほしい。君の納得の行くまで説明する」

 「よ、よろしいのですか?」

 「構わないというか、説明責任は私にある。互いのためにも言ってほしい」

 「では僭越ながら。旦那様が夜に外出されていた件について説明をお願いします」

 「わかった。その理由は君を襲ったあの男、《貴族殺し》だ。奴はここ最近貴族の女性二人殺害し、その後居合わせた衛兵も一人殺害して指名手配となっていた人物だ。衛兵を殺したとなると中々の手練れだ。それ故に俺が出ることにしたのだ」

 「旦那様自らがですか!? 貴方の剣の腕前はよく存じていますが……リスクも大きかったのでは?」

 旦那様の剣術はそれはそれは素晴らしいものです。衛兵に任せるよりご自身が出た方が良いというのも分かりますが、伯爵の旦那様が出るのは中々にリスクが伴います。 

 「むしろこういう場でこそ俺が出るべきだ。君に言ったら止められそうでつい黙ってしまっていたが、やはりそうなりそうだな」

 旦那様はそう言って苦笑します。その笑顔は失礼ながら可愛らしく、私は少し胸が騒めきました。

 私はその笑顔も相まって少し黙った後、旦那様のお言葉に「否定できません」と返しました。

 「ところでやたら綺麗な服を着ているのは——」

 「これは仕込み用の服だ。私はこれに投げナイフなどを仕込んでおいてある。他にも《貴族殺し》が女性だけでなく男性も狙う者であった場合、このような格好をしていた方が狙われやすい」

 「なるほど、そういうことでしたか」

 それなら合点がいきます。結果的にあの男は私——つまり女性をターゲットにしていましたが、男性も狙う可能性があったということでしょう。

 「最後に、あの女性は一体どなたなのですか? どうも声だけは聞いたことがあるような気がするのですが思い出せないものでして」

 「あれは衛兵の一人だ。ここの唯一の女性の衛兵で、普段は甲冑に身を包んでいるから気が付かなかっただろう。彼女は素性がほぼ誰にも知られていないからな、囮になってもらう予定だった」

 「あっ! なるほどあの方でしたか!」

 言われてみれば、あれは女性の衛兵の方の声とよく似ていました。甲冑で声がくぐもっていらしたのですっかり気がつきませんでした。

 「さて、以上で説明は大体できたと思うが如何かな?」

 「全て納得がいきました。疑ってしまって本当にすみません」

 「だからそこは構わない。だがもう一人で夜遅くに外には出ないでくれ。君は俺のことを政略結婚しただけの男と思っているかもしれないが、俺は君がいなくなってしまったら悲しいんだ」

 旦那様はそう言って再び私のことを強く抱きしめます。私は自分の顔が熱くなってくるのを感じながら、旦那様を優しく抱きしめ返しました。

 「そんな滅相もありません。私も旦那様のことを深く愛しております。そうでもなければ、浮気を自らの手で調査しようだなんて考えませんから」

 「そうか。俺は人の心を察するのが苦手でな。今回もそれで君に迷惑をかけてしまった」

 旦那様は私から腕を放すと、立ち上がって私の手を取りました。

 「今度君との結婚記念日があるだろう。その日に屋敷でパーティーを行うつもりだ」

 旦那様は私の手を引いて起こしてくださり、苦笑しながらお言葉を続けになりました。

「本当はサプライズの予定だったが、俺は隠し事が不向きらしいからな。どうかそこで今回の件の埋め合わせをしたい」

 「埋め合わせだなんてそんな……ですが大変嬉しい限りでございます。是非参加させて頂きます」

 私は旦那様に深々と礼をすると、引いてもらったその手で旦那様の手を握ります。

 「それでは帰ろうか」

 「はい……!」

 私と旦那様は互いの手を握って存在を確かめ合いながら、月明かりに照らされて夜道を歩いて行きました。

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