人間としての未来へ エピソード2
藤元が空からやってきた。
「晴美さん。やってきましたよ」
藤元は神社なんかでお祓いに使う棒を振り、おまじないをした。
「身辺警護は、これで大丈夫。でも、僕もここにいるね」
藤元はそう言うと、応援席からかなり離れた場所にいる美人のアナウンサーに手を振った。
「藤元がオッケーです!! 何のことか解らない人ごめんなさい……」
美人のアナウンサーはピンクのマイク片手に頭を下げる。
「さあ、後3周でこの勝負が決まりますね……」
美人のアナウンサーも緊張してきたようだ。
「うーん。日本の将来がかかっているんだけど、それでも負けるよりは勝ちたい!! そんな気持ちですね。 今までの走りっぷりからみんなの苦労が水の泡なんて考えたくないじゃいですか……。でも、みんなは日本の将来のために走っているんですよね。以上、私だけの感想でした」
4周目。
僕の前には未だフェラーリ F12ベルリネッタがいた。
なんとか追い越さなければならない。冷静さを削るほどのプレッシャーを感じたとき、河守が僕の中で笑った。
心地よい笑いで、僕の口にも自然と笑みが感染した。
僕はコーナーが迫って来たが、微笑んでいた。
アクセルをハーフアクセルにした。文字通りアクセルを半分だけ踏むことだ。減速をして、コーナーでインした。
相手のフェラーリ F12ベルリネッタも僅かに減速した。
だが、ブレーキング速度がほんの僅か遅らせていた。タイム短縮の手段だが、僕はカーブのところで速度を振り絞った。
フェラーリ F12ベルリネッタはアウト側だが、イン側の僕と並んだ。
フェラーリ F12ベルリネッタがアンダーステアを起こした。アンダーステアとは、車がハンドルを切っても思うより曲がらないことだ。
スローイン・ファストアウト。
コーナーの出口は当然、ストレートだ。
だから、初速をいかに上げるかが勝負だ。
僕はコーナーから出ると、初速を上げた。
「おっーーと!! 雷蔵選手!! ノウハウのフェラーリ F12ベルリネッタを追い抜いた!!」
竹友は叫んだ。
「これは驚きです!! ノウハウと車の性能を上回った瞬間です!!」
斉藤は興奮して、立ち上がった。
「性能を上回ったんですか!! 人間が!!」
竹友はマイクをあさっての方に向けていることに気が付かなかった。
「ええ……。奇跡です……。後は雷蔵氏がブロックをしたまま。ゴールへ行ければいいのです。けれども、先に5台の車がゴールしなければいけないので……。勝負はまだ決まりませんね」
斉藤は無意識のうちに拍手していたが、顔が曇り出した。
「雷蔵さん……」
晴美さんは真剣な眼差しをして、応援席の一角で泣いていた。
「矢多辺……」
夜鶴は晴美さんの肩に手を置いて、このレースを観戦していたが、それは晴美さんのボディガードをしてもいた。
「雷蔵さん……凄い……」
河守も九尾の狐とアンジェたちと観戦をしているが、うまく言葉が出てこないかった。
「うーん……。まだまだ、これからなのがこの試合の怖いところだね……」
藤元は神社なんかでお祓いに使う棒を振り独り言ちた。
僕は6週目へと突入した。
フェラーリ F12ベルリネッタはブロックしているから、なんなく僕はレーシング場を走り回れる。
もうすぐゴールだ。
前方にコントロールラインが見えてきた。
「雷蔵選手!! ゴール!!」
竹友がランボルギーニ・エストーケを見送った。ここはゴール地点の近くにある。
「でも、フェラーリ F12ベルリネッタもゴールですから……」
斉藤はふと我に返った。
「そういえば……日本の将来がかかっているんですね……この試合は……」
竹友が斉藤を見つめ、
「ええ。確か、興田 道助が勝つか奈々川 晴美が勝つか。当然、日本国民はレースに勝ったチームに投票しますし……斉藤さん。今、気が付いたのですが……。興田 道助のエレクトリック・ダンスという政策は機械のノウハウが5千万人の老人を介護するのですよね。そして、A区が全面的に協力してくれるという。…………」
竹友がマイクを握り、
「一方。奈々川 晴美の政策ではノウハウを一家に一台。無料で提供し、私たちの介護や援助のサポート的立場を保障する。当然、国がノウハウのお金などは負担するという」
斉藤はこっくりと頷いて、
「二人とも私たちの老後のことを考えています。けれども、ノウハウが人間のサポートをするか、それとも人間をノウハウが……管理するかですね」
そこまで言うと、斉藤は大きく目を開いた。
竹友も驚いて口を開いた。
「三年前と同じだ!! 三年前の野球の試合とまったく同じ戦いです!!」
「晴美さん!! 試合はまだ終わっていない!!」
僕は応援席の晴美さんたちの袂へと走って戻ってきた。
「ええ……。そうですね。その通りです」
晴美さんが僕の顔を見つめた。
「雷蔵さん。あなたの戦いは人間の戦いでした。人間の力でノウハウを倒したのです……これから、私たちがしなければならないこと。それは人間性で機械に勝つことです」
僕は河守に笑顔を向けて、
「ええ……ええ…………そうですね…………」
僕は泣いていた。
「あ、田場選手と島田選手が6週目です。未だに周囲のノウハウの乗る車を寄せ付けません」
竹友が不思議がった。
「ドライビングテクニックがいいのです。周囲のノウハウの車は体当たりをして遠ざける。まるで、この無法レースを最初から得意としているみたいですね。その精神と腕で今まで走り抜いている。本当に……島田と田場はこのレースのためだけに生まれてきたみたいですね……もっとも……適正があるだけかも知れませんが……」
斉藤は微笑んだ。
島田と田場がそのままコントロールラインを鬼の形相でゴール。
後、二台。僕のチームの車が入れば勝利だ。
だが、相手も三台のノウハウの車がゴールしてしまっている。
後、二台。どちらかの車が先にゴールすれば決着する。
「斉藤さん。今、一番ゴールに近い車は?」
竹友が斉藤に首を向けた。
斉藤は素早くレーシング場を見回し、
「原田選手かペンズオイル ニスモーGTRですね。後、ニスモ GT-R LM。カルソニック スカイライン。流谷選手と遠山選手ですね」
斉藤はストップウオッチを見つめて、
「二番目が津田沼選手と山下選手です。でも全長12メートルのトレーラーのブロックじゃ、どうしようもないでしょう。三番目が淀川選手です」
「先頭のCチームはゴールをするためにと、その車を用意したようですね」
「ええ。そうでしょうね。改造をしていますし、かなり早いですね。おや?」
斉藤は原田の乗るスカイライン クロスオーバーを見た。
原田はスピンをした。
相手のニスモ GT-R LMが体当たりをしたのだ。
その後ろを走る。トラックによって流谷と遠山もスピン。
ノウハウの時速300キロはでるトラックは妨害作戦をしだした。
「この勝負に勝つんだ!!」
角竹は作業班にしわがれた声を振り絞る。
「ええ……大丈夫ですよ。ノウハウには高度な思考ルーチンもあります。富田工場の最新データをアップデートしてありますから。妨害からゴールまで、人間よりも賢く攻め続けます」
茶色い作業服の男は少しだけ余裕を見せる顔をした。
「そうだといいが……」
「父さん。奈々川 晴美の暗殺。やっぱりそれもこの際は強化したらどうだい?」
道助は真剣な表情で言葉を噤む。
興田は何も言わなかった。
そして、更に、
「日本の将来は俺が立て直す。その言葉は小さい頃から繰り返していた。それが、今は実現っていう魅力ある現実を手に出来るんだからさ。これからもエレクトリック・ダンスを進めるために勝負にも勝って、奈々川 晴美も消さなきゃ」
道助は幼少時から日本の衰退ぶりを落胆していた。そして、政治家の道を歩んだ。
「道助くんの言う通りだ。興田くん。あの手を使おう。満川くん。もう一体のノウハウを応援席に潜ましてくれ」
角竹は満川の方を向いた。
「はい……」