僕の居ない場所
彼は、少しだけ霊感があった。
その為に見てしまった。
気になっていた女子が死んだ今も電車のいつもの場所に立ち、通学しているのを。
その日の夜のニュースで、俺は人生で初めての絶望を知った。
食後にソファーで適当にテレビを見ていた。
あれ?と思った。家から数駅離れた場所だったからだ。
内容は、通学で使っている路線で近くの駅での交通事故だった。
被害者の写真を見て、心臓がぎゅうっと絞られた。
気持ちが悪くなり冷や汗も出てきた。
まだ話したことのない、電車で時折見かける女の子だった。
彼女は俺が乗る駅の一つ向こうで降りてしまうので、一駅分の時間しか見れなかった。
背がまだ伸びない俺が見下ろせるくらい小柄な子。
背中まである髪を、いつもおさげにしていた。
自分の通う高校が服装に関する校則が緩いので、ひざ丈のスカートや、きっちりと結わえている髪などが清潔感があって良いなぁと思っていた。
いつも、彼女が乗っている場所とは一つ前のドア横に立っていた。
そうすると、後ろにいる彼女の顔が見える時がある。
いつか、いつか、話しかけようと思っていた。
その顔がテレビ画面に映し出されている。
青になった交差点で、右から来た車にはねられての即死だった。
ワンボックスカーは、速度を落とさずに前方不注意だったとアナウンサーが感情のこもらない声で言っていた。
名前を初めて知った。
梶原由美子可愛い名前だ。
こんな形で知りたくなかった。
彼女は時折、電車のドア横にもたれながら本を読んでいた。
赤いチェックのブックカバーで覆われていたので、何を読んでいるのか判らなかったが、どんな本が好きなのか気になっていた。
いつか話しかける時には、そのことを話題にしようと思っていた。
翌日から、少し早い時間に家を出た。
彼女の居ない電車に乗り、彼女の居た場所を確認するのが嫌だった。
半月も過ぎると少し気持ちも落ち着いて早起きするのも面倒になり、いつもの時間に家を出た。
そして、以前まで普通に乗っていた時間の電車に乗った。
これで、日常に戻るのか。薄情なのかな?
認識すらされなかったのに、失恋をしてしまった。
しかも、もうどうやっても手が届かない。
彼女の居た場所を見ないようにしていたが、やはり目が行く。
そして、見てしまった。
彼女を。
彼女が居る。
ぼんやりとした顔で、少女が乗っていた。
いつもの、ドアの横。
息を飲む。
冷や汗が出る。
頭が混乱している。
彼女は俺に気付かないまま、いつもの駅で降りて行った。
後姿は、いや、顔は白いから気付くのが遅くなったけれど、体中が血だらけで制服も裂かれていた。
はっ。はっ。はっ。
息が吸えない。
気分が悪い。
その場で座り込んでしまった。
誰かが声をかけて、椅子に座らせてくれた。
頭が痛い。
涙が勝手に出ていた。
「あ・・ありがとう、ございます」
誰かにお礼を何とか伝え、そのまま気を失った。
彼女の姿は、事故に遭った瞬間のままのようだ。
なんで?
痛くないの?
夢の中で聞いた。
答えは無かった。
ベットの上で目が覚めた。
どこだろう?
事務所みたいな場所の簡易ベット。
・・・駅の中だ。
初めて入った駅構内の事務所だった。
さて、どうしようかと思っていた時だった。
ドアが静かに開いた。
そろーりと誰かの顔が入る。
「あ、起きたんだ。体調はどうですか?」
若い駅員さんだった。
「体調・・・?」
記憶が混乱している。
「車内で貧血を起こしたようだよ。
北高の生徒さんだったから、最寄り駅で休ませることになってね」
ああ、ズタズタの彼女を見て、気を失っちゃったんだ。
「どうする?学校には連絡してあるよ。
カバンを開けたところに名札があるって、学校の人に教えてもらってね。
勝手に開けて名前を伝えておいた。
体調が悪ければ駅の電話を使って帰っるって伝えれば良いよ。
あーまだ顔色悪いね。もう少し休んでいきなよ」
若い駅員さんは、言うだけ言ってドアを閉めてしまった。
そうか、顔色悪いのか。
梶原さん・・・を見たから。死んでいることに気付いていないのかな。
ぼんやりと立っていた。
カバンも持たず、血だらけの身体で。
身体との対比で、顔が凄く奇麗に見えた。
・・・死人の顔なのに。
でも、白さが際立って・・・
思い出すほど気分が悪くなった。
駄目だ。学校は無理だ。
吐き気を堪えて、駅員さんを呼ぼうとドアを開ける。
直ぐに見える場所にさっきの駅員さんが居てくれた。
こっちに小走りで来てくれた。
「すいませんが、電話をお借りできますか?学校に休む連絡を入れます」
「うんうん。そうしな。全然良くなってないでしょう」
ベットと反対側に机があり、そこで電話を借りた。
胸ポケットから生徒手帳を出して電話をする。
話は通っていたらしく、電話に出た体育教師が心配して、このまま帰ると言うと担任に伝えると言ってくれた。
他にも心配していろいろ言っていたが、相槌を打つのも面倒で「それでは、失礼します」と電話を切らせてもらった。
さっきの駅員さんが、ペットボトルのスポーツドリンクをくれた。
「もしかしたら、低血糖かも知れないから、飲めたら飲んでね」
凄く有難かった。
実は、喉が渇いていた。
口の中が渇いて、話すときも何度も唾をのみ込んでいた。
「ありがとうございます。早速いただきます」
手が震えて、キャップが回せない。
なぜか、そんなことに泣きそうになっていた。
駅員さんの手が伸びて、ペットボトルを奪いキャップを開けてくれた。
お礼を言おうとすると、なんだか涙が出そうで頭を下げてから口を付けた。
身体に水分が沁みた。
頭もしっかりしてきた。
駅員さんの言う通り、低血糖もあったのかな?
ペットボトルの1/3ほど飲んで、一息ついた。
「あ、お金払います」
駅員さんが、手を振る。
「そんな、良いんだよ。必要だったようで良かったよ。
少し顔色も良くなったけど、もう少し休んでいく?」
体の状態を確認する。
深呼吸して、これから電車に乗って、駅から歩いて帰れるか。
大丈夫そうだ。
「もう、大丈夫です。ありがとうございました」
「そう。なら、あと10分後に下り車両が来るから、それまでここに居なさい」
「はい」
駅員さんが出て行った。
身体に掛けてあったタオルケットを畳んで、折り畳みのベットをどうしようか迷ったが、結局そのままにした。
着崩れていた制服を着なおす。
そういえば、携帯を持っていたじゃん。ここから学校に電話すればよかったかな。
でも、駅からの電話っていうのは、休むのに説得力のある事だったのだろう。
・・・家に電話をしよう。
「あ、母さん。いま高校の駅なんだけれど、貧血起こして休ませてもらっていた。
学校にも連絡を入れたから、今から帰るね。
うん。大丈夫。歩いて帰れる。うん。じゃあ、また後で」
電話を切ってポケットに入れる。
カバンと、何か忘れ物はないか、身の回りを確認する。
さあ、帰るのも一苦労だな。
気合を入れなきゃ。
ドアを開けた。
後ろを向いていた駅員さんが振り向く。
「今から来るよ。本当に大丈夫だね?」
「はい。ご迷惑をおかけいたしました」
「迷惑とかじゃなくてね。
他の駅だと担架がなかったり、休む場所が無かったりするからね。
仮眠室や医務室がないところも多くてね。ここも、簡易ベットしか置けないしね」
「こういった事は初めてなので、以後は大丈夫だと思いますが気を付けます」
「うん。気を付けてね。あ、電車が来たよー」
駅員さんはにっこり笑ってから、ホームに向き直り、仕事をしている人の顔になった。
電車が来て乗り込むまで、見ていてくれた。
下りは空いていて座れたから、彼も俺も安心した。
電車が発車した。
駅員さんが手を振った。それに頭を下げて応えた。
駅は5つ。
クラスでも近い方だ。
その奥の駅を乗り次いで来る人も珍しくない。
吐き気を堪えるのに、いただいたスポーツドリンクをちびちび飲んでいた。
やっと降りる駅に着く。
いつもは乗らないけれど、今はエレベーターを使う。
改札口を出ると、手を振る母さんが居た。
「大丈夫なのに」
「まあ、そうだと思ったけれど、貧血って聞いたから車を回してきたわ」
「ありがとう。実は歩くのがしんどいと思っていた」
「でしょう。身長伸びないくせに、普段は結構頑丈なんだもん。
そんなこと聞いたら心配になるわよ」
「身長は関係ないよ。まったく」
一緒に車に乗り込む。
「今朝は元気だったようだから、お母さん気付かなかった」
「うん・・・家に着いてから話すね」
「わかったわ。目でも閉じてなさい」
有難く休むことにした。
そして、家に着く。
玄関に入りながら聞かれた。
「どうする?部屋で寝ている?」
どうしよう。迷う。
「母さん、いま暇?時間とれる?」
「多少夕飯が手抜きになるのを許してくれるなら、何時間でもいいわよ」
「ありがとう。着替えてから、また来る」
「お茶の用意でもしておくわ」
「ありがとう」
階段を上がって自分の部屋に向かう。
こんな相談は、母さんにしかできない。
母さんは霊感がある。
俺は、少しだけある。
父さんにはない。
兄さんにもない。
部屋着に着替えて、降りていく。
マグカップに母さんは紅茶で俺はココアだった。
今は甘いのが嬉しい。
「どうしたの?」
母さんの問いに、判りにくいかなと思いつつ何とか説明した。
「そう。ハッキリと見た幽霊はその子が最初なの。
それまでは、感じたり人影を見ることはあったけれど、そこまで見ることは無かったのね」
「うん。顔は真っ白で、身体は事故に遭ったままみたい。
血も出ていたし制服もズタズタだった。
それに下半身が・・・酷く轢かれたみたいだった」
「その子と話したことは?お互い面識はあったの?」
「ないよ。俺だけ少し興味があった。いつか話しかけてみたいとは思っていた。向こうは顔も知らない」
そーねー。あんた目立たないもんね~とか呟いている母親。母さんの背が低いのが悪いんだろ。
俺だって、もう少しすれば兄さんくらいには身長伸びるよ。
直接言ってこないから、こっちも言い返さず心の中で毒づく。
「まずは、その子に死んだ事を認識させる。その後に彼女と一緒にご自宅にご焼香に行きなさい」
「え?「死んだんだよ」って伝えた日に、お線香をあげに行くの?急じゃない?」
「彼女の為にも急いであげなさい。今は、同じ空間でも生者の居ない場所に一人で居るのよ」
「それって、どんな感じ?」
「詳しくは知らなけれど、「誰に話しかけても無視される」って感じかしら。
家に帰っても、家族に会っていないとか。それらをなんとなく受け入れちゃっている。
それに、ご家族もね、娘が正しい形で帰っていないから、心の時間が止まったままなの」
「心の時間が止まるって?」
「上手く言えないなぁ。でも、魂が家に帰っていないのは子を思う親なら気付くの。
その喪失感は酷くなる一方で、自分を責める方に向かうわ」
「彼女の魂がちゃんと家に帰れば、親の喪失感は無くなるの?」
「それはありえない。子供が死んでしまったんだもの。
どんなに時間がたっても悲しみも喪失感も消えない。
それでも、その子の死を受け入れて、生き残る自分を許すことが出来るわ」
「生きるのに自分を許すのが必要なの?なんで?親の居ない場所で起こった事故だよ」
意味が判らない。
母さん言った。
「親はね、普通の親ならね。血肉だけでなく魂も子供に捧げているのよ。
だから先に死なれると、自分の身を切られるような痛みと魂が千切れたような悲しみが襲うの」
俺を静かな目で見ながら言った。
俺や兄さんが、もし先に死んだら母さんもそんな気持ちになるのだろう。
「やっぱ俺がやらなきゃいけない事かな。ちょっと怖いって言うか・・・」
いや実際、怖い。
顔が真っ白だったっていうのも、思い出しては怖い。
「気付いてしまって、その子の事が気になっていたのなら、
心安らぐ場所に行ってほしいとは思わない?
怖いのはわかる。でも、その子も、その子のご家族も悪い方に引っ張られることもあるから、早いに越したことは無いわ。
好きになったかも知れない子だったら、頑張って欲しい」
ああ、やらなきゃいけなくなった。
話して良かったのか、悪かったのか判らない。
でも、やっぱり母さんの言う通り今が辛いなら心が安らぐ場所に行って欲しい。
ご両親とかにもちゃんと会って欲しい。
「うん。やってみる。朝の電車で声を掛けれないかやってみるよ」
母さんが心配をしながらも嬉しそうに
「頑張ってね」
と言ってくれた。
そして決意を持って臨むも、翌日は顔も見れずに人混みの向こうに追いやられた。
翌日、出社前の父さんから声を掛けられた。
「お前、大変なことをやろうとしてるんだってな。母さんから聞いた。これ持っておけ」
「え?何?」
「初詣行っている神社のお守り」
「あ、ありがとう。何やっているか聞いたの?」
「聞いたが、俺には判らない。でも、お前が悪いものに引き込まれるのは怖い。
だから、昨日行って買ってきた。じゃあな。頑張れ」
父さんは、さっさと出て行った。
いつもは、顔も合わせない時間に会社に行く。
俺を待っていてくれたんだ。
表情筋の発達の悪い人だし、口数も少ない。でも、ちゃんと家族の事を考えてくれている。
頑張んなきゃな。
その日やはり電車に乗れなかったけれど、彼女と目が合った。
結構近かったから目をそらしちゃったけれど、多分、希望的観測だけれど俺を気にしてくれたと思う。
やっぱり俺を気にしてくれたらしい。
授業中とか、学校帰りとか、彼女の姿があった。
黒く縁どられた姿で。怪我だらけの身体で。僕を見てないけれど、椅子に座っていたり、ベットに横になっていたりと、たまに浮いた状態で見えた。
母さんに聞くと、俺を気にしだしている。
ぼんやりとした世界の中で、声を掛けてくれる人だったから気になっている状態だそうだ。
今はまだ大丈夫だけれど、あなたが見えるだけじゃなくて、彼女もあなたを見だしたら、それは取り憑いた。という事だからね。
焦る。時間がないのは俺の方だ。
翌日、もう何度も視線を合わせている。
彼女の目は決して不快感は示していないはず。
朝のラッシュの人の波に合わせて、そばに行くつもりだった。
しかし大柄な男性に阻まれて、後ろにはじかれた。
「あっ!」
思わず声が漏れ、周囲の人が少しだけ僕と僕の視線の先の彼女を見た。
俺を心配する彼女の目が大きくなっている。
行ってしまう。
ドアが
閉まってしまった。
電車がゆっくり走りだす。
声を上げてしまった自分が恥ずかしい。
でも、もう、朝は無理だ。
だいたい、あのぎゅうぎゅうの電車内で「あなたは死んでいる」とか話は出来っこない。
その日のうちに、決めてしまう事にした。
なぜなら、今朝の彼女の顔には、額から血が滴っていた。
自分の顔を思い出せなくなってきている。
顔だけが傷が無かったのは、傷のない顔を認識していたからだ。
俺が声を掛けた瞬間、驚かせたのだろう。
彼女は口元に両手をそえた。
女性らしい仕草だと思うが、その両手には骨と欠損が見られた。
片手の中指は爪が外側に外れてくっ付いていた。薬指小指は引き裂かれて見えない。
もう片方は手首までしかなかった。
その血だらけの両手と、額から流れる血液。
俺がタラタラしていたからだ。
意を固める。
家に帰る電話をする。
俺の話を聞いて、学校に休む連絡を母さんがしてくれることになった。
有難いなぁ。
俺個人の悩みを、一人の親として達成できるように助けてくれている。
いや、個人の悩みじゃないか。
母さんも話を聞いた時点で、彼女の親御さんの苦痛が想像できたのだ。
それに、お守りを持たせてくれた父さん。
心配しながらも、応援してくれた。
こんな事やってられない。
一度家に戻った。
帰り際に同じ学校の顔見知りに会う。
声を掛けられたが、
「体調が悪くて、また貧血起こしそうだから」
と言ったら納得してくれた。
下りの電車で椅子に座れた。
そこで今後の、いや、今日のこれからの策を練る。
家に着いた。母さんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい」
「学校に電話をありがとうね。これ以上引き延ばせないから、今日で終わらせるつもり」
「そう。状況は悪い方へ進んでいるのね。大変だと思うけれど、頑張って」
「うん・・・」
カバンをリビングに置き制服のままで新聞ストックから全部の新聞を取り出して、彼女の事故の記事を探した。
見つけた。
ああ、もう3週間も経っているじゃないか。
自分の行動の遅さと勇気のなさが嫌になる。
テーブルを見ると、冷たい飲み物と、はさみが置いてあった。
なんだか、胸がギュッとなった。
彼女は本当の家に帰れていないんだ。
もうこれ以上、薄ぼんやりとした不安の中に置いてはおけない。
母さんに言った。
「ありがとう」
「え?」
はさみをチョキチョキした。
母さんは何も言わずに頷いた。
新聞から記事を切り取る。
事故が朝だったから、その日の夕刊に結構細かく出ている。
人身事故を起こした人の事は、この際考えないことにした。
その人は刑罰を受ける。
死んだ事にも気付いていない彼女に伝える必要はない。
翌日の新聞は通夜と数日後の告別式の告知。
あとは、加害者の刑罰やその時の状況など。
人が一人死んだのに、世間は興味を持たないもんなんだな。
加害者は特に飲酒も、体調不良もなく、配送の時間に追われて焦りからの前方不注意だった。
その後はどんなに探しても彼女に関する記事は無かった。
切り取った記事はクリアファイルに入れてカバンに仕舞った。
散らかした新聞をまとめて、新聞入れに戻した。
テーブルの飲み物を飲む。
ちょっと酸っぱいスポーツドリンクだった。
「少し部屋に行くね。あと、夕方から出かけるから」
母さんに声を掛け部屋に戻る。
制服の上着とズボンは脱いでハンガーにかけておいた。
ベットに横になる。
さっき飲んだ飲み物が、身体を巡ったのだろう。
水分に余剰でもあったのか、涙が出ていた。
しばらく止まらず、枕に顔を押し付けて声が聞こえないように泣いた。
「お昼どうするー?」
下から母さんの声が聞こえた。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
夢で彼女が出てきたような気がするが忘れてしまった。
「お弁当をたべるよー」
母さんに声を掛けカバンから弁当を取り出して、リビングへと降りる。
「お弁当を食べるよ。母さんは?」
「ある物適当に食べるわ。一緒に食べましょう。お弁当は温める?」
「うん。お願い」
お弁当を出すと開けて、トマトやキュウリなどの野菜を小皿に別にしてからレンジで温めてくれた。
母さんのお昼は、朝ご飯に余った卵焼きに食パン一枚にジャムだ。本当に適当だった。
一緒に食べる。
お弁当は温めてくれたし温かいお茶もあるので、気分的に満たされるものがあった。
「午後はどうするの?」
「彼女は部活はやってなかったようだから、2に時半に家を出て、花屋さんで花を買って、3時半までに駅前の事故現場に着いて、待つ」
「そう。今日は少し遅くなりそうね。心配だけれど待っているわ。
帰ってきたらクリームコロッケが待っているからね」
それは俺の好物である。
「うん。ありがとう」
それからは洗い物をする母さんと、とりとめのない雑談をした。
時間が迫っている。緊張をしてきた。
時間が来た。
「そろそろ行ってくるよ」
「いってらっしゃい。・・・」
母さんは、何か言おうとしていたが結局何も言わず送り出してくれた。
この時間に制服で駅に向かうのは変な感じだ。
駅に着く前に花を買う。
「お悔み用のお花をお願いします。あ、でも可愛い感じで」
店員さんの手の中で、カスミソウや白いガーベラの間にピンクの丸い菊が入っている。
お財布の事情でユリとかバラやヒマワリは入れられない。
「黄色とか入れると、もっと可愛くなりますよ。これくらいの方が良いですか?」
「あ、黄色も入れて下さい」
「はい」
黄色いカーネーションを入れてくれた。とても華やかになる。
うん。あの子の感じだ。
「それでお願いします」
セロファンの上になるように黄色い薄い紙を重ねて包んでくれた。
白いリボン。
その上から、保護用になるのかな?
白い紙で花の先まで覆うように包まれる。
店員さんの丁寧な包み方は、お葬式を連想させた。
彼女が真っ白い布に包まれる。
でも出来上がり受け取って抱くように持つと、どこか赤ちゃんを連想させた。
少しだけ紙が皴にならないように胸に抱きしめた。
店員にお礼を言って、お金を支払う。
一応の上限を言っていたが結構追加してもらったから、もっとするかと思ったが、かなり良心的な値段だった。
店員さんは、店の外まで見送りに出てくれて、深く礼をしてくれた。
ねえ。梶原さん。君の死を悼む人がいるよ。
本当は花を下に向けて持ち歩いた方が良いのだと解っているが、花束を抱くように持ち続けた。
電車に乗り、彼女の下車する駅で降りる。
土地勘はないが、駅から30メートルの交差点と言っていた。
すぐに見つかった。
駅前の広場を過ぎると、真っすぐ伸びる道の交差点の一角に花束が見えた。
花束だけでなく、お菓子もあった。
花束の横にガードレールに腰かけて彼女を待つ。
ガードレールに横座りして歩道側に身体を置いて、顔を駅の方に向ける。
そのまま15分か20分後か、彼女が駅から降りてきた。
目が合い立ち上がり、交差点をこっちに渡ってくるのを待つ。
信号が青になる。
彼女が困惑顔で聞いてきた。
「どうしたの?」
彼女の顔は白くて奇麗だ。
額から流れる血や体の至る所から流れる血、ところどころに見える骨。無い左手。
俺は、足元に置かれている花束を指さした。
「え?」
何が?と首をかしげる。
「君のだよ」
答えた。
「えっ?」
動揺している。
「えっ?えっ?えっ?・・・何を言っているの?」
俺ははっきりと事実を告げた。
「君は先月、信号無視の車に轢かれて死んだんだ」
彼女は混乱していた。怒っていたとも思う。
「何を言っているの?
・・・何言っているの?
私、毎日学校行っているんだよ。
電車で毎朝会っていたじゃん」
多分、両手があったら固く握りしめていたと思う。
出来るだけ静かに言った。
「うん。
死んだのを自覚してないんだなって判っていた。
僕を気にしだしたから、ヤバいかな・・・って思ってさ」
彼女が怒りながら赤くなった。
しまった。
まるで、自分に気があるような言い方をしたかも。
彼女は赤く怒ってから、血が引いた顔でうつむいた。
固く閉じた瞼から涙はポツポツとアスファルトに落ちている。
こんな風に傷つけたかったわけじゃない。
「ああ、違うんだ。あーーっと。もう!」
彼女の顔を覗き込んでお願いした。
「ちゃんと説明させて。少し、そこの公園で話せるかな?」
涙が止まらないままに、それでも頷いてくれた。
公園とは駅前公園であり、その名の通り駅からすぐだ。
時折後ろを振り返り、彼女が後ろに居るか確認した。
彼女は、自分の手を見ている。
どのように見えているんだろう。
「そこのベンチに座ろう」
声を掛けた
「はい」
なんだか付き合っている人の会話みたいだ。
でも違う。
これから残酷な事を言わなきゃいけない。
「寒くない?」
幽霊って寒がりなイメージがあったから聞いてみた。
黙ってうなずいた。これは「大丈夫」という意味か。
深呼吸をしてから話し始める。
「驚かせてゴメンね。
それと、傷付ける言い方したかも。
ごめんね」
こくんと彼女が頷く。
「でも、ちゃんと確認しなきゃいけない事だから、少し僕に付き合ってね」
脇に花束とカバンを置いて中から、新聞の記事を切り取ったものを出した。
「見れる?持てる?」
意味が判っていないようだった。
そしてやっぱり、手が・・・すりぬけた。
彼女の顔色が目に見えて悪くなりだした。
体がガタガタと震えだした。
やっぱり怖いよな。
電車の中から傷だらけの姿を見送り、気を失ったのを思い出した。
「大丈夫。
怖いと思うけれど、大丈夫じゃないと思うけれど、大丈夫になるから」
俺、何言ってんだ。
何か言わなきゃ、彼女を守る言葉を言わなきゃって焦った。
でも、見てもらわなきゃ。
「少し、近くに寄るね。そうすれば読めるでしょう」
ぴったりと隣に詰め寄った。
あ、女の子にこんなに近づいたの初めてかも。
彼女も、恥ずかしがって身を固くしていた。
「あ、ごめん。近すぎたね」
俺も多分少し赤くなっている。
切り抜いた記事を読みやすいように横から差し出した。
それは
彼女の交通事故の死亡記事だった。
「えっ?」
「ああっ」
葛藤が判る。
混乱して両手を見ている。
彼女が顔を上げた。
目が合った。
今、死を自覚したんだ。この子は。
「わたし、死んでいるの?」
「うん。この記事は3週間前。
君は信号無視のワンボックスカーに轢かれて、即死している」
彼女は震える声で言った。
「何も、覚えていない。
今まで普通に学校も行っていた」
気付いている。でも認めたくないだけ。
俺は残酷にも確認させた。
「そうだね。カバンは?」
「え?カバン・・・あれ?無い」
「意識が普通の生活をしていたからカバンを持っているつもりだったけれど、持ってなかったんだ。
一日が曖昧に感じた事は?クラスメートと最近、話した?授業で当てられた?
家では家族と話している?ご飯とか食べている?」
俺、酷いよな。
でも、立て続けに聞いた。
どれにも答えられない。
「最近、お父さんとお母さん仲が悪くて、夜はケンカばかりしている。
ご飯は、お母さんが最近仕事を始めたから・・・
クラスでは、少しイジメにあっているだけ。
授業は、勝手に進んでいくだけだもん・・・」
一生懸命に間違いを探しながら、答えが出てしまったのか、最後は小声になっていた。
その後、泣きながら叫んだ。
「わたし、死んじゃったんだね」
「うん。」
「私、何もしてこなかった」
「うん」
「得意で特別なものは何もないの」
「うん」
「思いっきり何かに打ち込んだこともない」
「うん」
「でも、それは、いつか来るって思っていた」
「うん」
「いつか、すごく好きな事に出会えて、一生懸命に頑張るんだろうと思っていた。
いつか、好きな人と付き合ったり、今は普通のクラスメートとも、もっと親しくなって友達以上の親友に誰か一人か二人くらい、なれると思っていた」
「わたし、何にもしないうちに死んじゃった!」
涙がとまらない。
ぽたぽたと、握った手の骨の上に落ちている。
俺は黙って隣に居るしかなかった。
どれくらいの時間が経ったか
泣き疲れて、ぼんやりとしている彼女に聞いた。
「大丈夫?」
うなだれたまま、頷いた。
「もう遅い時間だよ。家まで送るよ」
彼女が拒否をする。
「大丈夫です。わたし、一人で帰れますから」
それでも、俺は彼女を送りたかった。
「うん。僕が、お線香をあげに行っちゃあダメかな?」
少し驚いた顔をした後、
「いいですけど・・・」
不承不承な感じで一応了承してくれた。
少し考えこんでから、彼女が顔を上げ言った。
「あ、でも、うち誰も居ないですよ。それに仏壇とかもありませんし・・・」
「家のリビング見たの?」
「はい。いつも、誰も帰ってこないので、先に寝ています」
う~ん。
多分、家族と別の空間になっているよねこれって。
だから、言ってみた。
「多分、今日は、誰か居るんじゃないかな。
じゃあ、行こうか」
2人でベンチから立ち上がり、公園を出る。
彼女が教えてくれた。
「ここから、15分くらいです」
「そうなんだ。道を教えてね」
「はい」
「ありがとう。よろしく」
女子と二人きりで隣を歩くのは、初めてかも知れない。
背は俺より少し低い。
夕方の遅い時間。
夕陽はもう地平線から消えている。
赤い光が残っていて、反対側の空は夜の色。
夕日を見ていた彼女が微笑んだ。
「どうしたの?」
聞いてみた。
「はい?」
「なんか、嬉しそうな顔をしていたから、何でかなって思って」
見られたか!って顔をして、
「男の子に、こうして送ってもらうのが夢でした。付き合った人が居なかったので」
あ・・・
俺も・・・。
「僕も、女子と二人きりで帰るとかは、初めて・・・だな」
「共学なのに?」
「共学だからって、彼女が出来るとは限らないよ」
「そうなんだ。共学なら、すぐに恋人が出来るのかと思っていた」
「まあ、背の高い奴とか、スポーツがうまい奴、勉強が出来る奴とか目立つのは、早く彼女とか出来るよな」
自分で言っていて、落ち込んできた。
彼女は面白がって顔を覗き込んでくる。
「しょうがないじゃん。俺なんて、背は低いし運動苦手だし勉強は頑張っているけれど、中の上くらいだし。面白い事言えるわけでもないから、目立たないんだよ」
自分でもむくれているのが判る。ガキだなって思う。
なのに、彼女は、ふふふと笑っていた。
「なんだよ。笑うなよ」
言った瞬間に、隣を通り過ぎた男の人が不審げにこちらを見た。
彼女の顔が曇った。
「気にしないで良いよ。俺が、送るって言ったんだから」
彼女は色々考えている百面相をしてから、ビックリするほど可愛く笑って
「ありがとう!」
って言うもんだから、なんだかドキッとした。
そんな俺を知ってか知らずか、知り合いの犬に手を振っていた。
その犬は彼女を認識してキューンと鳴きながらしっぽを振っていた。
彼女は、犬に向かって囁いた。
「ありがとうね。ずっと同じ様に接してくれて。私は知らなかったの」
言うとその犬は、座り鼻を上に向けて
「うーーおーーーん」
遠吠えをした。
この犬には別れが迫っていることに気付いたのだろうか。
一軒の家の前で立ち止まった。
リビングに電気が点いている。
「ここだね」
「うん。誰かいるみたい。珍しいな」
不思議がる彼女に言った。
「きっと、ずっと家族は、家に居たと思うよ。
君が意識だけになって、別の次元に行っちゃってたんだ。
誰も、存在しない、誰も存在を認めてくれない場所に。
でも、君は家族の居る家に帰ってきたんだよ」
分からない顔をしている。
促す。
「入っても良い?」
「うん・・・」
彼女は考え込んでいて上の空だった。
玄関のインターホンを鳴らした。
しばらくして、女性の声が聞こえた。
「はーい。どちら様でしょう」
「白石と申します。お嬢さんの知り合いです。ご焼香させて頂けませんか」
「あら、ありがとうございます。少々お待ちください」
母親の在宅に驚きながらも聞いてきた。
「白石君っていうんだね」
「そうだ、名乗ってなかったね。白石透です」
「とおるの字は?」
「透き通るの透る。だからかな、クラスでは存在感無いんだ」
2人で笑いあったけれど、おばさんが出てきたから慌てて顔を戻した。
「さあさ、入ってください」
促されて家に入った。
花の香りがする。
入った奥には、白い祭壇に、彼女の写真。
たくさんの花やお菓子やぬいぐるみに囲まれている。
家に通されながら、おばさんが話しかけてくれた。
持ってきた花束をお母さんに渡しながら言った。
「遅い時間にお邪魔をして申し訳ありません。それに、日にちも遅くなってしまって・・・」
「いえいえ、わざわざ来てくれて。こんなに奇麗な花も、ありがとうございます」
「梶原さんとは別の学校でしたので、お伺いするのにも勇気が必要で遅くなってしまいました。
申し訳ありません」
彼女の写真の前に座り、お線香を灯して少しの間手を合わせた。
合わせていた手を解き、写真に一礼してから、おばさんに向いて頭を下げた。
おばさんが聞いてきた。
「由美子とは、どのような関係だったの?
あら、変な聞き方だったかしら?」
首をかしげて困った笑顔をした。
俺は作ってきた話をした。
「いえ、そんなに親しくなる間もなかったんです。
僕がいつも乗る電車のドアの横に彼女はいました。
でも、しょっちゅう、人が多すぎて僕は乗り損ねていました。
乗り損ねてしまっている僕と、乗っている梶原さんとは、よく目が合っていました。
それで、一緒の電車に乗れた時に、少しだけ話しました。
それから、僕が電車に乗れた時には、彼女が降りる一駅分だけ、話しをしました。
ある日から彼女を見なくなったので、嫌われたかとも思ったのですが、事故の事を思い出し記事を見たら、梶原さんだったので・・・
こちらのお宅は、梶原さんと同じ学校に通っている友人がいたので、
ぶしつけではありますが、家を教えてもらいました」
「そう。由美子は、男の子を怖がっていたけれど、お話しできる子は居たのね」
おばさんは嬉しそうに笑い、それから泣き出した。
彼女の写真を見ていた。
笑っている。顔をくしゃくしゃにして。
「良い写真ですね」
「今年の入学式の時の写真なの。滑り止めで入った学校だから、膨れていたの。
写真を撮ろうって言っても嫌がって、いつまでも拗ねていたから、くすぐり倒してやったわ。
顔をアップにしてもらったけれど、横には私がいて、お父さんが撮った写真なの」
おばさんは一つ一つ思い出すように話した。
「そうなの。公立の学校に通わせてあげなかったの。
共学で、またあの子が男の子からイジメに会うんじゃないかと思って。
それに、公立は少し不良っぽい子も居たしね。
だから、私が私立にしなさいって。嫌がるあの子を無理に通わせたの。
あの子の受けた公立だったら、もう少し遠いから、あの時間には居なかったはずなの。
・・・あの子を殺してしまったのは
・・・私なのよ!」
最後のおばさんの声は、悲鳴の様のようだった。
「私が殺してしまったの」
俺は何もいい言葉が、良い例えが浮かばず、そのまま伝えた。
「僕は、何も言えませんが、きっと痛みも恐怖もなかったんだろうな。って思っています」
今彼女は傷の消えた奇麗な姿で、おばさんに抱き着いている。
しばらく顔を伏せて泣いていたおばさんが、ふと顔をあげた。
涙にぬれたまま、
「いま、ただいま。ってあの子の声が聞こえたの」
俺は黙って頷いた。
おばさんは続けた。
「なんだか、家がからっぽだったの。でも、なんだか、由美子が帰ってきたみたい」
「もしかしたら、迷子になっていたのかも知れませんね」
答えた。彼女にも伝えるつもりで。
「それでは、そろそろ失礼します」
遅い時間になってしまっている。
腰を上げた。
玄関まで、おばさんが見送ってくれる
「おばさん泣いちゃって、ごめんなさいね。来てくれて、ありがとう。
本当は、お父さんにも会って欲しいんだどね。また来てちょうだい。」
応えた。
「はい。四十九日法要には、伺わせていただきます」
「あら、ちゃんとされている子なのね。ありがとうございます」
玄関で頭を下げ合ってから、夜になった道を駅に歩き出した。
歩き出して、しばらくしてから後ろから彼女の大きな声が届いた。
「ありがとーー」
玄関の先で、彼女が手を大きく振っていた。
俺も振り返って手を振りかえした。
彼女は家に帰っていった。
ああ俺の初恋ってやつは、終わっちまったな。
夜空につぶやいた。
「おやすみ」
帰りの電車のラッシュに巻き込まれて、家に帰った。
母さんに
「終わったよ」
と告げた。
「頑張ったわね。お疲れ様」
「うん。頑張った」
「ご飯。用意するね」
終わった。
これで終わった。
夕飯は、やっぱりクリームコロッケだった。
その後、四十九日法要に参加させてもらった。
女子高だから、当たり前だけれど女の子ばっかりで、こちらを見てはコソコソ言って居心地が悪い。
彼女は、夢の中に居るかのように安心しきった顔をしていた。
ふわふわと浮いている彼女と目が合った。
目で頷いた。
ついって、傍に来た。
肩に手をかざした。話しても良い?って聞いている。
頷いた。
肩に手が置かれる。
目を瞑って、彼女に話しかけた。
(ご両親も随分落ち着いたようだね。
君も、今居る場所は静かで居心地が良いだろう。
天国は、その延長にあるよ。そのままで、辿り着けるよ)
(お母さんとお父さんを置いていって良いのかな?)
(大丈夫。成仏しないで傍にいる方が、皆で気持ちがマイナスに偏る。
君が死を自覚しなかった時には、お母さんが、酷く自分を責めていただろう?
お母さんも、お父さんも、君の死を受け止められなかったんだ。
ならば、今は良いのかって、それはない。
一生悲しむさ。それが、娘を大事に思っている親ってもんだろう。
それでも、君は、死者として行くべき場所に行って、ご両親を待つと良い)
(寂しいな)
(大丈夫だよ。少し眠るだけだ。それに、ご先祖さまたちが迎えに来ているよ)
あ・・・・
お寺の天井が抜けた。
薄い霧の中から、人影が降りてくる。
2人して見上げていたが、彼女を促す。
(さあ、もう行きな。ご両親のそばに行くと良い)
(うん。ありがとう)
少し行った後、振り向いて聞いてきた。
(ねえ。もし生きていたら、私たち、お話しをしたかな?)
かなり照れたが、頷いた。
おじさんとおばさんの後ろに、薄い人影が沢山立っている。
手招きされ、彼女はすうっとその中の一人の手を取った。
数珠を持ち経を読み、彼女の成仏を願う。
彼女は、たくさんの霞の様なご先祖様に包まれて、寺の天井より高い場所へと昇って行った。
俺は、少しだけ泣いて見送った。