5話 初めての登校
俺の朝は早い。
躾に厳しい父親が、男子ならば護身術の一つも習得しておかなければならないと決めた。
おかげで、毎朝、朝練を行なっている。
一連の体術の型を行なって、軽く息を吐きながら護身術の練習をする。
中学時代から始めている朝練なので、今は日課となっている。
軽く汗を流した俺は、朝からシャワーを浴びて、朝食を食べて、愛理を迎えに家を出た。
アパートに着くと1階で愛理が小さく手を振ってくれた。
そして二人で合流して、一緒に朝から登校する。
今日の愛理の唇は薄いピンクのルージュとグリスが塗られていて可愛い。
愛理の形の良い唇を見て、胸がドキドキと高鳴る。
「今日は少しメイクを変えてみたの。似合う?」
「そうだね。いつもよりも可愛いというか、似合ってると思う」
「本当? ありがとう」
愛理が俺の隣で嬉しそうに微笑む。
その笑顔だけで、俺の気分は天まで舞い上がりそうだ。
「亮太の彼女になったんだから、もっと可愛くオシャレにならないとね」
「そんなに気合を入れなくても、十分に愛理は可愛いしきれいだよ」
昨日も思ったが、本当に俺は愛理の彼氏になったんだな。
まだ夢のようで、なかなか落ち着かない。
二人で歩道を歩いているうちに、段々と歩道を歩いている生徒達の数が増えていく。
校門の近くまでいくと学生達だらけだ。
そんな学生達が、俺と愛理が歩いているのを見て、驚きの表情を浮かべている者、
ヒソヒソ話をする者、愛理と俺を凝視する者等、様々な態度を見せた。
愛理はとにかく美少女だから目立つ。それにギャルの服装だから余計に目立つ。
俺は愛理の隣を歩いているが、皆からはどんな風に見えるのだろうか。
校門をくぐって校舎に入る。HRの時間までまだ20分ほど間がある。
早く着き過ぎたようだ。
二人で教室に入ると、今まで騒がしかったクラス内が一瞬だけシーンと鎮まり、クラスの生徒達全員が俺と愛理に視線を向ける。
そんなに俺達二人って似合っていないのだろうか。
愛理は誰もが振り向く美少女だし、俺はただの地味男だからな。
不釣り合いなことぐらい自分でもわかる。
一瞬の静寂の後に、クラス内は元の騒がしさに戻った。
既に汐音と凛は登校している。
「汐音と凛がいるから、私は二人のもとへ行くね」
「ああ……今日は朝から一緒に登校してくれてありがとう」
「何言ってんの。私こそ一緒に登校できて嬉しかったし」
教室の中で愛理と別れて自分の席に座ると、聡が俺の隣の席に座る。
「二人で登校とはどういうことだよ。やっぱりお前と加茂井さんって付き合うことになったのか?」
「ああ……昨日、説明するのを忘れてたけど、正式に付き合うことになったよ」
「クソっ……なんで亮太なんだよ。あの時、罰ゲームで俺が負けておけばよかった」
聡は悔しそうな顔をして俺を見る。
多分、聡が罰ゲームで負けていたら、聡が愛理に告白して玉砕していたと思うんだけど、そのことには触れない。
「どうだった? 初めて二人で下校した感触は。女子って柔らかい雰囲気がするだろう」
「そうだな、聡の言うとおりだった。甘い香りがして気分がフワフワしたよ」
聡は地味男子学生達の中ではイケメンだ。
今までも女子と付き合ったことがある。
経験豊富とまではいかないが、女子との付き合い初心者の俺からすれば先輩だ。
「女子との付き合いは、これからが大変だからな。何かあったら相談しろよ。何でも教えてやるから」
「ありがとう……色々と頼らせてもらうよ」
「それにしても、お前と加茂井さんが付き合うなんて、誰も予想もしていなかったけどな」
「俺だって驚いているよ。なぜ俺なんかで良かったのか、今だに愛理の気持ちがわからない」
本当に俺みたいな地味男のどこが良かったのだろうか。
落ち着いたら愛理に直接聞いてみようと思う。
「今となっては、そんな理由は関係ないだろう。既にお前達の噂は学校中に広まってるんだから」
「もう、そんなことになってんのか。噂が出回るのが早すぎないか」
「俺達が昨日から噂を流してやった。悔しかったんだからそれぐらいいいだろう」
味方だと思っていたのに裏切者が隣にいた。
聡はニヤリと笑みを零している。
「これからはお前も加茂井さんの彼氏として、学校でも有名人だな」
「噂を広めておいて、それを言うな」
「俺達が噂を広めなくても、朝から二人で登校している所を、沢山の生徒達に見られてるんだ。噂になるのは時間の問題だったさ」
確かに朝から多くの学生達に愛理と二人で登校している姿を見られた。
聡の言うとおり、噂が広まるのは時間の問題だっただろう。
「女子と付き合う時のコツって何かあるのか? 何か良い提案があるなら教えてくれよ」
「そうだな……付き合っている女子をメロメロにすることだな。そうすれば他の男子に取られることもないし、仲良く一緒にいられる」
愛理を俺にメロメロにさせる。
そんな難問、俺にできるのだろうか。
特技も得手もない地味男の俺に、愛理をメロメロにさせるような魅力なんてなさそうだけど。
「とにかく今は慎重にな。まだ付き合って二日目だからな。焦ると全てがパーになるぞ」
「わかった……慎重に愛理と付き合っていくよ」
聡はニヤニヤと笑って、俺の肩に手を置いて、隣の席から去っていった。
俺は女子の輪の中で、楽しそうに笑っている愛理を見て、これからのことを考えるのだった。