19話 体育の授業
次の授業は体育だ。俺達男子生徒は隣のクラスへ行って着替えた。
逆に女子達はこちらのクラスに集まって着替えをすませる。
マラソン大会が近いので、今日の体育の授業もマラソンだ。
男女別に分かれて体育の授業は行われることが常なのだが、マラソンに関しては男女混合の授業となる。
俺は毎朝、トレーニングでランニングをしているので、マラソンは得意だ。
体育の先生の合図と共に、グラウンドのトラックを5km走る。
俺は自分もトラックを走りながら、愛理の姿を探す。
愛理は汐音、凛の二人と一緒に、最後尾を走っている。
しかし、速度は歩いているのと変わりはないだろ。
本当にマラソンが苦手なんだな。
改めて、愛理がマラソンを苦手と言っていたことを思い出す。
俺は軽快にトラックを走っていく。
何周も愛理達を周回遅れにしていく。
聡達も始めは気合が入っていたが、トラックを走っている間に気合は薄れたらしい。
今はバテてトラックを歩くように走っている。
「こらー。皆、気合を入れて走れ。もしビリになったら、罰としてトラック10周追加だからな」
体育の先生が声を大きく、生徒達に叱咤の声をかける。
トラックを5km走り終わった者達から、トラックを外れてグラウンドに大の字になって呼吸していた。相当に無理して飛ばしたのだろう。
俺もやっと5kmを走りきって、グランドの真中で大の字になって空を見上げて深呼吸する。
本番のマラソン大会では男子10km、女子5kmだ。
今の倍を走らなければならない。
呼吸を整えた後に、愛理達を見ていると、亀の歩みのように徐々にトラックを走っていた。
愛理の足取りがおかしい。何度コケかけそうになっている。その度に汐音と凛に支えられていた。
「これはマラソンが苦手というよりも、マラソンが本気で無理じゃないのか」
俺はグランドから立ち上がって、愛理達の元へ走り寄っていく。
今では汐音と凛が愛理の体を支えて、三人で歩いている状態だ。
「愛理……大丈夫か。5kmまで、まだ随分あるけど走れそうか」
「……頑張る」
とても残りの距離を走り通せそうにないが、愛理は頑張ると言って走っている。
目の前で、足をつまづかせて愛理が倒れた。
「愛理、大丈夫?」
「愛理、無理しちゃダメだよ」
心配した汐音と凛も声をかけている。
愛理を見ると、まぶたを閉じたままで、大きく深呼吸しているが立てそうにない。
「これは今日の授業を受けるのは無理だ。俺が保健室へ連れていくから、二人は体育の先生に愛理が棄権したことを伝えてくれ」
「そんなこと勝手に決めて怒られない?」
汐音が心配そうに俺に声をかけてくる。
「緊急事態だから仕方がない。何かあれば全て俺の責任にすればいいよ」
俺はそう言って、愛理をお姫様抱っこして、保健室へ向けて走っていった。
愛理はとても軽くて、とても体が柔らかかった。
保健室に着いた俺は、保健室のドアを開けて、保険医の先生に、愛理がマラソンをしている
途中で倒れたことを説明する。
「それだと軽い脳しんとうを起こしたんでしょう。今日の所は安静に寝ていれば治るわ。そこのベッドで寝かせていいわよ」
そう言って保険医の先生はカーテンを開けて、ベッドに愛理を寝かせるように促す。
俺は愛理をベッドに寝かせて、丸椅子に座って、愛理を見守る。
「先生、毎回、マラソンをすると倒れるらしいんですけど、マラソン大会に出場しないといけないんですか?」
「体がそんな調子なら、無理にマラソン大会に参加する必要はないわよ。何だったら、私から体育の先生に話をしてもいいし」
「ありがとうございます。是非、よろしくお願いいたします」
「わかったわ。君は彼女に付き添っていなさい」
カーテンを閉めて、丸椅子に座って、愛理の手を握って、愛理が意識を取り戻すのを待つ。
愛理の美しい寝顔がすぐ傍にある。静かな寝息が聞こえてくる。
しばらくすると愛理が寝がえりをうって、目を覚ました。
「あれ? 私、マラソンの授業をしていて……倒れて、そこから記憶がないじゃん」
「俺が保健室まで運んできたんだよ。ここは保健室のベッドの上だ。今日の体育の授業はもう出席しなくていいよ。何も心配はいらない」
「亮太……ありがとう。私……どうしてもマラソンは無理みたいなの。眩暈はしてくるし、体はいうことを利かないし、倒れた時はどうしようって思っちゃった」
「あんまり無理をするのは禁物だよ。倒れるまで走っちゃダメだよ」
「うん……これから体育の授業でマラソンの時には無理しないで、体育の先生に相談するね」
「それがいい。今度からそうしてくれ」
愛理がベッドから手を伸ばして俺の手を握ってくる。
そして思いっきり、俺の手を引っ張る。
丸椅子に座っていた俺は、引っ張られるままにベッドの上に体を乗せる。
すると愛理が俺の体をギュッと抱きしめた。
「亮太……ありがとう。大好き!」
「わかったから体を離してくれ。カーテンの外には保険医の先生もいるんだから」
「ダーメ! もう少しだけギュッとさせて」
そう言って愛理は俺の体をギュッと抱きしめた。
俺も愛理の体をギュッと抱きしめた。