18話 朝の騒動の後
「今のは一体何だったんだ? 何が起こったんだ?」
聡が俺の隣へ来て、質問してくる。
俺も何が起こったのかはわからない。
俺がわかっていることは、喧嘩を売られたことだけだ。
汐音が愛理の隣へ来て、愛理の肩を優しく抱き寄せる。
「私達には隠れファンが多くいるの。その中には告白してきた男子生徒達もいるわ。さっきの工藤は愛理に告白してきた男子で、十回以上断っても諦めてくれなかったのよ」
凛が汐音の後に続く。
「工藤は二年C組の生徒で、チャラ男の中でも喧嘩が強いことで有名な男子だったの。その工藤を投げ飛ばしちゃうなんて、亮太も案外やるわね」
汐音、凛、聡の三人が愛理と亮太を囲んでいると、輪の外から静かに藤本委員長が歩いてきた。
「あのー、今の一件なんですけど、担任の先生に報告しておいたほうがいいですか?」
「その件だったら、もう工藤も朝から暴れたりしないと思うから、学校側には言わないでくれると嬉しい。俺も被害者だけど、一応、工藤を投げ飛ばしているから」
「わかりました。今回の件は不問としておきます。しかし、次も同じようなことが会ったら、私から担任の先生へ報告しますので、そのことだけはお伝えしておきます」
藤本委員長とは初めて会話をしたが、物静かだが芯の強いタイプの女子のようだ。
ただの静かでおっとりした女子とは違って、責任感も強そうだ。
「藤本委員長、ありがとう」
「今回、私は何もしていませんし、何も見ていませんので、失礼いたします」
藤本委員長は静かに自分の席へと戻っていった。
そしれ座席に座って、読みかけの本を開いて読書に戻る。
聡は藤本委員長の後を追いかけていった。
「まだ話のわかるクラス委員長で良かったな。そうでないと今頃、担任に報告されて、問題が大事になるところだったな」
「これからは、こんなことにならないように気を付けてね」
愛理が優しく俺を見て微笑む。
「亮太が怪我なんかしたら私、泣いちゃうから」
「もう愛理を泣かすことはしないよ。本当にごめんね」
愛理達には隠れファンが多くいるのか。これからも工藤みたいな者達に襲われることがあるんだろうか。それなら対処の方法も考えておかないといけないな。
まずは説得をして、それでも相手が納得しないなら、できるだけ避けよう。
話の通じない相手と話をしても仕方がないし。
凛が腰に手を当てて胸を張る。
「工藤みたいなのは特殊よ。ほとんどの皆は告白で玉砕した後、大人しく隠れファンをしているわ」
汐音が首をかしげて不思議そうな顔をする。
「そういえば工藤の奴、妙なことを言っていたわね。亮太のことを気に入ったって。もしかすると今度は工藤が亮太に取りつくかもしれないから、亮太は逃げることが優先ね」
俺も妙な男子に好かれたくはない。
工藤に好かれても、全く嬉しくない。
今度、教室へ入ってきたら、全力で逃げようと心に決めた。
クラスの騒ぎも落ち着き、皆、いつもの朝のようにグループに分かれて雑談を始める。
汐音と凛は女子達の輪の中へと戻っていった。
愛理は俺と手を繋いで離さない。
俺は愛理を連れて、自分の机に戻って席に座る。そして愛理は俺の隣の席に座った。
「亮太ってパッと見た目は地味男に見えるけど、スポーツもできるのね」
「別にスポーツは苦手じゃないよ。体を動かすのも好きなほうだし」
「いいなー、スポーツが上手くて。私、スポーツは苦手なのよね」
「愛理は何でも上手にできると思っていたけどな」
「私にだって苦手分野はあるし……」
愛理は家事全般できるし、料理も得意だから、苦手分野があるとは思ってもみなかった。
しかし、人間誰しも完璧ではないし、苦手分野があっても当たり前だ。
「私、泳ぐのも苦手だし、マラソンも苦手なの」
「そういえば、もうすぐマラソン大会だな。マラソンが苦手だと授業が辛いね」
「マラソンが終わると眩暈がクラクラして立っていられなくなるの」
それは大変だな。
今度から愛理がマラソンの授業を受けている時は注意してみておくことにしよう。
「でも、大丈夫、いつも汐音と凛が助けてくれるから」
「それならいいんだけど、無理をしてはダメだよ。倒れそうになったら保健室へ行くんだよ」
「うん……わかった。亮太の言う通りにする」
愛理はそう言って、俺の手をしっかりと握りしめて、花が咲いたような笑顔を浮かべた。