97話 コツを掴め
「――っか野郎!!」
「ぐっ!」
アゴが砕けそうな程の強く殴られ、視界を揺らしながら地面へと伏す。
何とか意識は繋ぎ止めたが、頭を強く揺さぶられて力が入らない。
「てめえっ、自分が何やったか分かってんのか!」
「……す、すみません」
「何をっ、やったか分かってんのかって、訊いてんだ!」
「あぅ」
顔面を鷲掴みされ、無理矢理顔を上げさせられた。
鋭いなどでは生温い、もっと鋭利で突き刺すような目が僕のことを見下ろしている。まるで視線だけで射殺そうとしているようだ。
「自分が何をやったか、分かってんのか」
三度目の質問。
僕がやってしまったこと。それは【蛮勇】に振り回されて突撃したことだ。
あのタイミングで前に出るなんて愚か過ぎるし、攻撃を遮ることで仲間の邪魔をしてしまった。
あのとき僕は、無謀にもヘリオンを放ちにいった。
結果、それはあっさりと避けられた。ただ邪魔になっただけだった。
いくら背後を取ったといっても、勘が鋭い七本指には通用しなかった。
避けきれない飽和攻撃でないと意味がなかったのだ。
僕がやったことは邪魔をしただけ。
特にロングなどは、あと少しのところで僕を殺してしまうところだった。
WSは発動させたら止めることができない。
振りかぶった瞬間、僕が出てきたのだ。彼は肝を冷やしたことだろう。
咄嗟に陣剣を発動させて防ぐことができたが、ロングは殺さなかったことに安堵の表情を見せた後、激昂した
『オレを味方殺しにするのか』と……
無謀に前へと出て邪魔をしてしまった。
またやってしまった。
そのことをジンさんは責めているのだ。
「……すみません、僕が無謀に前に出てしまって……」
許しを請うつもりはない。
ただただ謝罪をする。それしか僕にはできない。
何発殴られても構わない、そう覚悟していると――
「っはああああああ? 何言ってんだお前は」
「え?」
怒声が降ってきた。
「無謀とかどうか何て知らねえ。俺が言ってんのは、クソ下手くそな特攻をしてんじゃねえってことだ」
「え? あの……それは?」
「だ・か・らっ、お前はチャンスと思って突っ込んだんだろ?」
「あ、あ、はい……」
【蛮勇】に引っ張られる形で飛び込んでしまったが、七本指が晒していた背中に隙を見たのは事実。だから行けると思ってしまった。
「え? その、無謀に行ったことを叱っているのでは……?」
何を言われているのか理解できない。
僕は、自身の無謀な行いを叱られているのだと思っていた。
いや、それ以外に無いと確信していた。
周りに居る陣内組の人たちも、ヒソヒソと困惑の声を漏らしている。
だけどジンさんは。
「いいか、俺が言ってんのはクソ下手クソな特攻のことだ。さっきお前は、馬鹿みてえに迂闊に飛び込んだ直後だってのに、また行っただろうが。【蛮勇】だっけか? 恐怖心が無ぇとかどうとかは知らん。だけどな、クソみてえな特攻は別だ。やるならキチっとやれ」
「……もっと、研ぎ澄ませて行けと? そういうことですか?」
「そうだ、やるなら必殺、それでやれ。勢いとかノリで突っ込むんじゃねえ」
「あ、あの。……では、無理に飛び込んだことは……?」
「冒険者が馬鹿なことをすんのは性分だ。馬鹿をやんねえ冒険者は冒険者じゃねえ。……………………それに俺も人のことは……」
最後の方はゴニョゴニョと言っててよく聞き取れなかったが、ジンさんは僕の【蛮勇】に否定的ではないようだ。
ジンさんが咎めているのは、精度の低い特攻のこと。
やるなら必殺でいけと言っている。
「取りあえず、正座な」
「え?」
「正座だ」
「――はいっ」
まだ頭がクラクラするが、意識を振り絞って正座をした。
脛当てが食い込んで少々痛いが、膝の上に手を置いてジンさんを見上げる。
「……よし。今日はズッとそうしてろ」
「え?」
「端的に言やあ、見学してろだ。いいな」
「……はい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
嘲笑に晒されながらの見学が始まった。
魔石魔物が湧くまでの時間も正座なので、ちょっとした拷問のような状態。
脛当てや留め具が食い込んで脚がとても痛い。そして何よりも痺れる。
だがこれは自分が招いたこと。言われた通り正座のまま戦闘を見続けた。
「やっぱり、凄い」
ジンさんの戦闘を見て、ついそんな言葉が漏れてしまう。
彼の動きは、『別次元な』そんな枕詞言葉がピッタリな動きを見せていた。
離れた位置からでは分からなかったが、正座した状態、視点を少し下げた状態からだと見えてきた。
構えが、武器の位置が他の人は違ったのだ。
基本的に冒険者たちは、WSを放つことに重きを置いている。
要は、WSをいつでも放つことができる体勢を取るものなのだ。
それは剣を正眼に構えたり、すぐに振り下ろすことができるように掲げるなど。
しかしジンさんだけは違った。
脱力したように槍を下段へと揺らし、力みといったモノが一切なかった。
そう、構えというよりも、槍を持って腰を落としただけのような状態。
そしてそこからの踏み込みは、とてもしなやかな動きだった。
ユラリと動いたと思ったら、そこから消え去るような加速。
ジンさんの動きを例えるならば、釣り竿などといったしなりがある感じだ。
手元の動きは緩くても、その先端はとても鋭く風切り音を鳴らす。
そういった動きだった。
ジンさんの踏み込みに比べたら、僕のそれはドタドタと駆ける子供の足。
深く踏み込むことしか意識しておらず、本当に稚拙だと思い知らされた。
ひょっとするとだが、この正座にも意味があるのかもしれない。こうやって足を折りたたむことに、何か極意が隠されているのかもしれない。
( ――よしっ )
この後僕は、全力で正座をしつつ、ジンさんの動きを追い続けた。
そしてこの正座に隠された、何かも探し続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ぐっ……」
「アルドさん、大丈夫ですぅ?」
「だ、大丈夫です。でも、ちょっとだけ待ってください。上手く動かなくて」
脚がとても痛いのに、何故か脚の感覚がない不思議な状態。
足の指が全部取れてしまったような不安感。
唯一残っている踵だけ、そんな状態で僕は立っていた。
「ゆっくりとでいいですからね」
「すいません、ありがとうございます」
僕はネココさんに肩を借りていた。
女性に肩を貸してもらうなど少々情けないが、一人ではとても立ち上がることができそうになかった。
力が入らない脚を棒のようにして歩く。
膝を曲げず、真っ直ぐに突っ張った状態でゆっくりゆっくりと。
( あっ、もしかしてこれに極意が!? )
そんな閃きが脳裏を過ぎった。
この状態だからこそ得るものがあるのかもしれないと。
いまの状態に身を委ね、全身の感覚を研ぎ澄ませる。
イメージはジンさんのあの動き。
力強くしなやかなで、それでいてとても鋭い体捌きを……
( …………っ )
感じることができたのは、ほのかに香る優しい匂いと、女性特有の柔らさだった。
これは僕が求めようとしていたものではない。
そう思ったそのとき――激痛が走った。
「てっめぇ、何ニヤけてんだぁ? 何やってんだあああ??」
「ち、違いますっ! これは、正座からの極意を探そうと」
また顔面を鷲掴みにされた。
しかもそのまま上へと持ち上げられ、僕はつま先立ちへとなる。
パキリ、パキリと何が弾け割れるような音がする。
「何が極意だ、正座は正座だ、痛める以外に何も意味はねえっての。それを肩を貸してもらう口実にするたぁ、イイ度胸だ。久々に俺の本気を――」
「――じ、ジンさん、アルドさんが死んじゃいますぅ」
「――っ!!!」
意識が遠のいていって危なかったが、寸前のところでネココさんに助けてもらった。
そして鷲掴みから解放された後、僕はジンさんに肩を貸してもらって帰路へとついた。
そのときに改めて確認したが、正座には何の極意も隠されていなかった。
あれは反省させるためだけのものだった……
『何言ってんだ、お前?』と、呆れられてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっと外か」
「すみません、肩を貸してもらって」
「いや、それはいい。マジでズッと正座するとは思わなくてな。途中で根を上げると思ってたんだよ。それがまさか、ガチで歩けなくなるまで我慢すっとはよ」
「……すみません。極意とかあるのだろうと思っていて……その……」
ジンさんは歩けない僕に、ずっと肩を貸してくれた。
置いていくような真似はせずに、最後まで面倒を見てくれた。
ネココさんが言うように、本当は優しいのかもしれない。
「レプさん、悪ぃな、待たせちまって――ん? ミーナ?」
「あれ? ミーナちゃん」
深淵迷宮の外には、何故かまたミーナが居た。
どうやら誰かを待っている様子で、レプソルさんが難しい顔をしている。
「あ、おかえり、アルドお兄ちゃん!」
僕に気が付くと、彼女の顔がパッと明るくなった。
そしてタタっとこちらに駆けてきて――
「はい、ど~ん」
駆け寄ってきた彼女は、何故か僕へと飛び込んできた。
足が痺れて踏ん張りがきない僕は、勢いに押されて後ろへと大きくよろめいてしまう。
しかしここで倒れるのは男の矜持が許さない。
足を多くスライドさせて何とか踏ん張る。
「あれぇ?」
「ふが」
片足を後ろへと大きく退いたさせたため、身体の重心が大きく下がり、要は、頭の位置がとても低くなった。
具体的にいうと、ミーナの胸元の高さまで下がってしまい。
「よし、死ね」
今日一番の鷲掴みが横から降ってきたのだった。
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