95話 事故の話
レプソルさんの話を聞いた後、僕はこの方がもっと好きになった。
【後衛の雄】は、一人の父親としても素晴らしい人だった。
レプソルさんが話してくれたのは、ある不幸な事故のことだった。
今から三年前、大通りを家族三人で歩いているときに、暴走した馬車がミーナを轢きそうになったそうだ。
しかも運が悪いことに、レプソルさんは丁度離れていたらしい。
咄嗟に束縛系魔法で馬車を止めたそうだが、それでも止まり切らず、馬車を引いていた馬がミーナへと迫った。
暴れ馬に蹴飛ばされれば、どうなるなど判りきったこと。
そんな娘の窮地を救ったのは母親のミミアさん。
彼女はミーナを抱き寄せるようにして庇い、彼女のことを守った。
そして、腰の辺りを蹴飛ばされてしまった。
レプソルさんはすぐに駆け寄り、ミミアさんにありったけの回復魔法を。
そのときは本当に必死だったそうだ。全MPを注ぎ込んだと言っていた。
しかしそれが原因となってしまった。
回復魔法で一命は取り留めたものの、腰の傷を癒やす際に、身体を司る線、神経を不自然な状態で治してしまったのだ。
僕はこれと似たような話を聞いたことがある。
骨折した骨を回復魔法で治すときに、折れた骨をズラした状態で回復魔法を掛けてしまったことがあって、そのままズレた状態で骨がくっついてしまったそうだ。
それと同じようなことが起きたのだ。下半身の神経が歪な状態で修復。
当然、何とか治せないかと、高位の回復術師に治療を依頼したそうだ。
そしてその中には、回復魔法の最高の使い手、聖女の勇者ハヅキ様も。
しかし、それでも神経が元に戻ることはなかった。
いくら万能と讃えられているハヅキ様の魔法でも、治ったところをさらに治すことをできないようだ。
荒治療になるが、腰の神経をもう一度切断してから治すという方法もあるそうだが、骨とは違い、駄目になっている神経がどの位置か判断がつかないので出来ないらしい。
骨だったらすぐに判るのに……
その後、レプソルさんは諦めずに治療する方法を模索した。
結果、薬品による内から治療を選択し、最高峰と言われている神水を求めた。
仲間にも協力してもらい、何本かの神水を手に入れた。
そして、僅かだが効果があったそうだ。
以前は感覚が完全に無かったのに、肌に触れればそれが判るようになった。
今では按摩術も取り入れ、本当に少しずつだが改善されてきているらしい。
しかしここで大きな問題があった。
治療に使う神水が大変高価であること。
裕福な貴族だって使用を躊躇うような貴重品だ。
しかも神水の原料となる竜核石の枯渇もあり、今では本当に手に入り難くなったそうだ。
それでもレプソルさんは諦めず、陣内組での稼ぎと、経営しているお店の売り上げで神水を求め続けているのだとか。
本当に凄い人だ。そしてとても優しい。
魔石魔物狩りを終えた日でも、按摩術による治療を毎日欠かさずやっているとも言っていた。
( しかし、何で僕に…… )
この話を僕に明かしたことが不可解だった。
僕はアライアンスに入ったばかりだし、しかも正規ではなくて”ゲスト”枠だ。
こんな個人的なことを外部に明かす必要がない。
「ふっ、何故だって顔だな」
「え?」
「オマエは分かり易いヤツだな。どっかの馬鹿をやる馬鹿みたいだな」
「えっと……」
貶すような言葉なのに、とても温かみを感じる声音だった。
何と返答したら良いのか分からず、僕は口ごもってしまう。
「オマエに、知って欲しかったんだよ。ウチの家のことをな」
「……あの、それはどういう……?」
「気にするな。取りあえず伝えておきたかっただけだ。それじゃあな」
「あ、はい」
そう言ってレプソルさんは立ち上がった。
用事は済んだということだろう。
僕も立ち上がってレプソルさんを見送る。
「あ、そうだ」
「はい?」
扉のノブに手を掛け、レプソルさんが振り返りながら言ってきた。
「アルド、明日から前に入れ」
「え? それってまさか……」
「あ、でもサポーターの仕事も続けたままだ。同時にやれ」
「――っはい!」
前とは、前衛のことだ。サポーターに出す指示ではない。
僕は明日から冒険者として前に出ることが許された。嬉しさのあまり拳を握りこむ。
「じゃあ、また明日」
こうして僕は、冒険者として陣内組に参加することが出来るようになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、僕は本当に前衛として参加することになった。
今日から前衛に入ると挨拶をした後、どういった仕事を割り振るか話し合いが行われた。
「で、まともに使えるのは……”ヘリオン”だけと?」
「……はい」
ジンさんからの確認に、申し訳ない気持ちで答える。
「ふむ、そうか……そうなると、できてトス役か」
「おいおい、ヘリオンでトス役っていつの頃の話だよ」
「つか、片手剣のアタッカーって必要か? 両手剣使えねえのかよ」
「もう肉餌でイイだろ」
「サポーター風情が前に出るのがおかしいんだよ、元に戻れよ」
「おい、誰かネココ呼べ。コイツを引き取ってもらうぞ」
懐かしい光景が広がっていた。昔もそうだった。
僕が前衛としてできることは少なく、前衛に組み込むのは大変なのだ。
だからこうして皆を困らせることが多い。
「あの結界もあるんだし、一応死ぬことはねえだろ? やっぱ餌でよくね?」
「……陣剣か」
ジンさんが僕の剣に目を向けた。
とても複雑で探るような視線だ。やはりこの剣は珍しいのだろう。
陣剣を握る手に力が入る。
「あの、この剣で攻撃することもでき――」
「はっ! それこそ時代後れだっての! その結界の小手モドキを使うってのか? その結界を使ってどんだけのヤツが逝ったか知らねえのかよ。結界の小手で攻撃するなんて離れ業ができんのは、あの勇者ジンナイ様だけだっての」
ロングが僕の言葉を遮り、馬鹿にするように言ってきた。
確かにその通りだ。勇者ジンナイに憧れて真似をして、それで命を落とした者は数多いと聞いている。
僕もそれを使っているからよく分かる。
結界による内からの攻撃は、距離を完全に詰めなくてはならない。
それはとてもリスクが高いことだ。
高威力のWSを放つことができるのならば、わざわざそんなリスクの高い攻撃を選択する必要はない。
ひょっとするとだが、【ジンナイプレイ】という言葉は、これが原因で生まれたのかもしれない。それだけ独特な戦い方だ。
( あれ? 何かジンさんが複雑そうな…… )
「よし、取りあえずは盾役の補佐をやらせよう。アルド、盾役の横についてフォローをしろ。判断はお前に任せる」
会話の流れを断ち切るようにジンさんが言った。
いま赤組を仕切っているのは彼だ。
不承不承ながら皆それに従い、今日の狩りが始まるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字なども……




