94話 物音
僕は雑談を交わしながらミーナを送った。
ホークアイさんとこんなに話す機会がなく、この護衛任務は本当に良い機会だったと思える。
そんな護衛もあと少し、泊まっている【竜の尻尾亭】が見えてきた。
そこにミーナを送り届けたら任務完了だ。
「――あれ?」
見かけたことがある人が店から姿を現した。
その人は、まるで姿をくらませるように雑踏へと消えていった。
あっと言う間だった。
「いまの人は……確か」
「うん? アレは……公爵家からの使いだろ?」
「……そう、ですか。確かにあの女性がノトス公爵家の敷地から出てくるのを見たことがあります。ネココさんを送って行ったときに」
「へ、へえ、そうか。あの店はレプソルの家だから、何か伝えに来たんだろうな、たぶん……」
「……」
ホークアイさんが嘘を吐いた。
別に責めるつもりなどはないが、嘘を吐いたことが気になった。
ミーナの方を見たが、彼女は丁度テイシさんと話していた様子で、今のを見ていなかった。
「ああ、もう着いちゃった」
「うん、ちゃんと送った。さっさと入る」
「――あっ」
テイシさんに促され、ミーナが店の中へと入って行く。
半ば押し込むように、目的へと一直線といった感じのテイシさん。
淡々と押し込む彼女を見ていたら、ホークアイさんが話し掛けてきた。
「アルド、おまえはこの後どうすんだ?」
「え? 戻ってサポーターの仕事を……」
「休めって言われただろ。取りあえず深淵迷宮に行くのだけは止めとけよ。やることねえなら階段でも行ってこい」
「……はい、分かりました」
僕はいったん部屋へと戻った。
レプソルさんからは、店に居ないで外に行けと言われている。
自分が居ないときに居られたくないのだろう。
「レプソルさんってホント過保護だな、さてと……」
鎧を脱いで気軽な服へと着替える。
街へと遊びに行くのだから、物々しい冒険者の格好ではよろしくない。
最近購入した服へと袖を通す。
「何か面白そうなのがやっているといいな」
一人で行くのは少々寂しい気がするが、僕は演劇を観ることにした。
ホークアイさんから階段を提案されたが、僕にとって階段は鬼門だ。
やはり演劇しかない。ノトスでは様々な劇がやっていると聞いているし、もしかしたら、僕が全く知らない名作が公演されているかもしれない。
突然の休暇だが、これはこれで良かった。
そう思ったそのとき――
「え?」
上から大きな物音がした。
何か重い物が床に倒れた音だ。
「……どうしよう」
三階には絶対に上がるなと厳命されている。
もしそれを破れば、いま泊まっているこの部屋を追い出されるかもしれない。
どうしようかと逡巡。
『――ぁさん!』
「っ! ミーナちゃん!?」
三階からミーナの泣きそうな声が聞こえた。
間違いなく何かがあった。
「行こう」
部屋を追い出されるかもしれないが、ここで三階に上がらないという選択肢は無い。僕は階段を駆け上がった。
するとそこには――
「ミーナちゃん、一体何が――え? 二人?」
「あ、アルドお兄ちゃん!」
「う、うう……」
三階へと上がったすぐの所に、ミーナが二人居た――ように見えた。
ミーナによく似た女性が誰かすぐに察しがつく。彼女の母親だ。
ミーナに似た女性ではなくて、ミーナが彼女に似ているのだ。
二人に違いがあるとすれば、それは髪型と幼さがあるかないか。
ミーナよりも成熟した肉感的な肢体を、くねらせるように床へと這わせている。
必死に起き上がろうとしているが、どうにも上手くいっていない様子。
「大丈夫ですか? これは?」
倒れている彼女の側に、車輪の付いた椅子が転がっていた。
先ほどの大きな物音は、この車輪の付いた椅子が倒れた音だろう。
多分だが、これに座っていた彼女が何かあって転倒したのだ。
「アルドお兄ちゃん、お母さんを助けて」
「あ、ああ」
彼女たちに駆け寄り、僕はミーナと一緒に彼女の母を起こす。
みだりに触れるのはよろしくないので、椅子ごと彼女を力任せに起こした。
当然、ミーナには彼女を支えてもらった。
倒れていた彼女を、車輪つきの椅子へと座らせる。
慌てていたミーナも、それを見て安堵の表情。
「あの、不躾ですが、脚を?」
「……はい。すみません、お手数をお掛けしてしまって」
倒れている彼女を見たときに気が付いた。
必死に身体を起こそうとしていたが、そのとき脚が全く動いていなかった。
だから立ち上がることが出来ずに倒れたままだった。
車輪が付いたこの椅子は、歩かなくても移動ができるための物だ。
「アルドお兄ちゃん、ありがとう」
「ううん、これぐらい何でもないよ。あの、どこか痛む場所は?」
触れて確認する訳にはいかないので、僕は彼女にそう尋ねた。
「大丈夫です。それよりもご迷惑を掛けしてしまって……本当にごめんなさい」
「いえ、本当に大したことはしていないです。ちょっと椅子を起こしただけですから」
「いえ、本当に助かりました。もう、この子ったら慌てて大声をあげて」
「……」
母の無事が確認できて嬉しかったのか、ミーナは彼女の腰にしがみついていた。
それを慈しむように頭を撫でてあげるミーナの母。
「ミミアちゃん! すごい音がしたけど、何があったんだい!」
「ミーナ――って、アルド、だっけか? アンタが助けてやったのか?」
一階の従業員夫婦が階段を駆け上がってきた。
先ほどの物音は一階まで聞こえたのだろう。他にも女性従業員たちが上がってきて、ミーナたちの無事を確認して胸を撫で下ろしていく。
「えっと、じゃあ、僕はここで」
これ以上ここに長居しては駄目だと思い、断りを入れてから二階の部屋へと戻った。
取りあえず部外者の僕はいない方が良いとの判断だ。
とは言え、このまま外へと行くのは駄目だ。
もしかしたら男手が必要かもしれないし、このまま外へと出るのは薄情。
何かあるかもしれないから、僕はそのまま部屋に留まった。
そして日が暮れた頃、僕が泊まっている部屋にレプソルさんがやって来た。
「アルド、ちょっといいか?」
「はい」
神妙な面持ちで部屋に入ってくるレプソルさん。
右手には酒瓶、左手には二つのグラスを逆さにして引っ掛けている。
「ん」
「はい」
アゴでテーブルを指され、僕はレプソルさんと向かい合って座った。
これから何かを話されるのだろう。覚悟を決める。
レプソルさんはグラスに酒を注いだあと、少し低い声で言ってきた。
「アルド、うちの妻が世話になったみたいだな。ミーナが教えてくれた」
「あ、すみません、三階に上がってしまいました」
「ん、それはいい。その辺りの話も聞いてる。本当に助かった、ありがとう」
「……はい」
「別に隠していたワケじゃねえが、妻のミミアは、下半身をやっちまってる」
「……はい」
「……取りあえず、飲め。飲みながらでイイから聞いてくれ」
レプソルさんは僕に、奥さんの身に起きたことを話してくれた。
なんと彼女は、娘のミーナを庇って馬車に轢かれ、その事故が原因で下半身が動かなくなってしまっていたのだった。
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あと、誤字脱字も……




