93話 帰る
僕たちは深淵迷宮がある砦から外に出た。
まだ早い時間なので日は高く、身の危険を感じるようなことはない。
先頭はテイシさん、その後ろをミーナ、最後尾を僕とホークアイさんで歩く。
「ほら、帰る」
「わっ、テイシさん」
テイシさんがミーナの手を引いた。
ミーナがフラフラと何処へ行かないようにしているのだろう。
少し不満そうにしているミーナだが、テイシさんはお構いなしといった感じ。
「まっ、オレらは後ろで見張りだな」
「はい」
すれ違う何人もの冒険者がミーナを見ている。
中には口笛を吹く者もおり、いかにもといった素行が悪そうな人相。
そういった輩にはホークアイさんが睨みを利かせ、彼女に近寄らせないようにしている。
守られていることに気付かず、楽しそうに話し掛けているミーナ。
僕はそれを見て、ジンさんが言っていたことを深く理解する。
ミーナは本当に娘のように守られているのだと……
「……僕が、手を出しそうに見えたのかな……」
あのときの鷲掴みは、そういうことなのだろう。
娘に近づく、正確にはミーナの方から飛びついてきたのだが……
( あれ? そう言えばあのとき、ジンさんにも―― )
「あん? そんなことを気にしてたのか?」
「え?」
「ん? だって今、『手を出しそうに』って言っただろ?」
「あっ、はい」
一瞬、心の中を覗き込まれたのかと思った。
だがそれは勘違いで、僕がポツリと呟いたことへの言葉だった。
ホークアイさんはそのまま話を続ける。
「数日程度だが、おまえがそんなことをしないヤツだってことは分かってんよ。当然、他のヤツらもな。ただまあ、ジンだけは別みたいだがな」
「え?」
「オマエは【鑑定】が無ぇから知らねえだろうけどよ、ミーナちゃんは……【魅了】と【魅惑】持ちなんだよ」
「――なっ!? ……本当に、ですか?」
「ああ、マジだ」
【魅了】とは、本人の意思関係無く異性を惹きつける効果がある【固有能力】。
【魅惑】とは、所持者の仕草によって異性を惹きつける【固有能力】。
二つはとても似た効果を持つ【固有能力】だ。それが二つ重なれば、通常よりも効果を遥かに発揮するはず。
しかもミーナは兎人の娘。
元から注目を集めやすい種族だというのに、そんな【固有能力】が二つもあるのならば……
「……だからさ、あの子は結構苦労してんだよ。そしてそれはもっと増えていく、もしレプソルの娘じゃなかったら……」
「ええ、そうですね……」
ホークアイさんの話を聞いて驚愕し、同情した。
もし陣内組という後ろ盾が無ければ、ミーナは間違いなく攫われる。
欲望に飲まれた者や、色を好む貴族に召し抱えられる。
【固有能力】は人生に大きく影響を及ぼすと言われているが、これは最たる例だろう。せめて男であればまだマシだったのだが。
「ホント、可哀想な子だぜ……」
ホークアイさんは悲しそうな、だけど慈しむ瞳でそう言った。
僕はそれを聞いて。
「――いえ、違います」
「ん?」
「ミーナは可哀想な子じゃないです。絶対に幸せな子です。だって、こんなにも守ってくれる人が居て、ホークアイさんみたいに心配をしてくれる人が居るんです。だから――」
疑問に思っていたことがあった。
何故こんなにも差があるのだろうと感じていた。
陣内組の人たちがミーナを見るときに、彼女を欲しいという欲望の目で見る者と、彼女を絶対に守ってやるという二つに分かれていた。
古参メンバーは全員後者だ。
皆、彼女のことを自分の娘として見ている。
そんな彼らに見守られているミーナが可哀想な子のはずがない。
――絶対に幸せな子だ。
「はは、どうやらマジみてえだな」
「はい?」
何かを含むようにホークアイさんが笑った。
しかしそこには嫌な感情は見えない。
「アルド、おまえは気付いているか? おまえはミーナの魅了と魅惑に全く引っ掛かってねえ」
「え? そう、ですか? 自分では分からないですね」
「ああ、最初からズッとだ。これっぽっちも惹かれたことがねえ。おれらみてえな枯れたおっさんならともかく、おまえは本当に珍しいヤツだな。――いや、既に誰かに惹かれているからか?」
「――っ!?」
「へえ、心当たりありか?」
「……いえ、何もないですよ」
「なになに? アルドお兄ちゃんとホークアイさん、何を話しているの?」
前に居たミーナがこちらへ来ていた。
彼女は無邪気な笑みで僕たちを見てくる。
その後ろにはテイシさんが。
「えっと、大したことじゃないですよ。あと、そっち側は危ないです」
「は~い」
何故かミーナは、道を歩くとき端の方を好んでいるように見えた。
しかし端の方は危ないので、そちらへ寄らないように注意した。
( そう言えば、攫われたときも端の方を歩いて…… )
それが直接の原因ではないが、端の方を歩いていたから裏路地へと引き込み易かったはず。攫われる危険性がある彼女にとってそれはよろしくない。
「ミーナちゃん、外を歩くときは端の方は――」
「――アルド、それはいい。おれらが見てればいい」
「ホークアイさん?」
「……ワケは、そのうち話す。だからその件はいい」
「はい、わかりました」
気が付いたことを注意しようと思ったが、何故か止められた。
そしてその理由はいつか話すというので、僕はそれに従う。
「ん、さっさと帰る」
テイシさんに促され、僕たちは竜の尻尾亭へと向かったのだった。
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あと、誤字脱字も……




