92話 握力が
陣内組に入って五日が経過した。
僕はまだサポーターのままで、冒険者として参加することを許されていない。
今日もネココさんと一緒に赤組の担当をする予定。
いまは人が揃うのを待っている状態。集まったら赤組は中へと入る。
そんな中――
「今日も……」
ジンさんからの視線が厳しい。
「アルドさん……」
ネココさんが心配そうな顔で声を掛けてきた。
彼女としても戸惑っているのだろう。普段は優しいであろうジンさんが、僕に対して厳しい視線を向け続けることに。
「はあ、やっぱアレで怒らせちゃったんだろうな……」
ジンナイプレイという言葉が尾を引いている。
あの後もジンさんは、僕が言ったジンナイプレイのことでからかわれていた。
レプソルさんのお店でもそうだった。話を聞いた古参メンバーは全員噴き出し、腹を抱えながら床を転げ回っていた。
何故そこまで笑いを誘ったのか全く見当がつかない。
いくら何でも笑いすぎだと思う。
ジンさんは、からかわれる切っ掛けを作った僕のことを怒っているのだろう。
そこまで本気ではないが、それなりの視線が突き刺さる。
そしてそれとは別に――
「……こっちも……か」
もう一つの視線が僕へと突き刺さる。
視線の主は、リュイトだ。
他の取り巻きたちは、ジンさんに睨まれている僕のことを嘲笑っているのに、何故かリュイトだけは違った。
( 何でだろ? )
その視線に心当たりがなかった。
リュイトからの視線は、僕のことを妬み羨むような視線なのだ。
だから本当に心当たりない。取り巻きたちと同じような視線だったら気にはならなかったが、嫉妬じみた視線には不安を覚える。
ああいった視線には嫌な予感しかない。
ウルガさんのことを思い出す。
しかし出来ることは、リュイトの動向を注視しつつ距離を取ることぐらい。
「よ~~し、そろそろ行くぞ。あとは――」
レプソルさんが号令を出した。メンバーが揃ったのだろう。
さぁ出発、そんなとき――
「――お父さん、お弁当忘れてうよ~」
鈴を転がすような声がした。
その場に居た者が一斉に声がした方へと視線を向ける。
するとそこに居たのは、レプソルさんの一人娘ミーナちゃんだった。
ふんわりとしたワンピース姿で元気に手を振っている。
「ミーナ!? 何でここに居んだ!」
「え? だから忘れ物のお弁当を」
「いや、そうじゃなくて……」
俯いて顔を左手で覆うレプソルさん。
レプソルさんはここへ来た理由を聞いたのではない。
ここへ来てしまったことを問うているのだ。父親として、娘に来て欲しい場所ではないはずだ。万が一ということもあり得る。
「ワタシがちゃんと護衛についた。だから平気」
「テイシ、何で断らなかった。オマエが居ながら何でミーナを連れてきた」
「一人で来られるより、マシ」
「ぐっ、確かにそうだが」
ミーナは一人でここまで来たのではなく、陣内組の猫人の冒険者テイシさんと一緒に来たようだ。
テイシさんは鈍器のような両手斧を背負っており、確かに護衛になっただろう。
「くそ、だからって……」
「はい、お父さん」
笑顔でお弁当を手渡すミーナ。
何とも渋い顔をでそれを受け取るレプソルさん。
父親としての苦労が見てとれる。
一方ミーナの方は、弁当を渡せたことが嬉しいのか、ニコリと笑みを見せる。
とても可愛らし笑みだ。
「確かに心配だろうな、つい最近だって誘拐されかかったし……」
砦の中にいる男たちの視線がミーナへと集まっている。
彼女はまだ13歳と幼いが、身体の線が出にくいふんわりとした服着ているにも関わらず、メリハリの利いた丸みが色々と主張していた。
幼い容姿と相反するそのシルエットは、男の欲望に火をつけてもおかしくはない。
勇者コヤマ様のお言葉に、『ロリ巨乳は至高にて嗜好』と言うものがある。
だからそういうことだ。
「おら、てめえら、ウチの娘を見てんじゃねえ! 散れ!」
しっしっと手を振るレプソルさん。
ミーナちゃんに集まっていた視線を解散させる。
「まったく。ミーナ、弁当ありがとうな。テイシ、悪ぃが帰りも護衛を頼む」
「うん、了解」
「あと、ホークアイも――」
「アルドお兄ちゃん、今日もうなされていたけど大丈夫だった?」
「あ、ミーナちゃん」
レプソルさんがホークアイさんに頼み事しているとき、ミーナが僕へと飛びつくようにしがみついてきた。
僕の腕にしがみついたまま、上目遣いで僕のことを見る。
きっと昨晩のことを心配していたのだろう。
僕はここ連日うなされており、何度かミーナに起こしてもらったことがあった。
そしてその気恥ずかしさから、今日は彼女と顔を合わせていなかった。
だからこうして心配しているのだろう。けど……
「……」
レプソルさんからの視線が非常に怖い。無言なのも怖い。
周りの古参メンバーたちは、『ほう?』といった感じでこちらを見てる。
そして――
「どういうことだ、うちの娘に手を出して」
「――ぁ、が!?」
ジンさんが一瞬で距離を詰めてきて、僕の顔面を鷲掴みにした。
信じられないほどにこめかみが痛い。目の横がミシミシとなっている。
こんなに締め付けられるのは、前にイワオトコに掴まったとき以来だ。もしかするともっと強いかもしれない
あまりの激痛で言葉が上手く出ない。
「おい、ジン。ミーナはオレの娘だ。オマエにはちゃんと自分の娘がいるだろう」
「……ミーナは、陣内組の娘みたいなもんだ。だから娘だ」
ジンさんの言葉に、古参メンバーが『うんうん』と頷く。
しかし今は、そんなことよりも早く助けて欲しい。意識が段々と薄らぐ……
「ジンおじさん、アルドお兄ちゃんをいじめないで」
「うん、いじめてないよ、ちょっとじゃれているだけだから」
「――っっ!?」
握力がさらに増した。
【耐強】持ちの僕でも耐え切れそうにないほどの締め付け。
常人だったらかち割れてもおかしくないレベル。
「もうっ」
「はは、ほら、離したから」
「っ、はぁ、はぁ……」
鷲掴みから解放されて地にへたり込む。
とんでもない痛みだった。身体中から汗が噴き出してくる。
もう味わいたくないと思う絞痛だった。
駆け寄ってきたミーナが額の汗を拭いてくれる。
「……アルド、お前もミーナを送っていけ。そんで今日はそのまま休みだ。あ、でも店には居るなよ、どっか外に一人で行け」
「え?」
「アルド、行く」
「じゃあ、そっちは任せたからなレプソル」
「なら、俺もミーナの護衛を」
「ジンっ、オマエはきっちり働け。そんでヤツらの面倒も見ろ」
わっちゃわっちゃと始まった。
僕はテイシさんに促され、そそくさとその場を後にする。
このまま長居しては面倒になる、彼女はそれを分かっているのだろう。
こうして僕は、ミーナの護衛をすることになった。
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あと、誤字脱字などもー