91話
すいません、お待たせしましたー
『ん、次』
亜麻色の閃光は一瞬も止まらない。
魔物を一体黒い霧へと変えると、すぐに次の魔物へと強襲する。
アライアンス単位で相手にすべき魔石魔物たちが、パーティ単位の戦力に次々と屠られていく。
地下迷宮最強のオーバーエッジですら、彼女の迅さにはついていけていない。
『リティっ! 次は――』
『ん、了解』
具体的な指示が出された訳でもないのに、声だけで意図を全て読み取り、縦横無尽にリティが駆け巡る。まるで全てを分かっているかのような動き。
しかも味方だけでなく、魔物《敵》の動きもまでも……
『――っ!? 硬い?』
『あっ!』
リティの斬撃が弾かれた。
他のイワオトコよりも硬い個体なのか、色の濃いイワオトコが彼女の剣を弾き返した。
しかし次の瞬間――
『リティ、使え!』
『ん、わかった』
ガレオスさんが黒い棒状の物を放り投げた。
すかさずそれを受け取るリティ。
彼女は握っている二振りの剣の柄を、それに差し込む。
『え? 槍?』
片刃の直剣の背を合わせにして、一振りの槍ができた。
リティはその槍を構え、再度イワオトコへと果敢に突撃する。
『WS”ストアサ”!」
亜麻色に輝く鏃が、イワオトコに大きな風穴を空けた。
何の抵抗も出来ずに黒い霧へと変わるイワオトコ。
『ん、次』
僕はここで…………逃げ出した。
「――んはぁっ………………夢……」
少し薄暗い部屋で目を覚ました。
今日、彼女によく似た瞳の色を見てしまったためか、いつもよりも鮮明にあのときのことを思い出してしまった。
寝汗が酷く、首元がびっしょりだ。
だけど身体はとても冷えており、特に首の辺りが酷く寒い。
首の傷跡が泣いているようだ。
「あれ?」
身体は寒いのに、何故か左手だけは温かい。
まるで誰かに手を握られているよう。
それと部屋が薄暗いことに気が付いた。寝る前にアカリは消したはずなのに。
「アルドお兄さん、平気ですか? お水飲みます?」
「え? ミーナちゃん?」
ミーナが、僕の左手を優しく包むようにミーナが握っていた。
だから左手だけ温かかったのだ。
その救われるような温かさに、気が付くと冷えていた体温が元に戻っている。
「えっと、ありがとう……」
僕はミーナから視線を逸らす。
うなされている僕に気が付いてやってきたのか、彼女は寝間着姿だった。
まだ少女と言って良い年齢とはいえ、寝間着姿の彼女を見るのは失礼だ。
それにもしこれがレプソルさんに知られようモノなら……
「おう、ウチの娘を部屋に引き込んだのか、アルド」
「レ、レプソルさん!?」
レプソルさんが、上から覗き込むように見下ろしていた。
僕はそれを見て固まってしまう。
薄暗いので表情は見えないが、きっと怒っているはず。
( マズい、何とか誤解を解かないとっ )
「あ、あの、これはそのっ」
「――ああ、分かってる。コイツが勝手に部屋に入って来たんだろ」
「え?」
「オマエがうなされていたことは昨日から知ってたからな。それにこの部屋は外から鍵が掛かってんだ。だから扉を開けたのはウチのミーナだろ」
「うん、辛そうな声がしたから、お兄ちゃんの部屋に入ったの」
「ったく、男がいる部屋にホイホイ入んな。ほら、部屋に戻った戻った」
「やっ、お父さんお尻叩かないで。お父さんのエッチ」
ミーナは、レプソルさんに部屋を追い出される形で部屋を出た。
何度か心配そうな声を掛けてきたが、それは全てレプソルさんに遮られる。
娘の寝間着姿を一瞬も見せぬように。
僕はそれに苦笑いを浮かべる。。
「……まあ、合格か」
「え?」
「何でもねえ」
「…………そう、ですか」
敢えて聞こえるように言った呟きだった。
「取りあえず寝ろ。明日も狩りはあんだぞ」
「はい、すいません、ご迷惑をお掛けしてしまって」
「じゃあな。――あっ、鍵は開け解くからな」
「は、はい……」
レプソルさんは部屋を後にした。本当に鍵を掛けずに……
「…………信用されたってことかな?」
全く心当たりはないが、もしかすると信用されたのかもしれない。
少なくとも、部屋に鍵を掛けられない程度には。
「……うん、寝よう」
うなされて起きたときは眠れる気がしなかったが、いまは違う。
妙にスッキリしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、深淵迷宮の前にジンさんが居た。
そしてそのジンさんの前には、やつれた顔をしたリュイトとロングたちが。
こってりと絞られた様子で、全員の顔に痣が複数できていた。
「……」
みんな何があったのか察した様子で、その痣のことは誰も触れていない。
そんな何とも言えない空気の中、ジンさんが明るい声で話し掛けてきた。
「お、ネココ。今日から俺も参加するからな、しっかりとサポート頼むぜ。あと、アルドもな」
「はいですぅ」
「はい」
嬉しそうにそう答えるネココさん。
耳と尻尾が弾むように揺れている。
「じゃあ、赤組行くぞ」
ジンさん指揮のもと、赤組の狩りが始まった。
「おら、遅え! チンタラ隙を逃してんじゃねえ!」
「は、はいっ」
「次のが湧くまでの見張りはリュイトだ。あとロングも」
「……はい」
「はぃ……」
勇者様のお言葉で言うところの、『パワハラ』のようなことが行われていた。
魔石魔物を倒せるのは当たり前、亜種が湧いても大丈夫なようにと、そんなことを言ってリュイトたちをしごいていた。
「……厳しい。――けど」
( ちゃんと面倒を見ている )
一見無茶苦茶なことを言っているようだが、ジンさんはしっかりフォローとしていた。
前に出ろと急かしたりはするが、ちゃんと後ろについて、危ないときは助けに入る。
先の戦闘でも、迂闊に前に出たリュイトを攻撃から守り、相手の態勢を崩すことでチャンスも作り上げていた。
口と同時に手が出るのが玉にきずだが、相手を貶めるようなことは言わないし、しっかりと仲間を守っている。
見た目は狼を模した面と、とても分かり易い物々しい雰囲気から恐ろしい人に見えるが、ネココさんが言うように優しい人なのかもしれない。
「よし、他のヤツは次が湧くまで休憩だ」
「え? でも魔石は」
「ん?」
ジンさんがおかしなことを言った。
いま、魔石を置いた状態だ。そんなときに休憩に入るなどあり得ない。
確かに置いてすぐに湧くことは滅多にないが、それでも空の穴の影響で湧くことがある。
だから休憩に入るときは、置いた魔石は回収するのが鉄則だ。
そんな大事なことをジンさんが知らないとは思えない。
「ああ、魔石のことか? あれはまだ湧かねえよ」
「え……でも」
「俺の勘が言っているからな。平気だって」
「勘……?」
何ともあやふやなことを言ってきた。
『勘』というモノを否定する訳ではないが、『勘』とは絶対的なモノではない。
そんな不確定なモノに頼り切るなど愚かなことだ。
どう考えても事故の原因となる要素だ。
「ああ、そっか。お前は知らないのか……いや、他のヤツも知らねえか。しゃあねえ、じゃあ拾っとくか」
「え? どういうことで……」
「ん? 何でもねえ、ちょっと勘に自信があっただけだ。でも確かに危ねえかもだし、リュイト、魔石を回収しとけ。そんでお前も休憩だ。ネココ、何か飲み物を頼む。アルドもだ」
ジンさんは不思議な人だ。
いま言葉に嘘はなかったと思う。絶対に魔物が湧くことがないと確信しての言葉だった。
だったら何故そんな確信を持つことができたのだろうか。
そしてあることに気が付いた。それは、古参のメンバーがジンさんの言葉を疑っていなかったこと。
古参のメンバーは皆、ジンさんの『勘』を信用しているようだった。
僕はそれを不思議に思いながら、ネココさんと一緒に飲み物や軽食を配って回ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
休憩後の狩りも順調だった。
特にジンさんの安定感が凄まじく、リュイトたちの面倒を見ながらでも普通に戦っていた。
「……凄いな、全部先が分かっているみたいだ」
ジンさんの動きはとにかく的確で、攻撃を仕掛けるときは必ずと言ってよい程死角に回り込んでいた。
槍で貫かれた魔物たちは、貫かれる瞬間まで分からなかっただろう。
一瞬、本当に一瞬の隙を突くように地を駆け、踏み込んだ死角から魔物の急所を一突きしている。
僕のレベルでは上手く説明できないが、本当に上手い。
ただその姿は、冒険者というよりも暗殺者のようだった。
どうしてもある人物がチラついてしまう。
「よし、次が湧くまで待機だ。リュイトとロングは見張り」
「……はい」
「うぃっす」
昨日の一件の罰なのか、リュイトたちは面倒な役目与えられ続けていた。
不貞腐れた顔をしながら、ジンさんの指示に従うリュイトたち。
ネココさんには一切近づけないようにしている。
「ジン、こっちは早めに引き上げるからな」
「レプさん、もうノルマを?」
レプソルさんたちが、僕たちのところにやって来た。
どうやら今日の狩りは終えたようで、そのことを伝えにきた様子。
「こっちはあと2~3体で終わる予定だ」
「そうか。それじゃあ、ちょっと久々に見てくかな。アルド、ジンはどうだ?
」
「え?」
唐突に話を振られ、僕は戸惑ってしまう。
『何か言えよ』と、そんな顔で話し続けてくる。
「ん? ジンの狩りを見たんだろ? だったら何かあるだろ」
「……はい」
僕はジンさんの狩りを見て、ある人物を思い浮かべていた。
ジンさんの動きは、その人物によく似ている上に、戦い方まで一緒だった。
よく見てみれば、槍を持って黒で統一した格好も同じだ。
僕はレプソルさんの言葉で確信する。
「どうだった、アルド?」
「はい、ジンさんは……【ジンナイプレイ】を、しているのですよね?」
「は?」
「へ?」
「ん?」
「え?」
場が固まった。
古参メンバーが全員呆けた顔をしている。
もしかすると、【ジンナイプレイ】の意味が伝わらなかったのかもしれない。
僕はそれを説明することにする。
「えっと、クロって言う……いえ、ジンさんは、勇者ジンナイに憧れた人がやるっていう、ジンナイプレイをしているのかと……。前にそういうのがあるって聞いて……あの、違いましたか?」
「ぶはははははははははははははははははははっ」
「――くっ、っくくうう」
「クソっ、クソっ!」
「あははっ、腹が痛え! マジで腹が痛え!」
突然大爆笑が始まった。
古参のメンバーは全員笑い転げている。
中には頭がおかしくなったのか、地面に頭を打ちつけている者までも。
「あ、アルド……、何でそう思った?」
笑いを堪えながら、レプソルさんがそう訊いてきた。
「えっと、前にクロっていう者に会ったことがあって、そのクロが【ジンナイプレイ】ということをしていて、勇者ジンナイの真似をしていると聞いて……」
ジンさんの動きは、クロにとても似ていた。
勿論動きの精度で言えば、クロよりもジンさんの方が格段上だ。
だが相手の隙を突く、暗殺者のような動き方は同じだった。
だから【ジンナイプレイ】なのだろうと当たりをつけたのだが……
「あ、あの……」
「……今日はここで終わりだ。クソッタレ、帰るぞ」
古参全員が笑っている中、ジンさんだけは不機嫌さを露わにしていた。
もしかすると、【ジンナイプレイ】とは相手を馬鹿にした言葉なのかもしれない。
僕としては、勇者ジンナイを模すのは悪いことではないと思うのだが。
「ああ、すげえ笑った。マジでウケたぜ。アルド、お前って面白えな」
「そうだ、アイツはジンナイプレイをしてんだよ。だから――ぶはっ!」
「ジンがジンナイプレイって、くそっ、後でみんなに教えてやろうぜ」
「ここ最近で一番笑ったわ」
こうして止まらない笑いの中、今日の狩りは切り上げることになったのだった。
更新が遅れて本当にすいませんでした。
ちょっと熱さにやられたのか、若干だれ気味でした。