90話 送った
「さてと、さっきの連中をシメに行くかな」
「ほどほどにしといてやれよ。明日も狩りはあんだから」
「大丈夫だ、ちゃんと手加減はするし、これも使わねえ」
ジンさんはそう言って、レプソルさんに物々しい槍を掲げて見せた。
その槍はとても肉厚で大きく、大剣の先が括り付けられたような槍だった。
突くや斬るだけでなく、叩き付けることもできそうな代物だ。
確かにこれは使わない方が良いだろう。
下手をしたら死んでしまう。
「殺すなよ?」
「殺すかよ! ったく、俺のことを何だと思って……」
僕は心の中で、『暗殺者』だと思う。
( いや、異端審問官かな? )
ユグドラシル教には、異端審問官という者たちがいる。
教会の教えに背いた者を見つけ、裁くことを使命とする者たちだ。
何となくジンさんはそれに近い気がした。
「なあ、レプさん、最近アイツらに甘くなったんじゃ?」
「アホか、あの人数の面倒なんて見きれねえよ。それにアイツらは、例の件を手伝うようになってから、妙な自信をつけるようになって……色々と面倒なんだよ」
「……なるほど、そういうことか……。取りあえず行ってくる。アルド、さっきは悪かったな」
「あ、はい」
ジンさんは僕の返事を聞いたあと、リュイトたちのもとへと向かった。
槍は使わないと言っていたが、そんな物を使わなくてもリュイトを一撃で沈められるほどの実力の持ち主だ。きっと残った彼らも無事ではないだろう。
とはいえ、ネココさんにあんなことをしたのだ。同情の余地はない。
「……なあ、アルド。ちょっと確認したいんだが」
「はい? なんでしょうか?」
ジンさんを見送りながら思いに耽っていると、レプソルさんが話し掛けてきた。少し神妙な顔つきで。
「さっきはああ言ったけどよう、アイツの勘はよく当たるんだ。それこそ恐ろしいほどにな」
「……はい」
「だから確認しておきたい。……オマエは、本当に心当たりねえんだな? アイツにあそこまで敵視された訳を」
「ない、です。それに、ジンさんとはさっき初めて会ったので」
「そうですぅ! アルドさんはワタシのことを庇ってくれただけで、何か悪いことなんて何もしてないですぅ」
ネココさんが、割って入るように擁護してくれた。
それを見てレプソルさんの顔が緩む。
「だよな。だったら何だってアイツはあのとき……まあいいや、アルド、魔石の換金は明日やるから、今日はそのまま帰れ。あ、ついでにネココを送ってやれ」
「はい、レプソルさん」
「あ、ああっ、おお、お手数をお掛けしますぅ……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レプソルさんの言いつけ通り、僕はネココさんと一緒に帰った。
深淵迷宮がある砦は街から少し離れており、キチンと街道が整備されているとはいえ、日が暮れ始めると少々危うげだった。
「あ、ありがとうございますぅ。魔物とかは出ないのですが……あの」
「ええ……」
明確に口に出さないが、ネココさんの言葉は冒険者たちを指している。
冒険者は気の荒い人が多い。だから酒場や武具屋の店員はともかく、それ以外の人たちは距離を置く傾向がある。
ネココさんの様子を見るに、過去に何かあったのだろう。
そしてそれを知っているからレプソルさんは僕に任せた。全て憶測だが、たぶん間違っていない気がした。
現にネココさんは、同じように帰路へとついている冒険者たちを意識している。
近づいて来ないだろうかと警戒している。
( ……だったら何で? )
「えっと、ネココさんが泊まっている場所まで送りますね」
「ええっ、えっと……あの…………はい、お願いしますぅ」
「いえ、大したことではないので」
「はい、ありがとうございます」
「……」
「……」
「……あの」
沈黙が気まずくて、僕はネココさんに話を振ることにする。
少しでも話していた方が彼女も気が紛れるだろう。
「ジンさんって、どんな人ですか? 何となく気になってしまって……。――あっ、もちろん言わなくても良いですよ。ちょっと気になっただけですので」
「ふふ、ジンさんですか? あの人は……とても優しい人です」
「優しい……ひと?」
「はい」
予想からかけ離れた返答がきた。
確かに優しい雰囲気は見せたが、『とても』がつくのは予想外だった。
とても厳しい人なら納得できるのだが……
「前に、助けてもらったことがあるのですぅ」
「助けてもらった?」
「はい、サポーターの職に就く前は、砦までの荷物運びをやっていたんですぅ。お食事だったり薬品とか、そういった消耗品を砦に卸しに」
「……それでそのときに?」
「はい、そのときに……冒険者さんに絡まれてしまって……」
「それでジンさんに助けてもらったのですね」
「はい、それでそのときに優しく頭を撫でてもらって、怖かったのに凄く安心できて、それで、その……」
勇者様のお言葉で言うところの、『フラグを立てた』と言うヤツだろう。
もしかするとネココさんは、ジンさんに憧れてサポーターになったのかもしれない。
だからあんな恐ろしいジンさんを見ても、ロングたちのように怯えることはなかった。
ネココさんにとってジンさんは、絶対に自分を守ってくれる人なのだ。
( 納得できた )
【弱気】を持っている彼女が怯えない理由が分かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、ここまでで」
「はい、ありがとうございますぅ」
ネココさんが住んでいる場所まで送っていった。
いま彼女が泊まっている場所は、なんと公爵家の敷地内だった。
サポーター用の宿泊施設があるらしく、彼女はそこにお世話になっているそうだ。
僕は離れた場所から、中へと入っていく彼女を見送る。
立場上、ノトス公爵家に近づくのは良くない。誤解されない距離を取る。
「……これがノトス公爵の懐の広さか……」
ノトス公爵は昔冒険者だったらしく、冒険者や、その冒険者に関わる人たちに寛大な方だと聞いている。
特に有名な話では、お抱えのアライアンスを敷地内に住ませていることだ。
普通の貴族は、荒事を生業としている冒険者を近くに寄せたりはしない。
そう、冒険者を囲い込むことはあっても、彼らを同じ敷地に住ませるような真似はしないものだ。
「だからノトス公爵のもとに勇者ジンナイは居たのだろう……ん?」
( 誰だろ? )
公爵家の正門から、一人の女性が出て来た。
複数の使用人に見送られながら、黒色に近い赤色の外套を纏った女性が――
( ――えっ? )
僕の視線に気が付いたのか、女性がチラリとこちらを見た。
フードを深くかぶっているので顔は見えなかったが、碧い瞳が見えた気がした。
何処かで見た記憶がある淡い碧が。
「――ぐっ!?」
思い出したくない記憶が蘇る。
胸の奥に、絞り上げられたような切ない幻痛が走る。
痛くないのに、何故かとても痛い。
「――っ」
僕は、その場を逃げるようにして去った。
一歩もそこに居たくなかった。
いま見た女性は彼女ではないのに、どうしても思い出してしまった。
そしてその夜、またあの夢を見た。
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あと、誤字脱字も……




