8話 複雑で乱雑な、そして沈む思い
投稿ですー
誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
あそこまで多いとは……
宿に戻った僕は、一階の食堂兼酒場へと向かった。
リティから菓子をもらってはいたが、部屋へ戻る前に食事をとることにする。
頑丈さだけを重視したテーブルの前に腰を下ろし、何を注文しようかとメニューに目を向けたが、そのとき、大声で話す会話が聞こえてきた。
「――おれさぁ、この前ゼピュロスに行ったときによう、勇者コヤマ様におごってもらったんだ。マジであの勇者さまは気前がいいよな。金貨をポンっと出してよう」
「へえ、ゼピュロスってことは……まさか聖地か? だったら確かにすげえ気前がいいな」
「だろ~? 自分の金じゃそうそう行ける場所じゃねえぜ」
聞こえてきた話の内容は、勇者コヤマ様のことだった。
おれは勇者様におごってもらったことがあると、そんなことを自慢げに話していた。
このイセカイには、勇者召喚された勇者様が21人いた。
そのうちの9名は、魔王討伐後に元の世界へと戻り、その数年後に2名が元の世界へと戻った。
一人は事故で命を落としているので、いまは9人の勇者様がこのイセカイに残ってくれている。
そしていま話に出ていたコヤマ様は、そのうちの一人だ。
コヤマ様は鉄壁の勇者と讃えられ、魔王との戦いにおいては、相手の動きを封じて、トドメの一撃を放つチャンスを作ったと言われている。
きっとどんなことにも動じない、そんな鋼のような精神を持った方だろう。
僕は勇者様の話が大好きなので、メニューを見るフリをしながら耳を傾ける。
「しかしなあ、コヤマ様って……かなり盛んなのによう、何で子供を作らねえんだろうな? シモモト様とウエスギ様には沢山いるってのに」
「んん? あれだろ、誰かに縛られたくねえってヤツじゃねえか?」
「あ~~わかるっ。理由はそれか」
少し下世話な話だった。
『ガハハ』と笑い合う冒険者らしき男たち。彼らには勇者様に対する敬意が足りない気がする。
だがしかし、それは誰もが気になることなのだろう。
「あ、子供っていやぁよう。ウエスギ様のところの、なんとかって言うヤツ。かなりすげえらしいな。長男なのに冒険者になってすげえらしいぞ」
「へえ~って、なんて名前か覚えておけよ」
「確か、タンスなんとかって名前だったよな」
「……」
僕は無言で席を立った。
食欲がなくなった訳ではないが、話の流れから次に何がくるのか予想ができた。
「タンスなんとかねえ。でもまあ、すげえヤツなんだろ? それに比べて――」
僕は、逃げ出した。
その先の話を聞きたくなくて……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋に戻った僕は、先ほどの会話を忘れようとした。
しかしどうしても考えてしまう。
何故僕はこんなのだろうと。
勇者の子供は、その大体が優秀な【固有能力】を授かって産まれてくる。
実際に双子の弟は優秀だし、その下の弟と妹も優秀だ。
しかし僕だけが【欠け者】。
「――っ。……止めよう」
思考を無理矢理打ち切る。
このことは何度も何度も考えたことだ。
そして何の結論も出ない不毛なことだと分かっている。
「……リティはどうなんだろ?」
リティはとても優秀な【固有能力】を複数有している。
もしかするとだが、リティは勇者の子供かもしれない。
それだけの強さと気品に満ち溢れて――
「――いや、それだけは絶対にないか」
リティは狼人だ。狼人の子が勇者の子供であるはずがない。
仮に子供ができる行為を行ったとしても、狼人と人の間には子供はできない。
そもそも狼人は、他の種族と違って混血児が産まれることがない。だから狼人と人の間に子供が産まれたことは一度もないのだ。
少々下世話な話だが、貴族たちは狼人の娘を囲うことが多いと聞く。
何があっても身籠もることがないのだ。
後継者で揉めることを避けることができる。
これは正妻にも都合の良いこと。
「……だからウーフは僕のことが嫌いなんだろうな」
狼人にとって、同族が人に取られることは屈辱以外の何ものでもないはず。
子を宿すことができないのだ、だからウーフは激高しているのだろう。
「……うん、こんなことを考えても意味はないな」
思考が色々と飛んでしまっていた。
いつの間にか、全然関係無いことを考え始めていた。
僕は他のことを考えることにする。
何かを思い浮かべていないと、下の食堂でのことを思い出してしまうから。
どうせならもっと有意義なことに時間を使いたい。寝るにはまだ早過ぎる。
「よし、今日のことにしよう」
無理矢理今日のことを思い浮かべた。
正確には、戦闘中のリティのことを思い出すことにした。
閃迅の二つ名を持つ彼女は、本当に凄かった。
いままでパーティを組んだことがある誰よりも凄まじく、そして――
とても美しく綺麗だった。
銀の髪をなびかせるように舞い、閃光の鋭さで首を刎ねていった。
一つ一つの動作が本当に洗練されていて、両の手に持った片刃の直剣はまるで翼のよう。
宙を駆けることができる【天駆】も桁違い。
他の人が発動させる【天駆】や【天翔】は、ただ宙を足場にするだけ。
一歩目はまだ良いが、二歩三歩となると精細さが欠けていく。
例えるならば、一歩目はちゃんとした足場を駆けている感じだが、二歩目になると泥でぬかるんだ場所を駆けているような感じ。
そして三歩目になると、大体の人が足を踏み外しそうな危うさで駆けている。
だがリティにはそんな危うさは微塵もなかった。
宙を地面と変わらぬ速さで駆けていた。むしろ地面よりも速く駆けていたかもしれない。
しかも彼女は、【天駆】だけでなくWSの扱いも完璧だった。
WSに振られるのではなくて、WSを完全に自分のモノとして振るっていた。
僅かな隙間にWSを叩き込むといった、普通では真似できないことを易々とやってのけていた。
あの技術ならば、堅いイワオトコでも切り裂くことができるかもしれない。
まさに僕の理想。
非力な片手剣WSであっても大物を屠ることができる技だ。
それが可能になる【固有能力】は持っていないが、【固有能力】に頼らなくても技を磨くことはできる。
そう、【固有能力】が全てではない。
僕が憧れている英雄は、何も持っていなかったのに全てを成し遂げた。
五つ全てのダンジョンを制覇して、幾多の防衛戦を駆け抜けて無双。
後ろへは一体たりとも魔物を通さず、最前線に敷いた陣を絶対死守。
その壮絶な偉業からついた二つ名は、孤高の独り最前線。
あの方のような人がいるのだ。
諦めさえしなければ、その高みへと僅かでも近づけるはず。
時間さえあれば……
「……僕は、くそっ」
思考がまた悪い方向へと向かってしまった。
無理矢理今日のことを思い出していたのに、僕はまた負の感情に囚われる。
あと少し、あと少しだけと願ってしまう。
駄目だと分かってはいるが、あと少しだけ冒険者を続けたいと願ってしまう。
リティを見ていると強く願ってしまう、憧れの英雄のような冒険者を目指したいと……
しかしその願いを叶えてはならない。
僕には曾祖父との大事な約束があるのだから。
「くそっ、僕は、僕は…………?」
コンコンコンと、扉をノックした音が聞こえた。
誰かが僕の部屋を訪ねてきた。のだが――
「…………」
妙な違和感を覚えた。
嫌な予感ではないが、ノックの音が僅かに軽かった気がする。
この時間にやって来る人といえば、オラトリオの腹心のドローヘンだけだ。
だが、いまのノックの音は、最近聴いたことがある音だった。
「……アル、開けて」
「やっぱりっ」
僕は急いで扉を開けに行った。
そして開いた扉の先にいたのは予想通りの人物。
「ん、来た」
「リティ……」
昨夜に続き、今夜もリティがやって来た。
纏っている服装も昨日と同じ。唯一違いがあるとすれば、それは赤いリボンが巻かれていること。
それはまるでプレゼントに巻くように、赤いリボンが彼女に巻かれていた。
「あ、あの、それは……」
「ん、アルにプレゼント」
嫌な予感がするが、僕は一応訊ねておく。
「僕に? なに……を?」
「わたしを」
「――こらっ! だからさせるかっての!!」
「ガレオスさん!?」
「あ、おじさん」
昨日と同じ光景だった。
横からやって来たガレオスさんが、深紅色の外套でリティを包み込んだ。
またも簀巻き状態になったリティ。
「まったく…………なあ、一つ訊くが、その赤いのは何だ?」
「ん、貰ってもらうつもり。プレゼントだから」
「はぁ~~~、一応訊くが、誰にそれを習った?」
「ハヅキお母さん。リボンを巻いて『貰って』って言えばイチコロだって教えてくれた。あっ、あと上目遣いもしないとだった」
「ホントに、あの方は……」
頭痛がするといった仕草を見せるガレオスさん。
何となくその気持ちがよく分かる。よく分かる。
僕もそれを吹き込んだ人に、膝をつき合わせて懇々と説教をしたい気分になっていた。もし機会があれば本当にしたい。
( ん? ハヅキお母さん……? )
「――おら、帰るぞリティ」
「ダメ、まだアルに貰ってもらっていない」
「アホか! 貰われたらオレがお前の親父さんにとんでもねえモンを貰うことになるっての。消滅とかさせられたらどうすんだよ」
「ん、それはわたしの所為じゃない」
「よし、分かった。今日は説教な。懇々と説教してやるからな」
「むう」
こうして二人は去っていった。
簀巻き状態の彼女が去り際に、『また明日』と言って手をパタパタと振っていたが、明日本当に来られるのかどうか少々不安に感じる。
「……本当に、何で僕なんかに……」
先程までウジウジと考え事をしていた気がしたが、何というか、色々とどうでも良くなった。何か引っ掛かる発言があった気がしたが……
取り敢えず明日に備えて寝るべきだと、僕は眠りに就くことする。
「アルト様」
「……ドローヘンさん?」
ノックの音と共に名前を呼ばれた。
その声から相手がドローヘンであることが分かった。
僕は扉を開けて彼を部屋へと迎え入れる。
「どうしました? 連日やってくるなんて珍しいですね。オラトリオさんから追加の連絡でもありましたか?」
「いえ、来たのは指示ではなく、私、個人の判断で参りました」
「……個人の?」
訝しんで彼を見ると、彼は、落胆、呆れ、面倒、悲観、憂鬱などといった表情をしていた。
口に出している訳ではないが、彼の態度からそれがありありと感じ取れる。
「アルト様、予定の日にちはもう経過しました。昨夜も申し上げたことですが、使命を果たしてください。先に延ばしてもご自身がお辛いだけですよ」
「……はい」
「それともあれですか、いまさら命が惜しくなりましたか? ですが、あれだけのことをしてきたのです。償いがなければ皆が納得しません。後のことはオラトリオ様と我らが行いますので、だからどうぞ【ギームルの書】の最後の計画を実行して下さい」
「………………わかっている」
「アルト様、この計画で排除された貴族の数は8人です。それに伴い排除された者の数は百を優に超えます。いいですか? この計画はそれだけの屍を積み上げているのです。いまさら止めることはできません」
「――っ」
「貴方には【死心】の【固有能力】があるから、人の死に対して何も感じないのかもしれませんが、それだけの人が排除――いえ、亡くなっているのです。人の死に何も感じることができないのかもしれませんが、それはご理解ください。では、できるだけ早くお願いしますね」
「……」
用件を言い終えると、彼は部屋をさっさと去っていった。
僕は【死心】の効果によって、人の死に対して感情が揺れ動くことはない。
だがドローヘンは、積み上げてきた屍の数を理解しろと突きつけてきた。
そんなことは分かってる。
人の死に対して感情を持つことはできないが、人の死の重さは理解している。
だから曾祖父ギームルが立案した計画を全うするために、僕はやらなくてはならない。
王族としての使命を果たすために。
囮の王子としての役目を果たすために。
この計画の所為で婚約破棄された三人のために。
僕は死ななくてはならない。
「……解っていますよ。ドローヘン」
ドローヘンは僕に、早く死んでくれと言外に言ってきたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
すいません、ちょっと詰め込みすぎでした。
宜しければ感想などいただけたら嬉しいです。