89話 躾け役
お待たせしましたー
「え!? この人がジンさん??」
「なに、ガン飛ばしてんだぁ?」
「じ、ジンさんっ!?」
只でさえ凄まじい圧だったのに、それがさらに増した。
目の前にハリゼオイが居るようだと思ったが、あれは訂正だ。
ハリゼオイなんて生温い、亜種のオーバーエッジが居る。
( いや、それ以上かも…… )
「あ、あの……」
「……」
再度話し掛けてみるが、今度は無言で睨まれた。
しかし睨まれるようなことをした覚えは全くない。
( えっと……一体何が…… )
本当に凄まじい圧力だ。
人の形をした魔石魔物ではないだろうかと訝しんでしまう。
【蛮勇】がある僕は平気だが、それがないロングたちは震え上がったまま。
しかしネココさんだけは平気そう。
「ジンさん、アルドさんは――」
「――安心しろ。いまコイツもぶっ飛ばしてやるから」
「え!? あ、あの、僕は」
目の前に魔石魔物がゆらりと動いた。
一瞬でやられると、そう悟った瞬間――
「――ちっ!」
狼の面を被った魔石魔物が後ろへと飛び退いた。
そして次の瞬間、土塊でできた蛇が空を切った。
何も捕らえることができなかった蛇は、そのまま崩れるように消えていった。
「え!? え? いまのって?」
完全に不意打ちだったのにも関わらず、狼の面を被った魔石魔物は、束縛魔法を察知して後ろへと回避したのだ。
「おいっ、落ち着けジン! そいつはオレらが言ってたサポーターだ」
「レプさん……。あれ? じゃあひょっとして……あれ?」
ジンと呼ばれた魔石魔物は、先ほどまでの空気を一変し、不思議な柔らかさへと変わった。
そんな魔石魔物に慌てた様子で近づいていくレプソルさん。
彼はそのまま怒鳴りつけるように言った。
「ジン、何やってんだよ。止めなかったらマジでやるつもりだったよな?」
「いや、だって……。この小僧は絶対に敵だと思ったし……」
ごにょごにょと言うジンさん。
あまりのことで誤解してしまったが、どうやら魔石魔物ではないようだ。
僕の言葉は一切聞いてくれなかったが、レプソルさんとは会話をしている。
「つか、何でオマエはすぐに何でも敵だって断定すんだよ」
「勘、かな? 俺の勘がコイツをやらないと大変なことになるって……」
「阿呆か! 大変なのはオマエの頭だろ! ったく、ホントにオマエは……」
「え、えっと……」
状況はよく分からないが、取りあえず命の危機は去ったようだ。
ジンさんから攻撃の意思が薄れた。
しかし、攻撃の意思が完全に消えた訳ではない。
先ほどのような鋭さはないが、それでもまだ警戒されている。
死神のような瞳が、僕のことをまだ観察している。
僕は、迂闊に動くことを控える。
気のせいだと思うが、脚を見られているような気がする。
「ジン、取りあえずあっちで話すぞ。アルドたちもだ。あと、リュイトはすぐに見てもらってこい。必要なら回復魔法もな」
レプソルさんに促され、僕たちは場所を移した。
倒れているリュイトは、ロングたちが背負って回復屋やと連れていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すまんっ! マジで悪かった。俺の早とちりみたいだ!」
「あ、いえ、その、そんなに謝らないでください、ジンさん」
パンっと手の平を合わせて謝ってくるジンさん。
僕への誤解は完全に解けた。僕へと頭を下げている。
今回の一件の発端は、ロングたちがサポーターを置いていったことに始まる。
みんな外に出ているのに、赤組のサポーターの姿が見えなかった。
それを把握したレプソルさんたちは、『また置いて来たのか』と怒った。
迎えに行って来いと叱った後、そこに丁度ジンさんがやってきた。
ジンさんは例の【躾け役】だったらしく、置いていったロングたちを激怒して、彼らをすぐに追ったそうだ。
そして入り口で揉めている場面を見て、いつもの教育的指導を。
リュイトが吹き飛んだ一撃だが、あれは単なる折檻らしい。
相手を一撃で昏倒させる折檻など聞いたことないが、ここでは普通のことだとか。
一方僕へのキツイ当たりは、見た瞬間敵だと思ったから。
よく分からない理屈だが、本当に僕のことを敵だと思ったそうだ。
あのときレプソルさんが止めに入らなかったら、取りあえず脚の骨を折って、身動きを取れなくしてから尋問するつもりだったらしい。
それを聞いて確信した。
この人は冒険者ではなくて、暗殺者か殺戮者のどちらかだと。
勇者や英雄と呼ばれる人とは対極に位置する人だ。
「マジで悪かったな。ほら、てっきりネココをいじめているもんだと……」
「ジンさん、アルドさんはワタシを守ってくれたのですぅ。あと、あまり頭を撫でないでくださ……ぃ……ぃ」
「わりわり。ほら、コイツって暗い目をしてんだろ? だから勘違いしちまったんだよ」
「…………」
『貴方ほどでは……』という言葉を呑み込む。
いまは優しい目をしているが、あのときの目は完全に暗殺者か何か。
少なくとも二桁は人を殺めたことがある人の目だ。
「あぅ、ああぅ。ぅぅぅ……」
「あれ?」
頭を撫でられていたネココさんの顔が真っ赤になっていた。
今にも沸騰して蕩けてしまいそうな感じ。
「馬鹿っ! 撫で過ぎだ!」
「あ、わりい」
よく分からないが、レプソルさんがジンさんの腕をはたき落とした。
「ったく、オマエは……あ、そうだった。ジン、オマエにいつも貸してやっている部屋だが、いまコイツに貸してやっているから、自分で探すか、アムさんのところを頼れよ」
「ああ、そのことか。今回はラ――じゃなかった。妻と一緒だから、どっかの宿屋を借りるつもりだ。だから――」
レプソルさんとジンさんは、そのまま今回の滞在について話を始めた。
どれだけの期間ノトスに居るなど、今後の予定を話している。
僕は二人の会話を聞きながら、ジンさんのことを考察した。
話し方や敬称から、ジンさんはレプソルさんよりも年下だろうと分かる。
狼の面をしているので正確には分からないが、恐らく25歳前後。
伴侶が居るようなので、普段はその伴侶と何処かに住んでいるのだろう。
だから陣内組では”ゲスト”扱い。
そして本来の仕事は――
( 暗殺者、だろうな…… )
ジンさんからは、クロに似た空気を感じた。
初めて会ったときもそうだが、ジンさんからは人とは思えない何かを感じる。
血生臭い何かがある訳ではないが、何処か得体が知れない。
狼を模した面で顔が見えないから尚更だ。
「――ん?」
「あっ」
ジンさんが僕の視線に気が付いた。
狼の面の奥の瞳が、僕のことを捉え――
「しばらくの間、よろしくな」
「あ、は、はい」
差し出された手に一瞬戸惑ったが、僕はできる限りの笑顔で握手を交わす。
こうして僕は、狩り初日で、陣内組の躾け役のジンさんと出会ったのだった。
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あと、誤字脱字も……




