88話 ネココピンチ!
お待たせしましたー
その日の魔石魔物狩りは無事に終了した。
大きな事故もなく、いつも通り多くの魔石を得ることができたようだ。
冒険者たちは皆『やれやれ』といった様子で、城壁の正門がずっと続くようなダンジョンを満足げに歩いていく。
サポーターである僕とネココさんは、設置した物を片付け、戦利品である巨大な魔石を背負う。
「結構重たいですね」
「それだけ仕事をした証ですぅ。さあ、帰りましょうアルドさん」
「はい」
後を追うように僕たちも帰路へとつく。
戦利品の魔石が入った背嚢が肩へとのしかかる。
量った訳ではないが、背嚢の重さは30キロ近くはあるかもしれない。
( 凄いな…… )
ネココさんは、僕よりも多くの魔石を背負っているにも関わらず、よろける様子が全くなかった。なかなかの健脚だ。
「ネココさん、凄いですね。僕よりも重いのを背負っているのに」
「はい、重いのを背負って歩くのには慣れていますし、それに【固有能力】のお陰で平気へいちゃらなんですぅ」
「そうなんですね」
【鑑定】を持っていないので視ることはできないが、ネココさんはきっと力が増すような【固有能力】を持っているのだろう。
彼女は僕よりも軽い足取りでどんどん歩いていく。
僕は慌ててそれを追いかけた。
「どうでしたか、今日の魔石魔物狩りは?」
入り口が見えかかった頃、ネココさんがそんな風に尋ねてきた。
僕は素直に答える。
「はい、すっごく新鮮でした。見たことがない魔石魔物ばかりで、こんなことを言うと不謹慎かもしれないですが、ワクワクしてしまいました」
そう、深淵迷宮の魔石魔物は初めて見る魔物ばかりで心が躍った。
特に、二本足で立つ巨大な狼は凄かった。
弱体魔法によって動きを阻害されているにも関わらず、凄い速さだった。
同じ人型のイワオトコとは大違い。
イワオトコには堅さと力強さはあるが、速さにおいては、狼男型と呼ばれている二本足で立つ狼には遠く及ばない。
あの速さでは、先を読むことができたとしても対処するのは難しそう。
僕が得意としている捨て身のカウンター方法も、単純に狙っただけでは避けられてしまうだろう。
突き刺してから発動させる陣剣とは相性が悪い。
( うん、何とかあの狼を捉える方法を…… )
「やっぱり、アルドさんも男の子なんですね」
「え?」
「だって、魔物の話でそんなに目を輝かせているんですから」
「そ、そうですか?」
「ふふ」
ネココさんの大人びた表情に、僕は照れくさくなってしまった。
まるでヤンチャな弟を見守る姉のような笑み。
しかしその表情は、すぐに陰りを見せた。
「ワタシは、怖いんですぅ」
「え?」
「魔物が怖いです。意外でしたか?」
ネココさんの意外な言葉に、僕は驚きを見せてしまう。
そのまま無言で続きを待つ。
「……ワタシ、【固有能力】に【弱気】があるんですぅ」
「確かそれって、サリオ様も持っておられる【固有能力】」
「はい、それですぅ。だから……」
「そう……なんですね」
【弱気】とは、対処すべき事が起きたとき、心が弱くなる【固有能力】。
決断を迫られたときや、魔物に襲われたときなど、そういった緊急事態に晒されると、身が竦んで何もできなくなってしまうそうだ。
僕が持っている【蛮勇】と正反対の【固有能力】。
勇者の仲間であるサリオ様も【弱気】を持っているが、サリオ様の場合は、守ってくれる存在が居たから問題はなかったらしい。
だが逆に、守ってくれる者がいない場合は、非常に良くない【固有能力】だ。
日常生活でも支障をきたすことがあるだろう。
( そういうことか…… )
ネココさんのことが何となく分かった気がした。
彼女の身のこなしから、サポーターではなく冒険者としてやっていけるのではと、そう思っていた。
だが【弱気】があっては厳しい
後衛ならまだ務まるかもしれないが、前衛では無理だ。
前衛は常に命懸けで、咄嗟の判断を求められる瞬間がとても多い。
後衛よりも守られているポジションのサポーターは、ネココさんにとって安心できるポジションなのだろう。
でも、勿体ないと思ってしまう。
「ああっ、すみません、暗いお話をしてしまって……」
「あ、いえ。良かったです、ネココさんのことが少しでも知れて」
「――っ」
みゃんっと言った感じで目を見開いたネココさん。
僕は何か余程驚くようなことを言ったのかもしれない。
彼女はあわあわと慌てて、淡いピンク色の髪をにぎにぎと梳く。
そして誤魔化すように話を振ってきた。
「あ、アルドさんが巻いているマフラーって、あ、あの方の真似とかですか?」
「え? あの方って?」
「あれ? 違ったのですぅ? ワタシはてっきりジンさんの真似かと……」
「えっと、確かジンさんって」
「あっ! そ、外が見えてきましたっ! やっと外ですぅ」
「はい、外ですね。外に出たら取りあえず…………え?」
慌てているのか、コロコロと話が変わるネココさん。
彼女の促されて前を見ると、ダンジョンの入り口に、先に行ったとばかり思っていた人物が立っていた。
しかもそれは一人だけでなく、何人も居た。
「……ロングさん。それにリュイトまで」
「あ、あの、どうしましょう」
リュイトは他のチームに行っていた。
確か青組だった気がする。そのリュイトが、赤組のロングさんと一緒に僕たちを入り口で待ち構えていた。
「よう、やっと来たか」
「すいません、リュイトさん。何かお待たせしましたか?」
「ああ、ちゃんとお荷物の荷物持ちが来てるか見て来いって言われてな。――下らねえ、こんなヤツらどうだっていいのによう……何だってリーダーは……」
「そうですか」
「まあ一応心配したんだぜ? 途中で湧いた魔物にやられてねえかってな。後ろのヤツはロクに戦えねえ雑魚だしよ」
「……そうですか」
おかしいと思っていた。
狩りが終わったあと、彼らはすぐに帰ってしまっていた。
守るべきサポーターを残して。
ここではそういうものなのかと、そう納得しようとしたが、やはり違ったようだ。
本来なら護衛につかないといけないのに、僕たちには誰もついていなかった。
きっとそれを咎められて、行って来いと言われたのだろう。
彼らは全員不満げな顔をしている。
「ったくよう。さっさと行くぞ、今日寄ってく店は決まってんだ。他のヤツにと取られる前に行きてえんだから」
「あ~~あ、ノロマのヤツが居るとホント困るぜ」
「何かあるとすぐ泣くしな」
「……」
本当に嫌な人たちだ。
相手が嫌がることを嗅ぎ分けているとでもいうべきか、リュイトたちは、ターゲットをネココさんに定めていた。
僕への罵倒は無視されると分かっているのだろう。
だから――
「おら、運ぶことしか能のねえヤツが遅れてどうすんだよ」
「尻尾を揺らしてんじゃねえよ」
「ひゃんっ!」
「おら、逃げんなよ」
「何をしているんですか!!」
リュイトたちは罵倒だけなく、ネココさんの尻尾を蹴り上げた。
彼らの態度に怯えきってしまったネココさんは、可哀想になるぐらい顔を強張らせた。
それを見て嗜虐心を灯らせたのか、別の男が彼女の髪へと腕を伸ばしてきた。
「このっ!」
「お? 何だ、やんのか?」
安い挑発だ。
だけど僕のせいでネココさんに迷惑を掛けているのは事実。
ここで黙っている訳にはいかない。彼女を守るために男の腕を振り払った。
「そんなことをやるなら、僕に――え?」
「――っ!」
挑発していたリュイトの顔が、横へと吹き飛んだ。
「え……?」
吹き飛んだ方を見ると、本当にリュイトが吹き飛んでいた。
意識が完全に飛んでいるのか、小刻みに身体を震わせているだけで一向に起き上がってこない。呻き声も聞こえてこない。
「……てめえら、なにやってんだぁぁぁああ」
地の底から湧き上がるような低い唸り声がした。
それはとても獰猛な声。魔物よりも遥かに圧力がある。
目の前に突如現れた男から、その言葉は発せられた。
「あ、あのこれは、これは……その……」
「違うんです! これはロングが」
「てめえ! なに押し付けようとしてんだ」
「リュイト! おい、リュイト! 何か泡吹いてねえか!?」
一瞬にして怯え慌てふためくロングたち。
突風のようにリュイトを吹き飛ばしたのは、黒ずくめで狼を模した仮面を被った男だった。その人の首には、濃い赤色のマフラーが巻かれている。
「あ、貴方は一体……。それにそのマフラーは……まさか……」
「ああっ? 何だお前は……」
狼を模した仮面の隙間から覗く鋭い目は、人殺しの目だった。
暗殺者とは何度か遭遇したことがある。だがそのどの暗殺者よりも仄暗く鋭い目をしている。とても人の目とは思えない。
( この人は…… )
目の前に居る人は、間違いなく超一級の暗殺者だ。
あまり聡くない僕でも確信できるほどの仄暗い瞳。
身体から発せられる圧力も凄まじい。まるでハリゼオイが目の前に居るようだ。
僕はその暗殺者から守るべく、ネココさんの前に立つ。と――
「あ、ジンさん」
ネココさんが、安堵に弾んだ声でそう言った。
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あと、誤字脱字なども……




