85話
騒動はまさに『さっさと』収束した。
まだ認めないと言うと思ったのだが、思いの外あっさりと引いた。
僕のことを睨みつけはしたが、リュイトは取り巻きたちと店を後にした。
ホークアイさん曰く、リュイトは強さを信条としているらしく、敗者は全てを受け入れて、勝負で決まったことには従うタイプらしい。
昔は叩きのめすことで躾けていたそうだが、レプソルさんたちはもう歳なので、最近では叩きのめす担当に全て任せていたのだとか。
しかしその叩きのめす担当がここ最近不在だったため、リュイトは増長気味だった。
だからこれは丁度良い機会だったと言われた。
( ……でも…… )
正直なところ素直に喜べない。
確かに勝ちはしたが、あれはリュイトの反則負け。
胸を張って勝ったと言える内容ではない。実際には押され続けていたのだから。
そして今の話を聞く限り、勝敗の結果には従ったが、僕のことを認めた訳ではなさそうだ。
( ――いや、間違いなく )
認めていない。リュイトは僕のことをきっと認めていない。
陣内組にゲストとして入ることはできたが、居心地の悪い思いをするだろう。
そう思い、少し気持ちを落としていると、店内のテーブルと席を元に戻した陣内組の人たちが話し掛けてきた。
「アルド、オマエは泊まる場所とか決まってんの?」
「え?」
「いや、話の流れからさ、この街に来たのは今日だろ? だから聞いてんだよ」
「あ、まだです。これから何処か探すつもりです」
「だったら公爵様が用意してん場所来るか? ゲストでも一応泊まれんぞ」
「あっ……」
泊まる場所への申し出に戸惑ってしまう。
僕は権力者からは距離を取らないといけない立場だ。特に公爵家はマズい。
公爵家は王家よりも力がある貴族だ。
そんな貴族のもとに身を寄せたとなると、あらぬ疑いを掛けられるかもしれない。少なくともオラトリオは良い顔はしないだろう。
そしてそういった疑いは、予想だにしない大きな火事となる場合がある。
陣内組にゲストとして所属でもギリギリだ。
その上、公爵家が管理する場所に泊まったとなると……
「あの、それは……」
「――ここに泊まればいいよ!」
「え?」
「は?」
「へ?」
「ほへ?」
「――っっはああああああああ!?」
ミーナが、笑顔で泊まれば良いと言った。
呆気に取られた僕たちと、とんでもない大声を上げるレプソルさん。
一瞬にして状況が先ほど以上に荒れ始めた。特にレプソルさんが。
「ミーナ! ここにコイツを泊めるってことか? あれだぞ、何処の馬の骨とも分からんヤツが一つ屋根の下ってことだぞ? それでいいのか!?」
「なんで? だってさっき平気だって言ってたよ。サリオお姉ちゃんとららんお兄ちゃんが保証すうって」
「いや、それは……」
右手で額を押さえながら狼狽えるレプソルさん。
その姿からは、何ともいえない葛藤が見て取れる。
リュイトを諭すときは堂々としていたのに、今は娘に悩む父親の姿。
ふと父のことを思い出す。
僕の父も、妹にはこんな風によく振り回されていた。
懐かしさに鼻の奥が少しだけツンとする。
「なんでダメなの? アルドお兄ちゃん、寝る場所がなくて困っていうんでしょ? それなら家で」
「いや、大丈夫だぞミーナ。コイツは外でも寝ることができるから。アルド、オマエはこれから外で寝ろ。これは命令だ」
「あ、あのっ、それはさすがに……」
野宿に抵抗がある訳ではないが、流石に街では宿に泊まりたい。
特にここ最近は寝不足なのだ。
「安心しろ、ちゃんと寝袋を貸してやる。特注品だぞ」
「え? それって捕獲用とかのヤツですよね?」
レプソルさんが寝袋にと出したのは、例のアレだった。
一度巻かれたら身動きが一切取れなくなるあの布だ。
いまそんなモノで巻かれてしまったら、間違いなく彼女のことを思い出してしまう。
それだけは絶対に……
「あの、できれば……」
「ほら、アルドお兄ちゃん困ってうよ」
ミーナが再び割って入ってきた。
父親であるレプソルさんには甘えきっているのか、それともこれが素なのか、ミーナの口調が妙に舌っ足らずで幼くなった気がする。
「だ、だがな? ほら、泊まる部屋がないし」
「お部屋なら、ジンさんにいつも貸しているお部屋があうよ」
「あ、あの部屋は、アイツが来たときの用のだし……」
「最近ぜんぜん来ないよ?」
「確かにそうだが……一応、ほらな?」
「来ても他の場所に泊まることのほうが多いよ」
ああ言えばこう言う、そんな感じの展開が始まった。
陣内組の人たちは皆慣れているのか、温かい目でレプソルさんとミーナのやり取りを眺めている。
「いいか、ミーナ。知らない男の人が家に居るんだぞ? ほら、怖いだろ?」
「助けてくれた人だもん、知ってう人だもん、怖くないもん」
「でもな、アイツは男だぞ?」
「男のひとなら、ジャムルおじさんもそうだもん」
「ジャムルさんはもう歳だから、だからいいんだよ」
「じゃあ、パタコンさん」
「パタコンさんは 女の人だからっ!」
わっちゃわっちゃとやり合う二人。
とても仲の良さそうな親娘だ。言い争っている姿なのにとても微笑ましい。
原因が僕でなかったら温かく見守っていたことだろう。
しかし争いの原因は僕だ。
何とも申し訳なくて居たたまれない。
「んん~、そろそろだな」
「え? そろそろ?」
ホークアイさんが二人を見ながら、ふむりと言った。
「もうっ、お父さんのことなんか――」
「――悪かったっ! お父さんが悪かったら。だからっ」
言われる前に言葉を被せてきた。
さすが”百連”の速さ。言われたくない言葉を回り込むように封じた。
僕は心の中で感心する。
「じゃあ、アルドお兄ちゃん泊まっていいの?」
「が、ぐぅ、あ、ああ……許す、お前の心のままに……」
『やったー』とはしゃぐミーナと、右手で目を覆うレプソルさん。
恐ろしいほど対称的だ。もう同情しか湧いてこない。
「じゃあ、お部屋の用意してくうね」
「あ、ああ」
父親にぎゅっと抱きついたあと、ミーナはパタパタと店の奥に走っていった。
さあ次は僕の番だ。頭を垂れるようにして前へと出る。
「…………手を出したら、殺したあと灰にしてから消滅させる。いいな?」
「はい」
目を覆ったままそう言ってきた。
多分だが、いま顔を見たら我慢ができないとか、そういった状態なのだろう。
レプソルさんは僕のことを見ないようしている。
ここは気を遣うべきところ。
だけど僕は。
「……あの」
「なんだ?」
先ほどのやり取りを見て、あることが気になっていた。
娘が我儘を言った場合、父親はどうしても折れてしまう。
だからそんなときは、母親が娘を叱るものだ。
自分の母はそうだった。
妹はいつも母に……
「………………いえ、何でもないです」
「……」
母親のことを訊ねようと思ったが、踏み込んで良い話ではないと気づく。
今更だが口を噤んだ。
「そのうち話す」
「え? ……はい」
レプソルさんほどの人だ、僕の反応で何を訊こうとしたのか気付いたのだろう。
「そう言えば、アルド」
「はい?」
「なんでオマエ、あれが捕獲用だって知ってんだ?」
「え?」
「あれは特注品だ。普通に出回っているような品じゃねえぞ?」
「それは……」
リティとの一件があるので、モミジ組に居たことは知られたくない。
何とか誤魔化すしかない。
「えっとそれは……たまたま見かけまして……」
「たまたまねぇ」
「確か、ららんさんに見せてもらったときに、です」
「…………そうか。ならいい」
「はい」
「取りあえず、部屋に案内してやる。いいか、勝手にうろついたりすんなよ」
こうして僕は、レプソルさんの店に泊めてもらうことになったのだった。
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あと、誤字脱字も……




