84話 テンプレ過ぎるだろ
「はぁ、やっぱそこに行き着くか……」
レプソルさんが諦めたようにつぶやいた。
そして目で僕のことを呼ぶ。
「はい、何でしょうか?」
「一応やれるだけのことはやった。あとは……分かるな?」
「……はい」
どうやらレプソルさんは、最終的にはこうなると予想していたようだ。
店内のテーブルと椅子が壁の方へと速やかに寄せられ、中央に広い空間が作られた。ここで戦えということだろう。
「あ、あの。それよりも店内でこんな勝手なことをして大丈夫でしょうか?」
片付けられたテーブルを見て、僕はそう訊ねた。
いくら行きつけの店とはいえ、流石にこれは……
「ん? ここはオレの店だから問題ないぞ」
「え?」
「外で騒ぐとウルセェからな。おい、誰か入り口を見張ってろよ」
「あいよ~。あ、なんか衝立になるモンとかねえ? あと張り紙も」
「そっちにあるアレを使え。あとは――」
皆とても慣れていた。
給仕をしていたミーナも慣れた様子で、割れそうな物を奥へと避難させている。
サリオ様に至っては、テーブルの上に椅子を乗せてそれに座っていた。
戦いが良く見えるようにしたのだろう。妙なドヤ顔で見下ろしている。
「よし、ルールを決めるぞ。切り飛ばしと致命傷はなし、放出系WSもなしだ。あと魔法なしでいいか」
レプソルさんが戦闘のルールを説明していく。
僕は自分に不利な点がないことに、コッソリと安堵する。
放出系や魔法などの、遠隔類で攻められたら手も足もでなかった。
「さっさとやりましょう。そんで出て行ってもらう」
「……」
これは試験のはずだが、リュイトはそんな気は毛頭ないらしい。
僕を追い出すことしか考えていないことがありありと見てとれる。
( まあ、当然か。…………あと、二割ぐらい? )
リュイトの心境を考えつつ、僕は陣内組を観察していた。
ロートル組は皆レプソルさんに、若手の3分の1もレプソルさん側。
残りの3分の2のうちの半数は中立といった感じ。あとはリュイト側ということが見てとれた。
人望がないという訳ではなさそうだ。
少なくとも10人前後はリュイトの意見を支持している様子。
どちらに転んでも禍根は残るだろう。
「よう、お前に合わせて俺も片手剣で戦ってやるよ」
「……そうですか」
彼の口ぶりから、扱える武器は他にもあるのだろう。
しかし同じ条件で力量の差を見せつける、今の言葉はそういう意図だ。
自信に満ちあふれた顔で僕を見てる。――いや、見下している。
「では、試験を始めましょう。よろしくお願いします」
「ああ、速攻で終わらせてやるよ」
陣内組の人たちが見守る中、僕の入団試験が開始された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――らあ!」
「ぐっ」
「退いてばっかじゃ勝てねえぞ!」
戦いは、リュイトの先手から始まった。
間合いを一気に詰めてからの袈裟斬りを仕掛けてきた。
僕はそれを防ぎ、そのまま一方的に押され続けた。
片手剣とは思えぬ程の重い斬撃。
反撃に転じたいところだが、一撃一撃が重くて思うように前に出られない。
まるで両手剣を相手にしているよう。
「重い……」
「テメエが軽いんだよっ、さっさと降参でもしろ」
リュイトは僕のことを見下している。
だから圧倒的な差を見せつけるために、WSで押してくると思っていた。
しかしリュイトはWSを放たずに、斬撃だけの攻撃。
僕の読みが外れた。WSなら隙ができるうえに剣筋も読むことができる。そこに勝機があると踏んでいた。だが――
「くっ!?」
「へえ、思ったよりもやるな。今のを避けるのか」
一度軌道を横にズラしてからの斬り上げ。
見慣れない角度からの斬り上げに反応が遅れてしまった。
咄嗟に小手でいなせたのはまぐれに近かった。
暗殺者クロとの戦闘経験がなかったら確実にやられていた。
今の一撃にはそれだけの冴えがあった。間違いなく一流の実力者だ。
「リュイトっ! ……ルールを覚えているな?」
「ちゃんと加減しましたよ。こんな雑魚を相手にマジになんてならねえって!」
「――うぐっ」
一瞬の隙を突いた足刀。
剣に集中していた僕は、リュイトの蹴りをまともに喰らい、身体をくの字に折った――振りをした。
( ――来いっ )
まともにやって勝てる相手ではない。
クロのような迅さと巧さはないが、それ以外は全てリュイトの方が上だ。
しかも、驕りはあるのに油断はない。簡単に隙を見せてくれない。間違いなく対人戦に慣れている。
だから僕は、罠を張った――
「これで終わりだ!」
「――っ!?」
「止まれっ、リュイト!」
「アルドさん!!」
リュイトの持つ片手剣が光を帯びた。
蹴りによって体勢を崩した僕に、彼は必殺のWSを叩き付けるつもりだ。
後ろからミーナの叫び声が聞こえる。
「WS”スウィスラ”!」
横へ往復するように剣を振るWSが放たれた。
無理に剣で防いだとしても、強力なWSに吹き飛ばされることだろう。
防ぐでは不正解。
後ろに下がれば躱すことはできるが、それでは意味がない。
正解は、前へと出るだ。
くの字に折っていた身体をさらに深く折り、這うようにして前へと踏み出す。
やっていることは首を差し出すような体勢だ。だが――
「なっ!? 潜った!??」
「――もらった!」
誘発させたWSを掻い潜り、僕は這うようにして剣を薙ぐ。
足をやれれば有利になる。
「ちぃっ!」
「えっ?」
今度は僕が驚かされる番だった。
『ギン』と硬い音が鳴った。金属同士がぶつかり合った音。
リュイトはWSの硬直を強引にねじ伏せ、足の裏で攻撃を防いだのだ。
並の冒険者ではできない芸当。
「このっ!」
リュイトが大きく後ろへと距離を取った。
僕の方も次に備えるべく、エビのようにして後ろへと下がる。
いったん仕切り直し。
僕としては非常に痛い。今ので有効打を取っておきたいところだった。
同じ戦法はもう通じないだろうし、きっと警戒されるはず。
そんなことを考えながら前を見ると。
「――えっ?」
リュイトの剣が光の粒子を纏っていた。
あれは間違いなくWSが発動する予兆。振り上げられた剣が強い光を放ち――
「WS”カリバー”!」
「――ファランクス!!」
ほとんど反射的に陣剣を発動させた。
避けるという選択肢は浮かばなかった。僕の後ろにはミーナが居たはず。
だから放出系WSを止める。
「くっ!?」
展開された結界に、濁流のような光がぶつかった。
そのあまりの激しさに目の前が真っ白になる。視界を完全に奪われた状態。
( どっちだ、右か左か? もしくは上? )
目の前に壁があるような状態。
このまま終わるはずがない。きっと距離を詰めて来るはずだ。
結界の横から来るか、もしくは飛び越えてくる。
僕は次に備え、リュイトの気配を探る。
「……え? あれ?」
「ぁ、がぁ……」
光の粒子が霧散して見えた先には、床に縫い付けられたリュイトがいた。
必死に振り解こうとしているようだが、土魔法は完全に彼を捕らえている。首までも決まっているのか、碌に声が出せていない。
「えっと……」
「この勝負はアルドの勝ちだ」
「え? 僕の?」
「ったく、情けねえ。ちょっと反撃されたからってムキになって放出系WSをぶっ放しやがって。……まあ、カリバーに留めておく理性はあったみてぇだけど、ルールはルールだ。放出系を撃ったオマエの反則負けだ」
魔法でリュイトを縛り付けたのはレプソルさんだった。
そしてそのまま反則負けだと彼に言い放つ。
「ダセえ終わり方だったな」
「ああ、まさかカリバーを撃つとか……」
「あれって地味に痛ぇんだよな」
勝った実感がなくて周りを見回すと、あることに気が付いた。
ミーナの前には、陣内組の人たちが何人も立っていた。
仮に僕が避けたとしても、きっとあの人たちがミーナを守ったことだろう。
むしろ、僕がWSを止めたことに驚いている様子。
そのうち1人がこちらにやって来て話し掛けてきた。
「なあ、アルドだっけか? おれはホークアイってんだが、ちょっとその剣が気になってな。……その剣ってオマエのか?」
「は、はい。ある方から譲り受けました」
「ふ~ん、なるほどね」
「あ、あの、何か?」
「なあ、それって陣剣スプレンダーだよな?」
「はい、そうです」
ホークアイさんが陣剣を指差して訪ねてきた。
「ある方って、『嗤う』だよな?」
「そう、です」
探るような問いに身構えてしまう。
ららんさんの名前を出して良いものかどうか悩んだ。
だがホークアイさんから悪意は感じられなかったので、僕は肯定した。
すると――
「レプソル、コイツ、【嗤う彫金師】から剣を貰ってんぞ」
「マジか、見たことがある気がしたからまさかとは思ったが……」
「アイツから?」
「おれも何処かで見たような気はしてたんだよな」
皆の視線が一斉に陣剣へと向けられた。
確かに珍しい剣だが、まさかここまでとはと戸惑ってしまう。
本当に何があったのだろうか。
「おいおい、そこのチンチクチリン――じゃなかった。暁の神子さんの言葉よりも、あの【悪戯】から剣を貰ったって方がよっぽど紹介状になるぞ」
「あのケチがね~。こりゃアレだな」
「アイツから貰ったってなんだよ」
陣剣のことが知れ渡ると一気に湧き上がった。
もう戦いのことなど誰も気に止めていない。魔法に拘束が解けたリュイトまでも呆然としている。
「アルド、明日からうちで働いてもらうぜ」
「はいっ!」
こうして僕は、ゲストとして陣内組に入ることが決定したのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字も……