83話 頑なに
「……リュイト、認めねえって何だよ」
レプソルさんが冷たく言い放った。
周囲は雰囲気を察し、無言の成り行きを見守っている。
くっついていたミーナも離れた。
「だってリーダー、そいつは試験とか何も無しでいきなり入ろうってんですよね? 俺らはそんな話は聞いていませんよ。そもそも募集もかかっていねえし」
「そりゃそうだろうな。だって今さっき決まったことだし」
「だからですよっ、俺たちがウチに入るためにどれだけ苦労したことか。募集とか選考とか、あと試験みたいもんとか、色々すげえあったんですよ」
リュイトと呼ばれた茶色い髪の男は、レプソルさんに喰って掛かった。
そしてときおり僕の方を睨んでくる。牽制のつもりだろう。
だがもう慣れたことなので、僕は目を合わせないようにしておく。
「あ~~、そういやそんな風なことになってたな。前は違ったのに……」
「そうですよ! 前とは違うんですよ」
「だけどな、変わった理由ってのが、どうしようもねえぐらいうちに入りてえって希望者が来たからだぞ。そんで処理できなくなったからイシスがキレて選定するってなったんだよ」
「じゃあイシスの姐さんを通しましょうよ。そもそもうちはノトス公爵直轄ですよね? それこそ公爵様を通さないとマズいですよ」
その話は聞いたことがある。
陣内組の発足にはノトス公爵が大きく関わっており、陣内組はノトス公爵の私兵団のような存在だと。
だがまさか、ノトス公爵の直轄だとは知らなかった。
「直轄ぅ? 直轄ってほど大袈裟なモンじゃねえぞ? まあ確かに住む場所とか用意してもらっているヤツもいるが、全部を全部管理されてるってワケじゃねえし」
「で、でもっ」
「リュイト、確かにうちは公爵から仕事を回してもらっているようなもんだ。だけどアレは――」
レプソルさんが言い聞かせるように語った。
ノトス公爵と陣内組は協力関係であり、片方が一方的に従うような仲ではない。
確かに多少の配慮や優遇は存在するが、それは魔石の供給を安定させるためのものであり、決して私利私欲を満たすモノではないと語った。
そして最後に、公爵の顔色を窺う必要は無いと、そう言い切った。
流石は”百連”、後衛の雄だ。
権力だけなら王族よりも上と言われている公爵に媚びる様子がない。
本当に凄い人だ。ガレオスさんとはまた違った風格を感じさせる。
「だ、だけど……」
諦めずに食い下がろうと、リュイトが口を開いた。
「でも……ですよ、うちはただのアライアンスじゃないですよね?」
「うん? 何だよ、ただのアライアンスじゃねえって。そりゃあ昔は、馬鹿が起こす馬鹿な面倒を馬鹿みたいに見たことはあったが、いまは魔石魔物狩りをやってるだけだろ?」
「それだけじゃないですよね? うちのアライアンスには大事な使命が、ルサンチマンとしての仕――」
「――黙れっ」
圧倒する凄み。レプソルさんが声を荒らげた。
その声にはまるで沈黙の魔法が込められているかのよう。
一喝でリュイトを黙らせた。
「口にするな」
「…………ぃ」
リュイトは頷きながら何かを言った。
蚊の鳴くような声でしっかりと聞こえなかったが、たぶん『はい』だろう。
「ったく」
「……すいません」
( いまのって確か…… )
ルサンチマン。その単語には聞き覚えがあった。
うろ覚えだが、曽祖父のギームルが生前に言ってた。ルサンチマンは私怨のみで動く集団の集まりで、制御不能の組織だと。
そしてその集まりは、不思議なことに利益では決して動かないとも言ってた。
これは憶測だが、ルサンチマンは義によってのみ動く組織なのだろう。
子供頃は分からなかったが、きっとそうに違いない。
「話はこれで終わりだ。いいな?」
「で、でもっ――いや、ですが。そいつを勝手に入れることはやはり……」
「まだ納得しねえか」
レプソルさんが残念そうに頭を掻いた。
大きく溜息もついている。失望の色がありありと見てとれる。
「だって、勝手にそんなコトをしたら公爵様に……。それにっ、そんな何処の馬の骨とも分からないヤツをうちに入れるなんてやっぱりおかしいですよ!」
話が元に戻った。
リュイトは何が何でも納得したくないのだろう。
これはもう感情の問題だ。筋道を立てて話したとしても駄目だろう。
何故そこまで嫌われているのか理由は分からないが、リュイトは僕のことが嫌なのだ。だからこうして頑なに拒んでいる。
「リュイト……」
「……」
もうこうなってしまってはどうしようもない。
どちらかが折れるか、どちらかが折らされるかだ。
レプソルさんが溜めるように深く息を吸った。
それを見て、『来る』と察したリュイトが身構える。
「……いいか、リュイト。オレに従えねってなら――」
「――ぎゃぼおおおお! メチャクチャ怒られたですよですー!」
甲高い悲鳴のような叫び声が飛び込んできた。
皆一斉にその声の主の方を見る。
「聞いてくださいよです! あたしは良かれと思ってやったのに、超超超怒られたですよです。ちょっと行方不明になっただけなのに…………ほへ?」
叫きながらやって来たのは、なんとサリオ様だった。
最初は喚いていたが、この状況に違和感を覚えたのか、不思議そうに辺りを見回し始めた。――そして僕と目が合う。
「あっ! アルドさん!」
「はい、サリオ様」
「さっきぶりですねです!」
「はい、そうですね」
「ほへ? ここにはスキヤキを食べにです?」
「い、いえ、それは……」
全く空気を読まずに話を続けるサリオ様。
周りが全く見えていないのか、この一触即発の空気も何のその。
色んな意味で本当に凄い人だ。
「サリオ、コイツと知り合いなのか?」
「ほへ?」
レプソルさんが、僕のことをサリオ様に訊いた。
「はいっ、アルドさんは眠っていたところを優しく起こしてもらった仲ですよです。いい人です」
「ほう、じゃあサリオさまは、アルドのことを信用すると?」
「もちろんです! 目つきが悪い人には、良いと悪い人しかいないです」
「なるほどな。じゃあ、アルドは?」
「いい人です!!」
元気よく諸手を上げてサリオ様がそう断言した。
少々幼い仕草だが、いまの僕にはとても頼もしく見える。
「って、ことだ。公爵家のサリオさまのお墨付き。これで文句はねえな?」
「あっ……そんな……」
サリオ様から言質を取ることで、僕のことをリュイトに認めさせた。
これにはリュイトも怯む。
「……まだだ」
「あん?」
「まだです。……まだ……」
「おい、リュイト」
「俺はまだコイツの実力を見てねえ! 俺がコイツと戦って見極めてやる! 俺のことを納得させてみやがれ! 灰色頭!」
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あと、誤字脱字なども……




