82話 前もあったような……
必死の命乞いにより、何とか生き埋めは回避することができた。
冗談ではなく本当に穴を掘り始めたときにはどうしようかと思った。いくら何でも心が狭すぎだろうと思う。
だが思うにあれは、娘に対してそれだけ愛情が深いということだろう。
僕はそう納得することにした。
そして――
「じゃんじゃん飲んでくれ。うちらの娘を助けてくれた礼だ」
「巫山戯るな、ミーナはオレの娘だ」
「まあ確かに実の父親はオマエだ。だがな、おれらは育ての親ってヤツみたいなもんだ。ミーナは二人いる娘のうちの一人だ」
「おう、そうだそうだ! おれたちゃぁ育ての親で、そんで見守ってきた親さ」
「灰色の、そんな娘を助けてくれてありがとうよ。ほら飲め」
「は、はい……いただきます」
――お礼として酒を勧められていた。
現在僕は、竜の尻尾亭という酒場にいた。
正確に言うと、ミーナを助けたお礼という名目でここへ連行されたのだ。
以前にも似たようなことがあった気がする。
皆が騒ぐ中、僕はテーブルに置かれたジョッキにちびりちびりと口をつける。
取りあえず今できることは観察ぐらい。陣内組はモミジ組と双璧を成すアライアンスだ。折角なのでじっくりと観察する。
( これが陣内組…… )
まだ早い時間だというのに、皆早いペースで杯を空にしていく。
もう僕のことなどそっちのけで大騒ぎだ。
「飲んでるか? ドンドン飲めよ。ここはレプソルの奢りだ」
「おいっ、オレが奢るのはソイツの分だけだからな。オマエたちの分は別だぞ」
「細けぇこと気にすんな。ミーナちゃん、もう一杯くれ」
助けた女の子のミーナは給仕をやっていた。パタパタと走っている。
彼女の動きを見るに、普段からここで働いているのかもしれない。彼女はテキパキと働いている。
「あ、後でこっちもお願いね~。急がなくていいから」
「はい」
また別の人が声をかけた。
先程の言葉と雰囲気から察するに、陣内組の人はミーナを本当に可愛がっているようだ。全員が優しい目で彼女のことを見ている。本当に全員が父親のようだ。
( あっ、そう言えばみんなそれなりに…… )
少し失礼な感想かもしれないが、陣内組の人たちは皆それなりの歳だった。
もっと若い人も居ると思っていたのだが、ほぼ全員が40代ぐらい。中にはもっと上に見える人もチラホラと。
「おや~? 何だ不思議そうな顔でオレっちを見て。ひょっとしてあれか~?」
「バルバスおじさん、また変な風にイジメないで。アルドお兄ちゃんが困って困ってるの」
二つ結びの髪を振り回しながら、給仕をしていたミーナがやってきた。
愛らしくぴょんぴょんと跳ねながら抗議している。
二つ結びの髪と長い耳がとてもよく揺れている。あとついでに胸元も。
さっき教えてもらったことだが、ミーナは13歳だった。
幼い顔立ちだと思ってはいたが、実は年相応だった。発育が良いのでもう少し上だと勘違いしていた。
「はは、わっりいな。うちのヤツらはみんな変にスレちまって面白くねえっから、コイチュが真面目でついからかいたくなったんだよん」
「もうっ」
笑いながらミーナの頭を撫でるバルバスさん。
それをプンプンといった様子で頬を膨らませているミーナ。
他の人たちもそれを温かい目で見守っている。
彼女が周りに愛されていることがよく分かる。とても良く解る。
( 凄く優しそうな人たちだな。でもこの人たちは…… )
僕の目の前にいる人たちは、魔王と戦ったことがある古強者だ。
いまは気の良さそうなおじさんといった感じだが、ひとたび戦場に出ればその印象は一変するのだろう。
【鑑定】を持っていない僕には視ることができないが、彼らは皆超高レベル冒険者。レベル100を超える【勇者の仲間】たちなのだ。
只の冒険者ではない。
「おう、ナニを見てんだよ! ナニを」
「グリスボーツさん!? ナニをって……」
突然グリスボーツさんがやって来た。
彼はもたれ掛かるように肩に腕を回してきた。
体重をほとんど僕に預けているのか、とても重い。
「か~~、誤魔化しているつもりかぁ? ナニって言えば『ナニ』だろう?」
「え? だから――っ」
言われてグリスボーツさんの視線を追うと、そこはミーナの胸元だった。
意外と下世話な人なのかもしれない。僕が見ていたのはバルバスさんだ。
ここはキッパリと否定しておく。
「違いますから。ただ何となく、皆さんのお歳が気になっただけで」
「ほうほうほ~う。オレらの歳がぁ?」
「あ、いえ」
キッパリ否定しないといけないと思ったため、考えていたことをつい口にしてしまった。
それにグリスボーツさんが食い付いてくる。
「はははは、ここに居るのはジジイばかりだからな。オマエさんみたいな若い奴には珍しく見えたか?」
「あ、いえ、そういう訳では……」
「確かにここに居んのはジジイばっかりだ。ウチの若えヤツは…………あれ? アイツらどこで飲んでんだ? 今日は休みってことにしたけどよう」
そう言ってグリスボーツさんが辺りを見回した。
どうやらモミジ組のように、歳を重ねた者と若い者で年齢が片寄っているのかもしれない。
「おい、アルド」
「は、はい!」
少し思索に耽っていると、レプソルさんに話し掛けられた。
とても真剣な、だけど何処か気まずそうな、そんな表情。
「ミーナを助けてくれた礼だ。これをくれてやる」
「え? これは?」
レプソルさんが一枚のカードを差し出してきた。
とても上質な物に見える。
「これを見せれば、ノトスのどこの階段でも楽しめるはずだ」
「あ、あの……」
レプソルさんは小声でそう言ってきた。
その小声に、何を言わんとしているのか察しがつく。
しかし僕には不要なものであり、あることを思い出してしまうので……
「いえ、僕には…………。あのっ」
「ん? 何だ、要らないのか? これがあれば――」
「――僕を、アライアンスに入れてください!」
「は? うちに?」
「”ゲスト”でもいいです。どうか僕をこのアライアンスに」
ズルいとは思うが、僕は途中からこれを考えていた。
何の伝手もない僕がアライアンスに入れる訳がない。だから今ならと。
「…………」
「……」
無言で僕のことを見つめている。
レプソルさん以外にも、いまのやり取りに気が付いた人が見ている。
何とも気まずい空気が流れる。
そしてその空気に気が付いた人が増えていき、ほぼ全員がこちらを見た。
ミーナも心配そうにこちらを見ている。
「……いいぜ、ウチに入れてやる」
「本当ですか!!」
「ああ。――だけどな、オレがしてやれんのはウチに”ゲスト”として入れてやるだけだ。あとの面倒は見てやれねえぞ。それでもいいのか?」
「はい! よろしくお願いします」
嬉しくて頭をがばりと下げた。
まさか初日に入れるアライアンスが見つかるとは思っていなかった。
しかもあの陣内組だ。これ以上の幸運はない
モミジ組と双璧を成す陣内組に”ゲスト”として入ることができた。
「やったー! アルドお兄ちゃんがウチに来うんだ!」
「ミーナ!? ……アルド、ウチに入るのは無しだ」
様子をうかがっていたミーナが飛びついてきた。
それを見て顔色を変えて前言撤回するレプソルさん。
「え? ええ!? 待ってください! いま言ったばかりなのに」
「分かった、ウチに入れてやる。だが今ここで追放だ。良かったな、いま世間では追放モノってのが流行っているみたいだぞ?」
「待ってくださいっ、それって演劇の項目ですよね? どうか、どうかお願いします」
僕は元凶となったミーナをやんわりと離しながら、何とか言い縋った。
いくら何でもこれは酷すぎる。
「ちっ、仕方ねえ。男に二言は無いからな。うちに入れてやる」
「ありがとうございます」
僕だけなく、ミーナの説得もあって許しを得た。
後衛の雄と称えられているレプソルさんは、本当に子煩悩のようだ。
「うぃっす~、暇だったんでダンジョン行ってやした~」
「あ~疲れた。やっぱリーダーの支援がないとキツイですね」
「ジル、オマエはもっと腕をあげろよ」
「……ごめん」
わいわいと若い冒険者たちが店にやってきた。
その言葉と振る舞いから、彼も陣内組なのだろうと察することができる。
僕はこれからお世話になるので、何か挨拶をしなければ、そう思ったそのとき――
「あんだテメエ? ウチのミーナにくっつきやがって」
茶色い髪の冒険者が、ドスを利かせた声で言ってきた。
明らかに敵意むき出しなの声。とても嫌な空気を纏っている。
「リュイト、コイツは今日からウチにゲストとして入ることになったアルドだ」
「はあっ!? 俺は認めねえぞ、そんな何処に馬の骨とも分からねえヤツ!」
さっきレプソルさん言った言葉の意味が分かった。
『あとの面倒は見てやれねえぞ』とは、きっとこれを指していたのだろう。
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