81話 やっ
「あ、が、息が……」
「いてえよぉ、おれの足が」
「ぐっ、くそぉ、ほどきやがれ」
「悪かった、オレらが悪かったから許してくれ」
「どうなってんだよ、なんだよコレはっ」
四方から呻き声が聞こえてくる。
それは怨嗟が籠もったものや、鳴き声、許しを請うものなど様々。
死屍累累といった状態だ。
取りあえずミーナと呼ばれた女の子に見せて良い光景ではない。
僕は彼女の目を覆い続けた。できることなら耳も塞いでやりたいところだが、僕の腕は二本だけ、耳を塞ぐには手が足りない。
そう、数が足りない。
腕は二本だけだからできることには限界がある。
そしてそれは、魔法にも言えること。
「くそっ、どうやってオレら全員をたった一人で」
普通、魔法は立て続けに放つことはできない。
一度魔法を唱えると、次に魔法を唱えるときに多少の時間をおく必要がある。
WSでいうところの硬直に似たような感だ。だからハリゼオイの足を縛るときは慎重を期す。
だがこの拘束魔法は、ほぼ間髪入れずに放たれた。しかも凄まじい手数だ。
そんなことをできる人が居るなんて聞いたことがない。
僕はそう思いながら女の子の父親をまじまじと見る。
歳はガレオスさんと同じか、少し下ぐらい。
頭部にミーナのような獣耳がないことから、たぶん僕と同じ人族。
金色の髪を肩の辺りまで伸ばし、後ろ髪は一つに括って流している。
身に纏っている装備品を見るに後衛の冒険者。
僕は彼の姿を見て、あることをふと思い出す。
「居る。一人だけ…………いる。確か劇で観た」
「――てめえ、まさか連魔の”百連”か!」
地面に縛り付けられている男が、頭だけを起こしてそう叫んだ。
僕はそれを聞いて確信する。
”百連”。
それはある偉大な冒険者につけられた二つ名。
その冒険者が放つ魔法の数は凄まじく、一人で十人以上の働きをすると讃えられている。
普通は数人で支える場面でも、その冒険者はたった一人で支えきったのだとか。
そしてさらに凄いのが、支えるどころか押し返したこともあるらしい。
基本的に戦局を押し返すのは前衛の役目だ。
前衛が矛と盾になって押し返すものだ。後衛はどう足掻いても後衛だ。
しかし”百連”の二つ名を持つ冒険者は、圧倒的な手数でそれを成しえた。
魔王との戦いのときは、指揮をこなしながら魔物の群を押し返したと聞いてる。
魔物の群を手数と迅速さで圧倒。
その状況を作り上げたことから速さを作るものとも呼ばれている。
”百戦”のガレオスさんが前衛の雄なら、”百連”は後衛の雄。
「そうだ。オレは”百連”ってので呼ばれている陣内組のレプソルだ。オマエら分かってんだろうな、その百連の娘に手を出したんだ」
「ひぃっ、し、知らなかったんだ。もし知ってたら攫うような真似はしてねえ、本当だ。だからどうか勘弁してくれ、本当にオレたちは知らなかったんだ! ましてや陣内組に喧嘩を売るようなことなんて……」
さっきまで威勢は何処へやら、男は怯え情けない声で懇願してきた。
そしてどうか許して欲しいと連呼する。本当に知らなかったのだと。
( ……嘘か )
僕は男の声と目を見て、それが嘘だと分かる。
この男は少しでも状況を良くしようと偽っているだけだ。
周りに居る者も頷いている。
「あ~~、そりゃあ嘘だな」
「ああ、そうだな」
「全くだ。この街に居てそれを知らねえってヤツはいねえだろ」
「何だってそんな見え透いた嘘を吐くんだか」
気が付くいつの間にか、取り囲むように冒険者らしき人たちが居た。
その数が十人以上。皆レプソルさんと同じぐらいの歳に見える。
何とも凄みを感じさせる風格から、ただのロートル冒険者ではなさそうだ。
「まったくなってねえな。謝るんだったら初手命乞い、それが基本だろ?」
「――あがっ」
一人の冒険者がそういって倒れている男の顔を踏みつけた。
「まあ、オレらにとって命乞いは日常茶飯事だから、そうそう通じねえけどな」
また別の冒険者がそういって踏みつける。
そしてそれに続くように、他の人たちも近くに倒れている男たちを踏んでいく。しかも的確に顎を踏み抜いている。
「レプソル、帽子が落ちてたぜ」
「ああ、追ってたときに落としたんだな。わりいな」
「お~い、ちょっと手を貸してくれ。あと縄も」
「ああ、待ってろ」
とても手慣れた手つきで、追っ手だった男たちを縄で拘束していく。
中には何処かで見た記憶がある布もある。それでグルグルと巻いていく。
「あの、ひょっとして、陣内組の方……?」
「ああ、オレたちは陣内組のもんだ。ありがとう、娘を守ってくれて感謝する」
「えっ!? あ、あの、頭を上げてくださいっ! 僕にできたことは逃げ回るだけで、そんな風に貴方に頭を下げてもらうほどのことはっ」
慌てふためいてしまう。
目の前にいる人は、冒険者にとって雲の上のような存在だ。僕とは格が違う。
こんな風に頭を下げて、僕のことを鋭い眼光で睨む――
「えっ……?」
何故か、射貫くような眼光を向けられていた。
それはまさに射殺さんとばかりの鋭さ。【蛮勇】持ちでも恐怖を覚えそう。
「あ、あの……」
「…………いつまで、抱えているつもりだ」
「え? 何を……?」
言っている意味が分からず、僕はレプソルさんの視線を追う。
するとそこは、助けた女の子がいた。僕は後ろ手で彼女を庇うようにしていたのだ。
そんな僕の腕に縋りつくようにしているミーナ。
「あ、いえ、えっと……これは」
眼光の鋭さについどもってしまう。
これは彼女を庇うために回していた腕あり、決して疚しいものではない。
ぎゅうぎゅうと抱きつかれているが、これは決して違う。
「ミーナ、こっちに来なさい。それと、あとで説教だからな。あれほど一人で出歩くなって言っているのに」
「やっ」
プイっと顔を逸らすミーナ。
その勢いで長く伸びた白い耳がふらりと揺れる。
何故か彼女は拒否した。
「こら、こっちに」
「やっ!」
「え?」
しがみつく腕に力がこもった。
先程とは違い、身体全体でしがみつくような体勢。
すぐに分かる、これは非常によろしくない。絶対に良くない。
「えっと、ミーナさん。お父さんが来たことですから、あの……」
「ぎゅ~~~」
言葉に出してまで『ぎゅっ』としがみついてきた。
何となく妹のことを思い出す。妹は駄々をこねたときや、困ったときはこうやってしがみついていた気がする。
「ありゃりゃ? ミーナちゃんが、なんともまあ」
「おい、ちょっと穴を掘っとけ。コイツを埋めるぞ」
「待ってくださいっ、これは――」
その後僕は、ミーナを必死に説得して腕を解放してもらった。
そしてその次は、取りあえず命乞いをしてみたのだった。
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あと、誤字脱字も何卒




