80話 走るっ耳
僕は、己の迂闊さに落ち込んでいた。
リティから逃げ出すようにルリガミンの町を飛び出した僕は、ほぼ着の身着のままだった。
狩りに出ていたので装備品は纏っていたが、それ以外のモノ、要はお金をあまり持たずに町を出てしまったのだ。
一応財布袋に金貨1枚と銀貨2枚はあるが、そんなはした金では一ヶ月も持たない。ここは大きな街なので物価も高いだろうから尚更だ。
先程だって街に入るための門税で、銀貨2枚を徴収されている。
中央のアルトガルでは門税がなかったので失念していた。
小さい金額ではあるが、それが積み重なれば馬鹿にできない。
「……仕事を探さないと」
しかしそうは思っても、僕はまともに仕事に就いたことがない
冒険者として狩りの配分を受け取ってはいたが、あれはお金を稼ぐのが目的なのではなく、ただ冒険者でいたかっただけだった。
だから仕事をしていたという認識はない。
「…………そうか、そういうところも甘えていたんだ、僕は……」
自分に出来そうなことを考える。
思い浮かぶのはやはり冒険者。そもそも僕は、ダンジョンで野垂れ死にしなくてはならない使命を帯びている。そのために生き長らえたのだ。
少し矛盾を感じるが、僕は生きるために冒険者を続け、そして死ぬために冒険者を続けることにする。
「まずはダンジョンの場所を見つけないとか。確かこの街の近くにあるダンジョンは深淵迷宮だったよな」
深淵迷宮。
ノトスの街の近くに存在するダンジョンで、二十人ぐらいでも優に通れる通路で構成された迷宮だ。
中央の地下迷宮よりも広大なダンジョンと言われている。
本当に通路だけらしく、地下迷宮に点在する広い部屋のような場所は無いと聞いている。
そしてダンジョンの構造上、パーティ単位で潜るには不向きなダンジョンらしい。一度囲まれるとどうしようもないのだとか。
「アライアンスに入れないと厳しそうだな……」
ふと、三ヶ月ほど前のことを思い出す。
僕は昔、どのアライアンスにも入れてもらえなかった。
理由は明確、ステータスと【固有能力】の貧弱さ。どのアライアンスもお荷物を抱えることを嫌っていた。
何とか入れてもらっても、すぐに追放されていた。
だがいまは、モミジ組とグレランのおかげでレベルだけは高くなっている。
だから前よりかはマシかもしれない。が――
「ちょっと自信がないな……」
つい弱音がこぼれてしまう。
イワオトコをソロで倒せるようにはなったが、それだって陣剣のおかげ。
僕はガレオスさんのお世話になっていたことを痛感する。
「取りあえず、深淵迷宮がある場所を誰かに――え?」
道を尋ねようと辺りを見回したとき、不自然なことが視界に入った。
少し前を歩いていた女の子が、まるで引っ張られるように脇道へと消えたのだ。
僕以外それに気が付いた様子はない。それだけ一瞬のできごとった。
「どうしたらっ。――くっ」
僅かな逡巡のあと、女の子が消えていった脇道へと駆け寄る。
薄い青色のワンピースに、白いローブを羽織った女の子だった。
フードをかぶっていて顔は見えなかったが、服装だけは覚えている。
見間違いであれば良いと、そう思いながら脇道に入ると――
「この、騒ぐんじゃねえ! 大人しくしろ!!」
「おい、ナオバ、女の胸を揉んでんじゃねえ。とっと足を縛り上げろ」
「ちっ、うっせえなぁ。イイだろ別に、やっと手に入ったんだからよう」
「さっさとしろ、衛兵が外に行って手薄だからって油断すんな」
「――っ! ――!!!」
消えたと思っていた女の子が、男たちによって捕まっていた。
女の子は二人の男に後ろから拘束されて口を塞がれ、正面からは一人の男に胸元をまさぐられている。
もう一人男がいるが、その男は見張り役なのか後方を見ている。
「ああっ? なに見てんだテメエ」
胸元をまさぐっていた男が僕に気が付いた。
男は女の子の胸から手を外し、ドスを利かせた顔で詰め寄ってきて拳を僕へと振り上げる。
「ガキが、ちょっと寝てろ!」
「――っ!」
「なっ!?」
拳を振り上げた男の脇を潜るように駆け抜け、僕はそのまま前へと行く。
いまは緊急事態、罰則覚悟で剣を振るう。
「おわっ!? くそ、何だてめえ」
「このクソが、おれたちの邪魔をすんじゃねえ!」
咄嗟のことに対応し切れず、女の子を拘束していた二人が距離を取った。
僕はすかさず女の子を背中へと庇う。
「か弱い女性に乱暴をするな」
ここから立ち去れと男たちを睨む。
これで引いてくれれば良いと願うが、やはりそうは甘くない様子。
男たちが退くことはなかった。
視界に映っていたのは4人だけだったが、その数はすぐに増えた。
パッと見でも3人以上いる。
「おい、邪魔が入ったぞ。道を塞げ」
リーダーらしき男が指示を飛ばした。
大通りへと出られる方の道が塞がれる。
( どうする…… )
背中に居る女の子を守るのは決定事項。
だがしかし、女の子を庇ったまま戦えるほど甘い状況ではない。
相手は6人以上で、何処かにもっと潜んでいる可能性がある。
「おい、灰色髪の小僧。女を返すってんなら見逃してやる。だからそいつをこっちに寄越せ。断るってのなら……分かってんだろうな?」
男は刃物をチラつかせ、抵抗すれば無事ではないと脅してきた。
「……………………ああ、分かった」
「――てめっ! 追え、オマエら! ぜってえ逃がすな!!」
僕は同意した振りをして油断を誘い、女の子の手を取って逃げた。
男は見逃してやっても良いと言っていたが、男の目を見れば分かる。それは嘘だと言うことが。
目撃者を見逃す気などさらさらもない、男の目はそう語っていた。
「急いで!」
「はいっ」
手を引いている女の子にそう声を掛けると、必死そうな返事が返ってきた。
振り返って追っ手を確認すると、手を引いている女の子が目に入った。
僕は女の子の姿を見て納得する。何故攫われそうになったのかを。
( そうか、そうだったのか )
走っているのでフードが取れて、女の子の容姿を確認することができた。
赤い瞳と真っ白な髪、そして縦に長く伸びた獣耳。助けた女の子は兎人だった。
駆けているので胸元が上下に大きく揺れている。服の上からでもよく判る。
まだあどけなく幼い顔つきだというのに、女の子の身体はとても成熟しており、僕が知っている通りだった。
兎人は、エルフと同じく容姿に優れた者が多いと習っていた。
そしてとても魅力的な体つきとも……。まさに聞いていた通りだった。
この子を攫って好事家の貴族に売り飛ばせば、当分は遊んで暮らせる金が手に入ることだろう。それがヤツらの目的だ。
そしてそれ以外でも……
「――絶対に捕まる訳にはいかないっ」
キッと前を見て決意を固める。
多少のことはしてでも彼女を守ると、そう決めて――
「ファランクス!!」
あばら家に陣剣を突き立て、結界を発動させてそれを倒壊させた。
轟音を立てながら倒壊したあばら屋は、追っ手を上手いことを遮った。
これで真っ直ぐ追うことはできない。
「よし、急ごう」
「は、はい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おい、そっちに居るぞ!」
「いいか、追うだけじゃねえぞ、外に行ける道を塞げ」
「誰か回って追い込めよ、何やってんだ」
追っ手の怒号が聞こえてくる。諦める気配は一向に無い。
むしろそれどころか、こうやって声を聞かせて諦めさせようとしてくる。
どんどん声が近くなってきた。
「くっ、あっちに行こう」
「はぃ」
僕の方はともかく、女の子の方の体力が尽きかけていた。
ずっと走りっぱなしなのだ、これは仕方がないこと。
本当なら何処かに隠れ潜みたいところだが、相手に【索敵】持ちが居るようで、何処に行こうと的確に追って来ていた。いまは走るしかない。
「くそ、こちらに」
「はあ、はあ、――はぃ」
もう大通りからは大きく離れてしまった。
少しずつ寂れた方へと追い立てられ、土地勘のない僕たちは確実に追い詰められている。
「そっちだ! そっちに行ったぞ!」
( 嘘、だな )
「こっちに」
「……はい」
何とか逃げ切れているのは、僕が相手の嘘を見抜いているから。
声から虚偽を見抜き、何とか相手の裏をかいて逃げおおせていた。
とは言え、流石にそれもそろそろ限界。
このままではうちに回り込まれ、完全に囲まれてしまうだろう。
その前に何とか打開策を講じなくてはならない。
「ここなら……」
逃げ回るはもう限界。いずれ体力が尽きて囲まれる。
ならば立ち向かうしかないが、こちらは女の子を庇った状態。
僕一人だけならともかく、囲まれて女の子に手を出されたらどうしようもない。
そうなる前に自ら袋小路へと飛び込み、そこで女の子を守るしかない。
単純な僕にはそれしか方法が浮かばない。
「ここでヤツらを迎え……まさか、読まれていたのか」
「はは、偶然だよ。ここに隠れてねえかって奥に行ってただけだ。まあ、残念だったな灰色髪のガキ」
逃げ込もうと思っていた袋小路には追っ手がいた。
どうやら偶然のようだが、僕たちは運にも見放されたようだ。
四方八方から追っ手の足音が聞こえてくる。
「やっと追い付いたぜ。なんか高レベル冒険者だから警戒していたが、碌にWSを撃てねえ伊達冒険者だったか、ビビらせやがって」
「クソガキが、女は渡してもらうぜ」
「おい、魔法使えるヤツはアイツを狙え。いいか、女には当てんなよ。アイツは大事な商品なんだからよぅ」
「なあ、売る前にちょっとだけ味見しようぜ。穴を空けなきゃ価値が下がることは無ぇんだからよお、こんだけ走らされたんだぜ? ちょっとぐらいイイ思いをしてもいいだろ?」
「――下衆がっ」
怒りに心と身体が震えた。
差し違えてもヤツらを倒すという思いが込み上げてくる。
「大丈夫、絶対に君を守るから、絶対に」
「は、はぃ」
怯えて泣き出しそうな女の子に、僕はできるだけ優しい声を掛けてやる。
兎人の女の子は、白い耳をフルフルと震わせながらコクンと頷いた。
「少しだけの間、目をつむっていてね」
覚悟は決まった。
まともに打ち合っては手数が追い付かない。きっと数で押し切られる。
ならば打ち合うことは止めて、一太刀受けるごとにWSで斬り返すことにする。
相手の人数は10人とちょっと。
たった10回とちょっと我慢すれば良いだけだ。
頭と首さえ避ければ何とかなるはず。
「野郎ども、一気に――」
「うわっ!? 何だ!? 何で? どっからこれが」
「おいっ、なんだよこれ! なんで足が」
「くそっ、身動きがとれねえ!?」
襲い掛かろうとしていた男たちが、突然叫び声をあげた。
見れば彼らの足下には、土塊でできた蛇が絡みついていた。
しかも――
「ぎゃああ、足が、足が折れた!! 痛えええええええ」
「何だよ!? 何だよおおおお! やめてくれ、やめ――っがああ」
「痛え、痛えよおお」
「くそっ、くそっ、抜けねえ!!」
人の足をヘシ折るほどの圧力。
あの魔法は相手を拘束するための魔法。相手に危害を加えられるほどの力は無かったはず。
だが男たちを捕らえている魔法は、次々と男たちの足をヘシ折っていく。
この魔法の術者は、凄まじい力量を持った術者だ。
「てめえら、誰の娘に手を出したのか分かってんだろうな」
「お父さん!」
女の子が嬉しそうに声をあげた。
どうやら彼女の父親が助けに来てくれたようだ。
「このゴロツキども、うちのミーナを攫おうとしやがって、ただで済むと微塵も思うなよ! まずはこのまま全部ヘシ折るっ」
助けにきた父親の宣言通り、追っ手は全員足をヘシ折られた。
僕にできたことは、女の子の目を惨劇から覆うことぐらいだった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字なども……




