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78話 眠れる少女

 ルリガミンの町を飛び出してから四日が経過した。

 予定では今日中にノトスの街へと辿り着くと聞いている。

 これでやっとベッドで眠ることができる。


 宿のベッドなら、いつも見ていたあの夢を見ることができるかもしれない。

 落ち込んだときにいつも励ましてくれたあの夢を……


「よお、アルド、どうしたんだ? またそんな暗い顔しやがってぇ」

「あ、クァンさん」


 クァンさんは、この馬車で知り合った冒険者だ。

 【索敵】が得意な人で、いつも瞑想のように目をつぶって【索敵】をしている。

 なんでも本人曰く、視覚を遮断した方が冴え渡るのだとか。


「ふん、どうせ女だろ? よく女物の髪留めを眺めてんもんな。ほれ、その白いヤツ。ひょっとしてアレか? それを渡す前にフラれちまったってやつか?」

「バラスさん、これは……」


 サポーターのバラスさんに言われ、手に持っている髪留めへと視線を落とす。

 僕は、リティから預かった髪留めを返せていなかった。これを返す前に逃げ出してしまったのだ。


「へえ、なんか珍しい形の髪留めだな?」

「あ、はい……」


「で、どうなんだ? 渡す前にフラれたのか? それとも渡したけど駄目だったのか? もしくは――」

「本当に……これは何でもないです」


 僕はそう言ってリティの髪留めを懐へとしまう。

 この髪留めはリティのことを強く思い出させる。だからできることなら手放してしまいたい。

 

 だけどこの髪留めは、彼女から僕が預かった物だ。

 勝手に捨てる訳にはいかない。


「大事そうにしてねえ。――やっぱ、ワケありかい?」

「い、いえ……」


 これ以上話のネタにされたくないし、もうこれ以上思い出させて欲しくない。

 僕は話を逸らすことにする。

 

「……えっと、あれですね。話には聞いてはいましたが、ノトス周辺の道って本当に凄いですね。馬車があまり揺れなくて楽です」

「ん? ああ、確かにそうだなぁ」

「ノトス公爵の妹がやってんだっけか?」


 二人は僕の意図を察してくれた。

 そしてそのまま今の話に乗ってくれる。

 最初はぶっきらぼうな印象だったが、二人は思いの外優しい人たちだった。

 皆で馬車の外に、流れゆく景色へと視線を向ける。


「確かその公爵の妹さんて、すげえ魔法の使い手で、魔王と戦いのときは、夜だってのに昼間にしたって聞いたなぁ」

「そんとき俺も居たぜ。つってもまだガキだったがな。夜だってのにいきなり明るくなってビビったのを覚えてんぜ」


「ははっ、ガキの頃って、バラスさんいくつだよ」

「あん? 俺はまだ25だ。見た目老けてて悪かったな」


「うへ!? オレのたった二つ上? てっきり30は超えて40近くだとばかり……」

「ふんっ」

「あはは。……それにしても、本当に凄いですね。この道」


 僕は視線を街道へと落とした。

 どうやってここまで固めたのか分からないが、土を硬くすることで、煉瓦を敷きつめた道以上の快適さだ。


 煉瓦ほど硬くないので振動は少なく、だか煉瓦のように整っているので車輪がガタつくこともない。本当に丁度良い塩梅というやつだ。


「ノトス公爵の妹君……暁の神子、またの名は”焔斧(エンフ)”ですよね」 

「ああ、それだなぁ」

「土魔法で固めたって話だが、そんな簡単なもんじゃねえと思うぞ」


「ですよね。攻撃するための魔法をこうやって固めるために使うなんて」

「普通のやつには無理だな。そもそも、固めるって何だよ」


「それはやはり、勇者様と旅をした偉大な方だから――え!?」

「あん? どうしたアルド?」

「なに、魔物か!? いや、【索敵】には何も引っ掛かってねえぞ」


「いえ、あそこに誰か倒れているような。ちょっと見てきます」 

「おい、アルド。御者さん、ちょっと止めてくれ!」

「何かあっちで誰か倒れてるみてえだぞ」

 

 僕は馬車が止まるの待つことなく荷台から飛び降りた。

 そして降り立ったあとはすぐに駆け出す。


 何があったのか不明だが、こんな道端で倒れているのはおかしい。

 しかもここは街の外だ、嫌な予感がしてしまう。

 

「大丈夫ですか!」


 倒れている人に駆け寄って声を掛ける。 

 駆け寄った先には白いローブ姿の女の子がいた。歳は十代前半ぐらい。

 見た感じ怪我は無さそうだ。目蓋を閉じて浅い呼吸を繰り返している。


 端的に言えば、寝ているように見える。


「いや、普通こんな場所で寝ているわけないよな。一体何が……?」


 一応辺りを見回すが、他に誰か潜んでいる様子はない。

 とても不可解な状況。取りあえず僕は少女を起こすことにする。


「あ、あの、大丈夫――っ!?」


 少女に触れようとした瞬間、僕の手が何かに強く弾かれた。

 

「こ、れは……結界の障壁?」


 起こそうとした少女は、丸い球体によって覆うように守られていた。

 弾かれたときの衝撃から、この結界の強度の凄さが推し量れる。

 多分だが、僕の力ではこの結界を破ることはできないだろう。

  

「これはどうしたら……あっ」

「んん、ほへ?」


 結界に守られていた少女が目を覚ました。

 パチパチと目を開いた後、辺りを見回しながら間の抜けた声をあげた。

 僕は刺激しないようゆっくりと声を掛ける。

  

「あ、あの」

「うん? えっとあたしは……確か……」


「あの、大丈夫ですか?」


 状況が把握できていない少女に再度声を掛ける。

 

「あっ! ぎゃぼう! あたし寝ちゃってたですよです!」

「え? ぎゃぼう?」


 奇妙な驚き声をあげる少女。

 何処から声を出しているのだと、そう問いたくなるような素っ頓狂な声。

 とても独特だ驚き声だ。


「むう、ちょっと横になっただけなのにですよ……」

「あの、こんな場所で女の子が一人で横になるのは……かなり危険かと」


 ここは人が行き来する街道なので、この土地を管理している領主が定期的に魔物の排除している。だからとは言え、決して安全とはいえない。

 こんな場所で昼寝をする少女に不信感を覚える。

  

 そう、普通ではない。

 僕は少女をしっかりと観察する。と――


「――え? あれ? まさか……」

「ほへ?」


 よく見ると少女の耳は、人よりも少しだけ長かった。

 だが長いといっても、ららんさんたちエルフに比べると短め。

 僕はそれを見て唐突に思い出す。


「あ、貴方はまさか……サリオ、様?」


 彼女のことは遠くから見たことがある。

 中央の城で開かれた式典で、二回だけだが遠目に見たことがあった。

 この青みがかった緑色の髪と、少し丸いお顔を……


「むむ? なんかしつれいな気配を感じるですよです」

「あ、いえ。それよりも、なぜサリオ様がこのような所で寝――いや、倒れられていたのです? いくら何でも不用心かと」


「ほへ? あたしにはこの結界のローブがあるから平気ですよです。ららんちゃんが改良してくれて、誰かが近寄って来て悪さをしようとしたら勝手に発動するのですよ――はっ!」

「あっ、僕は違いますから! 誰かが倒れていると思って、それで駆け寄って来たんです。だから誤解です、何か悪さをしようとかそんなことは微塵も考えていません」


 身を捩って僕から距離を取ったサリオ様に、僕は慌てて弁明をした。

 こんな誤解をされてはとても困る。


「あや? じゃあ、本当に起こしに来てくれただけなんです?」

「はい、そうです。だからほら」


 僕はこちらに向かって来ているクァンさんたちの方を見た。

 彼らに聞いてもらえれば誤解は解ける。僕は倒れている人を発見したから駆け寄っただけなのだと告げる。


「なら納得ですよです。えっとアナタは……」

「アルドです」


「アルドさんは死んだような目をしているから、きっと悪い人か良い人かのどっちかですから。だから良い人の方なんですねです」

「えっと……?」


 何だかよく分からないことを言ってきた。

 どういう判断基準なのか不明だが、取りあえず誤解は解けたようだ。

 あと、死んだような目をした人は大体が悪い人だと思う。


「取りあえず、ありがとうですよです。アルドさん」



 こうして僕は、ノトスの街へと辿り着く直前に、暁の神子と名高いサリオさんに出会ったのだった。


読んでいただきありがとうございます。

これからノトス編です、引き続きこの物語にお付き合いいただけましたら幸いです。



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― 新着の感想 ―
[良い点] あぁ…ついに本編主要キャラの一人が出てきた…。 これはワンチャン陣内も…? [気になる点] 髪飾り持ってきたってことは、リティは素のままか…。 あれ?これって結構やばいんじゃ…。 [一言]…
[良い点] ぎゃぼう! 死んだような目をしているから良い人の方、何という経験則。 [気になる点] あ~、髪留めもってきちゃてたんだ。 そりゃ返してる場合じゃなかったもんね。 [一言] サリオ相変わらず…
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