73話 わたしの……
すいません、お待たせしましたー
次の日、僕は魔石魔物狩りの後、階段へと行くことになった。
【夜のカポエラ】に興味を持った僕に、ガレオスさんが面白がった結果だ。
もちろん階段で行われることに興味はない。これは断言できる。
何故なら、僕は自分の種を蒔くようなことをしては絶対にならないからだ。
だから階段には行ってはいけない。
だけど【夜のカポエラ】には……
「あの、ガレオスさん。本当に【夜のカポエラ】って言うのあるんですよね? 勇者ジンナイが望んだという【夜のカポエラ】が……」
「ん? あ、ああ……あるぜ」
――嘘だ。
ガレオスさんの瞳が一瞬だが揺らいだ。
「ガレオスさん、いま嘘を」
「――おおっと、今日はジャンも来るのか! こりゃ熱くなるな」
ガレオスさんの嘘を見抜き、すぐに問い詰めようとした。
しかしガレオスさんはそれを察し、露骨に話を逸らしてきた。
そしてこれ以上追撃させまいと、僕から離れてジャンさんの所へと行ってしまう。
「……ガレオスさん」
何が目的なのか分からないが、ガレオスさんが僕のことを階段へと連れて行こうとしていることは判った。
( でも、昨日は嘘を吐いていなかったよな…… )
昨日、カポエラのことを言っていたときに嘘はなかった。
【夜のカポエラ】と言う言葉には嘘はなく、勇者ジンナイとの件は本当のことを言っていたと思う。今のように目を泳がせることはなかった。
しかし今は、確実に嘘を吐いている。
( どういうことだろ? )
ガレオスさんの意図が本当に読めない。
僕は、嘘や悪意には敏感だが、それ以外のことには鈍感の方だと思う。
愚鈍で愚かな王子、それが僕だ。
だから、虚や悪意以外はどうしても疎い。
「ジャン、今日の狩りみたいによろしく頼むぜ」
「まあ、任せてください。って言っても、自分の意思でどうにかできる感じじゃないんですけどね、おれの【固有能力】は」
階段へと向かうメンバーから、期待を込めた声を掛けられるジャン。
彼はそれに応じるように胸を張ったあと、すぐにおどけてみせた。
( あの【固有能力】か…… )
ジャンさんは、とても珍しい【固有能力】を持っていた。
それは【遭遇】という【固有能力】。
騒動に見舞われやすくなる【固有能力】であり、その効果のお陰で、魔石から魔石魔物が湧き易くなっていた。
だから昨日に続き今日の狩りでもかなりの稼ぎを叩きだしていた。
だが、良い方向へと転がり続ける【固有能力】ではない。
当然悪いことだってやってくることもある。だから遭遇。
しかし、やってくる騒動を対処できる力があれば、それはとても優秀な【固有能力】と言えた。だから魔石魔物狩りではとても上手く進んだ。
まだ二日だけだが、その効果は誰もが認めるものだった。
「よしよし、お前さんが居ればきっと、スゲエおもしれえことになんぞ」
「何ですか、そのプレッシャーは」
とても良い笑顔を浮かべるガレオスさん。
まさかとは思うが、ジャンさんの【遭遇】を期待しているのかもしれない。
チラッと聞いた話によれば、階段には当たり外れが多く、同じ店でも日によって大きく違うのだとかどうだとか。
「さすがにそこまでの効果はないと思うけど……あれ?」
よく見れば、ニヤニヤとしているのはガレオスさんだけではなかった。
モミジ組の古参が皆ニヤニヤとしていた。
ダラしない顔ではないが、何かを期待している、そんな顔。
「……」
妙な違和感を覚える。
こういった店には、若い冒険者の方が浮かれるものだと思っていた。
だが楽しそうな顔をしているのは、歳を重ねた古参のメンバーの方が多い。
ほぼ全員がそわそわしながら周り見回している。
「よし、行くぞ」
ガレオスさんの号令で一斉に動く。
まるでダンジョンを進むかのような足取りで、階段がある区画へと向かう。
何故そんなのが必要なのか、わざわざ斥候まで出して前方の安全を確認している。
そして歩くこと数分、僕たちは目的の区画へと辿り着いた。
少し寂しく光景。看板などはなく、仄暗い階段がポッカリと開いているだけ。
「…………ん? ありゃ? 普通についちまったぞ?」
ガレオスさんが不思議そうにそう言った。
そして辺りを探るように見回す。しかもそれはガレオスさんだけでなく、他のメンツも同じことをした。
「あの、何を探しているのですか?」
「あ、あぁ……いや、ちょっとな。ありゃ~、おかしいな、いつもだったらここで降ってきたりすんのに」
「え? 降って?」
ガレオスさんが雨でも心配するかのように空を見ていた。
しかし今日は晴れているし、雨が降りそうな気配は一切ない。
だが何故か、他のメンツも空を見上げている。
「あの、どうしたんですか? 皆して上を見て?」
「いや、ちょっと予想外ってか……あれ? マジで何で来ねえんだ? ぜってえ来るって思ってたんだけどよう、なんでだ? ちゃんとリークしたよな……」
不穏なことを口にしながら戸惑い続けるガレオスさん。
下へと降りようとせず、階段の前で何かを探し続けている。
そしてそれに続くように他のメンツも辺りを見回す。
まるで誰かを待っているようだ。
「……入らないんですか?」
「ん、ああ。……仕方ねえ行くか」
辺りをグルっと見回した後、意を決したようにガレオスさんは階段を降りた。
それに続く僕たち。
「……本当に、こうなっているんだ……」
階段は、事前に聞いていたとおりだった。
この街にある階段は下へと緩い階段が続いていており、訪れた客はそこに座って女の子を待つ。
客を相手にする女の子たちは、下から階段を上がってきて、座っている客に声を掛けてもらうシステムらしい。
そして交渉が成立すると、脇に用意されている部屋へと行くことができる。
客の中には部屋を取らず、そのまま階段で会話を楽しむ者もいるらしいが、基本的に皆部屋を取るのだとか。
「いらっしゃいませ、今日はどうなさいますか?」
階段の案内役らしき男が声を掛けて来た。
階段では、支払う金額によって座る階段の位置が変わってくる。
金を多めに払えば下の方へと座ることできる。
女の子は下から上がってくるため、他の客よりも早く声が掛けられる仕組みだ。
通常の料金では人気がなくて登ってきた女の子としか交渉ができない。
「どうすっかな~」
ガレオスさんがアゴを撫でながら思案する。
大金を払って下に行くか、それとも通常料金でいくか悩んでいるのだろう。
「んん?」
「あん?」
階段の下の方がザワリと騒がしくなった。
僕たちだけでなく、案内役の人も下の方へと視線を向ける。
「おいおい、何だアイツは」
案内役から呆れ声がもれた。
騒ぎの原因は、階段を上ってくる一人の女の子だった。
一人の女の子が、声を掛けてくる客を完全に無視して階段を上ってくる
スタスタと上がってくる女の子に、階段に座っている男たちが釘付け状態だ。
薄暗くて顔は見えないが、全員が声を掛けようとしているのだから、それ程の容姿なのだろう。
そして僕も、その女の子に釘付けだった。
その女の子の歩く姿に。
「……す、凄く綺麗だ……」
もしするとこれが【夜のカポエラ】なのかもしれない。
そう思わせる程の歩行、僕には到底真似することができない。
階段を上っているのに、まるで重さを感じさせない歩みだ。
紐か何かで身体が釣られているかのよう。
重心に一切のブレがなく、スウーっといった感じで階段を上ってくる。
僕はあれが【夜のカポエラ】だと確信する。
「ガレオスさん、アレが夜のカポエラというヤツですね?」
「はあ? お前さんは何を言って……」
( え? 違った? )
どうやら違う様子。
酷い呆れ顔をされてしまった。
「じゃあ、あれは…………あれ?」
上ってくる女の子の服装に見覚えたあった。
つい最近見た記憶があるワンピース。
僕はその記憶を探ってみると、ある人物に行き着いた。
「え……リティ? 何でこんな場所に……」
階段を上ってきたのは女の子は、なんとリティだった。
透き通るような無表情をした彼女が、僕たちの前までやって来た。
ほぼ全員が固まってしまっている。
「アル、こっち」
「え? リティ!? 痛っ!」
彼女に手首をクイッと捻り固められ、そのままグイグイと引っ張られた。
手首を極められているため、碌に抵抗できず連れて行かれる。
無理に動くと肘と肩を痛めてしまいそうだ。
「ここ、借りる」
「あ、はい……?」
冷たい声で店員にそう言い放ち、近くの扉を開けて、リティは僕をその中へと引き込んだ。
そして手早く鍵を掛ける。
「リ、リティ」
「ん」
彼女は僕をベッドへと連れて行こうとした。
無理矢理腕を振り解き、僕は決死の抵抗を試みる。
「ぐっ、リティ、待って」
「ん」
力尽くで手籠めにしてこようとするリティ。
もの凄い力で僕のことを押してくる。
一ヶ月前なら抵抗できなかったかもしれないが、今の僕は少し違った。
何とか腕を突っぱね、押し倒されそうになるのを堪える。
「ん、観念して」
「だから、待って」
「アルはここに来た。だからそういうこと」
「誤解だからっ、僕の目的は夜のカポエラだから。そういうのが目的じゃないから」
「ん、なら、そのカポエラでいい」
「――だからっ」
必死の抵抗だ。
そんな中、僕はこんな状況だというのに心の隅では喜んでいた。
前だったら簡単に組み伏せられていたが、今は抵抗できるぐらいの力を手に入れたことに歓喜していた。
「リティ、少しで良いから話し合おう。ほら、何か飲み物でも飲んで」
「ん、もう騙されない」
「――あっ」
リティが器用に腕を動かし、僕の首に巻かれていたマフラーを外した。
朱に染まった傷跡が彼女に晒される。
「おいっ、リティ、早まるな! アル、いま助けるからな、絶対に諦めるなよ。誰か武器を持ってこい! WSで扉をぶっ飛ばす」
「お客さまっ、困ります」
「困りますじゃねえ! こっちは命が掛かってんだ! リティ、早まるな」
ガレオスさんが扉をドンドンと叩いている。
聞こえてきた言葉はとても過激だ。
だが、あと少し踏ん張れば助けに来てくれる。
「……アル、傷の色……」
「こ、これは――っ」
首筋にぬるりとした感触が這う。
リティは腕を押さえられながらも、顔を近づけて僕の首筋、傷跡を舐めた。
一瞬、力が抜けそうになった。
「……この傷は、わたしが――」
「リティ?」
よく聞き取れなかったが、リティが何かを口にした。
すると次の瞬間――
「痛っ!?」
首を『ガリッ』と噛み付かれた。
くすぐったくも熱い痛みが首筋を走る。
「リ、ティ……?」
「アル……、その傷も今の傷も、わたしの――」
いつの間にか力が抜けていた僕は、トンと後ろに倒された。
臭い消しの香が鼻につくベッドへと仰向けに横になる。
薄暗い部屋の中を、リティがゆっくりとやって来た、瞬間――
「アルっ! 大丈夫か!!」
「リティア、早まるじゃねえ! そんな野郎にお前がっ!」
「お客さまあああああああ!!」
ガレオスさんが大剣WSを放ち、扉をぶち破って突入したきた。
他にはウーフたちも。
こうして僕は、寸前のところで彼らによって救出された。
そしてその後聞いた話によると、僕が階段に行くと密告を受けたリティは、店の裏口から階段に押し入り、僕がやってくるのを待っていたそうだ。
たぶんだが、僕はガレオスさんにからかわれたのだろう。
本当なら、階段に入る前にリティが止めに来る予定だった。
そうやってからかうつもりだった。
だがしかし、リティは予想外の行動に出た。それが今回の結果だ。
リティはこの後、ガレオスさんにこっ酷く怒られたのだった。
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