72話 夜の
「じゃあ、今日もお疲れさんってことで。――乾っ杯~!」
「「「「乾杯~!」」」」」」」」」」」」」
とても陽気な号令とともに、酒が注がれたジョッキを高々と掲げた。
そして全員が呷るように飲む。中には本当に一気に飲み干す者も。
今日の集まりには、一緒に狩りをしたグレランのメンバーも同席していた。
いつもの倍近い人数が店内を占有している。
「今日はかなり稼げたな」
「ああ、いい感じで湧いていたからな。いつもこうだとありがたいんだがな」
「まったくだ。お~い、同じのもう一杯くれっ」
皆が言うように、今日の魔石魔物狩りがとても順調だった。
過去最高とも言える稼ぎ。
そして僕の方も――
「よお、アル。オマエすげえじゃねえか。ちょっと前までイワオトコばっかりだったてのにハリゼオイまで…………うん、ワイに一歩近づいたな」
「あ、はい、今日は特に調子が良くて」
一杯で酔いがもう回ったのか、顔を真っ赤にさせたモブオさんが肩に腕を回し話し掛けて来た。
そして楽しそうに話を続けてくる。
「まあ、あれだ。ハリゼオイをやれるようになったら一人前だな」
「えっと、はい……」
「おい、モブオ。オマエはハリゼオイを相手に前を張れんのかよ。ったく、調子の良いこと言いやがって。大体、魔石魔物のイワオトコを一人でやれる時点でヤベーっての。普通は無理だぞ」
「そもそも、オマエは一人でイワオトコを倒せんのかよ」
「はいっす、すいやせん。ちょっと調子にのりやした」
肩から腕を外し、言ってきた先輩にがばりと頭を下げるモブオさん。
それを見て周りの人たちが一斉に笑い声を上げる。
「本当に、オマエってヤツは」
「大方あれだろ? 閃迅がいるから大きく見せたかったんだろ」
「そんなんだからオマエはモブオなんだよ」
「いや、それワイの名前ですからっ!?」
皆が楽しそうにモブオさんをいじっていた。
困り顔で『勘弁してくださいよ』と言うモブオさん。
今日は稼ぎが良かっただけに皆が上機嫌だ。
「ん、アルは凄かった」
「え、リティ……」
隣に座っているリティがポツリとつぶやいた。
彼女は真っ直ぐ僕のことを見つめている。
「……うん、今日は自分でもそう思うよ」
そう、今日の僕は自分でも驚くほどの働きができた。
いままでの担当は、湧いたイワオトコを倒すことがメインの仕事だった。
だが今日は、ハリゼオイの右手側を任されたのだ。
冒険者殺しのハリゼオイを相手にするときには定石がある。
左右から攻撃を仕掛け、正面のアタッカーに攻撃がいかないようにすること。
そして相手を大きく崩し、その隙を正面のアタッカーが突く。
今日僕は、その右手側を任され、ハリゼオイの攻撃を凌ぎ続けて決定的な隙を作り出すことに成功した。
流石に一人で右側を担当している訳ではないが、それでも大きな一歩だ。ここ三週間の成果が出たとも言える。
そしてそれをリティが認めてくれた。
他の誰でもないリティが認めてくれたのだ。これはとても嬉しいこと。
背中を追っている彼女からこんな風に言ってもらえるなど……
「あ、でも、ちょっとだけ危なかったよ? 一度捌き切れないときがあったでしょ? 凄くドキッとして走りかけたんだから」
「はい、でも、コレがありますから」
少し浮かれ気味の僕に、ニュイさんがやんわりと注意してきた。
僕は彼女に、小手に付けられている小盾を掲げて見せる。
それでも『う~ん』といった顔のニュイさん。
彼女には理解できないことなのだろう。
でも僕からしたら十分に防げたことであり、そこまで心配するほどのことでもなかった。実際、ハリゼオイの攻撃はしっかり見えていたのだから。
小盾で爪をいなせたからこそ大きく踏み込むチャンスができた。
あの踏み込みがあったからハリゼオイの体勢を崩すことができたのだ。
強くなれたと実感できた瞬間だった。
「ほんと、すっごいな~。聞いていた話では、イワオトコだけの冒険者だって話だったのに。マジで凄かったですよ」
「ジャンさん」
ニュイさんと話していると、橙色の髪の冒険者、今日からグレランに入ったジャンさんがやって来た。とても和やかな笑顔で話しかけてくる。
「ちょっと興味あったんだよね。イワオトコに滅法強い人が居るって聞いていたからさ。でも蓋を開けてみたら、あのハリゼオイが相手でも一歩も引かずでさ、ほんと凄いな」
「は、はい、ありがとうございます」
( ……張り付けた笑顔か…… )
ジャンさんはとても友好的だが、それは張り付けたものだった。
見た目ほど友好的ではない、僕には経験からそれが分かった。
いま見せている笑顔も張り付けたもので、本当のところは違う。
だが悪意や害意は感じられない。
「うん? おれの顔に何か付いているかな?」
「い、いえ」
僕の視線から察したのか、ジャンさんはそんなことを聞いてきた。
そして探るような目で僕を見てくる。
身構えるつもりはないが、その視線につい身構えてしまう。
「な~んかおれって警戒されてる?」
「いえ、そんなことでは……」
駆け引きなどはなく、ジャンさんは踏み込むように訊いてきた。
最初に出会ったときもそうだが、彼からは妙な感情を感じる。
例えるならば、同族を哀れむような……
( いや、そんな訳ないか )
そんなはずがない。
僕と同じような人がいる訳がない。
頭に浮かんだことを振り払う。
「――よしっ、今日はかなり稼げたし全員で行くか」
「お? いいな」
「おいおい、この人数でまとめてって無理だぞ」
「バラけるのは当たり前だろ。あ、俺はあの階段な」
「……階段」
突然の発言に急に雰囲気が変わった。
これによってジャンさんとの会話を切り上げる。
「お、おい、いまはマズいだろ……」
「アホか、でけえ声で言うなよ」
「ったく、まだ飲み始めたばっかりだろ。……下らねえ」
二つの反応に分かれた。
肯定的と否定的。酔っ払っている人が肯定組だ。
ウーフは否定組。
「ガレオスさん、どうします~?」
まるで裁決を求めるかのような声。
それを聞いてニヤリと笑うガレオスさん。
何が起きているのか分かっている。飲むのを切り上げて階段に行こうと言っているのだ。
階段とは、男の昂りを鎮めに征く場所だ。
僕には縁がない所。正確には行ってはならない場所の一つだ。
ジトリとした視線が横から突き刺さる。
リティがこちらを見ている。
( いや、行かないから…… )
行くつもりはない。
だが、それをわざわざリティに言うのは少し違う気がした。
それではまるで、誤解を解こうとしているようだから。
そもそも僕とリティはそんな関係ではない。
「……」
リティから無言半目のプレッシャーが続く。
「馬鹿かオマエらっ、いまから行くから空いてんだろうが!」
「阿呆かっ、だからってこのタイミングでそれはねえだろ!」
「おいおい、そんなの気にしてたら冒険者やってられねえぜ」
「行くなら一人で勝手に行ってこいよ」
階段の話でワイワイと盛り上がり始めた。
女性陣の方は白い目で見ているが、そんなことは慣れているのか、階段に行きたい組は全く気にしていない様子。
「おう、お前さんはどっちだ?」
「え? ガレオスさん!? どっちって……」
「なに誤魔化してんだよ、分かってんだろ」
ニヤニヤと僕をからかうガレオスさん。
これは僕だけでなく、リティのこともからかっている。
「あの、僕はそういう場所には……あまり……」
やんわりと断りを入れた。そのとき――
「昔なあ、勇者ジンナイに連れて行って欲しいって言われたことあんだぜ」
「えっ? 勇者ジンナイに?」
「実はな、勇者ジンナイに」
「――そんなことはないはずですっ。だって勇者ジンナイですよ? 彼には当時瞬迅ラティが居たはずです。だから、その……そんなことは……ないかと……」
僕は否定した。
そんなことはないはずだと。
憧れを穢されたような気がする。
「あ~~、それがちょっと違うんだよ。階段に訓練に行きたいって行ったんだよ。確か夜のカポエラを覚えたいって言ってな」
「え? 夜の、カポエラ?」
「ああ、ジンナイはそう言ってたなぁ」
「夜の、カポエラ……」
カポエラとは、召喚された勇者様は持ち込んだ格闘術の名前。
足技が主体の格闘技で、手を使った攻撃をしないことが特徴だとか。
だから階段で行われる行為とは全く結び付かない。
「……と、いうことは……」
( 暗号? 一種の暗喩か……? )
僕はその結論へと辿り着いた。
あの勇者ジンナイが階段に行くのは少々不自然。
もしかするとだが、階段には男の昂りを発散する以外にも何かあるのかもしれない。
階段に行きたいとは思わないが、夜のカポエラには興味が引かれた。
これは憶測だが、夜のカポエラとは脚を使った技、要は足捌きのことだろう。
勇者ジンナイの体術は凄かったと聞いている。その凄さの秘密が【夜のカポエラ】なのかもしれない。
「……どうだ? ちょっと興味出ただろ。ジンナイはそこで特訓しようとしたことがあるんだぜ。階段ってのは、まあ、色々と奥深い場所なんだよ」
「……えっと、はい……」
「夜のカポエラ……」
ガレオスさんは嘘を言っていない。
状況を面白がってはいるが、偽りは口にしていない。
「どうだ? アルド、行ってみたいか?」
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字も……




