71話 オレンジ色
すいません、お待たせしました。
誤解は解けた。
だが、二日間の外泊は罪に問われた。
ほぼ全員からギルティだと罵られた。
さすがに罪は言い過ぎだと思うのだが、僕にはペナルティーが課せられた。
左腕の怪我が完治後、一ヶ月間モミジ組の魔石魔物狩りに同行することを命じられた。
正直、僕にとってそれは歓迎すべきことだった。
だがしかし、一つだけ困った内容が追加された。
それは一ヶ月間ルリガミンの町を出てはならないということだ。
僕はベルーに会いに行くことができなくなった。
オラトリオが約束を守ったかを確認に行きたかったのだが、僕はルリガミンの町に軟禁されることとなってしまった。
僕が中央に行くと、リティがまたついて行こうとすることが原因だ。
確かに外泊することになったのは僕が原因だ。
しかしその結果、ベルーを助けることができたのだから後悔はない。
もしあのとき中央に行っていなければ、ベルーはヘイルの手引きによって攫われていた。だから本当に後悔はない。連れ出してくれたリティにも感謝している。
ベルーに確認することはできないが、仕方ないと諦めた。
一度、手紙で尋ねることも考えたが、どう訊いたら良いのか分からず、手紙を出すことを諦めた。
「――おし、今日もキリキリ働いてもらうぜ」
「はい」
ガレオスさんの言葉に元気よく応える。
このペナルティーを言いつけられてから三週間ほど経過した今、任せられた仕事はグンと増えた。以前よりも色々と仕事が出来るようになっていた。
さすがにアタッカー役は無理だが、最近では最前列を任せてもらえるようになった。もうイワオトコ限定ではない。
「今日も2個置きで行くぞ」
「あいよ」
「場所はどうします? 二つに分けやすか?」
「こっちは岩が多いからそっちがいいかな」
「予備の在庫はどこだ~?」
わっちゃわっちゃと準備が進んでいく。
「アル、気を付けてね」
「うん、大丈夫だよ。だいぶ慣れてきたからね」
「……」
前衛を任されるようになった僕は、あることを心掛けるようになった。
それは相手の動きをより見極めること。
動きの先が読めたとしても安易には動かず、しっかりと最後まで見る癖をつけることにしたのだ。魔物でも虚をついてをしてくると想定して。
僕は本当にギリギリまで見極めることにした。
ギリギリ過ぎて何度も顔を掠めたこともあった。
モミジ組の人からは、『よく怖くねえなぁ』と言われたことがある。
確かにそうかもしれない。
しかし僕には【蛮勇】がある。だから恐怖で心が揺らぐことはない。
例え刃が眼前に迫ってきても目を閉じることはないし、恐怖で身体が竦むようなこともない。
そしてこれがしっかりとできるようになれば――
「……クロが相手でも……」
ぐっと拳を握る。彼との戦闘は僕の中で燻り続けていた。
負けることには慣れているし、誰かに勝ったことなどほとんどない。
とても情けない話だが、僕はいつも負けていた。
一番初めは双子の弟ガルトにだろう。
双子の弟に固有能力で打ちのめされ、その後も様々なことで負け続けてきた。思い返してみればガルトに勝ったことなど一度もない。
だがしかし、同じ人に憧れる者として、どうしても負けたくないという火が灯っていた。
とても不思議な感覚だ、僕の中にはもうないと思っていた感情だ。
とうの昔に枯れていたモノが湧き上がったよう。
特定の誰かに勝ちたいと思うなど……
「アル、今日も?」
「あ、うん、そのつもりだよリティ」
いつものように主語のない言葉。
だけどリティが何を聞きたいのか分かっている。
「無理しない」
「うん」
僕はガレオスさんに伝えていた。
魔物狩りをしながら、対人戦の訓練もしたいということを。
だから少々危険な避け方になることを許して欲しいと。
当然、その理由も伝えてある。
負けたくない相手がいる。だから少しでもマシになりたいと。
最初は絶対に反対されると思っていた。
魔石魔物狩りは練習をする場ではないし、命のやり取りをする場だ。
お金を稼ぐついでに何かをやるなど反対されると思っていた。
だから僕は、土下座をしてでもお願いするつもりだった。
これは単なる我儘だが、それでもとそう思っていた。
しかしその願いは、呆気ないほど簡単に通ってしまった。
『ん? いいんじゃね』と、そんな風に受け入れてくれた。
ウーフからは批難した目で見られたが、古参のメンバーも快く良いと言ってくれた。
もしかするとガレオスさんのところでは、こういった考えは良しとされているのかもしれない。僕はそれに甘えることにした。
「……アル、なんで?」
またリティが聞いてきた。
彼女からしたらとても危うく見えるのだろう。
「……少しでも強くなりたいから、かな」
「ん、そう」
納得いっていない、そんな表情を見せるリティ。
いつもの無表情だが、それぐらいのことは分かった。
実は、リティには強くなりたい理由を話していなかった。
彼女は勝ちたいと思う相手に勝った存在。だから情けなくて話せなかった。
きっとリティは何とも思っていないだろう。
だからこそ余計に話せない。話せるようになるには後少しだけ時間が欲しい。
せめて彼女の背中が見えるようになってからにしたい。
彼女との差はとても大きい。
だから並び立つ存在などという高望みはしないが、せめて――
「リティ」
「ん」
「ちょっと聞きたかったんだけど、なんであのとき、あんなこと言ったの?」
リティからの視線に堪えきれず、僕は話を逸らした。
振った話題は三週間前の出来事。
「……あの、とき?」
「うん、あのとき」
こてんを首を傾げるリティ。
本当に心当たりがないようだ。
「ほら、あれだよ。外泊したことをガレオスさんに問い詰められたときに」
「ときに?」
「リティが、変なことを言ったよね? わざわざ誤解をされるようなこと……。優しくとか、入れ、とか……」
「うん、言った。ああいうときは、主語がない方がいいって習ってたから」
「……え? はい?」
「習ったの。そうすれば、何もなくてもきせいじじつになるって。大事なのは事実じゃなくて真実だって」
「………………………………ねえリティ、それって前に言ってた人かな? 色々教えてくれた人がいるって。その人から?」
「ん、そう」
何と言ったら良いのか、眉間を摘まみたくなるような頭痛がした。
それを教えた人に悪意はないのかもしれないが、間違いなく悪戯心はある。
もしその人に会う機会があれば、僕はその人を懇々と説教をしたい。
そもそも、主語がない方が良いという教えが何とも厭らしい。
純粋なリティはそれを信じてしまったのだろう。普段から主語が無い理由は、もしかするとこの教えが原因なのかもしれない。
「何ていうか、凄く納得できたよ」
「ん、よかった」
全然良くないが、何故あの発言が出た理由がわかった。
あの発言のおかげで僕は危なかった。
「リティ、ああいうのは駄目だからね」
「なんで?」
「何でって……あれ?」
モミジ組が準備をしていたところに、他のアライアンスがやってきた。
僕はどこのアライアンスだろうと見る。
「今日はグレランと合同でやるって」
「ニュイさん」
いつの間にかやって来たニュイさんが、僕に今日の予定を教えてくれた。
そしてセットのようにやってきたウーフが、さり気なく僕とリティの間に割って入って遮ってきた。
「あれ? 見たことない人がいる? 新人さんかなぁ?」
言われて見てみると、そこには鮮やかな橙色の髪をした男がいた。
僕よりも年上で、ウーフと同じ歳ぐらいの青年。
背は僕よりも少し高いぐらいで、スラリとした身体に両手斧を背負っている。
武器を背負っているということは、彼は冒険者なのだろう。
「最近アルドを取られてっからな。ちょっと新人を入れたんだぜ」
「へえ」
グレランのリーダーのチョロスさんとガレオスさんの会話が聞こえてきた。
どうやらニュイさんの予想通り、橙色の髪をした青年は新人のようだ。
「両手斧使いか」
「何となくだけど、仕事ができそうな雰囲気の人だね~」
橙色の髪の青年を見ていたら、ニュイさんがそんな評価を下した。
僕には見極めることができるほどの経験がないので、ニュイさんのその評価に耳を傾ける。
「?」
一瞬、橙色の髪の青年と目が合った。
そしてその瞳には、哀れみのような色が映っていた。
「よし、そろそろ配置についておけ。いつ湧いてもいいように――」
ガレオスさんの号令で意識を前へと向けた。
彼の瞳に少し気になるモノを感じたが、僕のことをそういった目で見る人は大勢居た。だからいまさらのことだ。
でも何処かその瞳には、同族を哀れむような感じがしたのだった。
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